第6話 第三歌を改稿する
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神曲リノベーション・地獄篇(第三歌)
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「いよいよ、地獄の門が登場ですね。今度、見に行きましょうか」
有江は、冒頭を読んで、ダンテに言った。
「地獄の門が、あるのですか」
「世界に七つあるうちのふたつが、日本にありますね」
ダンテは、パソコンから顔を上げ、目を丸くして有江を見ている。
「七つあるのも驚きですが、日本にふたつもあるとは、地獄に近いのでしょうか」
「そうですね、日本での『地獄』は、結構ポピュラーだと思います。三途の川や針の山、閻魔大王とか、なぜかイメージできたりしますね」
「日本の地獄も『神曲』の地獄と同じなのですか」
「そっくりですよ。三途の川はアケローン川だし、閻魔大王は地獄の裁判官ですからミノスと一緒です。針の山や火炙りなど責め苦も似てますね。ただ、閻魔様は地蔵菩薩の化身と言われていますから、ミノスほど根っから悪魔というわけではないですね」
「日本でも、地獄に行った話はあるのですか」
「地獄に限らず死後の世界に行った話はたくさんあります。死後の世界は『冥界』とか『冥府』とか『黄泉』と言われます。『日本書紀』では、イザナミが火の神カグツチを産んで亡くなってしまい、イザナギが彼女に逢いに黄泉の国へ行ったと書かれています。作家先生が異世界転生ものをよく書くので、調べて詳しくなりました」
「平安時代の小野篁という人は、昼は朝廷で官吏を勤め、夜は冥府で閻魔大王の裁判補佐をしていたと書かれているようですね。これは、恐れ入ります」
ダンテは検索して、地獄に関する物語を見つけたようだ。
上野の国立西洋美術館に行くことを約束し、校閲に戻る。
「ウェルギリウスさんの手がダンテの手と重なって、ドキドキ展開を期待してしまいますね。いっそBL路線に走りませんか」
「BL……と、男色ものは、おじさんふたりですから、美しくありませんよ。あっ、そんなドラマが既にありますね。しかし、ダンテにはベアトリーチェがいますので、遠慮しておきます」
ダンテは、検索しながら答えた。
「虻や蜂の大軍に裸の身体を刺され、顔から幾筋もの血を流し、涙と混じりあって、足元で気味の悪い蛆虫が吸いついている男が登場しますが、出てくるだけですか」
「そうですね」
「もったいない気がします。わたし、ホラー映画が好きなんですが、こういったキャラは、観客をキャーキャー言わせるのに役に立つと思います」
「そうですか」
ダンテは、興味なさそうだ。顔見知りの誰かを小説中でひどい目に合わせて、満足しているのだろう。
「たしか、カローンさんの船からひとりひとり飛び降りるシーンは、原文では『岸から飛び降りる』ことになっていませんでしたか。以前読んだときに、あれっと思ったところです」
「ええ、私もそう思いまして、こっそり『船から飛び降りる』に直しています」
「いいんですか」
「私が作者ですから、いいのです」
確かに、作者が直すのであれば、誰も文句は言えないなと有江は思った。
「最後は、ダンテが気絶する場面ですね。原文の第四歌では、いつの間にか川を渡っていて、読者全員が『ずるい』と声を上げる部分です。校閲後は、解消してください。みんなが『なるほど』と、声を上げるよう期待しています」
「わかっています。任せてください」
ダンテは、自信満々に答えた。