第5話 第二歌を改稿する
「第二歌ができました」
ダンテが、今日もやってきた。
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神曲リノベーション・地獄篇(第二歌)
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「意気揚々と『地獄で悲嘆にくれる者たちを見せてくれ』と言っていたダンテは、急に不安になったのですか。相変わらず情けないです。これ、ダンテさん自身がモデルなのでしょ、どうにかしませんか」
ダンテは、渋い顔をしている。
「私自身がモデルだからこそ、この性格なんですよね」
ぼそりと、つぶやく。
「アエネーアースも冥界に行っているのですね」
「第一話で書き加えたウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』の中で、アイネイアースは冥界に行き、亡き父アンキーセースと逢っています」
「『神曲』って、パクリですか!」
「そんなことは、ありません。ウェルギリウスは、私の師であり、敬愛しているのです。パクリではなくオマージュ、いや、インスピレーションを得たリスペクトなのです」
有江の驚きように、ダンテは慌てて否定した。
「つまり、やっていることは一緒ということですね。『神曲』の方が、本家より有名ですから、まあ、いいでしょう」
有江の定義は厳格だが、否定はしない。
「ダンテもウェルギリウスさんも、よくしゃべりますね」
「第二歌は、ほぼ会話文ですからね」
「それに、ウェルギリウスさんは、ウェルギリウスさんとベアトリーチェさんとの会話の様子を語っているのですが、その会話の中で更にマリアさんとルチーアさん、ルチーアさんとベアトリーチェさんが会話する描写が出てきて、訳がわからないですね。内容もくどいです」
「原文に沿って、三韻句法の建付けをリノベーションしているので、今は、原文寄りで勘弁してください」
作者であるにも関わらず、ダンテは力なく謝った。
「ベアトリーチェさんは、ウェルギリウスさんにお願いごとする割には、上から目線ですよね。天界の人だから、上から目線は仕方ないのでしょうが、なんか嫌だなあ」
ベアトリーチェの一挙手一投足が気になると有江は言う。
「ベアトリーチェは、万人に愛されて欲しいので、第二稿で書き直しますよ」
ダンテは、パソコン上の原稿に赤字でメモした。
「ベアトリーチェさんは、マリアさんからの孫請けなんですね。ルチーアさんが、ちょっとずるそうに見えます。このルーチアさんは、あの『サンタ~ルチ~ア』の人でしょうか」
有江は、ナポリ民謡を高らかに歌い上げるが、ダンテはポカンとしている。
途端に恥ずかしくなった有江は、ネットで調べる。
「彼女は、ナポリの船乗りの守護聖人となり、その結果、ナポリに『サンタルチア』という港がつくられ、その後にナポリ民謡がつくられたのですね。テオドロ・コットラウさんが翻訳してイタリア語の歌詞を付けたのは、千八百四十九年だそうですから、ダンテさんが知らないのも無理ないですね」
ダンテは、黙って有江の言い訳を聞いている。
「ベアトリーチェさんの冥界友達ラケルさんが気になります」
「ラケルは、ヤコブの妻です。ヤコブは、双子の兄エサウを出し抜き長子として祝福を得たため、エサウから命を狙われて伯父ラバンの元に逃げます。そこで、ヤコブはラバンの娘ラケルを見初め、ラバンの七年間働く条件を飲んで結婚式を挙げますが、花嫁はラケルの姉のレアでした。ラバンの更に七年間働く条件を達成し、ラケルと結婚したのです。ヤコブとレアとの間には子供ができましたが、ラケルにはできず、奴隷ビルハにヤコブの子ダンとナフタリを産ませ自分の子としたのです。その後、ラケル自身にもヨセフが生まれました」
「ヨセフ!」
知った名前を聞いて、有江は大きな声を出した。
「ラケルは、次子のベニヤミンでの産後の肥立ちが悪く、亡くなったのです」
興味本位に聞くべきではなかったと、有江は後悔した。
校閲を終え、ダンテは会社を出ていった。