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※応募条件として未完成でも良いとのことなので公開しました。

清書したものはTwitter(現X)に毎日アップしてゆき、ある程度まとまったらさらに推敲して各サイトに完成版としてアップします。

9月といえば、文化祭である。

夏休みが明けて渋々通学してくる生徒たちに喝を入れるかのごとく、1ヶ月の準備期間がやってくる。生徒によっては、夏休み延長線、くらいのノリのコもいる。授業はあるからね、普通に。

先ず、各クラスは強制参加で何か出し物をする必要がある。それとは別に、各部活も希望するなら何か出してもいいらしい。なので、由香が所属している弓道部は、弓道場で演習のようなものを見せるらしい。そこで下手なしゃは見せられない、と由香は練習に励んでいる。

一方、かがりが所属するバスケ部は、特に何もしないらしい。元々緩い集まりなんで、むしろおもてなしして欲しい~って感じらしい。


さてさて、我ら蒼暁院女子高等学校は名前の通り、女子生徒100%の女子高である。文化祭ともなると、そこに一般男子を呼び込むことになるわけなので……

千夏「んふふ、んふふ♪ ナンパとかされちゃったらど~しよ~♪」

自分たちのクラスのことも、私たちの部活の出し物もそっちのけでまた悪い雑誌を読んでいる。

由香「ナニ? いよいよ水商売でも始める気? それともAVデビュー?」

かがり「おっ、 マジですか先輩! そーいや、バスケ部の方でもそういう仕事始めた先輩いまっせー」

厭らしい話をしているんだけど、関西弁だとどこか軽い話のような気がしてくる。まあ、22世紀ともなれば、高校生で水商売なんてよくある話だけれど。

由香「正樹がね、中学卒業したら即効風俗で童貞捨ててくる、とか意気込んでるから、千夏、相手してくれる?」

紗季「なんか、弟クンの方が嫌がりそう」

千夏「むーん……ま、あたし的にも顔見知り相手はちょいキツイかもー」


※文化祭に、少なくとも舞以外は全員乗り気であることを強調。



義務教育を卒業すれば成人、って決まったのはもう30年も前の話らしい。なので、桜たち高校生は学生であると同時に立派な成人でもある。選挙権もあればタバコもオッケー。クラスの出し物としてキャバクラを申請しているところが3クラスもあるらしい。……さすがにそれ以上のことをするお店はないみたいだけど。

こんな時代だからこそ、私たちの部活は存在を認められている。一方で、文化祭という特殊な環境故に複雑な事情もある。

舞「……当日は、ライブハウスの方行っていい?」

桜「そんな~、きっと、舞先輩のステージみたい人いっぱいいますよー」

舞「ここは、私の立つステージじゃない」

まー、舞先輩はすでにプロとしてデビューしているので、こんな小さな舞台では満足できないのだろう。いつもぼーっとしていて何も考えていない雰囲気だけど、実はいつも自分のことばっかり考えているエゴイストという噂があり――それでも、部活のことも真剣に考えている、と桜は信じている。何しろ、3年生なのにこうして部室にも出てきてくれているし。



桜「メンバー揃ってみんなで出演られるなんて最初で最後なんですから~」

舞「私はひとりでいいけれど」

そう言いながらも、部室の中央の方に立ち、ホワイトボードに背を向ける。そっちの方に、ミラーシートを貼っているから。

舞先輩はあまり多くを語らない。ただ、背中で語る。このままみんなでステージに出れば、ダントツで目立つのは自分――一緒にステージに立つ覚悟があるのなら成長しなさい――多分、そう言いたいのだと思う。

おしゃべりはこのくらいにして、そろそろ練習再開しないとね。桜が舞先輩に並んで立つと、他のみんなも自然と席を立ち始める。そして、紗季は音響をスマホで操作して――みんなが一列に並んだところでミュージックスタート!



曲は舞先輩のコネで私たち用に作ってもらった。なので、全員アピールポイントがある。

「未来なんてわからないけど♪」

「いましかないこの瞬間を、照らしてほしいから♪」

最初はみんな同じ振り付け。個性を出し始めるのは1番が終わってからだ。

「ちょっと自慢な胸の谷間♪」

シャツの裾を上げ下げしてお腹から胸の下あたりを主張する千夏。

「ポンと弾けるヒップライン♪」

お尻を向けてスカートをヒラヒラさせる由香。

私は背中を見せたいからシャツを捲りあげながらも後ろ向きで――

女のコのプロポーションは千差万別。各々魅せたいポイントが変わってくる。だったら、このパートはみんなバラバラでいいんじゃないか、って。なのに、2番の歌が始まったら、またみんな同じ振り付け。ただ、自分が歌うパートではちゃんとアピールする。

「私の脚が世界を揺らす」

美脚自慢のかがりちゃんはスカートを脱いでパンツのまますらりと伸ばす。

「抑えきれないこの輝きを♪」

舞先輩はブラを魅せながらも長い髪をなびかせて、背中からお尻のラインを見せつけるように。

けれども、2番のサビが始まる前にはもう一枚。私なんかは無難に下着だけ残すけど、胸が自慢の千夏はここで早々トップレスに。一方、由香はブラ&スカートで、何だか南国テイスト。先にパンツを抜いてしまったから。

けれども、残したそれらも最終的には大サビに向けて――



これは、競技ストリップにおける種目のうちのひとつ『総合』の流れである。オーソドックスなダンスだけのスタイルもあるけれど、『総合』というのはダンスだけでなく歌も披露する――よくあるアイドルのライブのような雰囲気の中で脱いでいくので『ストリップ・アイドル』とも呼ばれ、大会4種目の中で最も人気のある花形だ。それをこうして5人で――これが、私たちストリップ部の出し物となる。



ただ――プロのライブと同じく撮影厳禁にはしたいんだけど、体育館みたいな広い会場に人を集めたらチェックするのも難しい、ということで、会場はこの部室となった。そして、発表は校内限定の初日だけ。一般入場者のいる2日目3日目はなし。さすがに、男の人も出入りする中でやるのは何かと問題ある、ということで。というか、部員でもない紗季が普通に発言を持ち、いまも私たちのダンスを見ながらひとりウンウンと頷いている。スッポンポンの女子5人を見守る着衣のひとり――傍から見たらどんな立場の人間に見えるんだろうね、紗季。

ストリップの練習は、一旦通すと逐一着直す必要があるのでちょっと面倒くさい。あのパートでうまく表情を魅せられなかった、脱ぐときにちょっと引っかかった――などなど、自分を見直し、他のコにアドバイスしながら、各々ちょっと調整して、再び通しに入る。

これまで桜は、ひとつの物事に打ち込むことができず、あらゆる部活を1年で辞めてきた。きっと来年も、また同じような年になるのだろう、と。



9月といえば、文化祭である。

夏休みが明けて渋々通学してくる生徒たちに喝を入れるかのごとく、1ヶ月の準備期間がやってくる。生徒によっては、夏休み延長線、くらいのノリのコもいる。授業はあるからね、普通に。

先ず、各クラスは強制参加で何か出し物をする必要がある。それとは別に、各部活も希望するなら何か出してもいいらしい。なので、由香が所属している弓道部は、弓道場で演習のようなものを見せるらしい。そこで下手なしゃは見せられない、と由香は練習に励んでいる。

一方、かがりが所属するバスケ部は、特に何もしないらしい。元々緩い集まりなんで、むしろおもてなしして欲しい~って感じらしい。

さてさて、我ら蒼暁院女子高等学校は名前の通り、女子生徒100%の女子高である。文化祭ともなると、そこに一般男子を呼び込むことになるわけなので……

千夏「んふふ、んふふ♪ ナンパとかされちゃったらど~しよ~♪」

自分たちのクラスのことも、私たちの部活の出し物もそっちのけでまた悪い雑誌を読んでいる。

由香「ナニ? いよいよ水商売でも始める気? それともAVデビュー?」

かがり「おっ、 マジですか先輩! そーいや、バスケ部の方でもそういう仕事始めた先輩いまっせー」

厭らしい話をしているんだけど、関西弁だとどこか軽い話のような気がしてくる。まあ、22世紀ともなれば、高校生で水商売なんてよくある話だけれど。

由香「正樹がね、中学卒業したら即効風俗で童貞捨ててくる、とか意気込んでるから、千夏、相手してくれる?」

紗季「なんか、弟クンの方が嫌がりそう」

千夏「むーん……ま、あたし的にも顔見知りはちょいキツイかもー」

義務教育を卒業すれば成人、って決まったのはもう30年も前の話らしい。なので、桜たち高校生は学生であると同時に立派な成人でもある。選挙権もあればタバコもオッケー。クラスの出し物としてキャバクラを申請しているところが3クラスもあるらしい。……さすがにそれ以上のことをするお店はないみたいだけど。

こんな時代だからこそ、私たちの部活は存在を認められている。一方で、文化祭という特殊な環境故に複雑な事情もある。

舞「……当日は、ライブハウスの方行っていい?」

桜「そんな~、きっと、舞先輩のステージみたい人いっぱいいますよー」

舞「ここは、私の立つステージじゃない」

まー、舞先輩はすでにプロとしてデビューしているので、こんな小さな舞台では満足できないのだろう。いつもぼーっとしていて何も考えていない雰囲気だけど、実はいつも自分のことばっかり考えているエゴイストという噂があり――それでも、部活のことも真剣に考えている、と桜は信じている。何しろ、3年生なのにこうして部室にも出てきてくれているし。

桜「メンバー揃ってみんなで出演られるなんて最初で最後なんですから~」

舞「私はひとりでいいけれど」

そう言いながらも、部室の中央の方に立ち、ホワイトボードに背を向ける。そっちの方に、ミラーシートを貼っているから。

舞先輩はあまり多くを語らない。ただ、背中で語る。このままみんなでステージに出れば、ダントツで目立つのは自分――一緒にステージに立つ覚悟があるのなら成長しなさい――多分、そう言いたいのだと思う。

おしゃべりはこのくらいにして、そろそろ練習再開しないとね。桜が舞先輩に並んで立つと、他のみんなも自然と席を立ち始める。そして、紗季は音響をスマホで操作して――みんなが一列に並んだところでミュージックスタート! 曲は舞先輩のコネで私たち用に作ってもらった。なので、全員アピールポイントがある。

「この先の未来なんてわからないけど」

「いましかないこの瞬間を輝かせるために~♪」

最初はみんな同じ振り付け。個性を出し始めるのは1番が終わってからだ。

「ちょっと自慢な胸の谷間♪」

シャツの裾を上げ下げしてお腹から胸の下あたりを主張する千夏。

「ポンと弾けるピップライン♪」

お尻を向けてスカートをヒラヒラさせる由香。

私は背中を見せたいからシャツを捲りあげながらも後ろ向きで――

女のコのプロポーションは千差万別。各々魅せたいポイントが変わってくる。だったら、このパートはみんなバラバラでいいんじゃないか、って。なのに、2番の歌が始まったら、またみんな同じ振り付け。ただ、自分が歌うパートではちゃんとアピールする。

「私が歩けば世界が揺れる♪」

美脚自慢のかがりちゃんはスカートを脱いでパンツのままどっしりと構える。

「留めておけない美しさ♪」

舞先輩はブラを魅せながらも長い髪をなびかせて、背中からお尻のラインを見せつけるように。

けれども、2番のサビが始まる前にはもう一枚。私なんかは無難に下着だけ残すけど、胸が自慢の千夏はここで早々トップレスに。一方、由香はブラ&スカートで、何だか南国テイスト。先にパンツを抜いてしまったから。

けれども、残したそれらも最終的には大サビに向けて――

これは、競技ストリップにおける種目のうちのひとつ『総合』の流れである。オーソドックスなダンスだけのスタイルもあるけれど、『総合』というのはダンスだけでなく歌も披露する――よくあるアイドルのライブのような雰囲気の中で脱いでいくので『ストリップ・アイドル』とも呼ばれ、大会4種目の中で最も人気のある花形だ。それをこうして5人で――これが、私たちストリップ部の出し物となる。

ただ――プロのライブと同じく撮影厳禁にはしたいんだけど、体育館みたいな広い会場に人を集めたらチェックするのも難しい、ということで、会場はこの部室となった。ただ、男子禁制の競技ストリップと異なり――男の人を入れることは、話し合いの末にオッケーとした。ただし、男性客と女性客で座席はきっちり分けて――というか、男性席は後ろで立ち見なうえ高価格という冷遇っぷり。それでようやく紗季が納得してくれた。というか、部員でもない紗季が普通に発言を持ち、いまも私たちのダンスを見ながらひとりウンウンと頷いている。スッポンポンの女子5人を見守る着衣のひとり――傍から見たらどんな立場の人間に見えるんだろうね、紗季。

ストリップの練習は、一旦通すと逐一着直す必要があるのでちょっと面倒くさい。あのパートでうまく表情を魅せられなかった、脱ぐときにちょっと引っかかった――などなど、自分を見直し、他のコにアドバイスしながら、各々ちょっと調整して、再び通しに入る。

これまで桜は、ひとつの物事に打ち込むことができず、あらゆる部活を1年で辞めてきた。きっと来年も、また同じような年になるのだろう、と。

けれども、ストリップと出会って、桜は変わった。何故なら、自分のプロポーションはずっと同じものではないから。来年は来年のシルエットがあり、それを活かせるような振り付けを考えなくてはならない。

そして、それはみんなも同じこと。みんな、少しずつ変わっていく。それが、桜の胸を高鳴らせるのだった。

どうやら、桜のクラスでは『ピーピングトムの伝説』という演劇の準備を進めているらしい。だが、桜は部活の方に集中しており、そちらを手伝えないのはちょっと申し訳なかったかな、とも思っている。


※以下のシーンを追加

(さすがにこれ全部入れたらボリュームアンバランスになりそうなので再分割)

・先生が来る。

・これからKIDSに泊まりに行く金曜日

・舞のコネ。練習もさせてもらえる。

・紗季は部員ではないので退場

・紗季も入ればいいのに、と先生に言われ、

 ストリップを進める教師もどうかと、と返される。

・別れる前、言いたいことがあった件は含めておく。

・KIDSには京子と佑衣登場

 佑衣はストリップに異様な執着があり、脱衣パートを教えてくれる

 京子は舞と共に色々と回っていて、臨機応変な即興担当

・この後大変なことが、と振る?















