第4話 第一歌を改稿する
翌日、有江の仕事が調子に乗ってきた十時ころ、第一歌を書いてきましたとダンテがパソコンを持って現れた。
有江とダンテは、編集部向かいの打ち合わせ室に入り、ファイルを共有する。
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神曲リノベーション・地獄篇(第一歌)
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「会話に出てくる人物名が、全く分かりませんね」
有江は、文学部卒なので少しは自信を持っていたのだが、まったく馴染みのない言葉ばかりで、ため息しか出ない。
「ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』で歌われたのが、アンキーセースやアイネイアースです。原文にそれらは記述しなかったのですが、日本でのウェルギリウスは、私ほど知られていないようなので、追加しています」
「厭味な人は、嫌われますよ」
「事実ですから」
ウェルギリウスの知名度の低さが不満なのですとダンテは話す。
「第一歌の原文で百五行目は、脚韻を無理に合わせようと
e sua nazion sarà tra feltro e feltro.
としたものだから、現在も『フェルトロとフェルトロの間』の解釈が謎のままですね。深く反省してください」
有江は、厳しい口調で伝えた。
「ダンテさんは『フェルト帽を被る双子座のカストールとポリュデウケースの間から生まれる』と書きましたけど、結局、これって誰のことなのですか」
「私、双子座の生まれなのです」
ダンテは、ばつが悪そうに答えた。
「多くの人が、これは『神聖ローマ皇帝』だと考えていますよ」
「そうですか、まあ、それでも構いません」
相当いい加減だが、そんなものかと有江は思った。
「イタリアを建国したカミラ、エウリュアロス、トゥルヌス、ニーソスは『ギリシャ神話』に登場します」
「日本でいう『日本書紀』のイザナミとイザナギですかね」
どちらも手探りで、話をしているようだ。
ダンテは、ネット検索している。
「どちらかというと、大国主神でしょうか。しかし『ギリシャ神話』の彼らは神ではなく人間です。イタリア建国の英雄として、記載は残したいですね」
ダンテの検索能力は、日々進歩している。
「ウェルギリウスさんは、しゃべり過ぎではありませんか。それに、他の翻訳と違って丁寧な話し方です」
「たしかに台詞が長いので、原文にはない地の文を入れています。口調が丁寧なのは、高名なウェルギリウスともなれば、他の訳文のように偉ぶった言い方はしないと思うのですよね」
そうかもしれないと、有江も思う。
「ダンテは、主人公にもかかわらず泣くのですね。情けなくありませんか」
「いや、豹と獅子と雌狼に囲まれたら、そりゃ泣きますよ。豹と獅子と雌狼ですよ。豹と獅子と……」
有江は、街なかで助けてくれと泣きついたダンテを思い出した。
「ダンテは、ウェルギリウスさんに天国に連れていってとお願いしておきながら、『地獄で悲嘆にくれる者たちを見せてほしい』とも言っています。これ、ふざけてません? 舐めてるでしょ」
「そんなこと、ないと思いますけど……」
ダンテの歯切れが悪くなった。
続きを書いてきますとダンテは、会社から出ていった。