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12 愛しくて、おかえりなさいがこだまする

「……目が……かすむ、な……」



 埃っぽくて血なまぐさい。時折、痛ましい悲鳴が耳を劈く。

 王都のはずれに立てられた野戦病院で、一般の兵士にまぎれて、俺は壁にもたれて蹲っていた。

 体は至る所に傷を負い、もう剣を持つことすらできなかった。


 デルフィ地方の戦争で、辛くも隣国に勝利した。

 国土を守ることはできたが、兵の犠牲は大きかった。

 国のトップに立つ王族として指揮官として、悔やんでも悔やみきれない。

 多くの兵が命を絶ったのに、俺はケガを負ったものの生き抜いてしまった。



「あの、すみません……意識はある?」



 ゆっくりと顔を上げると、銀色の長い髪を持つ水色のローブを纏っている女性が、手のひらをひらひらと動かしていた。



「意識はあるようね。良かった。私はイシュカ・セレーネ。王宮術師団の水術師よ。治療をしても?」


「……ああ」



 返事をすれば、彼女はすぐに水術を詠唱した。

 歌うような詠唱は耳に心地よく、一瞬ここが野戦病院ということを忘れさせた。



回復水流(ヒールストリーム)



 俺を覆った優しい水流が、キラキラとかがやきを放つ。

 やがてぱちんとはじけると、ケガでかすんでいた目がよく見えるようになった。



「あ……」


「回復はしたけれど、まだ治療は必要よ。しばらくは安静にね」


「すまない。ありがとう」


「いいえ、こちらこそ。おかえりなさい。命を落とさず帰ってきてくれたこと、あなた方の勇敢さを誇りに思います」



 俺の手を取り、彼女がやさしく微笑んだ。

 その言葉と微笑みに、俺は目を瞠った。



「俺は……帰ってきても良かったのだろうか?」


「え……?」


「誇りに思ってもらっても良いのだろうか……俺は、生き抜いてしまった」



 自嘲気味につぶやくと、ぎゅっと手を握られた。



「良いに決まっているわ。少なくとも私は本気で思っている。あなたが生かされたのは、きっとやるべきことがあるからよ」


「やるべきこと……」


「だから、命を大事にしてほしい。また治療に来るわ」



 ひらりとローブを翻し、彼女は別の兵士のもとへ治療に行った。

 俺はそのまま彼女ーイシュカを視線で追いかける。

 治癒を施す真剣な横顔は、まるで聖女のようだった。

 俺は握られた手のひらをじっと見つめた。



「おかえりなさい、か」



 ふと、心の奥が温かいと感じた。

 救われた気分だった。





「……ーク様、ローク様!」


「なんだよ、メルヴィン」



 メルヴィンが怪訝な表情で俺を見ていた。

 そう言えば、執務室で仕事中だったな。

 メルヴィンだけでなく、グレッグも似たような表情だ。



「何度もお声がけしましたがお疲れですか? 城下町でイシュカと一緒に、視察という名の休息を取っていただいたように思ったのですが?」



 メルヴィン、こいつ……幼馴染ということもあり、俺が主人であるにも関わらず容赦ない。

 だからこそ、側近として傍にいてもらっているんだが。



「そろそろこちらにサインをいただけますか? ニコラス閣下が代理で請け負ってくださった領民からの申請書です」


「わかった」



 さらりとペンで署名をする。領主としての仕事だ。

 王都とカスタリアを行き来している俺は、イシュカと再会できたのは偶然だった。

 王族として王都で公務を行っている時に、イシュカの王宮追放の話が舞い込んできたのだ。

 しかも追放したのはオズウェン公爵とシャーロット嬢。

 恩のある俺はイシュカを助けることに迷いはなかった。



 ――おかえりなさい



 あの言葉が耳に残る。

 あの時、イシュカは誰にでも平等で、多くの兵士のために一生懸命だった。

 そんな姿に心惹かれて、想いを寄せた。



「……何をニヤニヤしているんですか。イシュカを思い出しているんでしょうけど」


「え、顔に出ているのか?」


「城下町から帰ってきてからずっとだが」



 グレッグに呆れ顔で言われた。

 同じく幼馴染であるグレッグも容赦がなかった。



「そんなにお心が惹かれるのなら、いっそのこと想いを伝えられてはいかがですか? 彼女は子爵令嬢ですが、元は名門のセレーネ侯爵家。迎えるのに色んな手が使えるでしょう」



 メルヴィンの言葉に、俺は深く溜息を零した。



「そうしたいのはやまやまだよ。でも今は俺が一方的に想いを寄せているだけだ。それに障害が多い。宰相が握っている実権を取り戻さなければならないし、今イシュカに想いを告げれば、イシュカに迷惑がかかる。俺は宰相にいいように縛られているな」



 もし彼女と結ばれたとして、権力を手中に収め続けたいオズウェン公爵が黙っているわけがない。

 そのためにはやるべきことを成し遂げ、少しでも力をつける。

 そして、イシュカを守りきれるようにならなければ。



「この地で力をつけながら時を待ちましょう。必ず動くべき時が来ますよ」


「そうだな。メルヴィン」



 イシュカと再会してから抑えていた気持ちが膨らんで、愛しい気持ちがあふれ出る。

 愛しいイシュカの心を射止め、彼女の隣に立ちたい。笑顔を独り占めしたい。

 そんな気持ちから、城下町でつい購入してしまったんだ。

 イシュカへの贈り物として、金細工のブレスレットを。

 しかも、俺の瞳と同じ色の魔力を帯びたカナリーダイヤモンドを装飾してもらった。

 まだ手元には届いていないが……イシュカは受け取ってくれるだろうか。



「さ、ローク様。そんなイシュカに仕事ができることをアピールされることが得策かと。次はこちらにサインをください」



 メルヴィンが俺の執務机に書類を置いた。

 うん、容赦ないな。











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