そんなこんなで週が明けた月曜日、ストリップ部は生徒会室に呼び出された。


※生徒会室の構造を。6人がけの机で一番奥が会長。隣に応接机があり、陳述はそこに通される。資料室への扉がある。

※応接の際には副会長と書記が会長の後ろにつく。書記は基本的に自動だが、ミスがある場合は適宜直す感じ。


赴くのは部長である桜だが、不安なので紗季にもついてきてもらった。

これについて、生徒会長は特に何も言わずニコニコしている。

桜は紗季から「状況がわかるまで何も言わないように」と釘を差されている。

生徒会室には砂橋会長、高岸副会長に続いて、1年生の広報・会計・書記の人まで勢揃いだった。

大きな社長の机みたいな席に座った会長は長いストレートの髪で、学年も上だからか舞先輩を彷彿とさせる。ただ、髪の色は染めているのか少し明るい。なのに、明るく感じない。

ニコニコこそしているものの、内心まったく笑っていない作り物の笑顔感満載でむしろ怖い。1年生の頃から生徒会に所属しており、書記→副会長→会長と順当に上り詰めてきた生粋の生徒会である。1年の頃はしかめっ面だったようだが、「そんなしかめっ面じゃみんなから怖がられるよ」とアドバイスを受けて、2年目、副会長に立候補する際にはこの笑顔を身に着けたようだ。桜も最初は違和感なく朗らかな人だなぁ、と思って票を入れていたが、こうして相対しているとこの顔が如何に怖いか思い知る。

高岸副会長は、今年に入って同じクラスになった。去年はまったく縁がなかったので知らないが、書記をやっていた……と今年の副会長立候補時の演説で話していた気がする。今年は同じクラスだが、やはり特に接点がなく、ショートの髪が強そうだなぁ、という以外はこれといって印象はない。ただ、教室で見るより表情が険しくなっているので、これが生徒会の顔なのかも知れない。

1年生の3人は特に知らない。

会長「えーと、何故呼び出されたかわかっているでしょうけれど」

桜にはまったく見当がつかなかった。

会長「まさか、本当に5人集めてくるとは思いませんでしたが……部として昇格したことで、少々浮ついていた、ということでしょうか」

どうやら、身に覚えのないことでお説教されているらしい。

会長「あのね、部として生徒会のお墨付きを得ることは、何をしていいってことではありませんよ」

桜はチラリと紗季を見る。紗季は何も返さない。まだ静観していろ、ということらしい。

会長「もちろん、ストリップ……でしたっけ、我々も成人である以上、法に触れることはありませんが」

桜たちは当然義務教育を卒業している。21世紀初頭ならともかく、22世紀では立派な成人だ。

会長「一歩道理を踏み外せば迷惑行為となることを、成人として失念されておられたようで」

会長は少し目を伏せて。

会長「ということで、ストリップ部は廃部とします(はぁと)」

桜「ええええええええ!?」

紗季には黙っていろと言われたが、これにはさすがに声が出た。

紗季「会長、先程から何をおっしゃられているのか、私どもには心当たりがありません」

紗季は淡々と反論する。

紗季「競技ストリップには高校生による全国大会もあり、ストリップ部はそれに向けて規律正しく競技に臨んでおります」

紗季が、言いたいことを小難しい感じで言い換えしてくれて、桜は溜飲が下りる思いだった。

が、会長は表情を崩さない。

会長「でしたら、何故学校にクレームが来たのでしょう?」

紗季「私どもには心当たりがありません」

紗季は同じ言葉を繰り返す。生徒会に対して必要以上に情報を開かないつもりなのだろう。

会長「無自覚な方々に自浄を期待するほど、我々は寛容ではありません」

紗季「法に反せず、校則にも反していない以上、外部からの謂れのないクレームに対しては毅然として生徒を守るのが生徒会のあり方では」

紗季の正論にも会長は動じることがない。

会長「謂れのないクレームだとしても、学校全体にそのような印象を持たれることは、他の生徒全体に対する不利益になると、生徒会としては判断いたしました。これは、決定事項です」

会長は、話は終わりだと言いたげに瞳を閉じる。

会長「もう1限目の授業が始まりますね。部室は2週間以内に原状回復した上で明け渡すように」

高岸副会長がトントンと扉の前に立ち、ガラリと開ける。とっとと帰れ、と言いたげに。

しかし、桜たちはここで帰るわけにはいかない。その強い意志は会長にも伝わったのだろう。だが。

会長「我々にも授業の用意がありますので。それを妨害なさるというおつもりでしたら……」

紗季「失礼しました」

紗季は踵を返す。それに倣って、桜もこの場は退却するしかなかった。


教室に帰ると、授業が始まる前にグループチャットに『大ピンチ! 詳しくはお昼休みに!』とだけ。

すぐに授業が始まったので、桜は先生の話も耳に入らず、ただただ、どうしたら良いのか悶々とし続けた。

そして、授業が終わると、同じクラスの由香の席まで猛ダッシュ。由香の方も来ると思っていたようで、ドンと待ち構えてくれていた。そして、チラリと高岸副会長の方を見る。生徒会室の方で生徒会の意向は伝えたので、外でとやかく言うつもりはないらしい。

ということで、小声で。

由香「……マジ?」

それは、失意とも怒りともつかない、複雑な表情だった。やはり、急すぎるゆえに事態を飲み込めていないだろう。

由香「てかコレ、完全に悪意があるわよね」

桜「んんん?」

由香「だって、私たちが何をやらかしたとか、クレームとやらの内容から証拠まで、一切提示しなかったんでしょ?」

桜「うん、だって、私たちは潔白だからネ!」

由香「まー……良く思わない人たちが少なからずいるとは思ってたけど、そーきたかー……」

桜「どーしよー、由香ちん……」

と、しょんぼりしたところで、スマホにメッセージの着信があったことに気がついた。

それは紗季からで、いま桜と由香がここで話したこと――むしろ桜以上に正確にまとめてメッセージを送ってくれた。

由香「結論はやっぱり昼休みに部室集合ってことだから……それ読んで復習しておいてね」

桜「はぁい……」

桜としては、真っ先に駆け出したつもりだったのに、後ろから紗季にあっという間に追い抜かれた心持ちだった。


ということで、お昼休み。

舞「短い付き合いだったわね」

桜「そんな悲しいこと言わないで!」

舞は簡単に諦めたことを言うが、部のことはちゃんと考えてくれている……と信じている。というか、自分が信じなかったら誰が信じるのか、という心持ちだった。

そんな桜を信じているからこそ、他の人たちもとりあえず信じたうえで。

千夏「その様子だと、ご近所様から「ストリップなんてけしからん!」って怒られたから、「あーいわかりまちたー」って尻尾巻いた感じだよね」

由香「それも建前で、学校内の反対派が言い訳にしてるだけって感じがするわ」

紗季「さらにいえば、そのクレームとやらの存在自体も怪しいし」

千夏「だよなっ、証拠も出さずに一方的すぎんだろ!」

紗季「何らかの投書だか連絡を、拡大解釈して利用してる線も有力よね」

ここで、ここまでずっと静かだったかがりが口を開く。

かがり「あー……もしかしたら、バスケ部絡みかも……」

桜「えっ?」

かがり「ほら、顧問の杉田センセー……ウチがチームに入ったとき、全国大会狙おうとしてて……」

それで、1年生なのにいきなり部長の座に据えたことで、チームの連携がガタガタになっていた。そこで、ストリップ部と兼部するので部長は無理です、と辞退したことで、チーム自体は元の鞘に収まった。が、杉田先生だけはそれを良しとしていなかったのかもしれない。

かがり「ウチが辞めて、バスケに専念すれば……」

桜「そんなことさせないっ!」

桜はお弁当箱を持ったまま席を立つ。

桜「かがりちゃんは私が守るから! 一緒に文化祭出て……それで、全国大会にも行くんだから!」

桜の言葉には力強さこそあれども、根拠もなければ頼り甲斐もない。これといって盛り上がることもなく、これからどうしようか、と話し合う雰囲気になったところで、コンコン、と扉を叩く音が。

席を立っていたついでに、お弁当箱を持ったまま桜が出迎えると――

来客「……服、着てるんですね」

どうも、ストリップをやっていると裸族と間違われるフシがあって、そこは桜も困っている。

その眼鏡っ娘はリボンの色から、来客は1年生のようだが、桜は見覚えはない。が、紗季にはあった。

紗季「今朝、生徒会室で……」

それを聞いて、かがりはお弁当箱を床に置き、慌てて椅子の用意をする。どうやら、同学年だがかがりも面識は薄かったらしい。

椅子を用意されたことで、生徒会の1年生は入ってきて、そして用意された椅子に座った。ご飯は持ってきていないので、一緒にお昼を食べに来たわけではないらしい。

紗季がお弁当箱の蓋を締めたので、「あ、お食事中失礼しました。お構いなく」と来客は制した。なお、舞はモクモクと普通に食べ続けていた。

来客は椅子に座ると自己紹介する。

来客(以下、佳奈)「お二方には今朝生徒会室でお世話になりましたが……生徒会にて会計を務めております和泉佳奈わいずみ・かなと申します」と、座ったまま軽く会釈する。

佳奈「単刀直入に申しますが、私とても、今回の会長の判断には些かの疑念が残ります」

そして、桜の方を向いて。

佳奈「今朝の先輩の反応を拝見させていただきまして……一考の余地はある、と私は考えています」

桜「おおおおっ!」

どんなことを話したか覚えていないけれど。

紗季「ギャグ漫画みたいなリアクションしてたものね。素であんな驚き方できるコ、なかなかいないわ」

桜「そ、そんなにすごい顔してた……?」

佳奈「少なくとも、本当に身に覚えはないのだと信ずるに値するくらいには。しかし」

そう言って、佳奈は他の面々を見渡す。

佳奈「他の方々については、その保証はないのですが」

桜「あるよ! 私が保証するよ!」

紗季「そういうことじゃないから、しばらく黙ってて」

桜はシュンとして小さくなる。

佳奈としても、紗季の方が話が通じやすいと判断したようだ。

佳奈「実は……外部からクレームがあったのは事実のようなのです」

桜「えっ!?」

と思わず声を上げるが、紗季は想定の範囲内だったのか、黙って俯く。

佳奈「ただ、それはおそらく、同時に潔白であることの証拠になるものかと」

由香「えげつないことを……」

先ほどの議論の中で上がっていた、拡大解釈で利用した、というケースらしい。

佳奈「私から伝えなくてはならないことで最も重要なことをお話しますが」

と姿勢を正して。

佳奈「生徒会は、その活動内容が不適切であると判断した場合、部の活動を停止、もしくは廃止することができますが」

ここで一呼吸入れて。

佳奈「その際に、部活動側は一週間以内に意義を申し立てる権利があります」

桜「おおっ!」

佳奈「会長が、2週間以内に部室を引き払うよう通告したのは、申し立ての期間1週間と、そこで決定してからの1週間を合わせてのことです」

紗季「やっぱり、どう考えても裏があるわね」

佳奈「この規則を説明しなかったことも疑念のひとつです。我々は校則を作る立場にありますが、一般生徒はそのすべてを熟知しているわけではありません」

あー……生徒会って校則作ってるんだー……と、桜は生徒会の活動内容を初めて知った。てっきり、お金を集めて備品を買う係かと。

ここで、佳奈は席を立つ。

佳奈「私の方でも調べてみますが……今週末、改めて情報をすり合わせましょう」

言って、退室しようと背を向けたので。

桜「あ、最後に!」

振り向いた佳奈に、桜は一言?」

桜「あの、えと……私たちの部活、どう思う?」

佳奈は眉ひとつ動かさず「生徒会管轄下である部活動のひとつです」とだけ答えた。


それから、各自色々と調べてみた。

桜は高岸副会長の様子をじっと観察している。副会長の方は桜にも由香にもまったく関心を示さず、放課後は演劇の大道具の制作で忙しそうにしている。

どうやら千夏のクラスには生徒会広報のコがいるようで、千夏はそちらの様子を見る、とのことだ。

そして、かがりは当然顧問の杉田先生の様子を見つつ、自分が引っ張らないほうがチームはまとまる、というのをチーム全体で当てつけのように見せつけているらしい。あんまり露骨なことはやらない方が……と桜は思う。

