第9話 第五歌を改稿する
数日後、ダンテは、アパートの以前の住人である西藤さんが、謎のメモを残して亡くなっていることを知る。そのメモは「かぐや姫」「子はどこ」「すいせんの中」そして「地獄の門」だった。
ダンテは、自分が現代の日本に現れたことと、西藤さんの死は関連していると確信する。
その答えは、長野県立科町にあるかもしれない。
ダンテは、有江と愛永、交番勤務の下根田陽人巡査と共に、出掛けることを決めた。
午前十時、ダンテから「第五歌の校閲をお願いします」と声が掛かる。
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神曲リノベーション・地獄篇(第五歌)
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「ミノスは、自分の身体に尻尾を巻き付けていたのですね。これ、見栄えが間抜けですね。魂に巻き付けた方が、恐ろしく見えると思います」
「そうですね。しかし、魂に巻き付けると、太った魂、痩せた魂とで巻き付く数が変わってしまうし……」
「そこだけ厳格なのですね。ビジュアル的には、圧倒的に魂に巻き付けるべきです」
「わかりました。考えておきましょう」
ようやく、ダンテが折れた。
「ウェルギリウスさんは、前もカローンさんに『これ以上、何も問うな』と言っていましたね。高圧的な人なのでしょうか」
「それは、地獄の住人に対してだけですよ。私には、優しく接してくれます」
やはり、BLテイストを入れた方がよいのかもと、有江は思った。
「ダンテは、一転して愛欲の罪人への食いつきが、半端ないですね。ちょっとキモイです」
「誤解です。大衆の関心を引くためには、これくらいのゴシップは必要なのです」
ダンテは、あくまで計算して書いていると主張する。
「確かに、興味惹かれるものがあります。セミーラミスは、何をした人なのですか」
「夫ニノスの亡き後、息子と四十年間、国を支配したのですが、彼女の残虐な性格は、国を戦禍の中に置きました。色欲に溺れ、息子との近親相姦が露見した彼女は、親子でも結婚できるように法を変えたのです」
「『夫シュカエウスの遺灰に誓った操を破り、愛のために自害した女性』とは誰ですか。これ、謎々ですか」
「謎々ではないのですが、ウェルギリウスの『アエネーイス』の話ですから、皆さんも知っているでしょということです。この女性は、後にも出てくるカルタゴの女王ディードーです。暗殺された夫シュカエウスに再婚しないと誓ったのに、アイネイアースと愛し合いました。もっとも、これはクピードー、英語読みはキューピットですね、が、ディードーに愛を吹き込んだので仕方ないと言えば、仕方ない。結局、アイネイアースがイタリアに行ってしまったので、悲観に暮れて火葬の炎に身を焼かれ命を絶ったという話しです」
「クレオパトラは知っています。カエサルの愛人ですよね」
「そうです。はじめ、プトレマイオス十三世と結婚しましたが、対立してエジプトを追放されてしまいます。そこで、カエサルと愛人関係になるのですが、プトレマイオス十四世と結婚するのですね。カエサルが暗殺され、カエサルとの息子カエサリオンを統治者にしようと、プトレマイオス十四世を暗殺して、その後、カエサルの腹心アントニウスとも愛人関係になっています」
「話だけ聞くと、ひどい女性にしか思えないですね」
「プトレマイオス十三世と十四世は、クレオパトラの弟です」
有江は、言葉を失った。これでは、詳しく書くことなど、とてもできない。
「これ以上聞くのも怖いのですが、ヘレネーは何をしたのですか」
「ヘレネーは、メネラーオスの妻なのですが、パリスに魅了されて娘も捨ててイーリオスについて行ってしまいました。メネラーオスは、ヘレネーを取り返そうとして、トロイア戦争の原因となったのです」
「女性ひとりの取り合いで戦争ですか……」
「アキレウスは、愛するポリュクセネーに自分の弱点を話してしまうのですが、ポリュクセネーの兄パリスにアキレス腱を射抜かれ、殺されてしまいます」
「パリス、また出てきました」
有江は、聞いた名前が出てきて、少し嬉しくなる。
「トリスタンは、叔父のマルク王とその妃イゾルデとの、早い話が三角関係です」
さすがのダンテも、説明に疲れてきたようだ。
「パオロとフランチェスカの話は知っています。実際にあった話なのですよね」
「そうです。フランチェスカは、パオロの兄ジョヴァンニと結婚するよう計画されたのですが、彼は醜く残虐だったので、フランチェスカには『マラテスタ家と結婚する』とパオロとの結婚だと思わせ、騙してジョヴァンニと結婚させたのです。しかし、結婚後もふたりは逢っていました。ある日のこと、円卓の騎士ランスロットの恋愛物語を読んでいて、恋の炎に火が点いてしまったのです」
「ガレオーって誰ですか」
「ランスロットは、アーサー王の王妃グィネヴィアと恋に落ちたのですが、その時に仲立ちをしたのがガレオーでした」
「どいつも、こいつも、といった感じですね」
「アーサー王伝説は創作ですから、そこまで怒ることもないですよ」
「『その日、私たちは、それ以上、先を読み進むことはありませんでした』って意味深でグッドです」
「ありがとうございます」とダンテ。
「ダンテ、また気を失いましたね」
「はい、わかっています」