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【短編】魔法の海賊異世界で一人旅。~行く先々で激重感情製造機になったのはホントなんで?~


海賊モノは、いかにあの国民的大人気マンガから離れられるかが勝負ですよね。ネタで言ってますが、夢小説ではないですよ。

海賊がいる海だらけの異世界転生で、激重感情持ち製造しちゃう短編です。



 異世界転生を自覚したのは、同じよちよち歩きをしていた双子の妹から頭突きを受けた時だった。

 一緒になって尻もちをついて星を見ていれば、思い出したのだ。


 ああ、異世界転生しているなぁ、と。


 ふわふわな髪は金色に艶めく白で、零れそうなほど大きな瞳は爽快な空のようなライトブルー色という容姿だけで、異世界だと確信していた。前世はアジア系らしく黒髪と黒目だったもの。

 来世はあると信じていたクチであり、異世界転生も夢に見ていた。ラノベで異世界転生モノを読み漁っては自分も……なんて妄想したものだ。

 “来世なんてものはない”と断言していた連中に、“どうだ来世はあっただろうワハハ!”とマウントを取りたい気分である。来世否定派には、夢くらい見ろよ、と思ったものだ。

 来世に夢を馳せていたのは、オタクだったこともあるけれど一番の要因は闘病の末の病死だったからだろう。発覚した時には手遅れの癌で、余生をどっぷりオタク活動に費やして幕を下ろした。

 だから、転生したとすんなりと理解出来たのだ。


「ウソ! いせかいてんちぇえしてる!?」

「…………」


 妹よ、お前もか。


 同じく尻もちをついている妹が、自分のほっぺを持ち上げて仰天している。

 双子揃って異世界転生しているそうです。


「ええ!? 何系? おとめげー? 逆ハーがいい! イケメンパラダイちゅ!!」


 ふんすふんすと鼻息を荒くする妹は、ラノベで言えば、乙女ゲームの正ヒロインなのに欲をかいて逆ハーレムエンドを手に入れて悪役令嬢を貶めるけれど、反撃を喰らってバッドエンドを迎えるタイプの転生者っぽい。偏見かもしれないが、そんな人格。


 ヤバい。双子の妹だけれど、関わりたくない。とても赤の他人になりたい。

 この場合、この妹が貶めるのってもう一人の異世界転生者の私じゃない? 御免こうむる。


 私の冷めた眼差しに気付くことはなかった。私達が頭をぶつけ合っていたことを見ていた使用人が、慌てて濡らしたタオルを持って赤くなる額に当ててきたからだ。


 双子の妹は「ねぇ! ここはなんの世界!?」と興奮して尋ねるが、そんなことを問われても戸惑われるだけである。返答に困るよね。世界規模の質問なんてさ。

 妹はそれでも「何があるの!? ねぇ、何があるの!?」と質問を積み重ねていった。


「世界に何があるかって? 海があるよ」


 騒ぎを聞きつけてやってきた金髪の青年である父親が、笑いかけてそう答える。

 我が家は、いいところっぽい。背広姿の父は、見慣れている。白金髪の母も、ドレス姿だし。


「今は大海賊時代と言われているちょっと物騒な時代だから、海には出てほしくないな」


 苦笑をする父を見て、目を点にした。


 え? 大海賊時代……の異世界? 俺の財宝か……!? って言うオープニングのアレ?


「ウソ……!! ここ、ワ○ピースの世界!? 夢小説の方!?」


 妹よ……お前も夢女か。流石に、そっちの異世界転生はビックリすぎるんだけれど……。それなら私は推しを救済したいな。だって推しだもの。


「ん? なんの話だい? 服の世界?」と、父親は困り顔になっていた。


 その反応にピンとくる。

 さては違うな? ひと繋ぎの財宝ないな? 違う大海賊時代の異世界だな?


 妹は気付かず、海賊王の名前を言っては処刑から何年経ったかと問い詰めていて、父親をギョッとさせていた。そばで暴走を見守っていたけれど、妹の推しは赤い髪の人らしい。推しが被ってなくてよかった。私は、そばかすイケメン。まぁ、救済出来ないので、ちょっとしょんぼりするけれどね。


 大海賊時代の異世界違い。切り替えていこう。


 妹がおかしな子認定されるであろう質問を、ボンボン出す横で順調に情報収集していると、だいたい把握が出来た。


 先ず、何かの乙女ゲームやラノベの中に異世界転生した可能性はかなり低いということ。つまりは、原作知識というチートが利用出来ないタイプの異世界だ。

 世はまさに大海賊時代ではあるけれど、そもそも海の多い星だから、無法者は大昔からいて、今の時代は過去で最も多くの無法者が海で暴れているという。海獣がいるらしい。魔物も魔法もあるそうだ。生活魔法は、これから私達も学ぶことになると教えられた。


 魔法ありの大海賊時代の異世界。

 それが私と妹が転生した世界だという。


「乙女ゲー逆ハー、ない……つまんな」

「……」


 妹は自分が乙女ゲームのヒロインに転生していないことに落ち込み、イケメンの逆ハーが望み薄だと気付き、転生早々に諦めモードだった。関わらないでおこう。

 私は海は危険そうだけれど、魔法があることに心を躍らせていた。



 私の名前は、プラティーノ・オロ・トルマリーナ。

 双子の妹の方は、ミラティーノ・オロ・トルマリーナ。


 海のそばにあるトルマリーナ街の領主の娘に生まれた。まぁ、ぶっちゃけお貴族様である。

 とはいえ、夜会三昧というわけでもなく、のんびり海が見える領地で過ごしている平穏な裕福な家、というのが私が抱いた印象だった。


 両親も穏やかな人柄だったし、全員揃って美男美女で素敵だった。だった、のである。


 理想の異世界転生ではなかったことに幻滅していた妹が愛を貪ることになったのは、割と早かったように思う。愛想を振りまき、全てにおいて自分を優先させて、勝ち誇った笑みを向ける妹。


 感じ悪っ……! こっわ! やっぱり関わりたくないっ……!


 流石、乙女ゲームの攻略対象の逆ハーを望む貪欲ヒロインタイプ。全ての愛を一身に受けないと気が済まないようだ。


 両親も両親だった。単に妹を優先しているから、いつの間にか私のことを手のかからない娘認識して、妹の方だけを溺愛していった。これぞ、姉妹格差。


 そうくるなら、大丈夫。私は縁を切ってやるから。ノン問題。


 さっさと現世の家族愛を諦めた私は、一人立ちに必要な術を得ることにした。


 ここはやっぱり魔法でしょう。両親が妹に構っている分、私は自由行動が出来たので、屋敷内の使用人に構ってもらい、魔法を教えてもらった。庭師のおじいちゃんから自分の属性を調べることを教わり、闇属性以外はあると判明。これはすごいことなんだと。おじいちゃんには領主様も奥様も喜ぶから報告した方がいいと言ったけれど、私はそんな気はサラサラなかったので笑顔で聞き流しておいた。


「!」

「やべ!」

「バレた! 逃げろ!」

「コラ! 悪ガキ共!! 勝手に入ってきちゃダメだろ!」


 庭の生垣から覗き込む同じくらいの少年達が、目が合うと慌てて逃げ出した。領主の敷地内に入ってもこの程度のお叱りで済むなんて、海賊が蔓延っている時代にしては平穏だなぁ、と他人事のように少年達を見ていたが一人、足を止めてこちらを見てきた。


 ワインレッドの髪が綺麗な少年。顔立ちも、将来はイケメン間違いなしの整った顔立ち。

 思ったことは一つ。

 妹に会ったが最後、被害に遭いそうな子だなぁ……だった。


「お前すげぇーな! オレも五色属性は持ってないのに! またな!」


 ニカッと笑いかけたかと思えば、タタタッと駆けて行った。


「五色属性?」

「五つの属性のことを指しているんですよ。プラティーノお嬢様は、火、水、雷、風、光の五つを持ってますからね。誰もが使える無属性が無色だと表現されるから、他も色に例えられて三色属性持ちや、四色属性持ち、と呼ぶようになったんです」


 やれやれと肩を竦める庭師のおじいちゃんは、そう教えてくれる。


 火は赤、水は青、雷は黄色、風は緑色、光は白。で、闇は黒。

 そのあとも、魔力のコントロールから始まり、図書室で魔法の本を読み漁って、庭師のおじいちゃんのご指導の元、魔法を学んだ。時には、使用人に混ざって魔法の練習として仕事のお手伝いをした。両親と妹に構ってもらえない可哀想な娘認定されているようで、使用人達は私に優しい。


 小さな風を巻き起こして、ゴミを掻き集めたり。清浄の魔法で、綺麗にしたり。

 清浄。これはとても大事な魔法だった。どうやらこの海賊が蔓延る世界も、衛生面に気を遣っているようで、無属性での清潔にする魔法は、生活に必要不可欠の魔法だそう。……清潔な海賊なのかな。


 まぁ、とりあえず、私も必須な魔法よね。根無し草になるかもしれないので、お風呂にも入れない時に全身に使ってやるわ。家出して旅をしても、清潔でいたいもんね。プラティーノは、清浄の魔法をマスターした!