舞は、相変わらず何を考えて、何をしているのかわからない。

そして、紗季は――

紗季「わかったわよ」

桜「ええええええええっ!?」

小此木「というか、一応先生顧問なんだし、何も相談してくれないのは寂しいんだけど……」

桜「す、すいません……」と申し訳無さそうに頭を下げる。

由香「けど、私たちが伝えるまで知らなかったんですか?」

小此木「ぅ……そ、それは……この時期、クラスの子たちからの相談も増えるし……その他、色々と……文化祭終わったら、すぐ中間試験だし……」

先生にも先生なりに色々あるらしい。

紗季「けど、職員室内でも、私が先生に協力を持ちかけるまでこのことを知らなかった、ってこと自体が不自然で」

小此木「そっ、そうなのよ! うちの部の子が何かやらかしたのなら、普通は顧問である先生に一報入れるはずでしょう!?」

千夏「先生……嫌われてる……?」

小此木「違いますっ! 意図的に隠されてたんですっ!」

クレームを受けたのは横山先生だったらしい。それで、そのことを本人に尋ねてみたところ……

小此木「実は、とある先生にこのことは他言しないよう口止めされてたとかで」

かがりはものすごく気まずそうだ。

小此木「誰が、ということも、横山先生は教えてくださらなかったけど……」

紗季「ともかく、クレーム内容は完全に判明したってわけ」

そして、その内容とは――

小此木「先週金曜日の深夜、学校近辺の公園にて学生が如何わしい行為に及んでいるのを目撃した――とのことだけど」

桜「先週の金曜日……?」

その頃のことを桜は思い出そうとする。

千夏「あたしら、KIDSにいたじゃん! 泊まりで!」

由香「アリバイ完璧ね」

桜たちはワッと盛り上がるが……そのとき、ひとりだけ静かな紗季が目に入って、みんな静まる。

紗季「もしかして、私を疑ってる?」

舞「内容が、如何わしい行為、でなければ」

桜「舞先輩っ!」

千夏「ま、紗季を疑う余地はないけどさっ」

由香「ストリップも嫌がる紗季が、公園でそんなことなんていよいよありえないわ」

紗季「何なら、私をパージしてくれても構わないけど。元々部員でもないのだし」

桜「そんなことしないよ! 紗季ちゃんは大切なお友達だもん!」

舞「じゃあ私は?」

由香「何でそこで対抗してくるんですか……」

桜「舞先輩は、私の目標で、憧れで……大切な先輩ですっ」

由香「千夏、訊かないでね」

千夏「何で!?」

由香「くどいから」

桜にはもちろん、全員に呼びかける用意はあったが、いまはそれどころではないのだろう。

かがり「ともかく、ウチらの潔白は明らかなわけで……」

由香「どう動く?」

紗季「下手に先手を打つと、新たな手を打ってくるかもしれないわね」

桜「下手に、っていうと?」

紗季「1週間以内、とは言われてるけどね、喜び勇んで事前に突きつけたら、残りの期間で再工作されかねない、ということよ」

千夏「敵に時間を与えないってことかー」

かがり「生徒会さんも無理筋やて理解しとるでしょうしねー」

由香「で、和泉さんにはどう伝える?」

桜「うん?」

紗季「佳奈」

桜「ああ」

千夏「とーぜん、しらばっくれるとこじゃね?」

紗季「それは、相手が持ってきた情報次第、かしらね」

千夏「……当日、ふたりに任せていい?」

桜「もちろんだよ!」

由香「いえ、基本紗季でしょ」

舞「部長というカカシのようなもの」

桜「そんなこと言わないで!」

けれども、そこで笑いが起きてしまうあたり……まあ、仕方ないかな、と桜は頭を掻くしかなかった。


週末の放課後、部室で桜と紗季は佳奈と合流した。

佳奈からもたらされた情報は、ほぼほぼ小此木先生の情報と一致していたが。

佳奈「そのクレームは学校のホームページのフォームから送られてて」

いわゆる、お店や会社などでよく見られるものである。

佳奈「折り返しの連絡不要にチェックは付いていたみたいだけど、折り返し連絡してもらって」

紗季「誰に」

佳奈「真田先生。数学の」

桜「ああ」去年お世話になっていた気がする。

佳奈「ほら私、数学はIA共に学年順位一桁ですから」と得意げにメガネを直す。ようするに、成績優秀者ゆえに先生も融通を利かせたのだろう。

佳奈「で、連絡した本人にお話を伺ってみたところ、先週金曜日の夜十字過ぎ、子供が塾の帰りに、押村公園で裸の人がうろうろしてた、と言っていたのを母親がクレームとして入れたとか」

桜「押村公園って石山高校の方が近いじゃん!」

紗季「そういう問題ではなく」

佳奈「そちらの部活の件は、まことしやかに広まっているようでして」

その母親も、おそらくストリップに対して否定的な立場なのだろう。

紗季「反対派から反対派への伝言ゲーム……まさに悪夢ね」

佳奈「こちらの通話は念のため録音させていただいておりますので、証拠として提出できます」

桜「私たちも、京子さんたちに頼めば証言してくれると思う……!」

紗季「連れて来るの?」

桜「ば、場合によっては……」

言いながら、さすがにそこまで迷惑はかけられないかなー……と桜も思う。

紗季「ともかく、それ以外でも色々と証拠を準備しておきなさい」

桜「はーい」

佳奈「私にできることはすべてやったつもりです。あとは、お二方にお任せします」

そう言って、佳奈は席から立つ。

佳奈「生徒会を、不名誉な独裁者にしないでください」

それだけ告げると、佳奈は席から立っていった。


幸い、近所のコンビニで買い物したレシートがあったので、ストリップ部のメンバーがそこにいたことの簡単な証明にはなるだろう。もちろん、防犯カメラにも映っているだそうし。

すべての準備を整えて、桜と紗季は始業前の生徒会室に赴いた。本来、生徒会とて毎朝こんな時間から活動しているわけではない。だが、文化祭準備期間ともなると、放課後はイベント関係の対応が増えるし、そもそも生徒の方も放課後は時間を作りにくい。ということで、朝30分前から開いているのだった。

会長は、相変わらずどこまでも作られた笑顔だった。録音データも念の為に受け取ってある。紗季はとんとんと、クレームとストリップ部は無関係であることを説明した。

それを、まるで眠るように耳を傾けていた会長だったが。

会長「……それで?」

まるで動揺していない。そんなこと、最初からわかっていたことだと言いたげに。

会長「そもそもクレームの時点で証拠がないのです。潔白がどうだのアリバイがどうだの……そんなものは最初から論点になっていないとご理解いただけていなかったようで」

「…………ッ!?」桜は絶句して紗季を見る。紗季の表情は崩れていないように見えるが――幼馴染だからこそわかる。紗季がいま、窮地に立たされていると。

会長「近所でわいせつ事件がありました。……いえ、あったのかもしれません。ですがそのとき真っ先に通報したのが、警察でも、他の学校でもなく、我が校であった……それが問題なのです」

紗季「ですが……ッ」

会長「仰りたいことはわかります。無辜の部員を貶めて、校則が成り立つのかと」

桜「婿……ぉぼっぷ!?」

紗季から脇腹に肘を入れられて、桜は喉から出そうだった色んなものを口元で押さえる。

会長「ですが、物事には限度があります。……やれやれ、次の生徒総会までに、部活動の項を見直しておく必要がありそうですね」

会長は少し疲れたようにため息をつく。

会長「貴女たちは、好き勝手やっていても学校生活は続いていく……そう考えているかもしれませんが――」

会長の表情が――これまでで一番恐ろしくなる。ずっとニコニコしているけれど、眉とか目尻とか――本当に怖い。

会長「案外、吹けば飛ぶようなものなのですよ。貴女方の部活と同様に」

会長はつまらなそうに微笑むと。

会長「それでは、1週間後に該当の部室は閉鎖させていただきますので、退出の準備を滞りなくよろしくお願いいたしますね(はぁと)」

もはや、議論の余地はなかった。桜と紗季は、失意の中、部室を去る。すると、それを追うように、扉が開かれ、

佳奈「鈴木先輩、椎名先輩」

佳奈はいつもの淡々とした表情だったが、少し申し訳無さそうな目をして。

佳奈「生徒会として決定してしまった以上、私にも、もうどうすることもできません。この度はお力になれず、大変申し訳ありませんでした……ッ!」

その瞳が涙ぐんでいるように見えて、思わず桜は慰めようとするも、紗季が手を引き、それを制する。

紗季「桜、行くわよ」

桜「う、うん……」

昇降口に向かいながら、紗季はちょっと冷たいな、と桜は思った。

その思いは口に出さずとも伝わったのか、

紗季「あまり情を移すものではないわ。彼女も、生徒会なのだから」とだけこぼした。

桜はやっぱり冷たいな、と思った。


そして、昼休み――祝勝会ムードだった千夏を「結果を聞くまで浮かれるもんじゃないわ」と制していた由香のお陰で、寝耳に水の急点落下だけは防げた。何も状況は変わっていないけれど。

千夏「あー……これからどーするよー。あたし、もうストリップ一直線だったのにー」

由香「私も……弓の演習、キャンセルしようかな。そんな気分でもなくなったし」

かがり「ウチも……。このままだとまた部長に押し上げられるかもしれませんし……」

せっかくうまく回り始めていた歯車が、尽く躓いている。

紗季「私、こんな終わり方なんて望んでなかったのに……」

紗季がガラにもなくしょぼくれているので、

桜「ナニ言ってんの。まだ始まってもいないでしょ」

なんてネットミームを口にしてみる。

紗季が力なく笑うが、桜の自信は揺るがない。

桜「なーんかね、これが学校の総意だー、みたいに言ってるのが気に入らないんだよねっ! 少なくとも私たちは違うし、小此木先生だって私たちの味方だし!」

紗季「桜……?」

このあたりで、ようやく桜が出任せで励ましているのではないとわかってきた。

桜「こーなったらさ、私たちにも味方がいっぱいいるって思い知らせてやろうよっ!」

千夏「つまり、あたしたちが学生の総意だ! って思い知らせてやればいいんだねっ!」

こういうとき、真っ先に乗ってくれるのは千夏だ。何故なら、由香たちはその実現方法について先に頭がいっちゃうから。そして、結局いつもそんなふたりのお世話になってるんだけど。

由香「……とりあえず、水商売とか風俗でバイトしてるコを巻き込もっか。このままだと、あなたたちもヤバイよって」

紗季「それと、生徒会やクラス行事にも積極的に参加して、模範的な生徒であることを示すべきね」

かがり「朝の声掛けとか挨拶とかやるんですか?」

紗季「そんなあざといことは風紀委員にでも任せておけばいいのよ。私たちは、あくまで一般的な優良生徒として」

由香「となると、ヤバイのは……」

千夏「ぬわー、あたしかー! てか、これでも平均は取ってるんだけどー!」

由香「理系科目、時々ポシャるでしょ」

千夏「それは理系が悪い」

由香「言ってろ」

桜「まーまー、試験はもう少し先だから……」

そんな私たちを見ながら、舞先輩は「うんうん、さすが私の桜」と頷いていた。そのとき、紗季がものすごい顔をしていたけど……あんまり意味深に捉えないでー……。


(9000文字)











※杉田先生が学校内で恋愛しているという噂があり、それが静音ではないかと疑い。


ということで、早速行動に移す桜たち。

かがりはクラスで喫茶店の準備。由香は弓道部で演舞のための練習を。紗季はクラスの手伝いをしながら生徒会を探ってみる、と言っていた。舞の動向は

そして、2年生の生徒会はふたりいるため、千夏も生徒会の人をどうにかする、と言っていた。が、桜は自分が最も重要なポジションにあるのではないかと考えていた。何しろ、副会長が同じクラスなのである。クラスに、そして文化祭に貢献する、という意味だけでなく、真面目に模範的生徒やっています、という生徒会へのアピールにもなるはずだ。

放課後になると、文化祭の準備が始まる。演劇の準備は、演者側と裏方ではっきりと分かれる。まだ合わせるような時期じゃないので、演者側は各々中庭やら近所の公園やら、裏方の制作を邪魔しないように配慮している。

けれど、その裏方の方を見てみると、ちょっとバランスがおかしい。アクセや衣装、小道具なんかを手掛ける人がほとんどで、書き割りのような大きな仕事をしているのは高岸副会長ひとり――それで、桜はハッとした。確かに、自分を含めて部活の方でも準備のある人は少なからずいたけれど――よりにもよって、そのような人が大道具担当に集中して――?

だったら言ってくれれば、とも思うが……何だかんだで、みんな仲良しグループで作業したいものだ。実際、桜も由香と一緒に大道具に立候補している。そのグループを崩したくないのだろう。そして、高岸副会長は、クラスの誰とも仲良くできず――

高岸副会長の居場所は生徒会なのかもしれない。だからといって、クラス行事で苦労を押し付けていい理由にはならない。桜は、クラスのことをクラス任せにしていたことを酷く反省していた。

桜「たたた……高岸さん……っ」

生徒会室でのこともあるので恐る恐る……桜の方からはともかく、生徒会からはよく思われていなかっただろうし、まだ部室の撤収も済んでないし。それでも、私がやらなきゃ誰がやる! という意気込みで。

高岸副会長は、桜の呼びかけに対して普通に反応してくれた。教室での顔と生徒会としての顔は違うと知っていたけれど、ちょっと拍子抜けだった。

副会長「え……えーと……?」

戸惑い気味な副会長の隣に桜は座る。

桜「私も手伝うよ。だって、大道具担当だからネ」

副会長は一瞬嬉しそうな表情をしてから、不安そうな顔をして。

副会長「けど、部活の方は大丈夫なの? そっちで忙しくなるって聞いてたけど……」

桜「そ、それを高岸さんが言うの……廃部って言い出したの生徒会なのに」

ただ、副会長に悪気がまったくなさそうなのが、桜も少し気にはなっていた。それもそのはず。

副会長「もしかして……奏音かのんちゃんと間違えてる……?」

桜「え?」

副会長(以下、静音)「あたし……静音……。生徒会やってる奏音ちゃんは、双子の妹……」

桜「ええええええええ!?」


桜と静音はふたりで書き割りを描いていく。が、桜に絵心はないので、もっぱら桜が下塗り、静音が細部を描き加えていく。

桜「高岸さん、こっち塗り終わったよ」

静音「ありがとう、鈴木さん。それじゃあ、次は……」

桜「桜、でいいよ。私も静ちゃんって呼ぶし」

もし姉妹揃ってふたりでいたら、名字で呼ぶと困るだろうし。

静音「……そうだね、うん、桜ちゃん」

こうして、作業は進んでいく。最初はわからなかったが、少し作業に没頭した後立ち上がってみると、静音の周りだけ石造りの街の景色ができている。

桜「わっ、すごい!」

静音「うん?」と少し意味を理解しかねていたが「そ、そうかな……?」と絵を褒めてもらえたことに気がついた。

桜「美術部とかやってないの?」

静音「やってるけど……」

その顔色が少し暗いので、桜も察した。この時期、美術部員なら文化祭に向けての作品に集中しているはずだ。

桜「ご、ごめん……」

静音「けど、私がやらなきゃ、劇ができないし……」

本当に、自分のことばっかりだったな、と桜は反省する。ただ、もっと頼ってほしかったな、とも思った。


文化祭といえば夜遅くまで学校に残って――というのが定番のお約束であるが、そんなものを一ヶ月も続けられては教員側としてはたまったものではない、ということなのだろう。本番前夜を除いて、基本的に下校時刻は変わらない。

静音「桜ちゃん、ありがとう。今日はこのくらいにしとこうか」

片付けもあるからか、下校の20分前に切り上げようとする静音。桜としては、さすがに少し早い気もする。

桜「ありがとうって……私も大道具担当だし。むしろ、これまでサボっててごめん」

静音「サボっててって……それは部活の方が……あ」

作業中、事情については話してある。生徒会としての役割とはいえ、妹が廃部に深く関わっているのは静音としても心苦しいところはあるのだろう。

少し気まずい雰囲気になったが、ふたりはパレットの類を洗いに廊下へ出る。ジャバジャバと洗い流している間も、他の教室からは活気のいい声が聞こえてくる。

桜「けど、上がるのちょっと早かったんじゃ。もう少し頑張れたような気がするよ」

静音「それはね、10分前くらいになると、先生が……」

杉田「――そろそろ終わる準備しておけよーっ!」

元気のいい男の人の声が下の階から聞こえてくる。そして、杉田先生は階段を上がって桜たちの2階へ。終わる準備をしている桜たちは気にも留めず、A組の教室から声をかけていく。

杉田「おいおい、お前ら終わる気配ねーじゃねーか!」

生徒たち「キリのいいところまで~」

やはり、これが普通の対応である。

静音「このくらい早く片付けておいた方が、怒られないから……」

桜「なるほどー……」

と一定の納得はしつつも、あれは怒られてるのとは違うんじゃ、とも思った。

「杉田先生、暇なの~?」と女子生徒のひとりがからかうと「うっせ、これから忙しくなるんだよ!」と楽しそうに切り返す。それを聞いて、桜の洗い物の手が止まる。バスケ部顧問の杉田先生がこれから忙しくなるって……まさか、かぎちゃんを部長に据えて全国大会を考えてるんじゃ……?

