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1 ターゲット、無実の罪で追放だ

こちらは連載版です。7話までは短編版と同じ内容です。

「小娘を、ひっ捕らえよ!」



 肌寒さを感じる夕刻。

 ドン、と殴られたような痛みを背中に感じ、両腕を後ろに引っ張られた。

 両手首に縄の感触がしたかと思えば、ギギギッと肌が引き攣る。

 肩をぐっと押されて、毛足の長い絨毯に膝が埋まった。



「え……!?」



 左右に首を動かせば、私を抑えつけていたのは屈強な衛兵で、喉がひゅっと鳴る。

 な、何? この状況……。

 唐突過ぎて状況が飲み込めない。

 足を踏み入れたことのない、王宮の執務室に入ったとたんの出来事だ。

 豪華な調度品が並ぶ執務室。高い天井にあるシャンデリアにはすでに灯がともり、そのきらめきを受けているのは、執務机にいるこの国の宰相だ。



「イシュカ・セレーネ。王宮術師団に所属する水術師だな」


「は、はい」



 腹の底を這うような低い声に、肩がびくりと震える。

 そろりと視線を上げると、ギロリと射抜くように見られていたから、ドッと汗が噴き出した。

 私に厳しい目を向けているのは、ランドリック王国・宰相ジェイコブ・オズウェン公爵。病弱な国王陛下に代わり実権を握っている壮年の男性だ。

 私をこの部屋に呼び出した張本人だけど、雲の上の人過ぎて、全く面識がない人物。



「わしの娘、王太子の婚約者筆頭候補でもあるシャーロットの誘拐罪で処罰する。王宮追放だ」



「……………………は?」



 一瞬何を言われたのか、わからなかった。

 なに、一体どういうこと……?

 だって、全く身に覚えのない罪状を告げられたのだから。



「連れていけ」



 否定する機会も得られないまま、非情にも宰相閣下は命令を出した。

 体の温度がすっと冷えて、私は青ざめた。



「ちょ、ちょっと!?」


「お待ちください、閣下!」



 パニックに陥りかけた私に代わって、執務室にドタドタと駆けこみ、声を上げた人物がいた。

 噴き出る汗をぬぐいながら、荒い呼吸を整えている、水術師長ホーマー・シードルフ。

 私と同じ水術師の証ともいえる水色のローブを身にまとった、王宮術師団の水術師のトップで、お父様と同じくらいの歳の私の上司だ。

 私が会ったこともない宰相閣下に呼びだされたから、とても心配してくれていたのだ。

 私のことをよく知る人を目にして、体の温度がほんの少し戻ってきた。



「イシュカ、大丈夫か!?」


「ホ、ホーマー様……」



 ホーマー様は、伸ばした白髪まじりのあご鬚をせわしなく触りながら、宰相閣下の前に進み出た。



「閣下、発言をお許しください。イシュカが罪を犯したとのことですが、それは本当なのでしょうか? 何かの間違いでは……?」


「わしが間違っているというとでも?」


「め、滅相もございません。ただ、イシュカは私が指示した、王都の水の成分の鑑定に行っておりましたから、犯行を起こすのは難しいかと……」



 そうなのだ。私は今日、任務のために王都の商業エリアへと足を運んでいた。

 私には水術師としてのスキルの一つ、水質鑑定があるから、定期的に王都で使われる水の成分を鑑定して、水の安全を守っている。

 今日も無事に任務を遂行し、ほっと安心した気持ちで家へ帰る予定だったのに。

 どうしてこうなってしまったんだろう。



「ホーマー様、イシュカをかばいだてしても無駄ですわ」


 ハッと聞き覚えのある声に反応すれば、同期の水術師であるヘンリエッタ・バントンが執務室の奥にいた。

 私を見て、ニタリと口元を歪めて笑った。



「ヘンリエッタ、どうしてあなたがここに……?」


「イシュカ、同じ水術師として恥ずかしいわ。証拠は上がっているのよ」


「どういう……」


「シャーロット様、この者で間違いないですよね?」



 ヘンリエッタが声をかけた先にいたのは、煌びやかなドレスが良く似合う可憐な美少女。彼女がしずしず歩く度、花のような香りが舞う。

 宰相閣下の一人娘、公爵令嬢シャーロット様だ。

 シャーロット様は宰相閣下の隣に寄り添い、小首を傾げて、大きな瞳を潤ませた。



「そうよ、ヘンリエッタ。この者だったわ。わたしくしはこの者に誘拐されたの」


「……ゆ、誘拐!?」



 ど、ど、ど、どういうこと!?

 あまりにも物騒なシャーロット様が放たれた言葉に、体が硬直する。

 美少女からほろりと流れた一滴の涙に、衛兵が見惚れたようにほうと息を吐き、私をギロリと睨んだ。

 その視線に首を竦ませることしかできない。



「イシュカ。あなた、今日シャーロット様にお会いになったわよね?」


「ええ、確かにお会いしたけれど……」


「確かにと言ったわね」


「イシュカ、それは本当か!?」



 言質を取ったといわんばかりのヘンリエッタと、慌てふためくホーマー様が一様に私を見た。



「小娘、私の娘と会ったと認めるんだな?」


「宰相閣下、確かにお会いしましたが、王宮の近くでシャーロット様が供もお連れにならずおひとりでいらっしゃったので、危険だと思い王宮へお送りさせていただきました」


「下手な言い訳ね、イシュカ。シャーロット様はあなたに誘拐されたのよ。王太子殿下の婚約者筆頭候補として、特別に許された妃教育のために王宮にいらっしゃったのに、怖い目に遭われてなんてかわいそうなのかしら!」


「ちょっと待って、私はやってないわ! 閣下、私は誘拐などしておりません!」



 急に何を言い出すのよ、ヘンリエッタは!

 犯してもいない罪に問われ、さすがの私も反論した。

 ヘンリエッタは優秀な水術師だけど、なぜか私を目の敵にする。

 ありもしないことを大げさに訴えて、いつも私をおとしめようとするのだ。

 ヘンリエッタに心を乱されてはいけない。

 一度息を吸って呼吸を整え、冷静であろうと努める。



「閣下、私は本日初めてシャーロット様とお会いしました。王都の任務の帰りに、おひとりでいるご令嬢をお見かけし声をかけたのです。それがシャーロット様でした。先にも述べましたが、王宮までお送りいたしました。そもそも私はシャーロット様と接点を持っていません。私は子爵家の娘ですから」


「そうね、イシュカは没落した貴族の娘だものね」


「没落した貴族の娘……?」



 ヘンリエッタの言葉に、ぴくりと宰相閣下が反応した。



「ああ、そうか。セレーネとはどこかで聞いた名だと思ったが、お前はセレーネ元侯爵家の血筋か。お前の祖父が問題を起こしたばかりに降格させられたのだったな。今は子爵だったか。なるほど、侯爵のままであれば、王太子の婚約者候補に入れただろうに」



 小ばかにするような宰相閣下の言葉に、下唇を噛んだ。





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