 ある日、妹のミラティーノに本を持っていた手を掴まれた。


「プラティーノ! 公園行くよ!」

「えっ……私はいいよ。本読む」

「だめ! 引き立て役がそばにいなくてどうするの!」


 それ、私に聞こえてもいいと思ってるの? 聞かれてもいいと思ってる? ふぅーん。嫌い。

 連れ出された近所の公園には、この前の少年達がいた。


 うわぁ。早速捕まったの? どんまい……。

 私は、ドン引きした。


「これがあたしのお姉ちゃん! プラティーノだよ! あんまりお話上手じゃないけれど、仲良くしてあげて!」


 ミラティーノは両手を合わせて上目遣いを使う。


「うお! ホント、そっくり!」

「双子って、こんなに似てるもんなんだ」

「よろしく!」


 三人の少年は、揃いも揃って顔立ちが整っていた。まだ十歳にも満たないから、幼い顔立ちなのだけれど、将来有望なイケメンだと確信出来る顔だった。

 緑の短髪の少年は、この領地を守る兵隊の隊長の息子。黒髪の少年は、領主の父の部下の文官の息子。それで、あのワインレッドの髪の少年は、漁師の頭の息子で名前はルビーノ。

 妹の逆ハーレム要員……なーむ。



 ミラティーノは、私をしょっちゅう連れ出して、引っ込み思案な姉の世話をする健気な妹を演じた。たまに忘れるけれどね。連れ出しておいて、いざルビーノ達が私と積極的に関わろうとすると「お姉ちゃん、無理しないで!」とか「そっとしておいてあげて」とか、言い募って自分へと集中させる。


 私はやっぱり、自分は愛されていると確かめるための道具扱い。

 感じ悪っ。

 しょっぱい顔をしてしまう。



 次第に、ルビーノ達は私をいないもののようにミラティーノと遊び始めるようになった。



 私は大人しく本を読んで魔法を頭に入れることにした。魔法の他にも、海獣図鑑も見て対処法を覚えたり、海について必死に学んだ。



 そんな日々を繰り返していたある日。


 ルビーノだけが来なかった。少年達も暗い顔だ。


「ルビーノ……仕事の手伝い中に毒を触っちゃって……寝込んでる」

「どうしよう……子どもだから、命の危険があるって……」


 漁師の手伝い中、毒のある魚か貝に触ってしまったようで、子どものルビーノは瀕死の状態らしい。

 幼馴染達は涙ぐんでいて俯いているから、ミラティーノの顔を見ていなかった。


「……つまんな」



 …………こっわ!



 ミラティーノは微塵も心配なんてしていなくて、心底つまらなそうに呟いていた。


 こっわ! ルビーノは一番のお気に入りのはずなのに、その反応はないわ! こっわ!! 人の心ないのかよ!


 もちろん、ルビーノが瀕死状態なのに暢気に遊べるわけもなく、そのまま解散。家に帰ったあと、ミラティーノは母にせびり、商人を家に呼び出して買い物三昧をした。

 うん、この子、人の心ないわ。早く家出して、離れよう。


 それにしても、心配だ。子どもには命の危険がある毒に侵されているというルビーノ。妹の逆ハーレム要員の幼馴染という認識しかないけれど、綺麗さっぱり忘れ去って読書をするような鬼畜な人格ではない私は考えた。


 光属性は希少だと、庭師のおじいちゃんが言っていたので、他の人には言っていない。こんな田舎とも言える領地に、光属性持ちの医者はいないとは前に聞いた。他の街にはいるそうだけれど、この街では魔法なしの治療に頼っているということだ。


 ここは私の腕を発揮するいいチャンスではなかろうか。

 いや、不謹慎でごめんね、ルビーノ。でも助けたい気持ちは本当だからね。



 私は夜になってから、こっそりと港に向かった。そこにルビーノの家があると知っていたからだ。以前、港で遊ぼうと言うことで、ついでに教えてもらった。ここで発揮する魔法は、無属性の探索の魔法だ。二階の部屋に横たわっている気配を発見。ちょうど一人のようだ。

 風属性で浮遊して、静かに窓から侵入。


 一人部屋の壁際のベッドに、魘された様子のルビーノを発見。そっと近付いて覗いてみれば、紫色の唇の色の悪い顔を苦しそうに歪めていた。そんなルビーノの右手を両手で取る。目を開いたルビーノは、ぼんやりと見上げてきた。


「……ミラ?」


 誰が人の心のない貪欲妹だ。しょっぱい顔をしてしまいそうだった。


 私とミラティーノは一卵性双生児だから見分けも難しいのだろう。まぁ、呼べば愛想振り撒くミラティーノがすぐにわかるから、困るようなことはないけれどね。愛想がない方が私だという認識だろう。ルビーノは視界もぼやけているのか、私が笑みに見えているのかもしれない。

 許すよ……君は瀕死だしね。


 そんなルビーノの治療を始めた。解毒薬を飲ませたと思うけれど、解毒しきれていない毒があるからこそ、ルビーノは苦しんでいるのだろう。光属性の浄化の魔法で、体内にある毒を浄化させる。悪い物は、一括浄化だ。


 ポッと蛍のような淡い光が灯る。ぼんやりと見ていたルビーノはやがて目を閉じた。苦しそうな表情は、もうない。


「もう大丈夫よ」


 前髪が瞼にかかっていたからそれを退かして頬を撫でて熱を確認した。すり、と頬擦りをしたルビーノは安堵したように息を吐いたあと、静かに寝息を立て始めた。


 成功である。私は浄化の魔法も使えるようになった!

 帰りは、索敵の魔法で安心安全に帰宅。探索の魔法も索敵の魔法も使えこなせるようになった!



 数日後、安静にしていたのか、ルビーノは笑顔で公園に現れた。


「ルビーノ! あたし、すっごく心配したんだから!!」

「ありがとう……! ミラ!」


 目をうるうるさせたミラティーノの渾身の演技には、戦慄した。

 ルビーノの心配を一切せず、買い物を楽しんでいた人でなしのくせに……。

 そんな人でなしに、熱い眼差しを向けて頬を紅潮させるルビーノはとても喜んでいた。


「もう遊んでも平気なの? ルビーノ」

「ああ、うん、すっかり平気」


 私の問いにも、そっけないルビーノは、ミラティーノに夢中だ。


 流石に私の治療は夢だと判断されて奇跡的な回復をしたと思われたらしい。


 でも、ルビーノは夢だとしても、自分を救ってくれたのはミラティーノとでも思っているのか、その件を境にルビーノはミラティーノに献身的だった。もうお嬢様扱い。実際お嬢様だったけれど、蝶よ花よと手厚い扱いをする。


 ミラティーノは、もう大ご機嫌だった。右手は常にルビーノにエスコートさせるほどのお気に入り。


 相手、人でなしなのに。ルビーノの盲目さにしょっぱい顔をしてしまう私だったが、何も出来ないのでもう気にしないことにした。




 しかし、数年後。治療が夢じゃないと確信していたルビーノが、ミラティーノは光属性持ちではないと言う事実を気付き、全てが思い違いだと知って発狂するのだが……そんなこと、私が知る由もなかった。




 ミラティーノは両親とイケメン幼馴染にチヤホヤされて有頂天の日々を、私に見せつけ続けた。

 同じ顔なのに惨めだと思うことで優越感に浸れるらしい。ホント性格悪い。離れたい。




 父に海賊が来たから、外出を控えるように言われた。

 それって非常事態ではないかと思ったのだが、そうでもないようだ。

 カタギ相手に略奪行為をしない温厚なタイプの海賊らしく、宝石などを換金しては物資を普通に買っているらしい。そういう海賊なら追い返さないが、何が起こるかはわからないので用心に越したことはないと、私達の外出は必ず兵士を連れて行くように口酸っぱく言った。


 ミラティーノは酷く退屈そうだったが、私は海賊に興味津々。どんな感じなのだろうか。


 前世の海賊モノの映画な感じかな。家出をしたら、海賊になるって手もあるのだろうか。いやでも、普通に旅人でもいいよね。とにかく、知っておいて損はないだろうと、護衛の兵士を伴って出かけた。


 物資の調達なら、あの店に寄るのかなぁ、とフラッと行ってみたら。


「おーい! ミラ! ミラ!!」

「……プラティーノだけど」

「なんだよ、プラティーノの方かよ」


 幼馴染ズが、声をかけてきた。


「だから言っただろ、ミラじゃないって」


 ルビーノは、しれっと見分けられるみたいに言い切る。アレですね。双子と問わず、兄弟や姉妹でも似ていると言われても“全然違う”と確信して言える恋するパワーのやつ。ルビーノがゾッコンすぎて引く。


「海賊、見てない?」


 というか、君達は外出禁止を言い渡されていないのか。女の子と男の子の差なのだろうか。私達はお嬢様だし、美少女だしなぁ。とか思いつつ、せっかくだから情報を求めた。


「それなら港沿いの居酒屋にいたぞ」


 真昼間から居酒屋か! 流石、海賊!