静音「……桜ちゃん、どうかした?」

桜はちょっと険しい顔になっていたのかな、と笑顔を作る。

桜「ううん、杉田先生厳しいなー、って思って」と誤魔化す。

静音「だよね。先生だって早く帰りたいのはわかるんだけど」と言いながら少し顔を寄せて。

静音「だからね……実は私、こっそり残ってて」

桜「えっ?」

静音「30分くらい過ぎれば、先生たちもいなくなるから……その頃、教室に戻って、ネ?」といたずらっぽく笑う。大人しくて、先生の顔色は窺うけれど、優等生というわけではないらしい。

お主も悪よのぅ、みたくいじりたくなった桜ではあるけれど、その原因となっていたのは自分のサボタージュであるため茶化せない。

桜「すごいね……どのくらいやってたの?」

静音「むしろ、ここからが本番って感じ。教室も静かになるから集中できるし……3時間とか4時間とか」

桜は素直に驚いた。が、その原因となっていたのは、やはり自分のサボタージュである。

桜「……これからは、そんなに残させないから」

静音「うん……ありがとう」

洗い終わって教室に戻ったが、小道具組は終わる気配がない。そうこうしているうちに、声掛け第二陣がやってきた。

小此木「あらあら、まだ終わってないの?」

生徒たち「のぎっち、ごめん! もう少しだけ!」

小此木先生は相変わらず生徒との距離が近い。

小此木「もー……仕方ないわね。6時10分には本当に下校してね」

そんな中、下校時刻ピッタリに終えて帰ろうとしている自分たちは偉いのではないか、と桜は思った。

静音「……ふふ、最初は6時にはー、だったんだよ? それが、5分に延びて、今日は10分かー」

やはり、小此木先生は甘いところがあるようだ。

これから帰ろうとしていたところ、桜たちはその小此木先生とすれ違った。

静音「先生、さようなら」

小此木「はい、気をつけて帰るのよー」

そして、桜にそっと近づき「これから部室来て」とだけ小さく呟いた。


校門を出たところで

静音「桜ちゃん、家どっち? 私は……」

と桜の家と同じ方を向くが。

桜「私もそっちなんだけど、今日はこっちに用事があって」と逆を指差す。

静音は少し寂しそうな顔をして「そっかー……それじゃ、今日は本当にありがとう……」

と言って。

静音「お疲れ様」

と言い直した。

そして、ふたりは逆方向に歩き出す。そして、ちょっと歩いたところでマンションの陰に隠れてスマホを確認する。特にメッセージは入っていなかった。

改めて思うと、こんなにコソコソする必要はなかったかもしれない。静音とも、普通にこれから部室に用があって……なんて言えるわけがなかったか、と桜は冷たい息を吐く。静音は、ストリップ部が廃部になったことについて自分のことのように落ち込んでいたから。それに、スマホを経由せず口頭での連絡――これに、ただごとではない雰囲気を感じたからかもしれない。

改めて思い直してみると、静音に対して誤魔化した理由はいくらでもある。けれど、それを無意識にしてしまったことで、桜は、自分って意外と後ろめたい女なのかも、と思ってしまった。


それはともかく、再び学校に戻るとすこしまだ人の気配があった。時刻は6時10分――ここまで粘っていた生徒もさすがに帰る頃だろうし、あまり人には見られたくなかったので、桜は速やかに北校舎にあるストリップ部の部室に赴いた。

扉を引くと、鍵は開いていた。そこには先生も含めてストリップ部のメンバーが揃っていた。紗季も含めて。

紗季「ちゃんと静音さんは撒いてきたようね」

桜「撒くって……」

おそらく、一緒にいたことは小此木先生から聞いていたのだろう。

桜「生徒会は妹さんの方だし、静ちゃんの方は……」

千夏「いいノリしてるよねっ。前にあたし、身体にひまわり描いてもらったもんっ!」

桜「あー……あれってー……」

ストリップ部結成直後、千夏はストリップとボディペイントを組み合わせる、という提案をしていた。脱ぐとひまわりが顔を出す、という。だが、あれから全国大会の試合要項を改めて確認してみると、身体に直接何か描くのは、『衣装』の種目のみということになっていた。まだ初回大会なので試行錯誤は続いていくと思われるが、最新情報には従っておいたほうがいい。

由香「ノリは良くとも、生徒会の親族だから」

桜「そんな言い方しなくても……」

舞「桜のことだから、逆に生徒会に取り込まれないか、心配」

桜は静音と一緒に作業をして、彼女がいいコだということはわかっている。しかし、それは一緒にいないとわからないことなのだろう、ということで、一旦口をつぐむ。

紗季「それは、桜が生徒会に迎合してストリップ部を諦めるということですか?」

かばってくれているはずの紗季だが、その口調はどことなく強い。

小此木「えーと、ここからは声を控えめに……いえ、ここまでも控えめでお願いしたかったんだけど……」

下校時刻も過ぎているので、当然のことだろう。

小此木「とにかく、用件だけ。職員室での動きも共有しておこうと思って」

先生は生業として学校に来ている。とてもではないが、スマホで話せることではないのだろう。

小此木「先ず、えーと……キャバクラ? 2年A組と、3年生のCとDだったかしら」

3年C組といえば舞先輩のクラスである。舞先輩がキャバクラで……? 無表情でお酒を注ぐ姿はあまりに不釣り合いで、桜はちょっと笑ってしまう。が、突然脱ぎだすところまで想像できて、逆に笑えなくなった。

小此木「これについても、職員室内で意見が割れててねぇ」

アルコール類については、今年から解禁されたらしい。が解禁された途端、3クラスも申請があったのは教員側としても予想外だったらしい。

小此木「いま、職員室内は大きく3つに別れてて、ひとつは、容認派。法律と校則に違反しない限り、生徒の自主性を重んじる、と」

まさに『自己責任社会』の申し子である。

紗季「もちろん、先生は……?」

小此木「容認派のつもりよ。せっかくの学生生活なんだから、全力で楽しかった思い出にしてほしいし」


※すでに去年の時点で管理社会運営に戻ってる


やはり、ストリップ部の顧問は言うことが寛容だ。

小此木「そして、ふたつめは自粛派。もう少しルールを改めた方がいいんじゃ、って考え方ね」

千夏「ひぇー、『管理社会』に逆戻りぃ?」

小此木「ベテランの先生方の中には、その両方を経験してきた人もいて。あまり強くは言えず、この考え方の人はそんなに多くはないの」

だとすると、容認派の敵対勢力はもうひとつのみっつめとなりそうだ。

小此木「で、最後のひとつだけど……そもそも、文化祭自体を潰してしまえ、という……」

千夏「はぁ!?」思わず声が出たようだ。

小此木「教員からすれば負担も増えるし、授業や勉強と関係なく、受験にも役に立たない文化祭なんて、この際だから廃止してしまえ、と」

由香「さすがに無茶苦茶ね……」

小此木「そして、その代表格になっているのが……赤城さんの前では言いづらいのだけど……」

かがり「杉田先生ですね。バスケ部顧問の」

かがりは部屋に来たときからずっと暗かった。これが原因だろう。

かがり「『休み明けたら体育館使えなくなるんだからなー』が口癖でしたから。杉田先生」

おそらく、夏休みの練習の際のことだろう。

小此木「あっ、でも勘違いしないでね。廃部のことと、過激派が直接関係しているとは言い切れないから」

紗季「文化祭を潰したいのなら、ストリップ部は存続させておいた方が都合がいい。もし廃部にするとしても、文化祭を潰した後よね」

舞「いずれにせよ、ストリップを良く思っていないことには違いないだろうけれど」

プロの舞台でストリップ・アイドルとして活動している舞先輩にとって、ストリップの敵は自分の敵なのだろう。

小此木「現在、容認派と過激派の間で分裂していて、その中間として間を取り持っているのが自粛派というのが文化祭を巡る教員内の意見ってところね」

由香「ところで、肝心の、誰がどこに所属しているかのリストがないと我々としても誰を信じていいのかわからないんですが」

小此木「そっ、そんな……! 他の先生方を悪く言うなんて恐れ多いこと……っ!」

紗季「何となくの印象で判断するしかないでしょうね。軍隊みたいに所属が決まってるわけじゃあるまいし」

結局、心の内までは見えないし、誰と誰が仲が良いから――そのくらいの理由で合わせてる人もいそうだな、と桜は思った。

小此木「先生にできることはあまりないし、生徒と直接談合してるところを知られるとあんまり良い印象もないから……」

桜「はい……ありがとうございました!」

小此木「けど、やっぱり力にはなりたいから……。困ったことあったら相談してね」

何とも難しい注文だけれど、組織的でなく、個人的になら大丈夫なのかな、と桜は思った。


その翌日、桜は静音と一緒にご飯を食べることにした。すると、

静音「私、いつも奏音ちゃんと一緒に食べてるから……」

いい機会なので、桜もご一緒させてもらうことにした。奏音のクラスはA組である。

桜「A組って……あー……」

千夏と同じクラスである。ということは、千夏が言っていた同じクラスの生徒会、というのは奏音のこととなる。じゃあ、もうひとりの広報の2年生は何組なんだろう……? とは思ったが、深く気にしないことにした。

A組に行ってみると、そこには生徒会の顔をした高岸副会長――つまりは、副会長本人である。

奏音「……生徒会の私とご飯なんて、食が進まないんじゃない?」

桜「そうでもないよ」

お腹空いてるし。

奏音「だとしたら、よほど肝が座ってるのね」

桜「あ、あはは……たまに言われるかも」

そうでなければ、ストリップの世界に足を踏み入れることもなかったわけだし。

桜としては、静音のことを良く知りたかった。これまで生徒会副会長と勘違いしていた、ということもあるが、これからしばらく一緒に作業を進める友達として、相手のことを知っておきたい、という思いもある。妹の前ではどんな様子なのか、ということも知りたかったし。というと、奏音がオマケのようになってしまうが、奏音も奏音で、副会長の生徒会の外での顔も見てみたかった。

桜「わぁ、静音ちゃんたちのお弁当、可愛いねぇ」

卵焼きはハート型にしてるし、うさぎの形をしたウィンナーは食べるのがもったいないくらい。ご飯がほんのりピンク色なのは、桜えびが混ぜてあるからみたい。野菜の方も、ピクルスとパプリカがカラフルで人目を引く。

奏音「静音がね。……もっと手抜きでいい、って言ってるんだけど」

静音「忙しいときは手を抜いてるよ。今朝は早く起きられたから」

言って、桜の方を見る。

静音「桜ちゃんのお陰で」

奏音「ああ、静音、最近帰るの遅かったものね。健全になって何よりだわ」

ストリップ部に向けての当てこすりなのはわかったので、桜は少しシュンとする。ならば、いっそのこと。

桜「かのちゃんは……ストリップ、嫌い?」

奏音「どっちでも」

意外な答えだった。

奏音「ただ、私の意見は会長と同じ。生徒会として、揉め事を起こしたくないだけ」

これを職員室の派閥争いに当てはめると、自粛派になるのかなー、と桜は思った。

その後は、主に学校の話、先生の話、授業の話――おそらく、家でも基本的に勉強しているようだ。

桜「すっごいなぁ……息抜きとかどうしてるの?」

奏音「必要ないわ」とノータイムで答える。

桜「うわお、もしかして勉強大好き?」

勉強のストレスは勉強で解消するタイプなのかもしれない。

奏音「いえ、息抜きするほど努力してないだけよ」

このとき、静音は何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。

そろそろ昼休みが終わるということで、桜と静音は席を立った。

静音「あ、私お手洗い寄っていくから、先戻ってて」

桜「うん」

廊下でふたりが別れたところで、桜は不意に手を引かれる。手を引いていたのは奏音だった。とても苛立たしそうな顔で桜を睨んでいる。

奏音「静音を苦しめないで……ッ!」

痛いほど強く手を握り、そして放した。

あんなに、ありがとうって言ってくれていたのに――桜には、身に覚えがなかった。


(7000文字)














