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転生10回目で再会を果たした子爵家三男と公爵令嬢 ~イチャイチャしたいので邪魔をしないでください~

作者: はぐれ犬

私の名はエリック・レスタース。

今回、貧乏貴族のレスタース子爵家三男として生を受けた17歳だ。


「エリック、大事な話がある。下にきなさい」


「はい。すぐにまいります」


大方の予想はつく。1ヶ月ほど前、はじめて舞い込んだ縁談が白紙となって以降、3日に1回はこれだ。


確かに、貧乏貴族の三男にとって将来の選択肢など多くはない。運良くどこかの入婿となるか、平民に落ちるかくらいだろう。



「ようやくお前の次なる縁談が決まった。その前に、お前は我が子爵家の三男としてーー……」


父の長い話がはじまったので続きといこう。



"今回"というのは少し唐突な話なのだが、実はこれは私にとって10回目の生まれ変わりとなる。


思い返せば遠い記憶。

1度目の人生はごく普通の男子高校生だった。


当時の私には思いを寄せる幼なじみがいた。

名前は小早川愛莉こばやかわ あいり


ある日の放課後のこと、愛莉の部屋でこんなやり取りがあった。


「ねぇ、このアプリ見てよ」


「あ?なんだよ。……はあ。お前さ、高校生にもなってアホなの?」


「うっさい。これさ、両想い同士でしか効果ないらしいよ」


愛莉が偶然見つけたアプリ。確か【純愛・結ばれるまでの愛は永遠の青春】というような名前だった。


ネーミングセンスからしていかにも胡散臭そうなものであったが、私たちはそのアプリをインストールし、おもしろ半分に起動させてみた。


「うわぁ!」


「きゃ!!」


突如としてまばゆい光が私たち2人を包み込んだかと思えば、そこからは時代も場所も世界も、全てが異なる転生に引き込まれることになる。


長ったらしいので省略するが、時にはファンタジー世界のような剣と魔法が織り成す世界に転生したかと思えば、時にはフィクションのような宇宙戦争時代に転生したこともある。


だがどの人生も、どの世界でも、共通していることがひとつあった。それは、決まって18歳で死を迎えるという点だ。



「永遠の青春って……そういう意味かよ……」



私は静かに悟った。



そしてこのたび、貧乏貴族の三男として生を宿したというわけだ。


いつも産まれ落ちた瞬間から今まで体験してきた全ての記憶を持ち合わせているため、退屈の極みである0歳からある程度行動が許容される3歳頃までに、転生してきたその時代の世界観を掴む術を身につけていた。


そして今回は貴族の世界。17歳という年齢は結婚適齢期にしてはやや早い気もするが、縁談が白紙となってからというもの、こうして毎晩のように父に将来を問われ続けている。


申し訳ないが、私は婚姻どころか、もはやこの人生において目標のひとつもない。あと1年の命、今さらしたいことも試したいこともないのだ。


どうせ18歳になれば死ぬのだから。



「ーーというわけだ。にわかには信じがたいが、すでに公爵家から直筆の伝令も届いている」


「……申し訳ありません父上。もう一度おっしゃってください。今なんと?」


「ワルキューレ公爵家令嬢アルターシャ様との縁談が決まったといったのだ。まあ困惑するのも無理はない。伝令が届いたのは正午すぎだが、私も事情をのみ込むのに苦労した」


耳を疑った。


縁談の話が舞い込んできたような話の内容ではあったが、父が口にしたお相手は回想半分で聞き流していい御方ではなかったからだ。


「どうして私のような者が縁談のお相手に?」


「そんなこと。私が聞きたいくらいだ」


縁談のお相手はこの王国の大貴族であるワルキューレ公爵の愛娘、アルターシャ・リベルタス・ワルキューレ公爵令嬢。


通常であれば、下級貴族の、ましてや将来性のかけらもない三男に舞い込んでくるような相手では決してない。だが、それ以上に断る選択肢のほうがない。


私の返事など必要ないとでもいわんばかりに、その後は縁談の日取りや時間などが決定事項のように淡々と告げられた。


そして心の準備も不足なまま、顔合わせとなるその日は早々に訪れることに。



「到着されたようだ」



装飾で彩られた馬車が表に停車したところで、父から最後の忠告を受ける。


「わかってはいると思うが、くれぐれも無礼のないようにな。お前の態度や言葉一つで我が子爵家は平民落ちどころかこの王国に住む場所すらなくなる」


「……わかっています」


この世界は初めてだが、17年間も生きてきたのだからある程度のことはわかっているつもりだ。ましてや、貴族とは名ばかりのこんな潰れかけの下級貴族が王国一の大貴族に逆らえるはずもない。


「お初にお目にかかります。ワルキューレ家長女、アルターシャ・リベルタス・ワルキューレと申します」


彼女はまばゆい宝石が散りばめられた白のドレスをつまんで、ゆっくりと腰を落とす礼をした。


コバルトブルーの瞳に金色のきらめく艶の美しい髪。長いまつげに凛とした小顔の彼女はまさに容姿端麗、才色兼備。これらを混ぜ合わせたような美しい女性だった。


普通は身分の低いこちら側からお伺いするものだが、今回はワルキューレ公爵家たっての頼みということでこちらに出向かれた次第。であるわけだが、労いの言葉も見当たらないほどに私は彼女に見とれていた。


「エリックさま。わたくし、あちらの庭園を散策してみたいです」


「勿論でございます。是非エスコートさせてください」


両家両親を交えた歓談もある程度に、アルターシャ様の提案で私たちは庭園を散策することになった。




(どういうことだ……?)