 何故か幼馴染ズもついてきて、一緒に海賊見物をすることになった。

 ガヤガヤと賑わう居酒屋は、海賊団の貸し切り状態の様子。ジョッキを片手に宴をしている。ウエイトレスのお姉さんは笑顔で接客しているし、気のいい海賊のようだ。最後だからジャンジャン飲むと騒いでいる。

 中でも目を引くのは、一人の美丈夫。紫色の波打つ髪を一つに束ねて右肩から垂らすイケメン。襟付き白いシャツとジャケットに、帯剣姿。


 思ったことは一つ。

 ……妹に見付かったら、付きまとわれそうな海賊である。新たな逆ハーレム要員候補になりそうだ。


 そんな彼とバッチリと目が合ってしまった。


「なんだガキ共!」

「「「うわあー!」」」


 真っ先に幼馴染ズは私を置いて一目散に逃げ出して、護衛は私を抱えて走り出す。


 紫髪のイケメンは、おかしそうにケラケラ笑っていた。

 そこまで嫌な印象は抱かなかった。全員身なりはよかったし、だらしない印象もなく、不潔でもない。

 これはチャンスである。またいつ、温厚なタイプの海賊が来るかもわからない。


 十歳の私は、密航を決意した! 見つかっても、きっと大丈夫!

 思い立ったら即日、間違えた、吉日!


 いそいそと準備に取りかかった。日持ちする携帯食をリュックに詰め、自分に買い与えてもらった宝石は小さな空間収納に入れておいて、いざ出発。


 “家出します、もう帰りません”と一筆置いておいた。きっと妹はここぞとばかりに、姉を失くした悲劇のヒロインぶり、両親はそんな妹を慰めることで手一杯になるだろう。わかっている。大丈夫。ノン問題。


 探索と索敵を駆使して、停泊していた海賊船へ乗り込んだ。


 真夜中なら、家を抜け出せるし、船番の目も掻い潜りやすく、船員もまだ居酒屋に入り浸っていると期待した。結果、成功。


 海賊船は、内装も木製だけれど、ネズミが蔓延るような不潔さがなければ、蜘蛛の巣一つない。なので、隠れる場所は木箱などが積み上がっている倉庫のような部屋を選んだ。そうでもしないと隠れ潜めない。木箱を何とか動かして、木箱と木箱の隙間に身体をねじ込んで隠れた。リュックを抱き締める形で、そのままスヤァーと眠りに落ちる。


 目覚めた頃には、船が動いているようだった。出航したのかな。ギリギリセーフだったのか!

 喜んで携帯食をモグモグした。ちまちま食べては寝て。食べては寝てを繰り返す。


 そろそろお手洗いを借りようと、索敵を駆使して船員からコソコソ隠れながら行き、元の場所に戻ろうとすると、何故かその部屋に船員が集まっていた。

 ええー。私のリュックと隠れ場所に行けない……。


「――――結局、あの街の武器屋でもこの魔剣のことはわからなかったか」


 倉庫みたいな部屋に集って何を話しているのかと思えば、剣を取り囲んでいた。私の身長よりも大きそうな大剣だ。

 魔剣ってあれか。魔法の剣か。本で読んだ。

 希少な宝で武器なんでしょ。海賊すごい。そんなのも手に入れるだね。

 ワクワクして聞き耳を立てて、こっそり覗き込んだ。


「なんだ、そこのガキ!! どっから入り込んだ!?」

「「「!?」」」


 廊下から覗き込むものだから、普通に見つかった。索敵を疎かにしてしまった……しょぼん。

 首根っこ掴まれて、そのまま倉庫の部屋に集っている海賊の元に運ばれてしまった。


「おいおい、密航者かよ。しかもこのお嬢ちゃん、昨日居酒屋で覗き込んでいたな。そんな歳で覗きが趣味とは」


 やれやれと呆れたのは、あの紫髪のイケメン海賊だ。


「どうする? もう半日以上は船を進めちまったぞ」

「今更小舟で送り返しても無事に着くかどうか……」


 船は引き返せないし、子どもが小舟で渡るには危険すぎる距離には来たらしい。


「私、家出したんです。引き返さなくて結構です」

「なんだ、お嬢ちゃん。親と喧嘩でもしたのか? そんなしょうもないことで海賊船で家出するなよ」


 呆れ果てた顔をする紫髪の海賊に待ったをかける。首根っこ掴まれた宙ぶらりん状態で。


「違うんです! 聞いてください! 私には双子の妹がいるんですが、これがまた性格が悪くて! 周囲の愛を総取りして優越感を覚えていないと気が済まない子なんです! 両親はもちろん私よりも、妹を最優先にして疎かにしてきました! さらに幼馴染が三人ほど、将来イケメンになりそうな子がいるんですが、彼らにも優先させるように妹は振舞いました! 私は家で本を読んで勉強をしたいのにわざわざ外に連れ出して、姉を気に掛ける妹を演じるくせにいざ幼馴染達が構うと阻止するんです! でも妹は愛されることだけを必要として愛することは絶対にしないんです! この前、幼馴染の一人が毒で瀕死になったのに、遊べないことにつまらないと吐き捨てて、母親と買い物を満喫していたんですよ! 怖くないですか!? なんとか回復した幼馴染と会えれば、涙ぐんで“心配してたの!”と渾身の演技をかましていたんです! 怖すぎません!? そんな愛に貪欲な妹と双子な私は常に比較されて、優越感を得るための道具にされるんです! 両親には姉妹格差で疎かにされているし、妹がいるなら私はいらないので、旅をするって昔から決めていたんです!! お願いだから、次の島まで船に置いてください!」


 まくし立てるように今までため込んでいたことを言ってやると、最初はしょうがない子みたいに見ていた海賊さん達は、次第に顔を引きつらせて、ルビーノの件の部分では「こっわ」と声を揃えて零した。

 私と同調して「怖い」と言う。


 そうだよね!? 怖いよね!? 嫌な人間から物理的に離れるのが吉! 身内であろうともね!


「昔から決めてたって……お嬢ちゃん、何歳?」

「10歳。かれこれ八年は、妹は周囲の愛を総取りしていました」

「…………苦労してるんだな」

「同情するなら、置いてください!」

「なんでそんな肝据わってるの。……お頭、どうします?」


 お頭。この海賊の船長だろうか。首根っこを掴んでいる海賊さんの視線を辿れば、なんと紫髪の海賊さんに行き着いた。あなたがお頭か。


「いや……でも、なぁ……」と、困り顔。私の身の上を知っても悩むのか。そりゃ一方的に聞いているだけで、丸呑みするわけにもいかないだろう。私の思い込みって線も捨てきれないしね。


「今更戻ったところで、女児誘拐疑惑は免れないかと」

「ん~? とても厚かましいぞ、この家出娘。海賊を脅すとは命が惜しくないのか。海に落とすぞ」


 きっと私が家出をしたことで出航したこの海賊船が疑われること間違いなし。ドンマイを込めて微笑んだから、貼り付けた笑みを返された。紫髪のお頭に首根っこ掴まれて軽くブンブン揺さぶられる。


『小さき者よ。お主を我が主にしよう』


 そこで響いたのは、魅惑のバリトンボイス。


 え、誰の声。


 と、キョロキョロしたのは、私だけではなかった。

 その場の海賊さんもキョロキョロしては、やがて囲っていた大剣に目を移す。


『我の名は、魔剣ココロ』


 魔剣が喋っているー! 魔剣にしては可愛い名前では!? ていうか……。


「あなた、ココロと言うのね!」


 ト○ロの発音だったから、ついついノリで言ってしまった。

 黒いモヤが魔剣を包み込んだかと思えば、ひとりでに起き上がる。

 海賊さん達は警戒して身構えて、紫髪のお頭さんも私を落として腰の剣を掴んだ。私はちゃんと着地して、魔剣を見上げた。そんな私の前にぶわっと黒いモヤを撒き散らして移動してきた魔剣。黒いモヤが私を包み込むものだから、ギュッと目を閉じた。