その日も桜は静音とクラスで大道具の制作を続けていた。静音は、事あるごとに「桜ちゃんが手伝ってくれるお陰でもう焦る心配なさそう」とお礼を言ってくれていた。だからこそ――これ以上静音を苦しめないで――奏音の言葉が気にかかる。大道具の進捗と引き換えに――静音からみれば、妹が廃部にした部員に手伝ってもらっている――それを桜が思っている以上に気に病んでいるのかもしれない。

桜とて、できれば気に病んでほしくはない。しかし、もうストリップ部のことは何とも思ってないよ、などとは口が裂けても言えない。そもそも、桜は部の復活をまったく諦めていない。気に病んでほしくはないけれど、程よく気にしてくれて、奏音を通して生徒会に掛け合ってはもらえないか――そんな期待をしてしまうのは、あまりに下心が過ぎないか、と桜は自らを戒める。

そして、完全下校時刻の10分前には今日も作業を終えて――

桜「今日は一緒に帰ろうか」

静音「うんっ、ありがと」

ちょっとした下心はあるものの、静音とお話するのは楽しいな、と桜は思う。

桜「昨日の『年下彼氏』見た?」

静音「うん、リリちゃん、芸人から俳優に転向したの、すごいよね」

そんな普通の話をしながら――普通に、静音の家に着いた。戸建ての並ぶ住宅地の中の、普通の二階建てだった。桜はマンション暮らしだから、ちょっと羨ましい。あと、学校まで徒歩圏内、というのも。

桜「今度、遊びに来ていい?」

静音「うんっ、私ならいつでもいいよっ」

そんな挨拶を交わして、桜はもう少し向こうの駅へと向かう。すると、その進路を塞ぐように。

紗季「偵察、お疲れ様」

桜「偵察って……というか、こんなところでどうしたの?」

偵察ということなら、紗季の方が偵察っぽい登場だな、と桜は思った。

紗季「もちろん、貴女を待っていたのよ。お互い情報交換もしたいでしょう?」

偵察っぽいというか、完全に私が偵察されているような? と桜は思った。


紗季を含め、桜が静音を手伝っていることは関係者はみんな知っていることだ。それで、今日は一緒に帰るだろうと思い、紗季は桜が静音と別れるであろうその場所で張っていたという。

桜「というか、何でしずちゃんの家知ってるの?」

紗季「調べたからよ。念のため、生徒会全員」

ものすごい執念……と桜は感服した。

紗季「生徒会に対抗するのであれば、それなりに味方はいそうよ」

紗季は独自に色々と調査していたらしい。その結果、水商売や風俗でアルバイトをしていたコたちは、チクチクと圧力を受けていたらしい。

紗季「成績なんかも筒抜けで、学業が振るわないようなら、校則で禁止しなくちゃいけなくなる、とか脅しをかけて」

桜「酷い……」

何よりも酷いのは、連帯責任と称してその生徒を見せしめにしようとしているところだ。

紗季「同じような成績でも、普通の運動部や文化部の生徒には何も言わないあたり、恣意的に気に入らない部活や仕事を排除したい、という意図は明白ね」

桜は黙る。今日一食共にした奏音を悪く言いたくはなかった。

紗季「で、桜の方はどう? 何か突破口は見えた?」

桜「え? えーと……」

桜は静音と昨日配信されたばかりのドラマの話をしていただけだった。あとは、桜たちがクラスの用意に無関心だったことで、静音に大きな負担をかけていたことくらいか。

紗季「ところで、家までの道順は覚えてる?」

桜「うん、もちろん。今度、遊びに行きたいな、って」

紗季「そう……途中で、押村公園を通らなかった?」

桜「うん? 通ったけど」

広い公園なので、その中を突っ切ると近道になる。桜も、駅に向かうのならそこを通る。

紗季「そう」

と一息ついて。

紗季「他に何か気付いた点は?」

桜「う、うーん……? ……あ」

昼、妹の奏音に言われたことを思い出した。

桜「かのちゃんに言われたんだけど」

紗季「生徒会副会長の高岸奏音の方ね」

桜「これ以上静音を苦しめないで、って……意味わかる?」

紗季「ストリップ部の件を気にしている、としか思えないけど」

桜「うーん、そうだよねー」

そうやって話しているうちに、蒼暁院会館駅に着いた。桜たちの女子高に通う生徒は、大抵この駅を利用する。

紗季「そうね、明日から私も放課後手伝うわ」

桜「え? いいの?」

人手は多いに越したことはない。

紗季「ええ、桜には踏み込めない領域もあるから」

桜「うんっ、ありがとう!」

桜は絵心がないことは自覚している。紗季の方がきっと力になってくれるだろう。

そして、しばらくお昼は高岸姉妹と共にするよう紗季から指示を受けた。自分をストリップ部から除け者にしようとしている……ということではない、と桜は信じていた。


翌日の放課後、宣言通り紗季も桜たちの大道具を手伝いに来た。しかし、紗季としては予想外のこともあったらしい。

紗季「……桜、私が来ること、話したの?」

桜「そりゃ、まあ」

今日から紗季ちゃんも手伝ってくれるって、とお弁当を食べながら普通に話した。その結果。

奏音「静音の方が大変そうだから。猫の手も借りたいでしょう?」

桜は予想していなかったが――紗季と奏音の相性は最悪だった。

奏音「椎名さん、ご自身のクラスは大丈夫です?」

紗季「ご心配なく。むしろ、生徒会副委員長としてお忙しいのではなくて?」

奏音「いえ、不当に他人の身辺を探りまわるような探偵業はしておりませんので」

紗季ちゃんの調査バレてるー!? と桜はぎょっとするも。

紗季「何のことか存じませんが、生憎私のクラスは余裕もあるようですので」

奏音「ところで椎名さん、あなた、例の部活には所属しておりませんでしたのね」

紗季「例のとは? 私はまだ合唱部は続けていますけれど」

紗季はわかっていながらはぐらかす。奏音は『ストリップ』と言葉にするのも嫌らしい。

奏音「どうでもいいですけれど、関係者のような顔をして部外者が首を突っ込むのはよろしくないかと」

紗季「それを言うなら、副会長様が他のクラスに首を突っ込んでいる暇はないのでは?」

奏音「そのお言葉、そっくりそのままお返ししますが」

紗季「私は、桜の親友ですので」

奏音「でしたら私は、静音の妹ですから」

紗季「生徒会副会長様ともあろうお方が、妹を特別扱いですか?」

奏音「生徒会としての業務を疎かにしているわけではない以上、一生徒として振る舞う分には問題ないでしょう?」

ずっとこんな調子である。桜も静音も、すっかりゲッソリしてしまった。

その上。

杉田「おいお前ら! 下校時刻も守れないようだと文化祭自体中止になるからな!」

静音「ぴゃっ!?」

ふたりの言い合いに気を取られて、不覚にも作業終了のタイミングを計り損ねてしまったようだ。先生に怒鳴られるのは本当に嫌なようで、この一言で静音はすっかり消沈してしまった。

静音「急いで終わりにしよ。最終下校時刻からはみ出したら、また……」

これ以上静音に心労をかけたくもないので、他の3人も急いで片付けにゆく。すると。

小此木「あらあら、そんなに焦らなくても……電車に乗り遅れるでもないし」

4人の背中は、後ろから見ても焦っているように見えたのだろう。こんなとき、やっぱり小此木先生は癒やされるなぁ、と桜はほっこりしたのだが。

大塚「そうやってまた甘やかす」

その声に……桜だけでなく、小此木先生までギクリとする。

大塚「もう少しもう少しと、昨日に至っては30分も完全下校が遅れていたようで」

小此木「そ、それは、私が締めの日でしたので……」

大塚「それが生徒に伝わっていますか? 生徒は次は40分、次は50分と際限なく延ばし続けるものよ。昨日は貴女の帰りが遅れただけで済みましたが、もし今日も――」

まさかの先生から先生のお説教――こんなに申し訳無さそうな小此木先生も珍しい。先生には悪いが、そもそもことの発端は、生徒の居残りにある。軽く会釈をしながら、桜たちはそそくさとその場を後にするしかなかった。

終始ピリピリしていたがゆえに、今日は一緒に帰ることもなく。

紗季「私は桜と用があるから」

奏音「それではまた明日。静音、帰りましょ」

静音「う、うん……ごめんね、桜ちゃん」

桜「こっちこそ……うん」

別段駅と反対方向に用事はないが、桜は高岸姉妹と正門で別れた。

奏音たちが角を曲がって見えなくなると。

桜「紗季ちゃん……今日のは、ないと思う……」

さすがに苦言をもらさずにはいられない。だが。

紗季「ええ、予想以上に手強かったわ」

桜「そういうことではなく」

みんなで仲良くしてもらわないと困るのだが。

紗季「あの副会長、私を挑発し続けて、核心に近づくのを徹底的にガードしてたわ」

桜「え?」

紗季と奏音の鍔迫り合いは、桜が思っていたのとは少し違っていたのかもしれない。

紗季「やはり、副会長ともなると、何か知ってるのでしょうね。生徒会の、弱点のようなものを」

桜「う、うーん……?」

桜には少しついていけないようだ。

紗季「明日もお昼、あのふたりと一緒に食べるのでしょう?」

桜「そのつもりだけど」

そこにまで加わる、と言われたらちょっと厳しいかも、と桜は懸念するが。

紗季「その席で、副会長は私に手伝いから下りるように言ってくるはずよ」

桜「う、うーん……?」

紗季「そうしたら……私は明日用事があるから手伝えない、とと伝えておいて」

桜「う、うん……わかった……」

紗季が来れないのは少し残念だが、奏音と仲直りするまでは仕方ないかな、と思った。


※紗季と奏音は互いに相手の心理を指摘し合う。

※美術部は休みなので、ちゃんと話ができる、という誘導。

※部活動の休日を把握してないの? という当てこすりを復活させること。


そして、紗季の言う通り。

奏音「鈴木さん、今日の放課後だけど、椎名さんにはちょっとご遠慮いただきたいのだけど」

お昼の席で、奏音はそのように切り出した。

桜「うん、そのことだけど、今日は用事があるって」

奏音「そう……」

少しはホッとした顔を見せてほしいのだけど――それもそれで友人として複雑だが――それでも、奏音は変わらず難しそうな顔をしたまま。

奏音「昨日、椎名さんはそう言っていたのね?」

桜「え?」

今日とか昨日とか……桜には、到底ついていけそうになかった。そして、静音も申し訳無さそうな顔をしていた。


その日の放課後、すぐに奏音はやってきた。

奏音「ねぇ、美術室とか使えないの?」

静音「えっ?」

場所を変えるという発想はなかったが。

奏音「ほら、そっちの方が塗りも捗りそうだし」

静音「ぅ、うーん……?」


※木曜は美術部休み


そういえば、静音もみんなが帰った後の方が捗ると言っていたし、ワイワイ騒がしい教室よりいいかもしれない。

桜「今日はこの書き割りを完成させるつもりで……1枚だけならみんなで運べるだろうし」

静音「う、うん、そうだね」

美術室は渡り廊下を渡った先なのでちょっとあるが、書き割りということで、舞台上で出し入れするためキャスターも付いている。3人がかりでゴロゴロしつつ、北校舎の2階の奥まで辿り着いた。

すると、そこには――

奏音「!」

真っ先に驚いたのは奏音だった。

紗季「あら、奇遇ね。私、美術の課題が遅れてて」

紗季の用事というのは、このことだったらしい。入口傍に置かれた果物の写生をしていたので、桜たちはすぐに紗季に気がついた。

奏音「他の美術部の皆さんもいますし、隅の方で静かに進めましょう」

奏音はさらに奥まで書き割りを押し込もうとするが。

紗季「そんな大きなものを室内縦断させるつもり? そこが空いてるから、そこで済ませた方が良いのでは? と言って指差すのは果物の乗った机のすぐ隣。確かに、床が広々と空いている。

静音「奏音ちゃん……運ぶのにも時間かかってるし……」

奏音「…………」

これ以上手間取っていると何のために来たのかわからない。嫌な予感はしたが、桜たちはすぐそこで作業を開始することにした。

すると、案の定。

紗季「わざわざこんなところまで運んでくるなんて、誰の差し金かしら」

奏音「絵を進めるのなら美術室が適任。誰が考えても自明なことでしょう?」

紗季「クラス行事を進めるのなら自分の教室で。それもまた自明でしょう?」

ギスギスと言い合うふたりに、美術部の皆さんも苛ついてきたようだ。それは、紗季もわかっているようで。

紗季「この際単刀直入に訊かせてもらうけど」

奏音「私に答えられる範囲になるけれど」

紗季「いえ、私が質問しているのは……静音さん、貴女よ」

静音「ぴぇっ!?」

まさか流れ矢が飛んでくると思わず、静音の筆が大きくブレる。

奏音「静音の代わりに私が答えるわ。作業の邪魔はさせたくないし」

その言葉を無視して。

紗季「静音さん、貴女、先々週は毎日夜遅くまで残っていたのでしょう? それも、10時過ぎまで」

奏音「それが本当なら、私の方で問い質さえてもらうわ」

しかし、紗季は奏音を徹底的に無視して。

紗季「そして、貴女は通学路の途中で、押村公園を通っている。変質者が現れたという、あの公園をね」

奏音「また廃部の件を蒸し返そうというの? どう足掻いたって覆らないわ!」

紗季「静音さん、貴女、”何かを目撃したのでは?」

桜「!?」

桜にはその発想がなく、思わず静音の方を見る。確かに、クレームにあったのは、いまから2週前の金曜日……その頃の静音はひとりで作業を続けており、終業時刻から3・4時間――つまり、9時10時まで居残っていたことになる。

