外遊⑦
闇属性魔法を悪魔の魔法だと思い込んで恐れおののくヌリア母様を落ち着かせるのに随分と時間を要した。
「闇属性魔法はこのように使えるんです」
簡素な磁場を発生させてテーブルのティーソーサーに置いてあるスプーンを引き寄せる。
これもこの世界では闇属性魔法だとされていた。
ゲームでは主に重力や磁力、空間を扱う魔法で、黒の魔女が使う闇属性魔法は特に強力で苦労した記憶が俺(朔哉)にある。
お師匠様の家の魔導書には重力だけでなく、こうした磁力を扱うものも闇属性魔法の一つとして分類されていた。
そうやって何とか落ち着いてもらえたけど、
「私が闇属性魔法──信じられないわ……」
と、くるくると何度も手をひっくり返して見ていた。
こうして、この日の魔法談義は終わったわけだけど──。
「こうして城を離れて王家に嫁いだことも気にせずに魔法を教わる──まるで少女の頃の私に戻ったみたい……というのも嬉しく思うものなのね」
ヌリア母様はそう言って嬉しそうに闇属性魔法を手に顕現させる。
最初こそ、悪魔の魔法だと恐れ慄いていたけど、今では黒く渦巻く小さな球体を出したり消したりして遊んでいた。
そんなヌリア母様を見ているとスキルの補正が働いた形跡を感じる。彼女もおそらくスキルを持っているのか。
覚えが早いのもそのせいだ。
羨ましくある反面で、スキルが魔力の抵抗となっていて必要以上の魔力が働かないように抑えられているのがわかった。
きっとそれはお師匠様やエウフェミアと違って、無詠唱を覚えるまでに強力な魔法を使っていないから、体内を巡る魔力の拙さを補助する過程でスキルが魔力を使って調整を施す。
ヌリア母様の魔力はお師匠様やエウフェミアほど強大なものではないから、スキルの作用がはっきりと感じ取れた。
こうやって観察していたら、スキルの補正が魔力を調整し、スキルが魔力強度の上限値を作って、それ以上の魔力を使って魔法を放つことがないことがわかる。
お師匠様が俺に対して羨ましく思うと言う意味を知ったような気がした。
「それにしても、サクヤがこれほどまでに素晴らしい魔法を使えるだなんて、母として誇らしくなってきたわ。もうあなたを無能だなんて言わせない」
そう言ってヌリア母様は俺に笑顔を向ける。
確かにヌリア母様は俺にとって母上の次に母のような存在だけど、彼女は俺のことを実の息子のように可愛がってくれる。
嬉しいことのはずなんだけど、何故か素直に喜べない。
それはどうしてなのか……。
胸の中にモヤモヤを抱えながら馬車の旅は続いた。
アマリリス辺境伯領アストロン。
アストロンはピオニア王国が成立する以前から続く古貴族である。
ゲーム中では多くを語られていないが、アマリリス家はピオニア王国の建国に協力をしたとされている。
本来ならば侯爵などの爵位を持っていそうなものだけど、おそらく固辞したのだろう。
どんな経緯で辺境伯に収まったのかはわからない。
そんなわけで、ここ、アマリリス領も王族の来訪が珍しいらしく、アストロンに入ってからは街道の両脇に多くの領民で賑わっていた。
「アマリリスへようこそ! この度の遠路はるばる、王妃殿下とご来訪を心待ちにしておりました」
アストロンにある領城は立派なものだった。
王城にも比肩するほどのもの。王城は華やかな外観だが、このアストロン城は神聖さと剛健さを感じさせる。
「お出迎え感謝します。しばらくの間、お世話になるわね」
「ええ、では、城内に案内させていただきます。どうぞこちらへ」
ヌリア母様とベローネの実父でアマリリス家の当主ヴァラン・アマリリスは丁寧に頭を下げて城内へと招く。
彼の傍らには正妻のレナエル・アマリリスが付き添い、周囲には使用人たちが付き従っていた。
「サクヤ殿下はわたくしがご案内させていただきます」
と、いつもと違う言葉遣いでぎこちないカーテシーを見せたのは、ベローネだった。
今日はドレス姿の彼女。開襟された胸元は同じ年とは思えないほどのもの。
そうきたか──。
ベローネが俺に手を伸ばしエスコートを買って出る。
断るのは忍びない。
横にいるイリスがニヤリとして「サクヤ殿下、ベローネ様の案内に与りましょう」と言葉にする。
ヌリア母様も俺の方を振り返って唇の片端を釣り上げてニンマリとしてた。