何か特別な事情から成る政略結婚だとしてもだ。私が気になっていたのは、国王陛下の姉妹から別れる直系の血筋である大貴族ワルキューレ公爵家が、なぜ下級貴族の、しかも爵位を継ぐ予定もない私のような三男にこの縁談を持ちかけたのか。


あと1年の命だからという前提の上だが、正直にいえば、縁談の成否などどうでもよいほどに気になっていた。


「あの」


彼女が口を開いたのは、両家からは少し見えにくい位置付けになっている茂みでのこと。


「お父様にはわたくしの方からお話しておきますので」


「と、申しますと?」


「申し訳ありませんが、どうかこの縁談を御断りしていただきたいのです」


意味がわからなかった。縁談を申し込みになられたのはワルキューレ公爵家のほう。それがお会いしたその場で御断りを申し出されるとは、何か失礼なことでもしてしまったか。


「何か無礼を働いてしまったのであれば御詫び申し上げます」


「いえ、無礼だなんて全く。とても素敵な方だと思います」


「ではなぜ? 失礼ながら、破談とするその理由をお聞かせいただいても」


「実はわたくし、もう長くないのです……」


「長くない?」


「持ってあと1年の命。包み隠さずに申し上げますと、わたくしは生まれた時から18歳を迎えると同時に死んでしまう運命にあるのです」


(な、なんだと……!?)


突如としてアルターシャ様から出てきた18歳で死を迎えるという言葉に思わず鳥肌が立つ。


いや、まさかそんな。何かの偶然だろう。ここは普通に考えるんだ。そう、例えばなんらかの病気を患っているとか。


そのまま口にする。


「それは、不治の病にかかっているということでしょうか」


「いえ、病気などではありません。世迷言とお思いになるかもしれませんが、わたくしはいつの時代も18歳になるその日に命を落としてしまうという運命を抱えているのです。この話をするたびに、精神に異常をきたしていると縁談はいつも白紙に……」


(それでこんな下級貴族の私のところに話が)


「ですがこれは事実なのです。事実を黙って婚約するわけにはまいりません。ですからどうかーー」


「私もです」


「え」


確信などない。というより、まだ何かの間違いだという思いが勝っている。しかしだ。もしかするとその間違いが間違いである可能性もある。どのみちあと1年の命であるならば、いっそこの際、思いきって切り出してみるのも悪くない。


「私もアルターシャ様と同じく、18歳になると死んでしまう運命にあります」


私の同調するような告白に、一泊の時間を置いたアルターシャ様のお顔がみるみるうちに険しくなられた。


「それはお気遣いのおつもりでしょうか。それとも、わたくしのことを嘲るおつもりですか」


「残念ながらそのどちらでもありません。事実、私はこれまで9回、いずれも18歳で命を落としてきました。時代も、世界も、それぞれが異なった人生を9度」


アルターシャ様の淡いコバルトブルーの瞳が一点に私を見つめてくる。私の目だけを離さない。


ひとときの沈黙のあと、アルターシャ様が静かに口を開いた。


「9度、と仰いましたね。ではひとつお聞きしますが、貴方は最初の人生を覚えておられますか?」


「勿論です。こちらも世迷言……いや、異常者ととらわれてしまいそうですが、【東京都】という異世界の都市に在住する普通の男子高校生でした」


「…………うそ…………」


「当時の私の名はーーーーうおおっ!?」


「会いたかったっ!!!!」


私の言葉をさえぎって、アルターシャ様は飛びつくように私の首に両腕を回した。


間違いない。名前も容姿も時代も立場も、何もかもが違うが確かだ。彼女もまた、私と同じく様々な世界を18歳ごとに終え、転生を繰り返してきたのだ。


「まさか……本当にこんなことが……!」


どの時代の、どの世界であっても、私は彼女だけをずっと探していた。


「ずっとーー!!」


「わたくしもっ!!」


彼女からあふれ出る涙が私の言葉を詰まらせる。


こんなことがあっていいのか。喜びに打ち震え、深海よりも深い安堵感に溺れそうだ。つまりは、なんと表現すればいいか……いや、もうなんだっていい!


私も彼女を強く、強く抱きしめた。



「ずっと会いたかった!!!!」



これまでの9度の人生、何度この瞬間を夢見てきたことか。


そして10回目を数える今回。奇跡的にも私たちふたりは同じ時代の同じ世界に転生した。


大貴族の公爵令嬢アルターシャと、貧乏貴族の三男エリックとして。




★★★




縁談からはじまり、身分の差から生じる様々な書面手続き等を済ませた私たちは、のちに正式な婚約を果たした。


果たしたのだが、大変なのはそこからだった。


私たちの縁談の元をたどればそれは政略結婚に他ならない。環境や状況が変われば相手も変わるなど普通に起こり得ることだが、事もあろうことか、私との婚約のあとに王国の第一王子であるマルネリス殿下がアルターシャ様に婚約を迫ったのだ。



「御断り申し上げます」



思い返せば気の強い幼なじみだった。普段は温厚で品のある優しい女性という印象だが、ここぞという時は相手が誰であってもはっきりと物申す。それが貴族として生まれ変わり、立場が確実に上であるはずの第一王子であったとしても。


「殿下はつい先日、侯爵家のレイティールさまに婚約宣言をしたばかりではありませんか」


「あんな地位や金だけが目的の女はもういいのだ! それよりも貴様、大衆の面前でよくもぉぉ!! これは不敬罪だぁぁ!!」


「ええ、結構です」


無茶苦茶な言い分だが、ここはそういう世界でそういう時代。その後、アルターシャ様は不敬罪として国外追放を言い渡された。



翌晩ーー



「お前はどうするつもりだ。エリックよ」


「こうなってしまった以上、私は平民として生きてまりいます。父上、兄上もお元気で」


アルターシャ様との婚約が白紙になった私は、平民として生きていくことを告げたのち、そのまま商人となった。4度目の人生で商人の倅として生を受けた過去がこの決断を後押しする形となったといえる。


無論、アルターシャ様の国外追放に納得していたわけではない。ただ、自分でも不思議と怒りはそこまでではなかった。


(同じ世界にいるというだけでこれほど前向きになれるとはな。よし)