桜にまで見つめられて――静音はただただ涙目に。

紗季「静音さん! 貴女の証言によっては、ひとつの部活が消えずに済むかもしれない……!」

奏音「部活部活と! そんなこと、どうでもいいじゃない!」

紗季「あら、それを美術部の皆さんの前で言うの?」

奏音「私が言っているのはあなたたちに対してよ! そんな、変な部活なんて……ッ!」

静音「もうやめてふたりとも!」

ここで真っ先に限界を超えたのは静音だった。

静音「もうヤダ! 帰って! もうみんな、帰って!!」

奏音「でも……静音……」

書き割りは私が戻しとくから……お願いだから、もう、帰って……」

しずしずと泣き始めた静音に、桜たちはもうどうすることもできそうになかった。


(5500文字)













あの大人しい静音がキレた――3人は驚き、押されるように美術室を後にする。

黙って正門までは一緒に来たが、

奏音「あのコが誰かと付き合ってるとか、そういうことはないわよ。それは、私が保証する」

そう告げて、奏音は帰っていった。

奏音は角を曲がる。しかし、そこに違和感があった。以前、桜が静音と一緒に帰った際とは別の道だったから。それは、紗季も把握しているらしい。

紗季「……桜、先に帰っててくれる?」

その視線が、奏音の方にあったように見えたので。

桜「……うん」

きっと、尾行するつもりなのだろう、と桜は思った。止めることもできず、協力することもできず――桜は正門前で途方に暮れていた。

そのうち、生徒たちは桜の前をバラバラと通り過ぎてゆき――それも途絶えた。その中に静音の姿はなかったと思う。あんな別れ方をしたのだ。もし、遠目で桜の姿を見かければ、進路を変更して裏門から出ていったかもしれない。

けれど。

もしかしたら、まだ美術室でひとりで泣いているのかもしれない。それを思ったら――桜は居ても立っても居られなくなってきた。とりあえず、美術室にいないことを確認できればいい――そう思い、先ずは2Bの教室に寄ってみた。まだ運び出した書き割りは戻ってきていなかった。まさか、まだ本当に美術室に――!? 桜は速足で美術室へ向かう。その途中――ゴロゴロとキャスターを転がす音が聞こえてきた。もしかしたら――桜は思わず駆け足で――そのまま渡り廊下の方へと躍り出る。

桜「静音ちゃん!」

と、呼びかけたところで――紛れもなく、そこにいたのは静音だった。渡り廊下で大きな書き割りをよちよちと押している静音と桜は目が合った。しかし。

静音「きゃ――っ!?」

声にならない悲鳴をあげて、静音は書き割りの裏側へと身を隠す。回り込めば、その姿は確認できただろう。だが、桜はそれをしなかった。ただ驚き――立ち尽くしていた。

姿の見えない静音から「2Bの教室で、待っててもらっていい?」

桜は手伝おうか、と言えなかった。静音も手伝って欲しいといえなかった。ただ、ふたりは教室と美術室へ別れていった。

桜が少し教室で待っていると――約束通り、制服姿の静音はやってきた。重い書き割りを押しながら。

桜「…………」

桜は何と声をかけて良いのか迷う。

静音「……見た?」

桜「……ううん」

静音「……嘘」

桜「……ごめん、見た」

桜が渡り廊下で見たもの――それは、上履きに靴下だけの姿で――それより上は何も身に着けていない素っ裸で――

静音「ごめんね、ごめんね……」

桜「だ、誰にも言わないから……私、ストリップ部だし」

静音「だからだよ……」

静音はシクシクと泣き出す。

静音「ごめんね、私の所為で、部活をメチャクチャにしちゃって…・・」

桜「え?」

静音「公園に出た変質者って……私、なの」

桜「え?」

ええええええええ!?

変質者が女のコ――桜には想像もできないことだった。


静音は語る。彼女には、人には言えない秘密があった。

静音「私、実は……イライラしたり、怒ったりすると……そのー……服を脱ぎたくなる癖があって……」

桜には想像できなかったが、それが静音のストレスに対する向き合い方なのだろう。

今日も、あの後どうしようもなく感情が昂ぶり――そのとき、部屋に誰もいないのをいいことに、制服どころか下着まで脱ぎ散らかし――それだけでも気分がスーっと良くなったが、校舎内に誰もいなくなったのをいいことに、思い切って、そのままの姿で書き割りを教室まで戻してみよう、と思い立ってしまったようだ。

桜「じゃあ、例の金曜日も……」

静音「うん……何で私ばっかりこんな遅くまで、って……帰りながらそんなことを考えていたら……公園を通りがかったとき……つい……」

同じように制服を脱ぎ捨てて広場を一周。その勢いで滑り台を駆け上がったりブランコを立ち漕ぎしたり――

静音「そりゃ、誰か見ててもおかしくないよね……見晴らしのいい公園だし……」

桜「ごめんね、私がしずちゃんに全部押し付けてたから」

静音「それを言ったら他のコもだし、そもそも、変なことしちゃったのは自分の所為だし……」

桜「でも、私がもっと早く気づいてたら……」

静音「ううん、例えバレても、やめられなかったと思う……。この癖、昔からずっとだし」

桜「いや、気づいたらって、しずちゃんが書き割り大変だって方で」

話の腰を折ってしまったので、お互い黙る。

静音「……私、やっぱり正直に話すね」

桜「え?」

静音「生徒会室行って。私の口からちゃんと謝りたい」

桜「……私も、一緒に行っていい?」

静音「……そうだね、被害者だものね」

桜「そういうわけではないのだけれど……」

何だか、静音をひとりで行かせてはいけない――それほど思い詰めた表情を、静音はしていた。


そして次の朝、桜は念のため待ち合わせの20分前に到着した。絶対に静音をひとりで行かせてはならない――そんな強い決意で。

幸い、生徒会役員の登校時刻はもっと早かったようだ。それでも、特に誰かが出入りすることはなく、すぐに静音もやってきた。

静音「……おはよう」と、生徒会室の中には妹がいるので小声で。

桜「おはよう。……かのちゃんには?」

静音「話してない。これは、私が自分で決めたことだから」

桜も、紗季に話していない。今回のことは、静音が思うように進めてほしいから。

コンコン、とノックして、入室する。生徒会役員は各々タブレットで何か操作をしていた。様々な陳述書に対して対応しなくてはならないのだろう。

桜が入室したことで、全員顔を上げる。会長はいつもの笑顔だったが、奏音は少なからず動揺しているように見えた。

会長は、笑顔ながらもどこか呆れたような息をつく。が、廃部を宣告した身としての自覚はあるのだろう。諦めがつくまできちんと相手をしてやるか、と言いたげに席を立ち、「どうぞ」と応接席へとふたりを通す。何を言わずとも、奏音と書記のコがいつもの応対フォーメーションで立つ。前は紗季がいた場所に、今日は静音が座る。

静音「今日は、私から皆さんに謝りたいことがあってきました」

静音は奏音には話していない、と言っていたが、奏音はまるですべてを知っているかのように動揺している。

静音「ごめんなさい! クレームにあった公園の変質者は……私です!」

膝に手を突き、座ったままではあるが深々と頭を下げる静音。奏音はとても悲しい顔をしている。

会長も、これにはさすがに驚いたらしい。

会長「けれど、クレームには『公園に全裸の人がうろついていた』とあったのですが」

静音「はい……全裸になって、公園を走りまわったり、遊具で遊んだり……間違いありません」

桜と奏音以外理解が追いついていないようで、静音はさらに言葉を続ける。

静音「私、ストレスが溜まると、裸になりたくなる悪い癖がありまして」

会長「それはよくありませんね」

にわかに信じ難い顔をしているが、一先ず信じないことには話が進まない、と判断したようだ。

静音「私の反道徳的な暴挙により、この度は学校の評判、品位を落とし、ストリップ部にも迷惑をかけてしまい……なので、なので……」

静音は俯いていたが、顔を上げたとき、その真剣な表情は奏音と見紛うものだった。

静音「私の退学処分と引き換えに、ストリップ部の廃部を撤回していただけないでしょうか……!」

桜「いやいやいやいや!」

誰よりも真っ先にツッコんだのは桜だった。けれども、そうしてくれるのが桜だと、静音もわかっていたようで、落ち着いた声で桜を諭す。

静音「私ね、ずっと思ってたの。この学校に入って生徒会として頑張ってる奏音ちゃんに対して、私って何も無いな、って。それどころか、同じ顔した露出狂だなんて……私だけが酷いことになるのならともかく、いつか奏音ちゃんに迷惑かけちゃう、ってずっと不安だった。そもそも、この学校を選んだのだって、ただ家から近いからってだけだし。だから、私たちのことを誰も知らない土地に引っ越して、私はひとりで――」

桜「そんなのダメだよ、しずちゃん!」と私は叫んでいた。

桜「かのちゃんがしずちゃんのことずっと思ってた、心配してたって、私、ずっと知ってたもん! それを勝手に自分だけ逃げ出すなんて……そうでしょ!? かのちゃん!」

そう言って、桜は奏音の方を見ると……

奏音「ひどいよ、奏音ちゃん……私のこと、そんな風に思ってたの?」

これに、一番驚いていたのは静音だった。

静音「奏音ちゃん?」

奏音「奏音ちゃんが私に任せておけ、って言うから任せたのに!」

桜「え……まさか……」

隣りに座ってるのが奏音で、会長の後ろに立ってる方が静音ちゃん!?

静音「ちがっ、違うよ! 私が静音! 奏音ちゃん、本当に何言ってるの!?」

奏音「私を学校から追い出したいならこんなことしなくても……私……」

同じ顔のコが言い争っていて、私には何がなんだかわからない! 会長にもわからないようで、話を打ち切るように席を立つ。

会長「時間の無駄だったようですね」

自分の席に戻るため、会長はふわりと髪をなびかせながら踵を返す。

会長「本気で学校を辞めたいのであれば受理しますが、それとストリップ部への処分は別問題です。証拠がどうとか、犯人がどうとか……そういう次元の話をしているのではない、とそこの“元”部長さんから説明を受けてください。それと――」

背中で語っていた会長が、ふいに振り向いて。その顔は――明らかに怒っていた。怒り顔を笑顔で塗りつぶしているのだと桜でもすぐにわかった。

会長「高岸さん方約2名は一旦部屋の外で話し合ってきてください。そして、副会長だけ戻ってくること」

再び顔を背けて。

会長「忙しいのですから、茶番はほどほどにお願いします」

その怒りの前に、さすがに高岸姉妹も泣き止んでいた。


部屋から出ると――桜にはもうどちらがどちらかわからなくなっていた。が、左側にいた高岸さんが右側にいる高岸さんの手をぐいと掴んで、少し離れた階段の方へと引っ張っていく。授業が始まるまで時間はあるが、やる気のある文化祭学生はすでに作業を進めているようで、遠くから作業音やら会話の切れ端が聞こえてくる。

奏音「学校を辞めるとか、貴女バカなの!?」とものすごい剣幕で怒っている。

静音「だ、だって……もうそうするしか……」

奏音「そうしたって無駄なのよ! そこののほほん部長から聞かなかったの!?」

私、のほほんとしてる……? と桜は苦笑い。

奏音「私に相談してくれればちゃんと説明したのに」

静音「ご、ごめんなさい……」

どうやら、隣りにいたのはやはり最初から静音で、奏音が静音のフリをして割り込んだらしい。

奏音「ちょっと早いけど、シズは教室行ってて。私はそこののほほん部長と話があるから」

静音「で、でも、私も……」

奏音「あなたたち同じクラスでしょ? 授業の合間に話しときなさい。ほら、行って」

静音「う、うん……ごめんね、奏音ちゃん、桜ちゃん……」

ペコペコとふたりに一度ずつ丹念に頭を下げた後、静音はトボトボと階段を上がっていった。

すると――

桜「かっ、かのちゃん!?」

廊下に崩れ落ちた奏音に、桜は驚く。

奏音「少し疲れたわ。行儀は悪いけど、このまま話させて。時間はかけないから」

桜「う、うん……」

ということで、階段の一段目に腰を掛ける桜。

奏音「今回の件は……本当に悪かったわ。こっちが勝手に隠し事をしていて、その所為で事態を複雑にしちゃって」

桜「えーと……どこまで知ってたの?」

奏音「何のこと?」と、少しだけとぼけるフリをして。

奏音「シズのことは何でも知ってるつもりだったんだけどね。まさか、あんなふうに思い詰めてたなんて、思いもよらなかったわ」

奏音は疲れ切ったため息をつく。

奏音「勉強も、料理も、絵も裁縫も……学生らしいこと、女らしいことも何でもできて、それで私の足を引っ張るとか、意味がわからないわ。私はあのコの妹として少しでも恥ずかしくないよう、せめてもの思いで生徒会を始めたのに」

桜「そうなの?」

奏音「私、シズのことならなんでもわかる、と言ったでしょう?」

少し自虐気味に。

奏音「私がこの学校を選んだのは、シズが行きたそうだったからよ」

静音にしては、家から近いから何となく、のところを。

奏音「シズが言ってたわよね。私はいっぱい勉強してこの学校に入って、いまもいっぱい勉強してるとか。そうしなければ入れない、ついていけない学校に、静音は“何となく”で通ってるのよ」

