アマリリス辺境伯領③
午後は領城に近いアストロン市アマリリス領軍駐在所の施設を見学。
ここにはベローネの兄たちが働いている──と言っても、正妻の子で長男のバルバナーシュは当主のヴァランと一緒にヌリア母様の接待でアストロン市内を見て回っていて不在。
代わりにビアッジとブラッドがここで訓練を受けてるそうだ。
バルバナーシュはヴァランの下で働いてはいるものの籍は領軍の幹部という扱いらしい。
郊外の訓練施設を見学した後、お昼も兼ねてこの駐在施設に来たわけだ。
俺が座ると後ろにボアンが座らずに立って控える。
どうも俺の従者風に振る舞っているようで、なんとなく落ち着かない。
それでいて会話にも参加するから居心地があまり良くなかった。
「この後の予定は領軍の訓練の見学と伺っております。体験等なさると聞いているのですが──」
俺の正面に座るのはアマリリス家の次男、ビアッジ・アマリリス。
彼が食事のすがら俺の予定を確認する。
「そう。サクヤ殿下は食事のあとに午後の訓練を見学するの。わたしが一緒に見て回ることになってるよ」
ビアッジに答えたのはベローネ。
俺の隣に座る彼女は食事のため、革製の胸当てを外している。
年齢に不相応な大きな胸はさらしのようなもので潰しているのか貧乳にしか見えない。
それだけきつく締め付けていたら食事もそれほど入らないだろうに……と、心配したが、普通に食べていて目を疑った。
「そうか。ならば、私も同行しよう。それよりもサクヤ殿下の御前でそのような言葉遣いをして失礼ではないか?」
見学にはビアッジともうひとりの兄、ブラッドも同行するようだ。
付け加えてビアッジはベローネの言葉遣いを注意した。
「ベローネには友人として普段どおりに振る舞って欲しいと伝えていますからお気になさらずに」
「そうでしたか。出過ぎたことを言いましたようでございます」
ベローネは俺の友人。それで気安い言葉で無礼とも捉えられる言動を許している。
そこのことをビアッジに伝えると彼は頭を下げて謝罪。
おそらく、ビアッジもブラッドもアマリリス領内での扱いを考慮して心配していたのだろう。
彼ら兄妹の結束はとても強いように思える。
ベローネとあまり言葉を交わさないボアンはベローネに対して蔑んだ視線を向けたことはなかった。
ここでも俺の後ろに立つボアンだけど、俺とベローネの間のいることからも、決して避けているというわけではないはず。
ただ、アマリリス領内でのベローネの立場があるのだろう。
──ビアッジ兄さん。
──ブラッド兄さん。
ベローネは二人の兄をこう呼んでいた。
三人の会話を一歩引いた立ち位置で微笑ましく見守るベローネの一つ年下の妹のボアン。
俺(朔哉)から見ると歪にも見えた。
アマリリス家はバルバナーシュとボアン以外は皆、母親が異なる異母兄妹。
母親の身分のせいでベローネはアマリリス家の中では序列が低く、ヴァランやリディア以外のヴァランの妻からだけでなく家人たちからも扱いが良くない。
だけど、兄弟間ではベローネはとても親しまれている──というより、兄妹の仲がとても良い。
そうでなければ、ボアンはきっと俺とベローネについてくるんじゃなくて、ヌリア母様のほうに行っていたんじゃないか。
食事を終えると──
「では、ご案内しましょう」
ビアッジが見学の案内を始める。
「私は食事をとりますので、後ほど──」
「なら、ボクも残って後でボアンと一緒に行くよ」
ボアンは俺の世話係としてついていたから食事をとらなかった。
そこでボアンは俺が所内を見て回っている間に兄がいるこの駐在所の食堂で食事をしようと考えていたのだろう。
ブラッドはボアンに付き合う形でここに残った。
食堂を出て向かったのは屋根付きの訓練施設。
郊外のダンジョンに併設されていた訓練場とは設備が段違い。
「凄い。ここまで揃っているとは──」
「はい。こちらは王都の王国騎士団の訓練施設を参考に施設の拡充を図ってまいりました」
ビアッジが俺の言葉に反応して領都アストロンの中心地にあるこの施設の説明を始めた。