『掴め』


 言われた通り、両腕で大剣を抱き締める。ちゃんと鞘に入っているので、大丈夫だ。モヤは晴れた。


「あちゃー!!」

「なんてこった!」


 海賊さん達が額を押さえたり頭を抱える。


「あっははは!! お嬢ちゃん、やるなぁー!! 海賊の目の前でお宝を奪うなんて!!」


 紫髪のお頭さんは、大笑いをした。

 え。奪っちゃたの、これ。


『我が主を害するなら、容赦はせんぞ』


 魔剣、相変わらずのバリトンボイス。


「ふーん。まぁいい。オレ達は子どもに手を上げるようなゲスじゃねぇさ。次の島までだったな? お前、名前はなんだ? お嬢ちゃん。オレはこの海賊団の船長、ジストだ」


 ニヤついた顔で私が抱える魔剣を一瞥したあと、紫髪のお頭さんは名乗った。ジストさん。

 名前と問われて、悩む。家出したし、本名を名乗るのはなぁ……。


「……ティノ!」


 プラティーノのティノ。プラなんて妹の愛称と同じ形である。ティノにしておく。


「明らかに偽名」

「これからは、ティノなんです!」

「わかったわかった。お前ら、わかったな。ティノは客人だ」

「ありがとうございます! よろしくお願いいたします!」


 キリッと眉毛を吊り上げて決め顔をしておく。

 海賊さん達は「へーい」と気の抜けた返事をした。


 いい海賊船に密航出来た! 私は英断をした!


 大剣を抱えてふすんふすんしていたら「重いだろ」とジスト船長さんが手を差し伸べてきた。でも黒いモヤがそれを弾くから、ジスト船長さんは「いてぇ!」と声を上げる。


『触れるでない』


 ココロ、完全拒否。


「重くないですよ? おっきいだけで。あ、手、治しますよ」

「治す? 治癒魔法が使えるのか!? その歳で!?」

「軽い怪我なら治せます」


 紙の端で切ったりしたのを、治していたので、使える。赤くなった手を差し出したジスト船長さんに、手を翳して怪我を癒した。触れ合う前の手の間で、ポッと光が灯る。


「へぇ、すげーや。ありがとうな、ティノ」

「いえいえ。じゃあ、お部屋ください」

「強かだなぁー……」


 呆れ笑いを零すジスト船長さんは、そのあと奥からリュックを取り出したことにも呆れ果てていたけれど、ちゃんと空いているお部屋を与えてくれた。


 こうして私は、いい海賊団の海賊船で居候の客人となった。



 甲板掃除や料理の手伝いもしたが、他の時間は魔剣の素振りに費やした。

 魔剣ココロは、闇属性に特化した魔剣だそうだ。

 どうして私を主に選んだのかと思えば、口数の少ないバリトンボイスの魔剣は。


『……お主が海に捨てられそうだったからだ』


 と、答えた。私を守るために、それが最善だと判断したそうだ。


「優しい魔剣なのね」

『……幼き子が目の前で海に捨てられてしまえば、寝覚めも悪かっただけだ』


 不器用な優しい魔剣は、私の保護者ポジションとなった。



 基本的に人のいい海賊団だけれど、意地悪に絡んでくる船員も中にはいたので、ココロが闇魔法で追い払う。ジスト船長さんは船員が悪いと笑い退けたけれど、私は治させてもらった。練習台とも言える。


 五色属性持ちの私は、唯一持っていなかった希少属性の闇属性の魔剣を得たことで、六色属性持ちとなった。ココロ曰く、むしょくぞくせいもちと読むらしい。ほんの一握り、それこそ伝説の人物が六色属性持ちだったのだとか。ココロは物知りで色々聞きたかった。庭師のおじいちゃんレベルですぐ懐いた。


 ジスト船長さんや副船長さん並び幹部の皆さんからも、色々学ばせてもらった。

 特に、船の中の仕組みは興味深かった。風属性持ちは、風を起こしてスピードを上げる要員としてスタンバるとか、海獣対策にはレーダー探知機が必須だとか、そんな海獣が船底に体当たりしないように特別なコーティングをしているとか。知らないことは、まだまだたくさんあるんだなぁ。



 一週間で次の島についたけれど、ジスト船長さんから「ここじゃあ故郷に近すぎるから、もっと遠くの方がいいだろう。乗ってかないか?」と提案してくれたので喜んで頷いた。

 次の島まで、短くて一ヵ月。長旅だ。


 今日も今日とて、えいえいっと大剣を素振りする。近頃、ココロに姿勢を直せという指摘を受けることもなく、順調に慣れてきた。とはいえ、無属性の身体能力強化の魔法をかけているし、光属性の疲労軽減の魔法もかけている。魔法がなければ、とてもじゃないが、こんな大剣は振れない。


「今日も精が出るな、ティノ」

「ジスト船長さん」

「ジストでいいって言ってるだろ」


 ジスト船長さんが声をかけてきては、ジョッキに入ったジュースを差し出してくれた。たまに差し入れてくれるのよね。ありがたく受け取って、ぐびぐびと飲み干す。


「ティノは本当にいい子だ。こんな子を放っておくなんて、見る目がない親だ」


 ジスト船長さんは私の頭を撫でながら、そんなことを言い出した。

 するっと私の髪に指を差し込んでは「……綺麗な髪だな」と目を細めた。


 ヴッ……色気が溢れている……! この船長さん、色気がすごい。


「幼馴染とやらもだ。オレならティノに一目惚れだ」


 なんてウィンクをしてくるのだけれど、なんてリップサービス。

 こういうリップサービスだけじゃなくて、ジスト船長さんは、何かと私に構うんだよね。


 ちゃんと食べてるかと食堂で隣の席に座ってはニコニコと眺めたり。それだけでは留まらず、あーんまでしてきたり、膝に乗せてきたり。一面の海が綺麗で黄昏て眺めていれば、隣に来て一緒に眺めたり。


 構い倒しがすごい。そりゃ両親に構ってもらえなかった分、嬉しいけれど、構い倒しすぎる。


「……ティノは、その幼馴染の中で初恋がいたりするのか?」


 ニコリという音がぴったりな笑みを貼り付けて、ジスト船長さんは首を傾げた。


「恋をするほど親しくないから」と、私は否定しておく。

 妹の逆ハーレム要員に恋をするほど無謀者ではない。

 え? 海賊船に乗り込んだから無謀者? ふふー、それとこれとは別。


「そっかそっか!」と、ご機嫌な雰囲気になったジスト船長さんに頭をなでなでされた。


 まぁ、構ってくるのは何もジスト船長さんに限ったことではない。一番はジスト船長さんだけれど、他の幹部も私を気にかけてくる。お掃除も手伝いも褒めてくれるしね。


『……』


 私は魔剣が私に向けられる船長さんのどろりとした熱い眼差しをじっと見ていたことなんて、ちっとも気付かなった。




『ティノ。そろそろ荷造りをしておけ』

「え? なんで? まだ半月くらいは航海するらしいよ?」

『我の言うことを聞いておけ』

「んー、わかった」


 保護者魔剣の言う通りにしておく。いそいそと、いつでもこの船を下りられるように荷造りをしておいた。

 きっと何か考えがあると思って。


 すると、船は大嵐に襲われた。船酔いは心配なかったけれど、流石にこの揺れは酔いそうだ。グラングランと揺れ始めた。


(ティノ、今だ。小舟で降りるぞ)


 直接頭にバリトンボイスを響かせてくるココロ。


(え? なんで今?)

(我を信用していないのか?)

(信用している!)