桜「あー……」

桜も何となく組なので、ここでは何も言わないことにする。

奏音「あのコ、アレで結構モテるのよ」

桜「それって……」けど、同時に思い出す。静音に付き合っている男はいないと言っていたことを。

奏音「中学時代は何度も告白されて……そういうのはまだ考えられない、と全部断ってたみたいだけど」

まあ、一応未成年だしね、と桜は思う。

桜「けど、それならかのちゃんも……?」ふたりは双子でそっくりだし。

奏音「大人しくて可愛らしいシズと違って、私は結構キツイ性格してるから。そんな私でも、一度だけ告られたことあるのよ。……シズと間違われて」

桜は、元気づけるつもりが悪い話題を振ってしまったと後悔した。

奏音「高1の頃、憧れの朝廷大の人だったから……私、つい、悪いとは思ったのだけど……」

朝廷大といえば、近年『新MARCH』といわれるほど偏差値の高い名門大学で、この学校からも毎年ひとりふたり行くかどうか、って感じだ。

けど……まさか……まさか……? 奏音の声のトーンが小さくなるに連れ、桜の不安は大きくなってくる。

奏音「少しでもシズに似せようと、シズを観察して、研究して、それでも全然似せられなくて……一週間でバレちゃった」

奏音は自虐的に一笑に付す。だが、さっきの演技が会長ですら判断がつかないほど真に迫るものだったのは、その経験が生きていたのだろう。

奏音「そんな私に迷惑をかける、だなんて。足を引っ張ってるのは、むしろこっちよ」

そう言って、奏音は顔に手を当てる。相当落ち込んでいるようだが……思い出したのだろう。さすがにどう足掻いても奏音の方が一方的に迷惑を被る可能性を。

奏音はフッと笑って「双子だからね。シズが深夜、時々家を抜け出して、悪いことをしてたのは気づいてたわよ」

実際に現場を見たことはないが、ある深夜、自宅の廊下で鉢会った静音が普段着ないワンピースをノーブラで着ていたことで、まさかな、とは思いながらも漠然と察したらしい。ボタンもずれていたので、何か慌てるようなことがあったのだろう、というところも加味して。

一先ず、見つかりさえしなければ、誰かに直接迷惑がかかることもないだろう、と放任していたが、ある事件を機に事態が変わった。

奏音「あなたたちが、ストリップ部なんて変なことを始めなければ……!」

その頃から静音がソワソワし始めたのが、奏音の目には明らかだった。深夜に家を抜け出す頻度も増えた。そんな静音がもストリップになんて触れたら、悪い癖がさらに悪化してしまうのでは――

奏音「まるで、恋する乙女状態だったわよ。学校ではキラキラしながらストリップ部に憧れの視線を送って、家でひとりでいるときはシュンと寂しそうに膝を抱えて」

桜「だったら、入部してくれれば良かったのに……」

クラス全員に声をかけたかは定かではないが、4人目を見つけるのには本当に苦労した。

奏音「だから、うっかりストリップに触れることで、自分がもっとおかしくなっちゃうんじゃないか、って不安だったのよ。これ、私だけでなく、シズも同じ考えだったはずよ。けど――」

言って、奏音は立ち上がる。足腰の重さも取れたようだ。

奏音「それもバレて、あちこちに迷惑をかけたこともあって……多分、もうちゃんと向き合うと決めたんでしょうね。さっき、シズから桜に話がある、って言っていたでしょ」

桜「うん」

奏音「それ、ストリップ部に入る、ってことだと思うわ」

桜「けど、部はもう……」

奏音「部長のあなたがまだ諦めていないのなら、シズだって諦めないと思うわよ。それに、私もね」

桜「かのちゃん……」

生徒会副会長が味方についてくれるのなら心強い。

奏音「シズはきっと、入部のことは私には秘密にしておいてくれ、と言うと思うわ。だから、こう返してやって『奏音ならとっくに入部してる』って」

桜「うん……って……ええええええええ!?」

奏音が……入部……?

奏音「なに? 私も廃部撤回のために協力するって言ったじゃない」

桜「いやっ、それっ、生徒会としてって意味かと……」

奏音「もちろんそっちからも協力するけど、それよりシズのことが心配だし……というか、私は敵だから入部させないってこと?」

桜「ううんっ! 私はかのちゃんのこと敵だなんて思ったことないもの!」

またまた綺麗事を……と奏音は厭らしい笑みを浮かべるが……確かに、敵対姿勢を貫いていたのは紗季だけであり、桜とは普通に弁当を囲ったりしていただけだった。

奏音「……完敗、かもね」

桜「うん?」

奏音「……とにかく、今日からはあなたのことを部長と呼ばせてもらうわ。で、部長、早速お願いがあるんだけど」

桜「部長かー……えへへー」とちょっと照れている。

奏音「聞いてる?」

桜「あ、うん」奏音の方が部長っぽいな、と思った。

奏音「シズの悪癖については秘密にしておいてほしいの。生徒会のみんなにもそう言っておくし」

桜「そうだね……うん、その方がいいかも」

ステージなど、認められた場以外で脱いでしまう静音の悪癖は、今度こそストリップ部としての存在を揺るがしかねない。

奏音「入部の動機は会計と同じ。今回の会長の決断があまりに強引だったから。けど、私は会計と違って、規則であっても柔軟に対応すべきだと思ってるから。シズはそんな私が心配だからついてきた、ということで」

これは、静音とも口裏を合わせておけ、ということなのだろう。

奏音「椎名紗季とは、自分の姉を露骨に疑ってたからイラっとした、ということにしておいて」

桜「うん、紗季ならわかってくれると思うよ」

少なくとも、これからは味方なのだし。

奏音「というか、ずっと疑問だったのだけど……」

生徒会室へ戻る前にもうひとつだけ。

奏音「椎名紗季は部員じゃないのでしょう? 何で部員みたいな顔して混ざってるの?」

桜「それは……友達だからだよ!」


(7300文字)


作戦会議の章。文字数密にするの大変そう。










この部室も、来週の週明けをもって閉鎖されてしまう。いまも、本当は片付けのために開いているだけなのだが、片付けるつもりは毛頭ない。

奏音「閉鎖後も、できる限りこのまま保存しておくように動くけど……貴重品の類は念のために避難させておいて」

そう言って、奏音は部室奥のミラーを見る。板にミラーシートを貼っただけのものだが、動かしたり運んだりする予定はなかったので、これを処分しろと言われると本当に困る。

そんな、お昼休み。新たな部員として高岸姉妹を加えて、みんなでお昼を食べている。

奏音の言っていたとおり、桜が教室に戻ると静音に「ちょっとだから」と始業間際に階段の方へと連れて行かれ、決意は固まっていたものの、静音はやっぱりここぞというところで思い切りが弱いので、もう本当に時間がなかったので、桜の方から「かのちゃんはもう入部してるよ」と先手を打ってしまった。そして、他の人にバレる前に、口裏合わせの方も。もちろん、静音は部のみんなに正直に謝りたがっていたが――さすがに桜でも、それは予想がついていたので「ここでは黙って隠し通すのがみんなに対するお詫びだと思って」と飲み込んでもらった。

紗季は、やはり腑に落ちないようだが、変質者の犯人を暴いたところで状況は変わらないことを承知しているので、一旦言及の手を緩める気になったらしい。が、何かあれば生徒会関係者の姉が良からぬことをしている、と攻め口にしようとしているフシがあり、ちょっと怖い。

奏音の付き添い、という理由でストリップを始める――ちょっと無理があるんじゃ、と桜は少し懸念していたが、

千夏「そんじゃさ、またボディペやってよー。今度は秋らしいやつー」

静音「秋らしい……といえば、紅葉かな」

由香「平手打ちしてあげましょうか?」

千夏「由香、怖い……」

静音が以前、千夏の肌にひまわりを描いたことがあったのを知っていたのだろう。秘密は露呈させなかったものの、「ストリップにはちょっと興味があって」という言葉を疑いなくみんな信じてくれた。

舞「で、脱げるの?」と舞は容赦なく核心を突く。

桜「そこは、踊れるの、って言い方で……」というフォローに対して、舞は紗季の方を見る。脱げないメンバーはこれ以上不要、と言いたげに。その視線を紗季はスルー。

奏音「脱ぐ気がないなら入ったりはしないわ。むしろ、生徒会をやってなければ、1学期の時点で入部していたくらいよ」

この強気な発言が、どこまで本気か桜には判断がつかない。

静音「奏音ちゃん、裸でプールで泳いでみたいって言ってたもんね」

周囲がぎょっとしたので、「端折らないで」と奏音は釘を刺す。

奏音「私の気分転換は、入浴なのよ」

これに、桜は少し引っかかった。以前、気分転換は必要ない、って言っていたような……。けれども、同時に思い出す。設立当時、紗季を強引にストリップに引き込もうとしたところ、ものすごい剣幕で怒られて……しばらく、紗季の前で「裸」の話題は禁句になってたっけ。あのとき、奏音が即座に「ない」と答えたのは、そういうことだったのかもしれない。

静音「前に温泉行ったとき、奏音ちゃん、もうプールみたいに」

奏音「泳いでないわよ。けど、泳いでみたいとは思ったわね」

由香「だったら、普通に水着着てプール、じゃダメなの?」

奏音「少なくとも、そっちには興味ないわね。まあ、広い温泉の延長線として泳いでみたい、ってぼんやりとした思いがあるだけ。実際に泳いでみたらプールと変わらなかった、と幻滅するかもしれないけどね」

舞「私の知り合いの知り合いに、プールもあるジムを運営している人がいるけれど」

千夏「ま、マジでか……」

由香「舞先輩、どこまで何でもありなんですか」

舞「ストリッパーだから」

桜「いやいやいやいや!」さすがにツッコんだ。

舞「ストリッパーだから、裸にまつわる知り合いは多いってだけ。その関係者にたまたま、色々といる」

かがり「なるほどー、先ず裸の人脈があって、その知り合い……ってことですかー」

プールでヌード撮影……とか? ありそう、と桜は少し納得した。

由香「音楽の人脈であって欲しいところだけど」

実際、KIDSも舞先輩のコネなので、そっちもちゃんとあるから安心して。

奏音としても、舞のコネは想定外だったのだろう。

静音「奏音ちゃん……行ってみたい?」と、少しいたずらっぽく。きっと、静音にしかわからないが、奏音は高揚しているのだろう。

それでも、奏音は一応澄ました顔で「まあ、機会があれば」とだけ答えた。


しかし――やはり、舞先輩の言動は計り知れないところがある。

午後一の授業が終わり、桜は「何か届いてるかな?」と休み時間にスマホをチェックする。

すると――

『今夜11時、品川駅に集合』

夜11時!? 部のグループチャットで送っているのだから、ふたりで個人的な話がしたい、とかそういうことではないのだろう。

舞先輩からの突然の提案――というか、これはもう決定事項なのだろう。これにはみんな大慌てである。

オッケー、なんてスタンプを貼っているのは千夏だけで、

由香『また合宿?』

奏音『部としての合宿であれば顧問の同伴が必要よ』

静音『部としての合宿でなければ?』

奏音『部費からの精算不可。合宿補助もなし』

千夏『Oh……』のスタンプ。

由香『一先ず、先生マターということで』

と、言われたら、部長の桜が連絡するしかない。せっかく補助金が出るのなら先生にも来てほしいのだけど……ただ、先週末もKIDSに来てもらったばかりだし、先生をそう何度も呼び出すのもどうかと……。と思いながらも、一応先生にメッセージを送っておいた。なお、先生は学生ほど暇でもないので、返信は多分放課後になるだろう。……放課後に、今夜外泊したいって……。

舞『10回分の利用券もつける』

由香『買収?』

舞『日頃のお礼』

無理があるー! ……とは思ったが、これも一応付け加えておいた。

なお、先生からは普通にオッケーが出た。ただ、利用券については、意味もなく受け取るわけにはいかないので、と辞退された。良識のある社会人だった。今度、誕生日プレゼントとかで送ろうと思う。


その立地は、品川駅から一駅分くらい歩いたところにあった。ただし、まあるい周回の線路沿いではなく、丸の中心へと向かう方へ。そっちはちょっとした丘になっているので、地味に登り坂である。

着いたのは……

千夏「うわ、ガチモンだ……」

背丈こそ高くはないがドッシリとした雰囲気の四角い建物――入口には『そのうちスポーツ』と書かれている。

由香「……営業時間、22時までなんですけど……」

これに、先頭を歩いていた舞先輩は、無表情のまま振り向いてサムズアップ。まあ、そういうことだとは思ったけれど。

案の定、営業時間外だけれど、入口の自動ドアは普通に開いた。そして、ジムのインストラクターの人が出迎えてくれる。

ジムの人「皆さんが舞さんの後輩さんですねっ! 遠路はるばるお疲れ様ですっ!」

何か濃ゆい人がキたー!? 何故か覆面を被っていて……プロレスラーの人なの!?

舞「怪しくないから安心して」

思いっきり怪しい……とみんなの心の声が聞こえてきそうだ。プロレスのマスクって、もっと強そうなデザインにするものじゃなかったっけ。この人のマスクは白地に左右3本ずつの可愛いおヒゲ。それにYを上下逆さにしたうさぎ口……顔の横からアンテナというか風車の羽根というか、うさぎの耳と思われるものが2本立ってるし。

ジムの人(以下、うさ)「私のことは、うさぎマスクとお呼びください!」

やっぱり、うさぎだった。

うさ「今夜は朝までストリップの特訓とのことで! 素晴らしいですね! 人生、日々特訓、です!」

ひ、ひぇ~……。パジャマにトランプに、遊ぶ気満々で来てしまった私はもしかして場違い……!? と思って他の人を見ると、私と同じように困惑してるので、おそらく舞先輩の伝達ミスだろう。

うさ「今回利用されるのは施設のごく一部、ということですので……基本的には電源を落としておりますので、そちらはご了承ください!」

そう言いながらも、一つひとつのセリフが力強い。プロレスラーっぽいマスクもしてるし、もし男の人だったら、逐一マッチョなポージングを魅せつけながら話してそう、なんて勝手に思ったりもする。けれど、プロレスラーにしては身体の線が細い。肉付きが薄いというか。あ、胸がとかそういうことではなく。細マッチョではあるんだけど、格闘してる人ってもっとどっしりしてるイメージがあるんだよね。重い方がそれだけで強そうだし。そういう見方だと、「そのうちスポーツ」のロゴTの下に着ているのは、プロレス用のレオタードではなく、普通の競泳水着かもしれない。

うさ「今回使用できるのは、スタジオとお風呂、それとプールだけになります!」

スタジオとお風呂はともかく……プール……?