私は商人として王国に本店をかまえる商会に就き、わずかな時間で膨大な利益を伸ばしていった。金に興味はない。目的はひとつ。



「通れ。通行を許可する」



そう。貿易や仕入れを理由に国外へ出向くためだ。追放されたアルターシャ様を追いかけるために。


だが彼女は彼女で、私と同様9度も様々な人生を送っていただけのことはある。


手続きや申請やらで追放から40日後に隣国へ出向いた時には、なぜかすでに騎士団への入隊を果たしていたのだから。


(いくら運動神経が秀でていたからといってそんな簡単に入隊できるはずがない。きっといずれかの人生で騎士を経験したのだろうな)


私がそうであるように。


彼女のことは一旦さておき、私は私で隣国に出していた申請許可書が受理されたタイミングで商会の支店を開設した。次なる作戦のために。



★★★



「いつもご贔屓にありがとうございます」


3ヶ月もすれば支店は大繁盛となった。

元いた王国の本店もこちらの好調具合に比例するかのように業績が伸びはじめ、週に1度は王国と隣国を行き来する忙しない生活を送っている。


とある黒い噂が流れはじめたのは、ある日のことだ。


「店主よ。最近この近辺で盗賊が出るって話だから気をつけなよ!」


(遅い。ようやくきたか)


無論、私が仕込んだわけではない。

支店を繁盛させ、毎週のように高級な衣類や宝石を載せて行き来している商人がいると聞きつければ、遅かれ早かれ盗賊やごろつきのたぐいは現れるものだ。


実際、私にもアルターシャ様と同じく剣の心得はある。正直なところ、その辺の盗賊など話にもならない程度には。


「くくっ、止まれ。馬車を降りろ」


などと考えながら荷物を載せて隣国へと続く陸路を進んでいたら、早速数人の賊が現れたようだ。


「どうか命だけはお助け下さい」


そうなればやるべきことはひとつ。

金のナイフを手に取って精一杯の抵抗を示すことではなく、案にたがわず跪いて命乞いをさらすのみ。


「ぐあっ!!」


そうすれば


「な、なんだ!? うわぁ!!」


背後からしのび寄る剣一線が賊をなぎ払うからだ。

盗賊が自国の近辺に出没したと聞いて黙っている騎士団がどこにいる。


そして私の勘が正しく、さらに運も彼女の実力もよければここには。


「エ、エリック!!?」


「アルターシャ様、お久しぶりです」


私たちは隣国の地で無事再会を果たした。




★★★




(相手への素直な感情は、時に親しい者ほど短い時間で照れ隠しに敗北するーーか……)


以前どこかの本で読んだ記憶があるが、なるほどな。と、ひとり納得する。


やっとの思いで再会を果たしたというのに1週間はこんなやり取りが続いた。


『わたくしの方が大変でした! 令嬢に産まれるなんて本当にはじめてなんですから! それまでは女であるというに無理やり騎士団に入れられたり、ある人生では1日でお米を100俵ほど運ばされたりーー』


『何をおっしゃられます! アルターシャ様の人生など私に比べれば極楽と呼べましょう! 私など、人が人を襲うというような奇病が蔓延した世界に生まれ落ち、友人と一緒に特効薬をとりにいった際にその病にかかり、あげ句の果てに自分で自分に剣を突き立てーー』


要するに、これまでの人生どちらの方が大変であったか。まるで子供のような主張合戦だ。


でもそれは本に書いてあった通りで、きっと照れ隠しなのだと思う。どちらも大変だったに決まっているし、その中でようやく果たした想い人との再会だ。嬉しい以外にあるはずがない。


どの世界のどの人生に転生しても、彼女だけがいない地獄のような世界がずっと続いていくと思っていた。



「エリック、紅茶を入れたのでご一緒していただけますか?」



そんな希望も何もない転生人生に、唯一の輝きである彼女の存在が今ようやく目の前に現れたのだ。


私は10回目の転生にして、もう死にたくないとはじめて強く願った。



★★★



ある日のこと。


「望みません。このまま貴方と一緒に過ごせるなら、わたくしはそれだけで満足です」


国外追放された身の上とはいえ、公爵家から直接勘当されたわけではなかったアルターシャ様に、御家のことや伝令から読み取れる御両親からの援助の申し出をお訊ねしたらこう返ってきた。


でもおっしゃられる通りで、思い返せば1度目の人生を含めてもっと生きにくい世界はお互いにたくさんあった。


数ある知識と経験を有している今、この世界で残りの人生を過ごすだけの私たちにとっては援助などなくても大きな弊害などありはしないだろう。


とはいえ、金銭面的にそれほど余裕があったわけでもなかったから、自分たちの命が残すところあと半年と差し迫っているというのに、その後しばらくは互いに日々を商人と騎士として勤め上げた。



★★★



「エリック」


仕事柄、一緒に時間を過ごすのはいつも決まって深夜だ。私はそれでも十分幸せで満足だったが、今宵のアルターシャ様のお顔はどこなく不満げに見えた。


「アルターシャ様、いかがなさいました?」


「もお! ふたりきりの時は"様"や敬語お止めくださいといいましたのに!」


「あ、ああ、そうだった! すまない、ついいつもの癖で」


「ずいぶんと貴族が板についているのですね。ですが、この世界ともあと数ヶ月でお別れです」


「……ええ」


「叶うなら、わたくしはもう死にたくありません。ようやく待ち望んだ貴方にこうして出会うことができたのですから」


「私もです」


「ねえエリック。できることならで良いのですが、お互いの時間をもっとふたりの時間に使うというのはどうでしょう。次、いつまた貴方と再会できるかわからないと考えると不安で仕方ありません。……わがままをいってごめんなさい」


愛らしい。そしてその願いは私も心底望んでいたくらいだ。それをわがままというのならいくらでも申しつけてほしい。


しかし事態は、ふたりで余生を謳歌しましょうと話し合った矢先に起こる。



翌日ーー



「い、今なんとっ!?」


「……昨夜の言葉は撤回させていただきます。わたくしは貴方と一緒に過ごすことができなくなりました。本当にごめんなさい……」


軍事国家である帝国の近衛兵たちに囲まれたアルターシャ様が、扉から家の中には入ってこようとせず、うつむいた暗い表情で唐突にそう告げた。


全く状況がのみ込めなかったが、私はふと昨晩の会話を思い出す。



『明日は最後のお勤めですが楽しみです!』



確か、帝国から外交の一端として帝都近衛騎士団がお越しになり、こちらの騎士団との手合わせを含めた交流や意見交換、両国の陸路に新たに配備する軍事整備等の話し合いが行われるとおっしゃられていた。