 手放しでココロを信用している私は、リュックを抱えるようにしてココロを背負った。ちなみに、ココロを帯剣出来るようにベルトを調節してもらったので、いつでも私はココロを背負える。横殴りの大雨で視界は最悪。滑ってしまわないように、甲板の床を踏み締めて、小舟が括りつけられている脇に駆け寄った。


 防水加工している厚手の布を被せた小舟が三つ。その一つに飛び乗った。


(布を被っておけ)

(いいけれど……これ夜逃げみたい)

(気にするな)


 防水加工の布の下に入り込むと、括り付けた縄をココロが切ったらしく、そのまま落下。

 小舟が荒ぶるように揺れる揺れる。でもひっくり返らないのは、ココロの闇属性の結界を展開してくれているからだろう。私は流石に気持ち悪くなってしまい、それにじっと耐えた。


 こうして、ジスト船長さんの海賊団から離脱。お世話になりましたって書き置きくらいすべきだったな。


 その後、私がいなくなったことで一時は海に投げ出されたと判断して顔を曇らせたジスト船長さん達だったけれど、私の荷物が綺麗さっぱり消えていることと小舟がないことに気付いて、自ら船を下りたと知ったジスト船長さんが血眼に探し始めることを、私は知る由もなかった。





 私は一週間近く、小舟で航海をした。


 嵐は無事抜けたし、逆に波乗りでだいぶ遠くに流されたらしい。ココロが想定したよりも早く島に到着した。携帯食は切り詰めずとも余裕だったし、水分補給なら水魔法で事足りたので、問題ない。


「陸だぁ~!!」


 わーいと両腕を突き上げて喜んでいる間に、ココロが一週間もお世話になった小舟を破壊してしまった。

 なんで? お目め、真ん丸。


『お主が海から来たと勘繰られては面倒だ。当分は陸で生活する。魔物を相手に我に慣れろ』

「うーん、わかった」


 海賊の一味だと勘違いされては困ると言う意味かな、と解釈して、私も正直陸を堪能したかったのでその案に乗った。


 魔物なんて相手したことないよ、と思いつつ、港町の宿を確保したあとに、魔物狩りに向かう。いざ猛進してくる猪型の魔物を見ると、火魔法をぶつけて爆破してしまった。ココロに『我を使えと言っている』と怒られた。

 しょうがないので、リベンジ。


 生き物を叩き切った感触に吐きました。意外とハードル高かった。

 食材と思うようにしようとしたけれど、だめだった。余計吐きました。


 スパルタなココロは、それを解体する方法まで教えてきたので、えぐえぐ言いながら頑張りました。


 この島の奥の方が魔物いっぱいいると言う情報を得てしまったので、スパルタ保護者魔剣のココロに従って三日で出発。私は魔物を狩り尽くす旅に出ました。一週間くらいでちゃんとお肉を食べられるようになりました。



 のんびりと闊歩しては、索敵に引っかかった魔物を狩る日々を過ごして早半月。


 モンスタースタンピードたる非常事態に遭遇。

 わんさか溢れて街に向かおうとする魔物の群れを、魔剣ココロを横ぶりにして薙ぎ払った。ココロの闇魔法と風魔法を合わせて、破壊尽くす台風をついでにお見舞いして、あっという間に魔物の群れを壊滅に追い込んだ。


「ココロがいると無敵!」

『お主の魔力量は規格外だからこそやって退けられるのだがな。よくやった』


 バリトンボイスで褒められた。えへへ。


 すでにその街は、多くの魔物被害で負傷者が多く、医者が駆け回っていたから、私も軽傷で泣いている子どもから手当てを始めた。すると、頭をわし掴みにされる。見上げると、美しく老いたような老女がいた。


「治療の心得がなってないね」

「え? 何か間違っていました?」

「重傷者から治療するのは鉄則に決まっているだろう」

「いえ、私は医者じゃないんで。重傷者は医者に任せます」


 その私の返答が気に入らなかったのか、白衣の老女に頭をわし掴みにされたまま連行されて、そのまま重傷患者から治すように言われてしまった。


 なんで私が……と思わなくもないけれど、怪我人の目の前まで来てしまったし、白衣の老女は細かいところまで指導してくれたので大人しく従っておく。


 光属性の魔法をレベルアップするチャンス!


 魔力がカラカラになる頃には、重傷患者はいなくなっていた。


 その後、領主直々に街を救ってくれた謝礼をたんまりもらえたので、スキルアップによって収納スペースが広がった空間収納の中に大事にしまっておく。


 私が魔物の群れを退けた張本人だと知らずに治療に連れ回した白衣の老女ナナリーは、バツが悪い顔をしつつお礼を言った。

 こちらこそご指導をありがとうございました、と頭を下げておいたけれど、その後何故か、髪も肌も手入れが怠っていることを目をつり上げて怒り始めてしまい、私は臨時助手というポジションで当分おかれることになってしまった。

 まだ若いから大丈夫、と言ったら雷を落とされたのだけれど……解せぬ。


 美容にいい薬草や手入れ方法を私に叩き込む一方で、旅の間に役立つ薬草の種類も教わった。こういうの、細かいことは魔剣であるココロには難しいから素直に助かる。

 肉の臭みをとる香草なら知っているココロだけれど、調味料になる薬草までは知らない。食べないから。毒草を見分けられても、解毒薬になる薬草を知らない。

 光属性の魔法のコツもたくさん学べて、ついつい一ヵ月も居座ってしまった。


 肌や髪の手入れとか、もう面倒だから魔法で済むようにやってみた。水魔法を微調節して、保湿したり。髪をふんわり乾かす火魔法の熱と風魔法の微風の使い方とか。

 披露したら、拳骨をもらった……解せぬ。


 そろそろ別の島に行こうとココロが言い出したので、賛成した。

 若いうちからしっかりケアをしておけと、日焼け止めから保湿クリームやらを押し付けたナナリー先生は、鼻を啜っていた。重くて嫌だと言ったら、また拳骨をもらった……解せぬ。



 そういうことで上陸した海岸とは真逆に位置する港から、小舟を購入して出航した。

 海賊船から離脱した時の小舟よりは大きいし、マストもあるので風魔法である程度スピードを出せる。しかし、小舟なので、海獣が嫌がる特別なコーティングはしていなくて、襲われた。


 初めての海獣と遭遇。海って怖い。


 初めてだからと、ココロが海底から忍び寄ったそれを仕留めてくれた。ぷかっと浮き上がる海獣は、大口を開いた巨大魚そのものだった。怖い。


『この調子で一ヵ月ほど海の上の旅をする』

「マジで言ってます!?!?!?」

『早くこの場を移動しないと、血を嗅ぎつけて他の海獣が来るぞ』


 スパルタなココロ! 再び!!


 常に索敵を展開して、海獣の襲撃に気を張って、仕留めるを繰り返す一ヵ月の海の上の生活、開始!


 おかげで、索敵のオートモードが身についた。

 海獣も慣れれば呆気ない。魔物よりおっきくて、船底を結界で守れば大抵はなんとかなった。魔剣もついているので、屠るのは簡単だった。



 そうして一ヵ月の海のサバイバルを終えて上陸したのは、どこか閑散とした港。どこの店も閉まっていた。



 困ったな。海獣の売れる部分をいっぱい採取しておいたので、買い取ってほしいのに。


 しばらくふらついたけれど、どう考えても人がいなさすぎな街中に怪訝になってしまう。人の気配はある。建物の中にはいるようだ。だから、意を決して一つの店の扉を叩いた。


「すみませーん。どなたか、いませんかー? 旅の者ですが、どうしてこんなにも人がいないんですかー?」

「子ども!? 旅の者だって!? 早くこの街から出て行くんだ!! お嬢ちゃんも伝染病に罹っちまうぞ!! ゲホゲホッ!!」


 中から聞こえた大人の声。

 伝染病? みんなそれで引きこもっているのか?


『忠告に従おう』

「飛沫感染かな。んー、ちょっとタイミング悪かったね」


 日焼け避けのストールを口元を覆うように巻き付け直した。


「誰だよお前……ゲホッ」


 引き返す途中で同じくらいの子どもと出会う。つり目の少年だ。


「来たばかりの旅人」

「旅人!? どうやって入った! この街はもう封鎖されてるだろ!」

「えっ。海から港に入ったけれど……」

「……じゃあ、運悪く見張りの船がいない時に入っちまったんだな」


 少年は哀れみの眼差しで見てきた。曰く、この街は完全隔離されてしまい、助けを求めて外に出ようとしても魔法攻撃を受けてしまうのだという。諦めた住人達は、死を待って引きこもっているそうだ。

 伝染病は重たい風邪の症状で、だいたい十四日ほどで死に至るらしい。


「オレもきっと罹った……もうここは死の街だ。運が悪かったな、お前」


 自虐の笑みを零して、少年は私を憐れんだ。

「診察していい?」と、私はとりあえず、彼を診察させてもらった。


 目を点にしている少年をベンチに座らせて、手首の脈をとる。そこから診察すると、体内の不調が把握出来しやすい。

 少年は喉に軽い炎症と、肺にも炎症が出来ている。伝染菌も肺に集中しているが、心臓も侵しているようだ。


「教えてくれたお礼に治してあげるよ、いい?」


 そう尋ねたら「はあ!?」と大きな声を上げられた。


「いい加減なことを言うな! 色んな医者が無理だって諦めて死んだんだぞ!! たくさん! 子どものお前が出来るわけねーだろ!!」


 信じられないのはもっともだけれど、そう怒鳴らなくても……。


(余裕がないとはいえ、主を怒鳴りつける輩など助けんでいい。去るぞ)