舞先輩がまたしても無表情のままサムズアップ。それも、奏音に向けて。……無表情ではあるけれど、何となくドヤ顔っぽい雰囲気を感じる。

うさ「皆さんストリッパーということですし、一般のお客様もおりませんので、自由な格好で特訓に励んでいただければと! では、私も早速……人生、日々特訓、です!」


※先ずは、練習からでしょう、と奏音が律する。

※ふたりのストリップ。

※全裸のまま泳ぎに行く。

※基本は奏音が浸るけど、他のメンバーもめったにない機会だから、と。

※先生のストリップもウケ悪そうだからやめといた方が良さそう。


全裸が恥ずかしくないわけではないし、だらしないとは我ながら思う。けど、お互い裸を見すぎたからか……パジャマも持ってきてるけど、全裸にシャツだけ。そんなカッコで、マットの上で横になっていると、さすがに遊び疲れたし眠くなってきたかなー……とか。

そんな桜に。

奏音「部長、今後の方針について話し合いたいんだけど」

部長、と呼ばれて桜の身は引き締まる。見れば、先生と由香も来ていた。舞はいまもダンスのステップの練習をしている。千夏・かがり・静音は寝ていた。かがりは一応シャツを着ていたが、千夏と静音は全裸だった。お腹を冷やさないよう気をつけて欲しい。

奏音「あなたたちが、アリバイを持ってきたときのこと、覚えてる?」

桜「う、うーん……?」覚えているといえば覚えているが、うろ覚えであることは否めない。

奏音「まるで、学校がなくなるような、そんな言い方だったでしょう?」

桜「う、うーん……?」やっぱりうろ覚えだった。

小此木「先生も、赴任する前年度に何かあった、くらいしか聞いてなかったけれど」と前置きしたうえで。

小此木「理事会も新しくなったばかりなので、皆さん軽率な行動は避け、慎重にお願いします、って就任早々訓示があって」

由香「新理事会……?」

奏音「生徒会の資料でも詳細はわからなかったけど……結果として、理事長不在のゴタゴタがあったようで」

桜「理事会って何する人なんです?」

小此木「校長先生が現場責任者だとしたら、理事長さんはその更に上、学校の運営方針そのものを決める人だけど……現実的なところで、理事長さんの寄付で賄われていたところが大きくて」

由香「金蔓」

桜「そんな酷いこと言わないで!」

奏音「とにかく、その年度中に新しい理事を探さなきゃいけなくなって。それまでの間は一先ず寄付金を募ろう、と」

由香「そんな理由で寄付してくれる人なんてOGくらいじゃないですか?」

桜「ともかく、まだ学校があるってことは、お金は集まったってことなんだよね」

小此木「新しい理事会も発足されたみたいですし」

奏音「で、戦々恐々の中、開催された去年の


※小此木先生の着任が去年だった、という前提でリライト。



小此木「ただ、その年の文化祭って、過去一番の盛り上がりだったらしくて」

桜「おおっ!?」何があったか気になる……!

小此木「何しろ、あの古竹未兎ちゃんが来てくれたから」

そりゃ無理だ、と桜はガッカリ。

由香「ともかく、芸能人の宣伝力でどうにか寄付金を集めた、と」

桜「私たちに、未兎ちゃんのような宣伝力はないけれど……」

奏音「もし、突破口があるとしたら……」

桜「もちろん、ストリップだよ!」

由香「あー……文化祭より前に全国大会があれば宣伝にもなったのだろうけれど」

全国大会で優勝したら部を存続させてください! なんて熱い展開だ。もちろん、それもできなくはないけれど、それじゃ文化祭には間に合わない。桜はチラリと舞を見る。舞の練習は、文化祭だけでなく、自分のライブの舞台にも向けられている。けれど桜は、舞と共に文化祭の舞台に上がりたかった。学校のみんなに、舞のすごいところを見てほしかった。すごいというのはボン・キュッ・ボンな意味ではなく。

奏音「会長は、とにかく学校の存続を案じていたわ」

小此木「文化祭自粛派も似たようなことを言っていたわ。あまり過激なことをして、理事会の心象を悪くすることは避けるべきだと。実際、翌年の文化祭は……」

桜も去年のことなのでよく知っている。学校側で提示したリストから選ぶか、授業で作成した課題を提出するか――後者の方は、実質休憩所である。前者のリストも、定番のお祭り屋台的な飲食店かステージ発表――ただし、その演目は著作権が切れている有名作品に限る、という徹底っぷり。

おそらく、2年前に盛り上がったのは完全に未兎ちゃんのおかげだろう、と桜は思う。未兎ちゃんのライブに屋台が並んでいれば、それは盛り上がるに決まってる。そんな、カツ丼からカツを取り除いたのが、去年ということだ。桜も、紗季と共に無難な課題曲を歌った。

由香「あれじゃさすがに『管理社会』に逆戻りって感じだったわ」

小此木「それで今年は法律・校則に反しない範囲で、としたんだけど」

奏音「その中間はなかったのかしらね」

由香「まさに、社会科の授業で習ったとおりじゃない。『管理社会』による抑圧の反動が『自己責任社会』っていう」

その自己責任の結果により廃校、となったらさすがに笑えない。

小此木「焦りもあったのよ。せっかく持ち直したのに、今年の入学者数、目に見えて減ってたし」

受験生は文化祭で学校を選ぶわけではないが、迷っていた際の動機にはなり得る。

奏音「ともかく、文化祭を盛り上げたいのは生徒会としての意向でもあるわ。実際、今年は無茶するクラスもちらほらいて、監視とか警告とかで忙しいのよ」

桜「うん、それじゃあ……!」

何となく、方向性は決まった。ストリップは文化祭を盛り上げることができることを証明すれば、全国大会への道筋も見えるはずだ。

由香「ということで、そろそろ寝とく?」

桜「チェックアウト何時だっけ」

由香「旅館じゃないっての。深夜の空き時間を借りてるだけだから、7時には出ないと迷惑がかかるわ」

それなら3時間くらいは寝れそうだけれど。

見れば、舞はまだレッスンしている。それを見ていたら、桜もじっとしていられない。

桜「よーし、私も!」と立ち上がる。

奏音「それじゃ、新参者の私がサボるわけにはいかないわね」と立ち上がる。

由香「私もウカウカしていたら追い抜かれそうね」と立ち上がる。

小此木「生徒が頑張ってるのに、先生が寝てる場合じゃないものね」と立ち上がる。

そこに、全裸の舞がやってきた。自分の荷物をゴソゴソやると、ジャージのズボンを穿き、長袖に腕を通し、マットスペースで横になった。

桜「…………」

桜たちもまた、横になる。6時半に目覚ましを掛けて。


(6100文字)











翌週の週明け、桜は早速生徒会室に陳述に赴いた。この方針は紗季のいないところで決まったことだし、副会長である奏音も味方についてくれているので、ひとりでも大丈夫だと挑んだ。

会長は「また貴女ですか」と初っ端からイラつきモード。けれど、黙って引き下がれない気持ちもわかるので、幕を引いた身として付き合わなくてはならない、という義務感から応じてくれているようだ。

会長「今日中に部室は引き払っていただかないと困るのですが」

桜「それは追々」

会長「追々ではなく」

どんどん会長の機嫌が悪くなっていくので、桜は回り道せず用件を切り出すことにした。一応、事前に奏音と話し合っておいた順序で。

桜「会長! 去年の文化祭は散々でしたね!」

会長「貴女もその文化祭を担った一員であることを忘れていただきたくない、というところはありますが……実際、教員側が示した制限が些か厳しかったのは否めないところではありますね」

桜「そこで、今年はそれを挽回し、来年度の新入生を増加させたいと考えておりまして!」

会長「……貴女方が何を言いたいのかはわかりました。が、一応最後まで聞きましょう」

桜「私たちストリップ部も、文化祭を盛り上げるため、お役に立てる用意があります!」

会長「それで?」

桜「是非! 私たちに文化祭にて発表の場を設けさせていただけないでしょうかっ!」

会長「却・はぁと」と狙いすましたように。

桜「なんでぃえ!?」

会長はふぅ、とため息をついて「挽回策としては、規制を取り払っただけで十分だと考えております。むしろ、すでに学生としてのあり方から逸脱している出し物も多く、生徒会としても日々調整に追われているほどでして。そこに、学生のあり方として完全に逸脱したストリップなど……この学校にトドメを刺すおつもりですか?」

先週末の合宿の話がなければ何のことかわからなかったかもしれない。けれども知っているからわかる。やはり、会長は――

桜「会長は、この学校が大好きなんですね」

会長「当然です。だからこそ、この学校を守り、次の世代に繋いでゆく……それが、生徒会長としての責務であると考えています」

桜「私も、この学校が大好きです」

会長「貴女たちの活動を認めないような学校が、ですか?」

桜「話せばわかると信じています!」

これには会長も苦笑い。

桜「ですから、私たちを信じてください! 学校の不利益になるようなことはしません。きっと、ストリップで文化祭を良い方向に盛り上げてみせます!」

会長「なら……ストリップ部の存続は認めないけれど、特例として文化祭の出し物としては認める……それでもいいのかしら?」

桜「んんん……?」

会長の言っていることがよくわからず首を傾げる。すると、その後ろに立つ奏音が目に入った。小さく頭を横に振っている。

桜「それって、文化祭が終わったらストリップ部解散、ってことですよね……? それじゃあ……全国大会に出られないじゃないですか!」

ここでようやく、会長が笑顔で酷いことを言っていることに気がついた。

会長「そこまで学校のことを思ってくれているのなら、特例で許可して差し上げようかと思ったのですが」

桜「全国大会だって大事ですよ! そこで優勝できれば、学校の知名度も上がりますし!」

会長「……では、貴女に選択肢を用意しましょう」

桜「選択肢……?」

会長「文化祭に出演する代わりに全国大会は諦めるか、文化祭は諦める代わりに、全国大会への出場だけは認めるか」

桜「え……?」

会長「ただでさえ貴女たちの存在はリスキーなのです。二回も博打を打つわけには行きません。どちらかを選ばせてあげます。今日一日、皆様でご検討していただければと」

桜「いえ、検討する必要はありません」

今度は、奏音に指示を仰ぐ必要もない。

桜「両方です」と言い切った。

これに、会長は呆れて手を頭に当て、奏音はクククと笑いを堪えている。

会長「貴女、日本語が不自由なのかしら? 私は、どちらかを選ぶよう言っているのですが」

桜「文化祭は舞先輩のダンスを学校の人たちに見せられる最初で最後のチャンスだし、全国大会は私たちのダンスを日本中の人たちに見てもらえる……どっちも譲れません!」

と言い切ってはみたものの。

会長「二兎を追うものは一兎も得ず……ストリップ部は廃部とします。今日中に荷物をまとめておきなさい」

会長は立ち上がった。もう話を聞くつもりはない、ということなのだろう。

会長「もうここで対話することもないでしょうから、最後にひとつだけ伝えておきましょう」

廃部を決めた以上、もうこのような席さえ設けるつもりはない、ということなのだろう。

会長「貴女は文化祭を買いかぶっているようです。文化祭では……何も変えられない」

それだけ言って、会長は踵を返す。それと入れ替わるように奏音が桜の傍に寄り、小声で。

奏音「今日のところは引きましょう。今後の方針はまた放課後」

そして、扉のところで。

奏音「貴女の親友……椎名紗季さんは頼っていいのかしら?」

急に紗季の名前を出されて桜は驚いたが、無言で、けれどもとびきりの笑顔で頷いた。


千夏「今日で、ここで食べるお昼も最後になるのかなぁ……」などと物騒なことを言う。

かがり「そんなこと言わんでください。まだ桜先輩頑張ってるんですから」

今日は、静音は来ているが、奏音は来ていない。

桜「紗季、かのちゃんから何かあった?」

紗季「何も?」

頼ると言っていたが、いまのところは何も無いらしい。

何となく重苦しい空気のままお昼は進むが、突然ガラっと扉が開いた。

奏音「……っと、ノックを忘れたわね」

舞「構わないわ。私と貴女の仲でしょう?」

由香「どんな仲よ」

千夏「同じ部活の仲だもんね!」

桜「舞先輩は、時々何かカッコイイこと言いたがるだけなんで……ところで、かのちゃん、お昼は?」

奏音「これからよ。それより……椎名紗季さん」

紗季「何?」

奏音「生徒会の資料は情報漏洩への対策から、過去にFixした案件については紙データによる保存になっててね。調べるのに時間がかかってしまったわ」

そう言って、紗季にメモを渡す。

紗季「……誰?」

奏音「うちのOG。詳しくは後で話すけど……おそらく、その人が2年前に学校を救った人」

桜「うん? 未兎ちゃんじゃなくて?」

奏音「会長の言葉を思い出して。文化祭では何も変わらないって」

桜「あー……」ちょっと意味深な雰囲気だったし、あのとき文化祭を選んでいたら、あの言葉を言いたかったのかー、なんて桜は思った。

奏音「私は2年前の調べるので忙しいの。悪いけど、そのOGとのアポをセッティングしてくれない?」

由香「OG訪問?」

奏音「大学を通してたらいつになるかわからないわ」

紗季「……この人の写真は? 住所や連絡先とか」

奏音「それ以上の個人情報は職員預かりだから私でも難しいわ。ただ、当時の写真についてはありうるから、また空き時間に探ってみる」

言いながら、紗季は食べかけの弁当を畳む。

桜「紗季?」

紗季「一先ず、大学側には連絡入れてみるわ。それとは別に、私の方でも動いてみる。奏音さん」

奏音「何?」

紗季「今日は大道具手伝えないかもしれないけど、帰りには寄るから、もし何か新情報あったら桜にメモを残しておいてもらえる?」

桜「直接スマホに送ればいいのに……」

紗季「何のために紙ベースで管理してると思ってるの」

奏音「余計な情報を持たない・残さない。それがセキュリティの基本よ」

桜「ふたりとも厳しい……けど……えへへ」

紗季「何?」

桜「ふたりが仲直りしてくれて、嬉しいなー、って」

これに、ふたりは首を傾げる。

紗季「仲違いなんてしていたかしら?」

奏音「さあ?」

どうやら、桜には理解しがたい絆のようなもので、ふたりは結ばれているようだった。


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