帝都の近衛騎士団といえば、自らが隊長として軍をまとめるハリアメイ帝国の皇太子【アルベルト・ハリアメイ殿下】が有名だ。


噂では、騎士団メンバーはおろかアルターシャ様であっても足元にも及ばない強さだとか。



「さようなら……」


「アルターシャ様っ!!」



ここで剣を抜き、帝国の騎士団とやり合うのはいいがそこまでだ。きっと話が絡まった糸のようにややこしくなり、事情も何も掴めないままアルターシャ様に近づくこともできずに運命の日(18歳)を迎えることになる。


私はぎりぎりのところで理性を保ちつつ、不本意ながらもアルターシャ様の背中を見送った。


(あれは)


アルターシャ様がお乗りになられた馬車は5列に配置された形態の中心の荷馬車。その豪華絢爛な荷馬車には、大きな帝国の紋章が刻まれている。


(やはり、アルベルト・ハリアメイ殿下……)


なんとなくではあるが状況に予想が立ってきた。私は全ての予定をキャンセルし、急いで騎士団の門を叩いた。



★★★



騎士団各部隊への配属には、ソルジャー養成所や魔法支援養成学校、それら学園を経由するのが一般的であるが、中には中途採用を実施している部隊もある。



「はじめっ!!」



大まかな試験内容としては実技と筆記試験だ。

それらを規定点数以上でクリアした者が最後に市民からの依頼を騎士団見習いとして受注し、同行する騎士団員の援助なしでミッションクリアできた者が合格といった流れになる。



「そういえば少し前にもお前くらいの年の嬢が満点で一発採用だったな。こんな短期間で2人目の満点とは」


「ありがとうございます」



残された時間に限りのある私は、これまでの経験や知識をふんだんに利用し、猛スピードで騎士団への入隊を果たした。


目的はもちろん、この国と帝国を結ぶ陸路に配置される予定の国境騎士に選抜されるためだ。


商人のままでも裏ルートを使えばハリアメイ国には入ることはできそうだが、そもそも正規の手順では申請に時間がかかり過ぎる上、ハリアメイ国に入国できたとしても城下町までの通行滞在許可書が関の山。


中心部である帝都には一定以上の権限や領地を持つ限られた貴族や騎士団しか入ることができないという点から早々にあきらめて、私は私なりの近道を突っ走ることにした。


(今は時間を忘れ、全力で努力する他ないのだ!)


私は出世を求め、可能な限り行える全てのミッションを受注し、それらをクリアしていった。



★★★



「騎士団ベンローブNo.027、ルーベンス・ハイマー。グランドマスターの名に置いて、貴殿を我が騎士団から国境騎士に推薦する」



今グランドマスターから拝命を受けたルーベンス・ハイマーとは私のことだ。もちろん偽名である。


王国の商人としてこの隣国に赴いているだけの私には永住権も市民権もない。だから騎士団の入隊テストの前に偽造の身分証やこの国の戸籍を用意した。


だてに9度も転生を繰り返しているわけじゃない。


何はともあれ、昼夜交代で配置される国境騎士には各部隊隊長が10名。部隊長指名枠が10名。そして騎士団グランドマスター推薦枠から5名が選抜される。


なんとか最後の推薦枠を勝ち取った私は、初日の配属希望届けを提出し、その日の夜に国境へ向かうことに成功した。




「どうかなさいましたか? なんだか高揚しているように見えます」


「わかるかい? あと10日だからな!」


確かにあと10日だ。私の運命の日まで。

早くアルターシャ様にお会いしたい。


「いよいよだなって思うと楽しみでよ! アルターシャ様のお披露目会!」


やはり予想していたとおりの出来事が起こっていたようだ。


あの日、アルターシャ様が私に別れを告げに来られる少し前、親睦や交流の一環で執り行われることになった両国騎士団員同士の模擬試合。


所詮は木剣と侮るなかれ、その交流戦でアルターシャ様は帝国騎士団を相手にほぼ気絶させるという無双っぷりを披露されたようだ。



『素晴らしい。そして、美しいーー』



そんなアルターシャ様を見初めたのが皇太子アルベルト・ハリアメイ。しかし彼女の性格からして、素直にうなずくとは思えない。


これは憶測になるが、私に別れを告げに来られた時にアルベルト殿下もご一緒だったことを鑑みると、おそらく私関連を引き合いに出されたのだろう。


商人として市民権を得ていない私に即刻帰郷を下すだとか、逆らえば私の命の保証はないだとか。


しかし仮にだ。

その程度の脅しをお受けになったとする。



『わたくしは貴方と一緒に過ごすことができなくなりました。本当にごめんなさい……』



思い出しても腹立たしい。はっきり申し上げて、アルターシャ様は大馬鹿者だ。その判断は私たちの運命を理解しての決断か。


私にとって、アルターシャ様と引き離されてしまうということは剣で心臓を貫かれることと同義である。


もしも私を想ってとおっしゃるのであれば、それは申し訳ないが甚だしさこの上ない。


つらいことは死ぬことではく、再会できた最愛の貴女と再び離ればなれになることの方だとわかっていただきたい。



「両名、交代の時間だ」



3日で交代となる国境騎士は、任務期間に起こったいざこざや交通状況などを両国の日報に記さなければならない。情報の偏りや重複をなくすため、任務者は両国にそろって入国し、互いの意見を交えながら日報を記す規則だ。