 ココロが冷たいことを脳に直接言ってきた。


「誰も助けてくれねーんだよ!!」


 少年は悲痛な声を上げて涙をボロボロと落とした。


「私は助けると言っているのだけれど」


 死の街に閉じ込められて、誰も助けてくれない状態だとしても、治してあげると私は言っているじゃないか。そう思ったことをありのままに言うと、大粒の涙を落とした少年は。


「だずげでッ……! だずげてくだざいッ!! み”んなを”!」


 濁音の言葉で助けを乞うた。


「私はティノ。君の名前は?」

「グスン……アトラス」

「アトラス。よく聞いてね。私一人では街の人全員は救えない。アトラスの身近な人達から順番に助けられるだけ助ける」


 全員は救えない。限りがある。街の人全ては救えない。全てを救うなんて傲慢は言わない。

 アトラスは何度も頷く。それでもいいからと。


「よし、アトラスは治ったよ」

「え!? そ、そう言えば、咳……出ない」

「病原菌は浄化したよ。また感染したらマズイから、口を布で覆ってね」

「布? なんで?」

「咳とかで病原菌が出てきて感染を広げるからだよ」


 飛沫感染だとは把握していないようで、アトラスは顔を青ざめさせた。

 そんなアトラスの案内を受けて、避難所と化している学校に来た。全員が感染状態。最悪なパンデミックだ。


「アトラス。一番長く患っている人を教えて」


 最初は、アトラスの父親。症状が出てきて十二日目だという。

 高熱で寝臥せっているこの父親のために栄養になる食べ物でも探そうとして、アトラスは街をうろついていたらしい。脈から診察。

 アトラスより伝染病の浸食が酷い。病原菌を黒だと例えるなら、肺も心臓も喉も真っ黒状態。アトラスに換気をさせて、それから身近な人間の発症日数を調べさせた。

 パニックになるかもしれないから、静かに内密に、と念を押して。


 アトラスの父親の浄化は済ませた。熱は休んでいれば下がるだろう。


 次は、アトラスの叔父に当たる男性だったが、すでに息を引き取っていた。まだ生温かさが残る手首。間に合わなかった。

 首を振ると、アトラスは声を押し殺して泣いた。その妻の治療を始めつつ、ナナリー先生から教わった重傷患者から治療をする大事さを痛感した。重い症状の患者から救わないと救え切れない。


 アトラスの従兄妹も治療を終えて、次は近所の人々を重症患者から救っていく。お腹が空いたと思いつつ、ギリギリの重症患者ばかりだったので、治療を済ませていく。

 すっかり夜になってしまった。



 アトラスの父親も熱が引いて意識が回復したので、弟さんの訃報を伝えた。同じく起きた奥さんも泣きじゃくった。すでに聞いたアトラスの従兄妹達は自分の母親に泣きついた。


「なんでもっと早く助けてくれなかったのっ!」


 そう責める言葉が吐かれたが、私は謝罪の言葉を返さない。


 正直、私は赤の他人だし、この街の医者でもないし、そもそも医者でもない10歳の子どもである。感謝されど、責められる謂れはない。気持ちは理解出来るのであえて言わないけれど。


 そんなことより、お腹空いたからキッチン借りよう。


「あ、あの……」


 キッチンで食材を物色していれば、追いかけてきたのかアトラスがおずおずと顔を出して声をかけてきた。


「みんな海獣の肉食べれるかな」

「へ? か、海獣?」


 うん。海獣。

 一応、下処理した海獣の肉を空間収納に入れているんだよね。一ヵ月の海上サバイバルの中で、海獣図鑑の中にあった美味な海獣と遭遇したので、回収しておいたんだ。たまに海上で食べていたけれどね。キッチンで調理したい。ナナリー先生の元で自炊スキルはアップしているのだ。


「小間切りにすれば食べれるかな」

「……手伝う」

「じゃあ、アトラスはパン粥を作って。身体にいい薬草もたくさんあるから」


 アトラスが手伝ってくれている間に、アトラスの父親や復活した近所の方々もやってきて、みんなの食事を作ることになった。私が狩った海獣の肉だと知ると、布で口元を覆っていても顔を引きつらせたのがわかった。

 何か問題でもありますか? ノン問題。


 復活者には感染者とは別の部屋で過ごしてもらうことにして、食事を済ませてもらった。



 私は一先ず、ココロを抱えて眠った。久しぶりのベッドの睡眠で熟睡。



 翌朝は、コツも掴んだので、引き続き、この避難所の患者の治療を進めた。その間、健康になったアトラス達には手分けして街に残っている人々の状況確認をさせる。

 避難所の患者の重症者を治療出来たら、外の患者も治療するつもりだ。それと食料確保。


(お主がここまで身を削ることはないだろう)


 ココロは呆れたように声をかけてきたけれど。


(乗り掛かった舟だし、どうせ封鎖された街だからなんとかしないとでしょ)


 と返しておいた。実際、封鎖されている街で身動き出来ないしね。


 医療関係者も生き残っていて、少しずつ手が増えていき、順調に治療を進めた。重症状態から回復させるためのケアも任せ、私は根本的な病原菌撲滅に専念する。結果、住人の半数は死んでいた。伝染病なので、これ以上感染が広がらないように遺体はまとめて火葬してもらう。


「なんでもっと早く助けに来てくれなかったんだ!」

「あと一日早ければうちの妻は救えたのに!」

「息子を救ってほしかった!!」


 泣き喚くほどの元気を取り戻したのはいいことだけれど、また責められる。

 そんなこと言われても、私は神から遣わされた救世主でもなければ、医師免許を持つ医者でもないのだ。

 そもそもこの国の人間でもないただの旅人。謝罪なんて口にしない。言い返しもしない。代わりに、医療関係者が宥めたので、あとは任せた。


 さて。病原菌は根絶したけれど、次だ。この街の封鎖の解除をしてもらうにはどうしたらいいのか。

 近付くと魔法攻撃されるらしいし、どうすれば患者が回復したことを教えられるだろうか。


「あ、あの……ティノ」


 屋根の上にいた私に、アトラスが声をかけた。

「……ごめん」と、下から謝ってくる。


「何が?」

「……また……責められた、から」

「アトラスのせいじゃないでしょ」

「で、でも! オレがティノに助けてって言ったから」

「から?」

「だ、だから…………選んだのはオレなのに……。助けてくれるティノは何も悪くないのに、責められた」


 目に溢れそうなほど涙を込み上がらせているアトラス。悔しそうな表情だ。


「気にしなくていいよ。私は気にしてないから」

「! ……どう、して……。どうしてティノは……助けてくれるんだ?」

「アトラスが助けてって言ったから」


 こてんと首を傾げると、とうとう涙をボロボロと落とした。

 泣いてばかりのアトラスだ。



 翌日、私は街の外を目指した。風魔法に声を乗せて響かせる。


「伝染病は治しました。街の封鎖を解除してください。明日また来ます」


 猶予は一日。解除しないというのなら、こちらにも考えがある。


 そのまま街に引き返すと、アトラスが色々話しかけてきた。どこから来たのか、そもそもなんで旅をしているのか、何歳なのか。根掘り葉掘り尋ねてきた。どうせやることもなかったので付き合った。


 双子の妹がヤバいから物理的に離れようと、海賊船に密航して家出したと話したら、何やってんだお前と言いたげな信じられない物を見るような目を向けられた。スン。



 翌日、同じ時間に街の外へ出た。土壁へと歩み寄れば、魔法攻撃を放たれたので、ココロを一振りして闇魔法で相殺。片手を向けて、バチバチと弾ける雷魔法をポーンと放つ。土壁の向こうでバリバリンと放電した。感電のデバブである。多数相手の時に使えるように練習していたもの。


 風魔法で浮遊して土壁の向こうに降り立てば、兵士服の人々がピクピク震えて倒れていた。


「上官は誰ですか?」とこの場の責任者を問い詰めて、医者がまとめ上げた伝染病についての報告書類を投げ渡す。「三日以内に封鎖解除しなければ強行突破させてもらいますからね」と、笑顔で脅しておいて私は時間が経てば起き上がれる感電者達を放置して、街へ戻った。


 領主はすでに一家揃って亡くなっていて、最高責任者は領主の補佐をしていた男性。医者達も交えて、私は封鎖解除を突き付けたことを報告した。三日の猶予を与えても封鎖解除をしてくれないなら、私一人で土壁を破壊する。必要なら兵士達の相手もするつもりだ。武力でわからせる。迂闊に漁にも出れないから、食料は減る一方。封鎖は早く解除してほしいものだ。


「何から何まで……感謝する!! ありがとう!!」

「どういたしまして」


 一同に深々と頭を下げられてお礼を言われたけれど、私は偶然巻き込まれてしまった旅人にすぎない。出来ることをやっているだけなのでそんな気を負わなくていいと、軽く返す。