「ここ、アストロン市アマリリス領軍駐在所は今より二十年ほど前から建造が始まりました──」
なお、その当時のアマリリスはいろいろあったようで──。
その頃はまだ、郊外のダンジョンに併設された訓練場を使っていたそうだ。
そこで兵士の指導をしていたのがルッツ・リコリス。
その頃のルッツとルッツの妻のレリア、それとアマリリスに愛妾として娶られたリディアはアストロンで大半を過ごしていたと聞いている。
当時のアストロンはアマリリス家に二人の男児が生まれたことで景気が良かった。
アマリリス領は男児の生誕を盛大に祝う風習がある。
バルバナーシュとビアッジ。それからヴァランが三人目の妻を迎えて三人目の男児が生まれ、盛大に祝われていた。
三人の男児に恵まれ、アマリリスの未来は安泰だと謳われたほど。
しかし、アマリリス領軍駐在所ができて間もなくの頃。
ヴァランはルッツの一人娘、リディア・リコリスに出会った。
まだ十五歳にもならないリディアだったが、その美貌は国を傾きかねないもの。
ヴァランは周囲の反対を押し切ってリディアを愛妾として娶った。
そうして生まれた子がベローネ。
ベローネはリコリス男爵家の宗主、ベローナ・リコリス・アストロンのように炎渦の如く毛量の多い真っ赤な髪の毛を生やして生まれたことから、ベローナの名にあやかってリディアに名付けられた。
このベローネの誕生がアマリリスを大きく変える。
リディアを娶る過程でヴァランはルッツを解職し、ルッツはリコリス領に帰っていて、味方がいないリディア。
女児の誕生は質素に祝うアマリリスだが、ベローネは生後間もなくから多くの人々に大変人気があった。
特に三人の異母兄はベローネを可愛がり、生来の魅力なのか、彼女は同年代の男児女児から非常に懐かれていたらしい。
それに危機感を抱いたのがヴァランの三人の妻たち。
明るく太陽のようなベローネと武人のごとく身のこなしを持つ傾国の美女のリディア。
ヴァランの妻たちはベローネの兄たちよりも人の目を集めるベローネとリディアを遠ざけた。
リディアとベローネを追いやると、第一夫人のレナエルは第二子を望み、ヴァランの二人目の子を産む。それがボアン・アマリリス。
レナエルはお腹を傷めて生んだボアンがベローネよりも注目を集めなかったことに憤慨。
そこで最初にやり玉にあがったのがリディアの身分。
下級貴族とされる男爵以下を領城に入れず、アマリリス領軍駐在所も子爵家以上の出身の兵士のみに使用を許すように妻たちはヴァランを諭した。
退役したルッツの影響力の排除に頭を悩ませていたヴァランはレナエルたちの提案に乗り、リコリス領との取引を限定的にした上で、安く買い叩きリコリスをアマリリス領周辺の経済圏から締め出している。
「──兄上からはそう伝えられています」
その言葉の節々に、ベローネの立場を改善したいというビアッジの願いが感じられる。
ヴァランと共にヌリア母様と同行しているバルバナーシュも同じで、ベローネの待遇改善を考えているのだとか。
しかし、もう十年以上積み重ねられた身分による差別的な階層化社会を早々に覆せるものではなく──。
アマリリス家の兄妹の希望は絵に描いた餅にしかならなかった。
ともあれ、王都から離れたアマリリス辺境伯領がこんなことになっていたということは知る由がなく、自治権を持つ領地だから領内の政治に介入することができなかったということ。
もし、このまま、ヌリア母様がリコリス領から良質な木材を買い付けたり、家具を作らせたりしたら、ピオニア王国内にまたたく間に広まるはず。
そうなったら寄り親として法外な金銭をリコリス男爵家に要求することは間違いない。
まあ、現状のリコリス家の扱いを鑑みたらアマリリスに諂う義理はないように思う。
三人の兄はともかく、ボアンの扱いを見れば、ベローネは体良く家から追い出すのに王都の学園に追いやられたように見えるし、リディアがリコリス領から出ないのは娶ったヴァランの無責任さが伺える。