運命の日(18歳)まで残り1週間ーー



★★★



「ルーベンス今のうちだ! 早くしろ!」


「ありがとうエリガー。恩に切る」



私は国境任務の3日間で、帝都から同じミッションで配属されていたエリガー騎士という人物を取り込んでいた。


帝国ハリアメイには日報提出期限として1日のみの滞在期間が設けられているが、初任に関してだけは、報告の仕方や各所入所手続きなどのやり取り、いわば両名が自国に落としこむための学習期間として特別に2日間が与えられている。


私が初日の配属を希望した理由がこれだ。


まず私は、偽の私を作った。

お披露目会まであと1週間。2日では準備すらままならないため、すべての身銭を切って偽のルーベンス・ハイマーを用意する必要があった。


次に地下へ潜り、花屋・骨董品店・料理店と順にめぐる。ほぼないだろうが、どこかにはあるはずだ。皇城に侵入できるわずかな可能性が。失敗は許されない。お披露目会は私の運命の日と同じ日なのだから。


「どうせ死ぬのなら最後くらい、貴女のお側にいさせてください」


私は確実に侵入できるそのきっかけを掴むため、昼夜を問わず情報をかき集めた。



★★★



ここは帝都皇城内にかまえた離宮。静けさだけが浮かぶ廊下に、コツコツと鳴る足音が警戒していたわたくしの耳にははっきりと、そして大きく聴こえた。


ただでさえ公務でご多忙なはずなのに、従者を使わずこんな夜更けにわざわざ自ら離宮に訪れるなんて。


(これはきっと……)


「まだ起きていたのか」


「ええ。夜風がとても心地よいのです」


「ふ、意外に未練がましいのだな。アルターシャ・リベルタス・ワルキューレ」


(バレているわね)


彼は扉ににやけた顔と体を預けたまま、その場で腕を組むだけで入ってこようとしない。


「窓際に立つ理由は夜風が心地よいだけか? そんな細い布を束ねた程度では途中で切れて死ぬだけだと思うが」


やっぱり。でもそうはいうものの、無理に押し入ってこないのはわたくしが本当に飛び降りてしまう可能性がゼロではないと踏んでのこと。


皇太子という身分を抜きにしても、さすがこの若さで帝国騎士団の長を勤めるだけのことはある。


この人、一筋縄ではいかない。


「確かに好きな衣服を選べとはいった。しかし寒さが過ぎた季節にしては不自然な選択だったな。それらを紡いで脱出に使用するという予測くらい誰でも立つ」


「……」


「別れの挨拶は済ませたのだろう? それとも、まだ言い交わしたい言葉が残っていたのか?」


「殿下、"意外に"とは心外です。わたくし、彼に対しては未練しかありません。本来であれば今すぐにでも彼のもとへ帰りたいほどタラタラに」


「くくっ、そうか。ならば好きにしろ」


「え」


殿下の意外なお言葉に一瞬頭がまっ白になる。


「どうした? 紡いだ布をつたって飛び降りるもよし。途中で落下して死ぬもよし。俺とここで剣を交えるもよしだ」


悔しいけれど、すごく楽しそうだわ。でもそれは裏を返せば余裕があるということ。どの選択肢をわたくしが選んでも問題はないという余裕が。


乗ってはいけない。彼のペースに。


「殿下、どうしてわたくしに求婚なされたのですか?」


「……」


「お言葉ですが、殿下の剣のお相手でしたら役不足だと思うのですが」


「お前に俺の剣の相手など期待していない」


馬鹿にしているのかしら。


「お約束はお守りください。わたくしが殿下の求婚を受け入れたのは、殿下が()()()()()()()()()()()()()()()、それをわたくしにお教えいただけるとおっしゃってくれたからです」


そう。皇太子アルベルト・ハリアメイは、わたくしたちが転生を繰り返している身であることを見抜いた上で、親善試合後の息を切らせたわたくしの耳元でこうささやいたのだ。



『お前の、その転生の解き方を教えよう』


『え!? どうしてそれを!?』


『条件がある。妻になれ』


彼がどうやって転生を見抜いたかはわからない。もちろん、わたくしから転生の話を打ち明けたなんてことはなく、エリックに至っては面識すらないはず。


わたくしたちに死を連想させる脅しに意味がないことは自分たちが一番よく理解しているけれど、まさかその脅し文句が【転生の解き方】だったなんて……もう予想の斜め上も上だったわ。


結果、わたくしはエリックと一緒の時間を増やしたいと甘えてみた翌日に裏切ることになってしまった。


エリック、本当にごめんなさい……。



でもーーーー



「転生を繰り返す中で、今後一切彼に会えない可能性すらあるのです。だったらわたくしは、どんな条件を受け入れてでも彼と同じ世界で生きたい」


わたくしの言葉に彼は優しくほほえんだあと、そっと呟いた。


「見事な愛だ。こっちへこい」


「……喜んで」



★★★



本日が予定通りならば私は死ぬ。

だが、日付けが変わった瞬間にすぐに死亡するというようなことはなく、転生の前に起こる死はいつも不自然でないような形で訪れる。


今回でいう自然の流れとは、見つかって即刻処刑あたりか。


「いずれにしてもだ」


食事会も兼ねているこのパーティーに差し支えがあってはならない。決意とは裏腹に、私は広大な会場に並べられた立食用のテーブルへ料理を運ぶ。


(それにしても妙だな)


爵位にもよるが、貴族同士のお披露目会は婚約の書面を交わしたあとのささやかなパーティーという印象があるが、皇族のお披露目会ともなればその規模も賓客の面子も段違いだ。


そう、だからこそ妙なのだ。


(こんなだだっ広い会場に兵がひとりもいないとは……。それに、お披露目会の時刻もまもなくというのに静かすぎる)


皇族のお披露目会ともなればかなりの数の来賓があって当然だ。その全員が会場の外の広場で待機しているのなら、もう少し喧騒としていないと不自然だろう。



「入りやすかったか? ルーベンス・ハイマー」



突然、背後から声がした。


油断などしていない。ハリアメイ国に不法入国まがいな方法で潜入し、帝都には身分を偽って滞在していた。油断どころか、むしろここ数日の警戒心は頂点を極めている。


だとすればーー


(はじめからそこにいた……?)


