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オフィーリアとレア①

オフィーリアは泣いていた。


泳げそうなほどの広い浴槽なのに端に縮こまり、美しく長い髪を浸し、はらはらとこぼす涙は湯船に溶けて消えて行く。


時を遡る事5時間前、オフィーリアは婚約者のエヴァンが不貞を働いている瞬間を目撃してしまった。


近年、貞操が緩くなりつつある貴族の間では恋人や婚約者同士の婚前交渉は当たり前になってきており、それを守っているのは王族くらいであった。


しかしオフィーリアは幼い頃から厳格な祖母から教育を受けており、エヴァンとは慎ましく穏やかな関係を構築していた。


もちろんエヴァンがそれを不満に思っている事は気づいていたし、祖母が亡くなってすぐに押し倒されそうになった事もある。


しかし幼い頃から刷り込まれた教育は、ちょっとやそっとじゃ変えられないのだ。


オフィーリアがエヴァンを拒否すると、元々淡白だった関係がさらに悪化した。



パーティを抜け出すエヴァンの後ろ姿を見つけ、何も知らずについて行った呑気なオフィーリアはエヴァンの逢瀬の瞬間を目にしたのだった。


「うふふ、水鏡の令嬢はいいのかしらぁ?今日、一緒に来てたんでしょう?」


体に触れられる度にちょっとわざとらしい声を出す女性に満足気なエヴァンは耳を疑うような事を言い出した。


「あいつは俺より爵位が低いから何も言えないさ。早くお前を本妻にしてあんな顔だけで可愛げのない女捨ててやりたいぜ」


そう言うなりエヴァンは女性に信じられない行為をする。その行為は衛生的に如何なものか。


「やだぁ、エヴァンったらひっどぉい」


甘ったるい声で彼女はクスクスと笑った。きっと何も知らないであろうオフィーリアに対し優越感に浸っているのだろう。


「そんな事、思ってもいないだろ」


慣れた様子の二人に今回が初めてではない事が伺える。


「ちょっとぉ~いつもより激しい~♡」


そこからは二人の世界だと言わんばかりに絡み合った。それはさながら獣のようでオフィーリアを絶望させるには十分だった。


不快な音を立てて口を吸い、舌を絡め合う様に吐き気がした。


いつもの様子とは打って変わって狂った猛獣のようなエヴァンに、オフィーリアは思わず逃げ出した。



親同士の決めた事だから勝手に相手を変えるなんてできる訳がない。それに爵位が高くても低くても不貞行為をした者が罰せられるのは法律で決まっている。


しかしエヴァンの裏切りにより正常な判断が出来なくなったオフィーリアは挨拶もろくにせずすぐさま馬車を走らせ家路についた。


帰るなり自室に塞ぎ込むオフィーリアの様子に、流石に周りも察したらしい。


本来ならば湯あみは侍女が付くものだが今日だけ一人にさせて欲しいと頼むと、エヴァンとの事を知る彼女達は少しの間だけですよ。と浴場から出ていった。


頬を伝う涙がポタリと落ち、水面に波紋を広げた。


自分は水鏡の令嬢と揶揄されているのは知っている。美しいという意味だと言う人もいるけれど、愛想がなくて考え方が古臭くて、話しかけにくいという事は何となく察していた。


オフィーリアはトプンと頭まで浸かると、あぁ…このまま私も湯船に溶けてしまえたら。そう思った時だった。


『あれ?』


起き上がろうにも髪が引っかかっているのか動けない。


「ゴボッ!ゴボボッ!!」


『誰か助けて!気付いて!!!』


バタバタと手足をもがく事が無駄だと分かっていながらもパニック状態のオフィーリアは体力が奪われるだけだと気付けないでいた。


次第に浴室内から音は止み、水面は穏やかに揺れるだけだった。



***



時を同じくして、レアはウンザリしながら浴槽に肩まで浸かっていた。


今日のパーティで何でもいいから相手を見つけなさいと父親に言われていたからだ。


このパーティは王家主催で連日続くが面子も変わらないんだから、今日無理ならずっと無理だろ…と思っていた。


しかし父や兄に無言の圧をかけられるのでとてもじゃないが断る事ができそうになかった。


レアは幼い頃に母を亡くし、この国一番の美女と呼ばれた母に似ていたため大層可愛がられて育った。因みに兄は父親似である。


普通であれば我儘で生意気に育つであろうレアがこうも捻くれて育ったのには訳がある。


レアは幼い頃から女関係にろくな経験がなかったのだ。


レアの顔を見れば女達は取っ組み合いを始め、薬は盛られそうになるわ、夜這いに来るわ、使用済みの物は盗まれ、何なら男に迫られた事もある。


外に出るのが怖くなって家に引きこもり、見かねた父と兄が仕事の手伝いをさせるようになってからやり甲斐を見つけ、気持ちを少し持ち直した。


ずっとこのまま結婚せずに仕事一筋で行くと思っていたのに、結婚相手を見つけろとだけいきなり言われたのがつい先日の事だ。


今日のパーティも散々だった。


結局人間ってのは図体だけはデカくなって、本質的なものは何も変わらない。


それに僕の好きなタイプは、ガツガツしてなくて、髪が綺麗で、守ってあげたくなるような…。


「どうしろってんだ…」


パシャンと水をたたくとゆらゆらと水面が揺れた…揺れた?よく見れば何もしていないのにボコボコと泡が生まれては消える。


おかしい。ボコボコと泡がどんどん増えてきた。


そして…


「ぶはぁっ!!!し、死ぬかと思っ…ゲボッ」


ザバっと起き上がってきたそれは水鏡の令嬢と呼ばれている裸の女性だった。

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