とはいえ、王都では貧しいなどの理由で学校に行けないような弱者男性の扱いは酷いもので、似た面があるからアマリリスだけを責めるのも道理が違うのかもしれない。
ただ、俺は王になるつもりはないし、王位継承権を放棄した暁にはピオニア王国から出ていくつもり。
無責任ではあるけど、俺には関係のないことだからと深入りしなくても良いんじゃないか。
現にベローネは待遇の改善を望んでいないように見えるし、兄妹たちがベローネを大切に想う気持ちが暴走してるのかもしれない。
だったら俺が加担するのは良くないな。
とにかく静観。それしかない。
ビアッジが俺に話した内容は俺の前を歩くベローネにも聞こえてるはず。
だけど、彼女は聞こえないふりをして話に加わらない。
きっとベローネはこう思っているに違いない。
好かれるのは嬉しいしありがたいけど、イリス姉さまみたいに騎士になって独立したい──と。
それにしても、アマリリス家がこんな状況だと知ると、俺(朔哉)の記憶を使ってアマリリスを救いたいとは到底思えず。
これで滅びるのなら仕方ないか──どうせ、主人公が何とかするんだろうし……。
そう考える俺(朔哉)と、後ろめたい気持ちが強くて何とかできることはないかと考える俺。
相反する考えから生じる葛藤。きっと答えを出せないまま、この地を去ることになりそうだ。
なんにせよ、ベローネは色んな人に好かれている。
この駐在所の訓練場に向かう途中でも、ベローネに向けられる視線は好意的なものが多い。
中には男爵の娘だと蔑む目を向けるものも居たけれど──。
そんなわけで、俺は革の胸当てをつけて木剣と木盾を持って訓練に参加することになったわけだが……。
ルッツがそうだったように、魔力を使わず、なるべく自身の身体能力と技量でアマリリス領軍の騎士たちと手合わせを繰り返す。
「──次ッ!」
アマリリス領軍の騎士たちはあまりにも手応えがない。
気を使っているのかもしれないけど──。
「私はまだ十二歳になったばかりの子ども。これでは領民どころか家族を守ることすらできないぞ! もっと本気で挑んで来いッ!」
激を飛ばして騎士たちを煽る。
それで出てきた騎士たちは
「ま、参りました──とてもじゃないけど我らでは敵いません」
と、最後に戦ったのがアマリリス領軍でも最も腕に覚えのあるものだった。
ベローネとの日頃の鍛錬の成果だろう。
ここに来る前にルッツと手合わせできたのも功を奏している気がする。
それほどまでにアマリリス領軍の騎士たちは弱かった。
レベルの差は当然のようにあるけれど、ルッツはレベル差を覆すほどの実力の持ち主。
彼の指導を少しでも受けられたことが俺の糧になっていた。
おそらくこの領軍は実力ではイリスに敵わない。でも、彼女はアマリリスに仕えるのではなく、王国騎士団に士官して騎士として働いている。
ベローネの扱いもそうだけど、ここは女性の地位が少し低い。王都とは偉い違いだ。
「もし宜しければ、サクヤ殿下はどのようにそのお強さを御身につけられたのか指導を賜りたく──」
最後に戦った騎士が立ち上がると俺に跪いてそう言った。
彼は子爵家の四男として生まれ、剣術、槍術という二重の権能持ちだったことから領軍で働いているらしい。
「俺はピオニア王立フロスガーデン学園初等部に通うしがない児童でしかありません。俺とベローネはイリス・ラエヴィガータの指導を受けている。俺に教わるよりも、指導経験のあるイリスに教わったほうが良いだろう」
「しかし、イリス・ラエヴィガータは女。我々としては──」
彼はイリスを女性ではなく女と称した。
「そうだな。では、女に教わるのが恥と思うのならそれまでだ。俺はイリスに剣を教わっているからね」
イリスに対する扱いが良くないのは宮廷貴族として領城で働くラエヴィガータ子爵家の側妻の娘で四女という立場もある。
自分よりも権威に劣る存在から物事を教わりたがらない。
これが現在のアマリリスのようだ。
──気分が悪い。
俺は踵を返してグラウンドから去る。
この間、ベローネは一言も喋らなかった。