それが一番しっくりくる。

しかしある意味、それが一番恐ろしい。


「国境騎士として入国したまではよかったが、身代わりがお粗末だった。それならまだこちらの兵と入れ替わり、警備の名目で会場入りしたほうが手間も省けただろうに」


「……いえ、殿下。お言葉ですがそれでは欺かなければならない人数が多すぎるゆえ、本日を迎える前に身分があらわとなってしまう恐れがございました」


「くくっ、そうか。似ているな。花嫁に」


わざといっている。わざと"花嫁"と呼んで私の神経を逆なでし、冷静さを削ごうとしているのだ。


(アルベルト殿下、ご安心を)


私の冷静さなど殿下にお声をかけられるはるか以前、アルターシャ様に別れを告げられたあの日からとう吹き飛んでおります。


前掛けなどの衣類を脱ぎ捨て、アルベルト殿下の目前に振り返る。


片膝をつき、手を胸に押しあてる所作はまるで騎士そのものだっただろう。こういう緊迫した場面ではつい昔の癖が出てしまう。


「大変恐縮ながら、殿下にひとつ訂正がございます。私の名はエリック・レスタース。ルーベンス・ハイマーは偽りの名でございます」


「それは妙だ。俺の記憶では、確かルーベンス・ハイマーと名乗る人生があったはずだが」


(な……っ!?)


戦慄した。先ほどの、花嫁と口にされた時よりもはるかな衝撃といえるほどの。


確かに前回、9回目の転生で私はルーベンス・ハイマーという名前で人生を送っていた。しかしその事実をこの世界に生きるアルベルト殿下が知るはずがない。


「あのとき、俺の腕の中でお前は息絶え、最後にいってくれたことを神は叶えてくれた。……今でも感謝している」



『ルーベンス、頼む……!』



(…………もしかして……まさか…………)



「この感謝、今こそ返そう。今度は、俺が()()()()を救ってやる。だがその前にーー」


いい終えたアルベルト殿下の眼光からは笑みが消え、鋭さが増した。


腰にかかげる漆黒の鞘からハリアメイ国の紋章が入った剣を引き抜き、剣先をこちらに向ける。と同時に、もう片方の手に納められていた剣をこちらに向かって投げつけた。


鞘に入ったままの剣が、にぶい音をたてて足元に転がる。


私はそれを拾い上げ、殿下と同じく剣を引き抜いた。


「約束は果たしてもらわねばな、ルーベンス」


「……まさか、殿下が我が親友だったとは存じ上げませんでした」


「お前もな。当時は全く気がつかなかった」


「ええ、お互いに」


「まあでも良いではないか。今は周りに誰もいない中、互いの目に映るのはあの頃の互いだけ」


「……仰せのままに」


「聞きわけがよい。いくぞ」



★★★



(たぶん今頃、アルベルト殿下とエリックは人払いされた会場で剣を交えている頃だわ……)


本当は今すぐにでもその会場に駆けつけ、エリックのもとに行きたい。けれど、口にする前に殿下からそれだけはしてくれるなと強く虐げられていた。



『俺はお前たちと同じ、転生者だ』



昨晩、離宮の賓客室に通されたわたくしは彼からそう告げられた。


確かに、自身も転生を経験してきている身であるなら、わたくしたちの身の上に起きている事象の理解度は他の人たちに比べてずいぶん高いと思う。


しかし、それだけでは説明がつかいないこともある。


「転生者を見極める方法? 聞いてどうする。お前がそれを知る必要はない」


「必要の有無はわたくしが判断いたします。殿下、お教えください」


「では聞く。貴様が知りたいのは転生者を見極める方法か? 転生そのものの解き方か?」


「うぅ……」


「くくっ、そう拗ねるな」


方法は教えていただけなかったけれど、どういうわけか彼には相手の目を見るだけで、その者が転生者かどうかがわかるらしい。


「奴とは幼い頃の約束を交わした間柄でな」


つまりそれは、わたくしを見初めたというのは口実で、本当の目的はエリックだったということ。


理由はお尋ねしなかったけれど、殿下の口振りからして以前どこかの転生時に面識があるようだった。


今日はエリック18歳の誕生日。


わたくしも嫌というほど経験してきたからわかる。今日、日付けが変わる前のどこかで、エリックの人生は幕をおろしてしまう。



『お前たちを救ってやる』



けれどすべてをお伺いしたわたくしには、殿下のそのお言葉の信憑性は絶対的なものになっていた。


(大丈夫、エリックは助かる)


だからこうして殿下の仰せのままに、エリックが胸を貫かれる可能性があることを承知の上で黙って部屋で待機している。


(そろそろかしらね……)