 この街はこの島の四分の一の広さであり、残り三の街には正直興味はないので、必要物資が揃ったら次の島に行こうと思う。

 いくら感染を広げたくなかったとはいえ、そのまま死滅させるために封鎖するような他の街にはマイナス印象。

 それに派遣されている兵士達をすでに攻撃しているし、私はさっさと去ろう。


「その魔剣、どこで手に入れたんだ?」

「海賊から奪っちゃった」

「は???」


 アトラスと話したり、回復した子ども達に小さな魔法講習をしたり、私の冒険譚を聞かせたりした。

 そうやって三日過ごしたあと、街の外に出てみれば土壁は撤去されていた。外部と責任者達も接触している様子を確認出来たし、私は出発することにした。

 アトラスに別れを告げようとしたけれど、外にも身内がいたのか、再会を喜んで涙していたので邪魔してはいけないと書き置きで別れを告げて、小舟に乗って出港した。



 書き置きに気付いたアトラスが「まだ恩返ししてないのに!」とか「ずっと一緒にいたかった!」と海に向かって泣きじゃくったことも、その後私を追いかけるために海軍入りすることは、知る由もなかった。





「うーみーはー広いーなーおっきーいーなー」


 潮風に任せて小舟を進めつつ、魔剣を抱き締めながら水平線を眺めて口ずさむ。


 索敵に何も引っかからず、波風も穏やかな航海の日もある。


 または大海獣と恐れられる嵐を呼ぶ災害が襲来する時もあった。それは私に声をかけてきた海賊船にうっかり拾われてしまった時だった。


 ジスト船長達と違って悪い方の海賊団だった。


「ぐへへ、面のいいガキじゃねぇか」とゲスい顔のおじさん達をどう対処しようと考えている間に、雨が降り出してやがて海獣が船を転覆させようと襲ってきたのだ。


 大海獣は、天候を悪くすることも出来る。基本的にそんな大海獣と遭遇したら逃げるべきだとジスト船長の船で教わったけれど、この海賊団は無謀にも挑むことにした。しかし、彼らの魔法攻撃はさして効いていない。


(巻き添えで沈む前に離脱しろ)

「私倒す」

(……好きにしろ)


 ココロは離脱を言い渡すけれど、私がやる気だと許してくれた。

 浮遊して、魔剣ココロを構えて、いざ勝負。大海獣というだけあって、今まで一番巨大な海獣だ。


 のっそりと海面から首を出す姿は蛇型の大海獣。牙をずらりと並べた大きな口は私だけではなく、私の小舟も一飲み出来そうだ。先ずは、雷魔法で放電、感電で動きを封じる。火魔法で爆撃。目元を狙って視界を塞いだ後に、ココロを振り上げて叩き込む。流石、デカいだけあって丈夫だったけれど、効果覿面。


 繰り返しておくと、やがて雨は弱まり、倒れた大海獣がぷかーっと海面に浮いた。


 戦っている最中から気付いていたけれど、近付いてきた船が砲撃をしてきたものだから、結界を張って防いだ。ジョリーロジャーの旗。海賊だ。


 ひょいっと隣の船に降り立つと、甲板にいた海賊達が身構えた。


「あの、あちらの海賊船にご用ですか?」


 こてんと首を傾げて尋ねると、面食らった顔をした海賊さん。


「あー……いや、お嬢さん。あの海賊団の一員か?」

「いいえ。うっかり拾い上げられてしまった旅人です」

「旅人……」


 初めて聞く単語みたいに繰り返す海賊さんは、葉巻を噛んだ。黒い髪をオールバックにして、困ったように腕を組んだ。水も滴る男前な色気を放つ海賊さんだ。ジスト船長に匹敵する。


「オレ達、あっちから略奪したいんだが、いいか?」

「おお、海賊ですもんね。略奪行為しますもんね。別に私は止めませんよ。私も襲われそうだったので」

「野郎ども! あっちのゲス海賊に容赦すんな!!」


 どうやらジスト船長達と同じく温厚派な海賊さん達らしく、私が襲われそうだったと知るな否や怒り出した。まぁ、略奪行為をするのに、温厚派と言っていいものかどうか。


 ロープでターザンして乗り込んでいく海賊達の戦いを横目で見つつ、悪い方の海賊船から括り付けられた小舟を回収しようとしていたら、男前の海賊さんにポンッと肩を叩かれた。


「お嬢さん。これからどうするつもりだ?」

「小舟で大海獣の素材を採取してから船を進めるつもりですけど」

「……大海獣を仕留めたんだもんなぁ……大丈夫か。いや、大丈夫か? どうして一人で旅をしてるんだ?」


 首を捻る海賊さんの後ろでは、悪い方の海賊団があっという間にマストにグルグル巻きにされていく。

「金品がロクなモンねぇー!」と嘆いている声が響いた。


「生まれ育った環境がヤバかったので、一人旅してエンジョイすることにしました」

「お嬢さん、何があった」


 物凄く心配してくれるな、この海賊さん。

「ジスト船長達みたい」と思わず零してしまった。


「え? ジスト船長って、あの海賊団と知り合いなのか?」

「そちらもお知り合いですか? ジスト船長さんの船に密航して家出を成功しました」

「海賊船で密航して家出しちゃだめだろ!?」


 男前の海賊さんの名前は、ワイアット。船長さんだそうだ。


 ジスト船長さんとこの海賊団とは会えば宴をする仲だという。へぇー、世間は意外と狭い。


 宴好きとあって、大海獣討伐の祝いをしてくれた。多分、宴の理由が欲しかっただけだと思う。まぁ、大海獣の肉で大盛り上がりしたのでよしとしようか。


「もしもジスト船長さん達と会ったら、私は元気だと伝えてください」

「おう、わかった。一人旅、気をつけてな」


 なんてやり取りをして翌日には和やかに別れたのだけれど、後日ジスト船長さんと再会したワイアット船長さんは、私を血眼に探しているジスト船長さんに胸ぐらを掴まれて険悪ムードになってしまうことを、私は知る由もなかった。




 家出から一年ほど経っただろうか。


 あれから半分ほどは海上、半分は陸で過ごして旅を続けた。


 海獣も魔物も屠って、素材を売ったりして旅の物資を買って、街を観光したり、絶景まで足を運んだりして、旅を満喫した。でも旅続きだと、完全に疲れが取れなくて、休めない。どこかで腰を据えて休みたい。

 べそべそと言ったことをは覚えているけれど、正直どうやってここに辿り着いたかはわからない。


 なんか豪勢な天蓋付きベッドに、私は魔剣ココロを抱えて寝ていた。


 ここ、どこだろう。そしてどうやって私は、ここに入り込んでしまったのだろうか……。


 ぽけーとした目で見上げる先には、こちらも呆けた顔で見てくる中年の男性。スーツをぴっちりと着こなしているけれど、白髪交じりのオールバックにした髪型は崩れていてくたびれた様子。


「君は…………誰かね?」

「……すみません。ティノです。旅人です……」

「ティノ……旅人……」


 ココロを抱えたまま、こくりこくりと舟をこぐ。ねむ。


「疲れちゃって……その……うーん……寝かせてください……」


 だめだ、眠気に負ける。ココロも何も言わないし、危険はないだろうと、私はふかふかベッドに身を沈めた。


「え、あ……ああ、うん……どうぞ……おやすみ」

「おやすみ、なさい……」


 おじさんは許してくれたので、そのまま泥のように眠った。


 途中、医者らしき人が診察してきたから、うとうとしつつそれを受けると「疲労ですね」と診断されたので、じゃあ疲労回復のために寝ますとベッドに横になろうとしたけれど、スーツのおじさんに呼び止められて、スープを食べさせてもらった。


 そのあともゆさゆさと起こされては、食事を食べさせてもらい、億劫にお手洗いをすませてはまた寝るの繰り返し。


 スッキリした起床をしたのは、三日後だった。


「ティノちゃん。おはよう」

「……おはようございます?」


 くたびれた様子が消えたスーツのおじさんが笑顔で食事を運んで来たところで、この人誰だろうと見上げる。


「あの、すっかりお世話になってしまって申し訳ございません」

「そんな、子どもが謝らなくていいんだよ。ほら、あーん」

「あむっ……もぐもぐ。ここ、誰の部屋ですか? ずっと使わせてもらっちゃって……」


 内装からして女の子向け。娘さんの部屋だろうか。ずっと使わせてもらって申し訳ないと謝ろうとしたけれど。


「……娘の部屋だ。でも大丈夫だよ。娘はもう……妻と一緒に、亡くなってしまったからね」


 カランとスプーンを置いたおじさんは、曇らせた顔を俯かせた。


 亡くした娘さんの部屋を勝手に使ってしまったのか、私……。

 本当どうしてここに行き着いたのやら。


「本当に大丈夫ですか? おじさん」


 そっと手を重ねて尋ねると、つらそうに顔を歪めたおじさんは吐露し始めた。


 妻と娘さんは、港を襲撃した海賊の手によって命を落としたそうだ。守れなかったことを悔やむ彼は、どうやら海軍のお偉いさんらしく、「何が海軍だ」とか「こんな地位にいるのに守れなかった」と涙ながらに嘆く。


