表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

第2話 ダンテは「神曲」が気に入らない

 愛永に誘われて、ダンテも昼食を共にする。

 近所にあるという「リストランテ・フィオーレ」をダンテが案内した。


「ダンテ先生は『神曲』を読まれて、いかがでしたか」

 注文を済ませ、料理ができるまでの時間を愛永が埋める。

「美しくありません」

 ダンテは、眉をひそめて答えた。


 有江は意外に思った。自分はダンテ自身だと主張するこのダンテが、ダンテの代表作を「美しくない」と評価している。

「なぜ、美しくないのですか」

「トスカーナ方言で書いた『喜劇』は、十一音節で一行をなし、三行を一句とした三韻句法を用いています。ある句の二行目の脚韻は、次句の一行目と三行目の脚韻となるように書いています。例えば、地獄篇の冒頭三句は、


Nel mezzo del cammin di nostra vita

mi ritrovai per una selva oscura,

che la diritta via era smarrita.


Ahi quanto a dir qual era è cosa dura

esta selva selvaggia e aspra e forte

che nel pensier rinova la paura!


Tantʼ è amara che poco è più morte;

ma per trattar del ben chʼiʼ vi trovai,

dirò de lʼaltre cose chʼiʼ vʼho scorte.


このように各句の脚韻は、aaa、aea、eieと連鎖しています。それがどうでしょう、この『神曲』で辛うじて表現されているのは、三行を一句とする部分のみなのです」

 翻訳の限界ですねと、愛永は同意する。

「美しくありません」

 ダンテは、厳しい口調で、また言った。


「それでも『神曲』は、文学史上最高傑作と認められています」

 有江はフォローするが、ダンテは納得いかない様子だ。

「その評価が正当なものだとしたら、それは原文に対してのものであって、翻訳文がそうであるわけではありません。これが最高傑作と言われて、納得する日本の人は何人いるでしょう」

 有江は、大学の講義での違和感が腑に落ちた気がした。


「ダンテ先生は、どのような作品を書かれているのですか」

 愛永のひと言に、有江はパスタをのどに詰まらせた。

「これから『神曲』を書き直すつもりです。日本での美しい『神曲』の復権を目指すのです」

 その気になっていると有江は思った。

「そもそも日本で『神曲』が認められたのは、明治時代の知識人と文学部の教授連だけじゃないですかね」

 愛永が突っ込む。

「いや、そんなことは、ないと思うけど……」

「それは残念です。なおさら、美しい『神曲』が、日本で読まれるようにしなければなりませんね」


「でも先生、三韻句法などの様式美にこだわり過ぎると、作品の主題がぼやけますよ。そもそも日本語で書こうとするのであれば、日本の様式にすべきです。例えば、長連歌ちょうれんがとして五七五七七を百韻繰り返すとかしないと。しかし、そんな作品は読まれないですよ。まず、売れない。作家の自己満足としか思えない。『神曲』だってエンタメ方向に振り切った翻訳なら、もっと大衆が手にするのに、最高傑作と持ち上げられて読みにくい三行詩のままだから、文学マニアしか目にしないのです。私が担当する作家連中のラノベの方が大勢に読まれてますよ」

 愛永の言葉はきついが、まとを射ている。


「美しい『神曲』ではなく、面白い『神曲』にしなければならないということですか」

 ダンテは、言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