死はいつも自然な形で訪れる。殿下と剣を交わしている今、エリックに訪れるもっとも自然な死の形といえば。


そんな風に考えてしまうと殿下のお言葉が揺らぎそうになるから、敢えて考えないようにして時間がすぎるのを待つ。


「アルターシャ様」


するとようやく、部屋の扉が数回のノックのあとに開かれた。


「アルベルト殿下が剣をおろされたようです」


「かしこまりました、すぐにまいります。伝令ご苦労様」


わたくしは昨晩殿下からいわれた通り、この伝令を待ってからふたりがいる会場へと足を運んだ。



★★★



9回目の人生の時、世界にはとある奇病が蔓延してた。


その奇病とは、人が人を襲い、発症から10日以内で命を落としてしまうという世にも恐ろしいもの。


「いくぞ、ルーベンス!」


その奇病に人々が侵されていく中で、唯一の光明が【神の山】と称される渓谷に涌き出る聖水の存在だった。


私は親友を救うため、もうひとりの親友であるジークス・ノータリゲルと共に神の山へと向かった。



軽率だった。



回復薬も支援魔道師の同行もないまま向かった私たちは、ほどなくしてふたりともその奇病を発症してしまったのだ。


ジークスともうひとりの親友レイナは近々結婚の予定を立てていた。


あの時代の立場や家柄などのしがらみを越えた恋愛結婚はかなり珍しいものだったが、そんな周囲の声など届かないほどにふたりは愛しあっていた。


思い返せば、彼女を助けたい一心のジークスと、ジークスよりも状況を一歩引いて判断、行動していた私とのあいだには、糸よりも細く海よりも深い溝があったかもしれない。


その溝が話をこじらせる。


「こ、このまま国に帰るのだ……!」


「無茶をいうなジークス! まだ初期症状とはいえ、奇病を発症してしまった俺たちがこのまま国に帰ったらどうなる! 少しは落ちつけ!」


「落ちつけだと!? 落ちついていられるものか! レイナは、レイナは一刻を争うのだ!!」


「今帰れば国そのものが滅ぶんだぞ!! もちろんレイナもだ!」


涌き出る聖水はほんのわずかな量であり、このとき手に入れられたのはふたり分だけだった。


「俺は死ねない! レイナのために生きて帰らねば……!」


「わかっている。ジークス、今ひとり分をここで飲め」


突然の言葉に、怒りを忘れて目を丸くするジークスに私は続けた。


「そしてもうひとり分をレイナに飲ませるんだ。お前たちは生きろ」


「な、何をいう……。俺はレイナと結婚の約束をしたが、お前との勝負の約束もまだ……!」


私たちふたりは優秀な騎士だった。


子供の頃の他愛のない言い争い。大人になってから決着をつけようと本気で約束したことは今でも鮮明に覚えている。


「すまない。約束は持ち越しで頼む」


笑っていってみせたことが余計に冗談っぽく聞こえたかもしれないが、この時の私はどのみちあと2年ほどの命だった。


自己犠牲というつもりはないが、ここで死のうが2年後に死のうが大きな違いなどない。


ならば私は、親友ふたりのためにこの命を使いたかった。



「ルーベンス、頼む……! どうか死なないでくれ!!」



私は自分の剣で腹を貫いた。


発症から10日ほどで亡くなるというのは人々に共通していたが、発症してからの進行具合にはかなり大きな個人差があったからだ。


いつ奇病が進行してジークスを襲うかもわからない上、このまま聖水を飲め飲まないの主張を繰り返していも時間の無駄でしかない。


「来世で会おう、親友……」


「ルーベンス!!!!」



当時のジークスには、私がこの世から逃げたように映ったのだろうか……。



★★★



「やはり強いな」


「どの口が仰います」


笑みを浮かべながら息ひとつ切らさずにいう言葉ではない。殿下はその場から一歩も動かずに私の全ての太刀を片手で受けきっているのだ。


確かに、あの頃の実力は拮抗していたかもしれないが、どうやら今では相当な差がついてしまったらしいな。


これほど実力に差があるとどう間違っても私に勝ち目などありはしないが、代わりに観察に回った私の思考は、殿下と剣を交えることによって徐々に確信へと変貌を遂げていた。


(やはり殿下はジークスの生まれ変わりか)


「どうした、もう終わりか? あの頃のお前はこんなものではなかったはずだが」


「お恥ずかしい話ですが、どうやら相当腕がなまっているようです」


殿下と対峙していると、当時のことを色々と思い出す。私は、一番気がかりであったことをお訊ねすることにした。



「殿下、その後レイナとはーー」


「間に合わなかった」


口調は変わらなかったが、殿下の力の抜けた剣先が床に向く。


「お前が死に、絶望の狭間に溺れながらもなんとか国に戻った時には、レイナはすでに手遅れだった」


正気を失い、自身に襲いかかってきたレイナをジークスは涙をこらえることも叶わず切った。自分の命もろとも。


「これは力尽きる直前に知ったのだが、実はレイナも転生者だったらしい」


(な……っ!?)


「昔の記憶すぎてもはや当時の名前すら思い出せんが、レイナは俺の運命人だったのだ。今のお前でいうところのアルターシャといえばその存在価値はわかるだろう」


(レイナが転生者……!?)


ジークスとレイナはその世界で出会ったただの婚約者ではなく、私とアルターシャ様、つまりは俺と愛莉のような関係性だったということか。


「確証はないが、おそらくもうレイナには会えまい。この手で殺してしまった以上はな」


「そんな……」


「知ってはいけなかったのだ。知らずに見送れば再びめぐり会うこともあっただろうが、お互いを認識したからには、運命のその日まで愛しあわなければならない」


愛莉が偶然見つけた謎のアプリ。確か名前は【純愛・結ばれるまでの愛は永遠の青春】だった。


「結ばれるまでは…………そうか」


「ああ。奇跡的に出会い、結ばれさえすればそれで済む話だったのだ。たが言葉以上にそれは難しい。そもそも誰が転生者であるかわからない状況で、目の前の人間が転生者であるとどうしてわかる? 私は成人直前に死ぬ運命にある転生者だと口にしながら生きるのか? そんな馬鹿はいない」


(み、身に覚えがありすぎて耳が痛い……)


「だがお前たちは奇跡的に出会い、そして互いに転生を認識した上で結ばれた。つまりはもう、お前たちが運命的に死ぬことはない。俺はーー」


「でも殿下にはお分かりになるのでしょう? いえ、今回の転生からなられるようになったといったほうが正しいかもしれませんね」


広い会場の扉が静かに開かれた。アルターシャ様の手によって。



★★★




「お互いに納得した上での破談ならばともかく、結ばれるまでの愛など永遠など、大層に謳っておきながら途中で終わるようなら純愛が聞いてあきれます。殿下自らが手をくだしたという事実は殿下のご記憶にへばりついたままかもしれませんが、それが彼女にとってその場その時の"自然な死の形"だったのでしょう」


「……まるで見ていたかのような口振りだな」


「だっておかしいですもの。今回のわたくしたちのように最初からレイナさまが転生者とおわかりになっていたのであれば、なぜ殿下は彼女が手遅れになる前に転生者同士として愛されなかったのでしょう」


「……」


「あんなに愛していたレイナさまのことは認識できなかったのに、はじめてお会いしたわたくしやエリックのことは転生者と認識できておられました。……おそらくは、このコバルトブルーの瞳」