 私の手を握り締める姿は懺悔をするようだった。俯くおじさんの頭を撫でてやるとボロボロと涙を落とし続ける。参っていたからくたびれた姿だったのかと思い、そのままスッキリするまで泣かせてあげることにした。いや、家族の死を泣いてスッキリ出来るかはわからないけれどもね。


「ありがとう、ティノちゃん。情けない姿を見せてしまったね」

「いえいえ、お礼には及びません。私の方こそ至れり尽くせりでお世話になってしまって」

「いや、いいんだよ。よかったら、ティノちゃんの事情も教えておくれ」


 そう言われたので、自分で食事をとりつつ、一年前から旅をしている話をした。


 双子の妹が愛を総取りして、姉妹格差もすごい両親の元から離れたくて。そのために魔法を身に着けて、今まで無事に旅をしてきたこと。でも旅続きで流石に疲れが蓄積されていたのか、いつの間にかここに辿り着いて眠りこけてしまったことを隠すことなく話した。


「なんて酷い家族だ……。ティノちゃん。好きなだけここにいてもいいからね。ゆっくり休むといいよ」

「え、もう大丈夫です。これ以上お世話になるわけには」

「まだだめだよ。もっと休みなさい。この部屋は好きに使っていいから。ねっ?」


 おじさんはそう笑いかけて、食器を片付けに行った。


 残った私は、隣に鎮座させられた魔剣ココロを見る。

 何も言わないから、いいっか。


 好きに使っていいと言ってもらえたのでお言葉に甘えて、隣のバスルームも使わせてもらい、お風呂にまったりと浸かった。

 ナナリー先生の餞別はとっくに切らしているけれど、自分で追加したので、潮風でゴワゴワした髪のキューティクルを守ってくれるシャンプーとリンスで髪を洗い、保湿満点のボディーソープで身体を洗い、顔も洗う。

 保湿ケアのローションを塗りたくり、髪はキューティクルな潤いを保つトリートメントを塗りたくり、魔法で乾かした。宿屋で着る用のワンピースを着たけれど、バスルームから出たら、ベッドには私のサイズに合いそうなフリルのワンピースが置かれていた。着ろと言うことだろうか。


「ココロ、これあのおじさんが?」

『ああ。お主が入浴していると気付くと持ってきて置いた』

「……至れり尽くせり」


 着よう。こんなお洒落なワンピースは一年ぶりだ。貴族令嬢に戻った気分だな。

 お風呂にも入ったし、可愛いワンピースを着たし、ふかふかベッドに沈んで気持ちいい気分に浸っていたら、コンコンとノックをしてきておじさんが戻ってきた。


「ああ、とっても似合っているね、ティノちゃん。可愛いよ」

「ありがとうございます。これ、娘さんの? よかったんですか?」

「問題ないよ。デザート、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 デザートは焼き菓子だった。



 その後も、至れり尽くせりは続き、お姫様ニート生活をしてしまった。


 おじさんの名前はティモシーというのでティモシーさんと呼ぶことにして、それとなくもう出発することを伝えたのだけれど、悲しげな眼で引き留めるのでズルズルと居座る羽目になった。


 部屋で引きニートしていただけではなく、レストランや喫茶店にも連れて行ってもらい、御馳走してもらった。私はお金があるというのに「子どもにお金は出させない、大人だからね」と譲ってくれなかった。


 しょうがないのでお礼にプレゼントを買おうと思い立ち、それならばと旅先で見つけた鉱石でカフスを作ってもらうよう依頼し、それが出来上がるまで存分に居座ることにした。


 実の娘のように甘えさせてくれるティモシーさん。




『もう休息は十分だろう。出発だ』


 バリトンボイスを響かせたココロがそう言い出したタイミングは、ティモシーさんが仕事に出掛けている時だった。プレゼントとお世話になったお礼の書き置きをベッドに置いて、出発する。


 だらけきってしまったけれど、気合いを入れて旅を続けるぞー! おおー!



 ティモシーさんは書き置きとプレゼントを手に持って、「いい子だから、お父さんのいるお家に帰ろうねぇ?」とほくそ笑んでいたなんて、もちろん私は知る由もなかった。

 そして海軍入りしたいアトラスと偶然出会い、私という共通の目的を知り、二人して追いかけてくるなんて……以下同文。





 二ヵ月はだらけきった身体を慣らしつつ、小舟で航海する。




 無人島に座礁した海賊船を見付けて、死体と宝石の山を発見したり、日誌の中にある宝の地図で冒険に出掛けたり、海獣に襲われている商船を救って妙な伝説が作られたり、大きな島の街観光をしていたら国の存亡に関わる大事件に巻き込まれたり、呪われた海賊団に呪いを解いてほしいと泣きつかれたり、濃厚な二年を過ごした。





「「「「ティノー!!!」」」」

「ん?」


 海上でもっもっと海獣の骨付き肉にかぶりついていたら、呼ばれた。


 振り返ると、見覚えのある海賊旗。


 ジスト船長さんの海賊船? あの紫髪はジスト船長さんだ。

 海軍の船が反対にあって……あれ?

 あの赤い頭、もしかして幼馴染のルビーノ? 隣には、アトラス? ティモシーさんまで……。


 え? 激重感情??? 私に? どうして?


 ホントなんで???







♰♰♰


 去年の夏に書いて、長編バージョンも書けたら投稿しようと思ったのですが、熱量を失くしてしまい、この短編だけになりました。

 今年初めての短編として投稿しますね。

 激重感情製造機、好きです。ヤンデレ、どんとこい。


●激重感情持ちキャラの説明●

 ルビーノ。

死にかけた時に救ってもらったことで、勘違いで妹の方を溺愛してしまう。最初に出会った五属性持ちの令嬢のことも、妹だったと勘違いをしていたせい。妹が光属性を持たない上に五属性持ちでもないと知り、勘違いだったと発覚した時に発狂する羽目になる。今までの愛は全部救ってくれたティノのものなのに! 行方不明になった時はもちろん心配をしたが捜しに行くことなく泣いていた妹についていたので、そのことも酷く後悔して苦しむ。妹へ憎悪を爆発させる。即座に拒絶し、本当に救ってくれていたティノを捜すために、海に出られる海軍に入った。再会出来たらひたすら許しを乞い、溺愛を開始する予定。


 ジスト。

面白かったので船に乗せてあげたけれど、とてもいい子なティノに惹かれた。将来有望の美人であり、舌なめずりで狙いを定めたロリコン。ココロにそれを見抜かれているとは知らない。自分好みに育てたいとも思っていた。可愛がりがいがあって、いい子だから溺愛。このまま船に乗せ続けようと目論んでいたのに、嵐で船に落ちてしまったのかと消失感に襲われた。が、生きている可能性があって、反動でもう船から二度と降ろしてやらないという気持ちを抱くことになった。


 アトラス。

自分も家族も街のみんなも死に行く中、現れた救世主を好きになるのも無理はない。責められて罵倒されるティノにそれでもアトラスに助けてと言われたから助けると言ってくれる存在は、あまりにも大きすぎた。女神様なんじゃないかと疑っている。なんの根拠もなくこれからもいてくれると思っていたし、ずっと一緒にいたかった。恩返しもしたい、そばにいたい。だから、海軍に入って捜しに出た。再会すれば、もう離れまいとする。


 ティモシー。

亡き妻と娘の代わりに出来た愛すべき娘という認識。空いた穴を埋めてくれる存在。癒してくれたから、目一杯愛を返して溺愛する自称パパ。妻子を亡くしたトラウマがあるので、外は危ないから家にいてほしい。しまっちゃおうねパパ。海軍のお偉いさんなので、同じ目的を持つルビーノとアトラスと協力関係になる。海賊のジストは絶許マンと化す。



ここまで読んでくださってありがとうございました!

ところで、執筆配信って興味ありますか? 新ネタを雑談しつつ書くという生配信ってきてくれる人いるのかなぁ……。興味があってしょうがない今日この頃です。

リクエストをもらって書くとか、秘話的なことが聞けたりとか。楽しい想像とかするんですけれど。

いつかチャレンジしてみたいですね。配信したらよかったら、見てくださいね! 書いたらもちろん、なろうに投稿したいです。配信で書いた小説を投稿。してみたい。


2025年2月22日

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