後日談
「このその他雑費とはなんですか?」
「そ、れは…」
「具体的に書いて再提出するまでは受け取れません。不備がないかを確認するまでが皆様の仕事ではありませんか?」
「う…」
「それと、購入品リストに店主のサインがなければ承認できません。この事に関しては以前からもお伝えしていましたよね?」
「ぐぬぬ…」
レアティーズは王宮内の経理として働いている。
元々計算が得意という事もあり、引きこもりだったレアティーズを社会復帰させるために父と兄が当てがった仕事である。
王族だからといって甘やかさなくていいですからとガハハと笑う父が一番レアティーズの事を世間知らずのボンボンと思っていたようだった。
しかし仕事を始めるや否や、あれよあれよという間に頭角を現し、不正を暴き、予算カットを行い、無駄を徹底に省き、新たなシステムまで作ってしまった。齢18歳の時の事である。
あまりの冷徹さに、人でなしだの、鉄仮面だの、新人は恐ろしくて声をかける事ができないと苦情が来ていたそうだがレアティーズは何も間違った事はしていないし、現に利益を生み出しているのだから周りは何も言えなかった。
彼は一言、
「不満があるのならばこちらの投書まで。良い改善策ならいつでも受け入れますよ」
とあっけらかんと答えるのであった。
元々王族は国の象徴として存在し、恐らく父も兄もそこに至るまでの足掛かりや社会勉強としか考えていなかったのであろうが、彼は戻る気などさらさらなかった。
そんなレアに頭を悩ませていた父と兄に吉報が入る。
鬼教官と呼ばれていた熊のような男がどうやら嫁を娶り、まるで別人かのようにまるくなったという噂を聞いたのだ。
自分達がレアを経理に薦めてしまった手前、責任を感じていた二人は「これだ!」と顔を合わせて抱き合ったという。
***
レアティーズは鉄仮面と呼ばれてはいるが、実はとてつもなくロマンチストで一途な男だった。
実はオフィーリアとレアティーズは幼い頃に一度だけ会った事がある。
「落石?」
「申し訳ございません。遠く離れた場所ですのでこちらに被害は無いのですが、一本道のため渋滞になってしまって…」
「そうか…苦労をかける。それに早急に別のルート開拓を検討する必要があるな」
当時スピリチュアルブームの一端で、願いが叶うや、心が通じ合う等の眉唾物の魔法の石なるものが大流行した。
貴族達はこぞって悪趣味なアクセサリーを身につけて、時に大金が取引されていた。
そのせいで無許可の石の採掘を至る所で行われていたため土壌が緩み運悪く、その場に居合わせてしまった。
余談だがその魔法の石なるものが下火になって余った石がレアティーズとオフィーリアの風呂場のタイルに使用されているのだがそれはまた別の話。
「暇だな…」
いくら大人びているとはいえ、レアは10歳。大人しく馬車に収まっていられるのも最初だけだ。
キョロキョロと窓の外を眺めていると子供が外に出て遊んでいる。どうやら同じく渋滞にハマった貴族の子のようだ。
「ねえ、兄上。僕も外出たい」
兄は最初こそ弟を宥めていたものの、想像以上に長くかかったので仕方なく従者をつけ外へ出す事にした。
「レア、私は父上に報告しつつ様子を聞きに行ってくるから大人しくしているんだよ」
そう言って別の従者と共に去る兄はとても16歳には見えない貫禄があった。
春先の季節は暖かく、草花もみずみずしく咲き、普段城内に篭り勉学に励むレアにとって良い気分転換になった。
「この辺りは花がいっぱいだ…」
背の低い小さく可愛らしい花が自生している。思わずレアはかけ出した。
「あっ!レアティーズ様!!」
「わっ…」
小さな女の子とぶつかった。先程見た貴族の子だ。
子供らしい柔らかで美しい長い髪は陽の光に反射し輝いている。
レアは女の子が苦手だった。
いつも品がなく金切り声をあげ、ベタベタともたれかかってきたり、自分の見えない部分で熾烈な戦いを繰り広げている事を知っていた。
どうせこの子も泣き喚くに違いないと思わず身構えたレアだが、少女はきょとんとした顔をしてこちらを見た。
恐らく5歳くらいの少女は、怯えた顔を見せると彼女の母の後ろに逃げ隠れた。
「あらあら、ごめんなさいね。こらオフィ、ぶつかってしまったのだからごめんなさいは?」
母の後ろでごにょごにょと何やら呟く少女に従者共々顔が綻ぶ。
「いえ、私の方こそ前を見ておらず申し訳ございませんでした。お怪我はありませんか?」
レアもペコリと頭を下げる。
「まあ!しっかりしてるわね。大丈夫よ。この子はいつも庭を走り回っているんだから」
普通ならば恐縮してしまう所であるが、オフィーリアの母はある意味肝が座っていたのでレアを年齢通りに扱った。
王子として周りからの気を使った態度に辟易していたレアにとってそれが心地よく、道が使えるようになるまでこの親子と時間を潰す事にした。
「この子の兄の方があなたと歳は近いんだけれど、今寮に入っていてね。いつもオフィを一人にしているから気分転換に二人で出かけたら立ち往生してしまったの」
いそいそと花冠を作るオフィーリアに花を渡す手伝いをしながら穏やかな時間を過ごした。
「オフィは手先が器用だね」
「いつも家の裏のシロツメクサで作っているの」
少しずつ少女が口数を増やすにつれて、言い得ぬ満足感に満たされた。
「レア、ここに居たのか」
兄が戻ってきた。オフィーリアの母に礼を言う兄を見ながらもう少しこの少女と話がしたかったのにと名残惜しさを感じていた。
「ほらオフィ。レア様に遊んでくれてありがとうは?」
するとオフィーリアはもじもじしながら先程作った花冠を差し出した。
「レアお姉様、ありがとう。これ、あげる」
「お、姉…様」
レアは確かに母親似だし、よく女の子に間違えられるし、声変わりもまだだ。
自惚れでオフィーリアの初恋の相手が自分になったらどうしようなんて思っていたが杞憂だったようだ。
何も知らない少女から何とかして花冠を受け取る様を見た兄は普段のレアからかけ離れた様子に笑いを堪えるのに必死だった。
「絶対、あの子の憧れのお兄様になってやる…」
そう闘志を燃やしたのも束の間、彼女には生まれる前からの婚約者がいる事を知った。
淡い気持ちに蓋をして十数年、いい加減相手を見つけろと言われて悩んでいた所に先の事件が起きたのだった。
父も兄も、いや、レアに関わる殆どの人間がやっとあの冷徹鉄仮面が身を固め態度が軟化する事を期待しただろう。
「そんな…ちっともまるくなっていないじゃないか!」
「公私は分けるタイプなんです」
さて、今日も愛しい我が妻の為に働こうではないか。
最後まで読んでいただきありがとうございます。