表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

第1話 ダンテが現れる

 人生の道半ばを過ぎ、正しき道を踏みはずした私が目を覚ましたとき、きらびやかな街の中にいた。



「危ない! いきなり出てこないでよ」

 商店街の通りを駅に向かって歩いていた栃辺とちべ有江ありえは、突然、目の前に現れた朱色の布をまとった男を避けようとして、バランスを崩した。


 朝の出勤時間に現れたこの男が、イタリア・ルネッサンス初期に活躍した「神曲」の作者ダンテ・アリギエーリだった。

 避けようとして、転んだ拍子にヒールを折った有江は、ダンテに弁償してもらうために、貨幣の買い取りに付き合い、新しいパンプスを購入してもらう。


 有江は、都内にある梶沢出版株式会社の編集部に勤務している。入社して二年め、今年で二十四歳になる。

 遅れて出社しようとした有江だったが、ダンテに泣きつかれ、彼が元の世界に戻れるまで、手助けすることを約束した。


 昼食後、有江とダンテは一緒に出勤する。


 職場では、有江の三歳先輩である仁廷戸じんていど愛永まなえが出掛けるところだった。

 ダンテをホールのベンチに座らせ、編集部長を探すが見当たらない。

 愛永の姿が見えなくなった時、有江は、編集部長の常磐道に後ろから声を掛けられた。


「ベンチに座っている人がぶつかった人?」

「あ、あの方は、作家さんです」

 有江は、とっさに嘘をついた。

「ああ、そうだよね。ネットの方?」

「いえ、わたしに直接連絡いただいていて、先ほど駅前でお会いしたのです。あのお召しなので、驚きました」


 そうですかと言うや否や、部長はダンテのもとに向かっていた。

「はじめまして、梶沢出版、編集部長の常磐道じょうばんどうと申します。うちの栃辺が担当させていただきますので、よろしくお願いします」

 ダンテは、立ち上がって部長から名刺を受け取っている。

「そのいでたちは、ドゥランテ・アリギエーリですね。目立つことは苦手な先生が多い中、アピール度が高い先生は、出版社としても助かります。ところで、先生のお名前をお伺いしても、よろしいでしょうか」

「ダンテ……です」

 さすがにフルネームで答えるのはまずかろうと判断したようだ。


「そうですか、それは結構なことです。で、ダンテ先生は、何をテーマに執筆されているのですか。やはり『神曲』ですか」

「しんきょく?」

 ダンテは、自身の代表作を耳にしてキョトンとしている。有江は「そこは押さえていないのかい」と心の中で突っ込んだ。

「私は今『喜劇』を書いています」

「ああ、これは失礼しました。『神聖喜劇』ですね。そうですよね、本人なのだから『喜劇』ですよね」

 部長は、これは一本取られましたなと言いながら、勝手に納得していた。


 出版社を出た二人は、ダンテの服を購入し、寝泊まりするネットカフェを探した。

 翌朝、ネット検索に明け暮れたダンテは、午前中、買い物に出掛けた。


 愛永を昼食に誘った有江は、職場のベンチで横になっているダンテを見付ける。

「ダンテさんは、そこで何しているのですか」

「ダンテの『神曲』を読んでいます」

 話をややこしくしないでと、有江は心の中で叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