「ほう」


「わたくしもこの17年間、ずっと不思議に感じておりました。なぜ今回に限ってこのような瞳の色なんだろうって。最初は貴族として生まれたからだと思っておりましたが、どうやら違ったようです」


「……その瞳の色は前世の俺も持ち合わせていた色だ」


いわれてみれば確かに。ジークスやレイナの瞳の色は今回の私たちのような淡いコバルトブルーの色だった。


「つまりこの瞳の色こそ、転生者が同じ世界の同じ時代に生まれた時に現れる転生の証だったのですね」


「どうだろうな。コバルトブルー色の瞳くらい、どの世界にも大勢いると思うが」


「ええ。ですから、その色の瞳に加えて転生者ならではの紋様なりがうっすらと浮かび上がっているのではと推測しております」


「ふ、鋭い女だ。これは手を焼くな、ルーベンス」


「失礼な。さあ殿下、お約束のお時間です。すぐにお披露目会のご準備を。皇太子ともあろう御方が賓客方をお待たせしてはなりません」


「ああ。そうだな。では、そろそろはじめるとしよう」


ジークス、いやアルベルト殿下やアルターシャ様は一体何をおっしゃっている。まさかアルベルト殿下に同情して本当に婚約をーー


「でも殿下。本当によろしいのですか? わたくしは地獄であろうと辺境の地であろうと、エリックと最後までイチャイチャできればそれで満足ですから無理には」


「くくっ! まったく、最後まで面白い花嫁だ」


まただ。というかまだ殿下はアルターシャ様のことを花嫁とおっしゃっている。そう思って少し怪訝な顔をすると、殿下はすかさず口を開く。


「ひとり勘違いしている鈍い奴もいるようだが。ルーベンス、いやエリックよ。俺がいつ自分の花嫁といった」


(え?)


困惑する私に踵を返すアルベルト殿下は、再びアルターシャ様にお顔をお近づけになる。


「余計な心配は無用だ。今宵のお披露目会は、俺の世界で一番大切な親友のものだ。誰にも邪魔はさせん。早く着替えてこい」


「ええ、主役はわたくしではありませんから。さあエリック、謹んでまいりましょう!」


私だけが完全に追いついていない。まるで蚊帳の外状態だ。


困惑する私の腕をとり、皇城の賓客室へのエスコートするアルターシャ様。


「え? それははじめからです」


私の問いかけにきょとんとしたお顔で答える。


「殿下は1度もご自身のお披露目会とは申していません。はじめから、前世のご友人であるエリックとわたくしのお披露目会としてセッティングされていました」


そんな馬鹿な。国境騎士で同じミッションを過ごしたエリガーだって、アルターシャ様のお披露目会が楽しみだと笑顔をふりまいていたはずだ。それに。


「現にアルターシャ様は殿下に娶られてーー」


「はじめはわたくしも殿下に求婚されたとばかり思っていたのだけれど、よくよく思い出してみると殿下は一言も自分の妻になれとは仰っていなかったのです。わたくしに近づいたのはエリックをおびき寄せるためで、とうやらはじめからエリックとわたくしとの結婚を帝国を挙げて祝福することが殿下の恩返し(もくてき)だったようです」


「"もう一緒に過ごすことはできない"と別れを……」


「殿下に最後の挨拶をしておけと促されたからです。もちろん、そんなものなくてもわたくしは一言くらいお詫びとお別れをと懇願しておりましたが、今にして思えば、あの挨拶でエリックの目的が帝国に定まると殿下はお考えになられたのでしょうね」


「人の意図を勝手気ままに解釈している暇があるなら少しは急げ」


あっけに取られる私を尻目に、賓客室の扉から従者ではなくアルベルト殿下ご本人が颯爽と現れた。


「お言葉ながら殿下、騎士の正装は少し時間がかかるのです。特に帝国の甲冑はなかなか……。もう少々お待ちなってください」


「くく、やはり手間がかかるな」


(え?)


『国境騎士として入国したまではよかったが、身代わりがお粗末だった。それならまだこちらの兵と入れ替わり、警備の名目で会場入りしたほうが手間も省けただろうに』


(あのとき殿下がおっしゃった手間とはこのことだったのか……)


しかしそうなると、つまりはーー


「殿下。それでは私がどのルートから侵入を試みても成功していたと?」


「当然だろう。7日程度潜った人間が簡単に忍びこめるほどここの警備は甘くない」


なんだが肩の力がどっと抜けたように私は深くため息をつく。全てはアルベルト殿下の手のひらだったというわけか。


それにしてもなぜだ。妙に悔しいのは。

私は最初で最後の悪態をつくことにした。


「アルベルト殿下、どうか無礼を御許しください」


「あ?」


「ジークス、お前はいつからそんなに頭が回るよになったんだ?」


「ふ……っ、それをいうならルーベンスよ。お前はいつからそんなに鈍感になってしまったのだ」


私たちは久しぶりに、いや、この世界ではじめて笑い合った。


こうしてハリアメイ帝国、皇太子アルベルト・ハリアメイ殿下所縁の友人お披露目会は、各国の有識者や王族たちを集めた盛大なるパーティーとして幕を開ける。



そしてお披露目会の後日、私たちの結婚式はこれまた皇族仕様の盛大な婚姻の儀として国を挙げて行われた。


アルベルト殿下は帝都にそのまま居住する許可、さらには皇城内に接する小さな城の名義を私名義に変更するなど、すでに祝いすぎなほどの施しを提案してくれてたが、アルターシャ様とご相談した結果、さすがに申し訳ないという結論にいたる。


代わりに、せめて私たちふたりが誰にも邪魔されることなく静かに暮らせるようにと田舎の領地を贈呈してくれた。


「エリック、紅茶が入りました。ご一緒してください」


「もちろんです。喜んで」


私たちはこの見晴らしの良い景色に包まれた田舎の地で、死ぬまでアルターシャ様とイチャイチャしながら暮らしていきたいと思う。


それが私にとって、何より一番の幸せだ。

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