これまでの彼女の言動から察するに俺は父上にとある部分が似ていると思ってる。
気がつけばおっぱいを目で追っていたりするから否定しようがないのが悔しい。
俺には俺(朔哉)の記憶があり、前世では苦手だった部分があって素直に接することができなかった。
けど生まれ変わった俺は、そんな前世のトラウマをそれほど引き摺ることなく、現世では目で追えるほどに成長してるらしい。
ヌリア母様とイリスの視線を浴びながら俺は肘を差し出すと、ベローネは俺の腕に手を添える。
近寄る彼女の胸元から目が離せなかったのは父上の遺伝だろう──そう思うことにした。
「久しぶりだね。ベローネのドレス姿は初めて見たけど、よく似合ってるよ」
肘を取ったベローネにそう伝えると「お褒めに与り光栄です」と短い言葉が返ってきた。
「募るお話はございますが、城内を先にご案内させていただきますね」
ベローネの言葉を聞き入れて俺は彼女のエスコートに身を委ねる。
アストロン城は見た目以上に城内が広かった。
城の奥にある宮殿まで結構な距離を歩く。
「とても広いわね。ラクティフローラ城と比べて遜色ないどころか広さだけはアストロン城のほうが勝っているわ」
「この城は千年近い歴史がございまして、その頃に築城されたものを修繕をしながら維持してきたものです。この広い敷地もご先祖様の代から変わらぬものでございます」
「アマリリス家は歴史が深いと伺っておりましたが千年とは──恐れ入るわね。これほどの土地と城を持ちながらピオニア王国の貴族に下った理由が知りたいところね」
俺の前を歩くヌリア母様がヴァランと言葉を交わす。
俺の耳にまで届いているから、イリスやベローネも聞いているだろう。
お師匠様からある程度の話は聞いてはいた。
長い回廊を歩くさがら、ヴァランはこう切り出してアマリリス家の歴史を言葉に綴り始めた。
「伝え聞く話によると、今より三百年ほど昔のことです──」
当時、アマリリス領は自治領として営んでいた。
東からの戦乱はアマリリス領を巻き込みフラウェル大陸東部は荒れに荒れ数々の小国が勃興を繰り返した時代。
これはピオニア王国興国記という書に残されていてピオニア王立フロスガーデン学園初等部でも学んだ内容でもある。
それをピオニア王国視点ではなく、アマリリス家の視点による内容で語られた。
アマリリス領は数々のダンジョンにより多くの冒険者で賑わい、周辺の大小の古貴族を従え栄華を誇る──そんな時代を数百年と重ねている。
当時のピオニア王国はラクティフローラを中心とした小さな自治領でしかなかったが、他国より魔法に長けた領民を多く抱えながらにして、リリウム教に所属する治癒師に恵まれていたが、領土的野心がないために自衛のみに徹するという情勢だった。
長い戦乱でラクティフローラ周辺は疲弊し、荒廃していく──しかし、戦時を生き残るために必死な貴族たちはラクティフローラを攻める。
フラウェル大陸全土において、魔法文明が廃れているとはいえ、魔法に長けたラクティフローラの堅牢な砦の数々を攻め落とせず、攻め入る国は次第に自壊していく。
「我がラクティフローラと併合するなら、治癒師を派遣し、食糧を援助いたしましょう」
当時の領主、アーロン・ピオニアは苦しむ貴族たちにそう言って助けの手を伸ばす。
ラクティフローラは戦をせず。多くの農民が徴兵されずにいたために豊かな食糧、それに、農民の健康を維持する神官たちが領地をより強固なものとしていた。
侵攻する相手に対しては防戦し、魔法兵によってあっという間に撃退する。
強力な魔法兵を抱えるラクティフローラは「助けを求めるなら降伏して属領になれ」と言う。
数々の小国が跋扈する危急存亡のこの時代。
生き延びるために、家や領地の存続のために選択を強いられたものたちは選んだ。
「我が領家が存続できるのであれば、喜んで降りましょう」
アーロンはそうして降った他領の妻や娘を人質としてラクティフローラ城に幽閉し、その代わりにその領民に治癒師を派遣して食糧を配給し、領地の回復に務めた。
そうして周辺の領を吸収するうちに自然と国としての体を成したラクティフローラはピオニア王国として興国を遂げた。
そこは千年前、アステル神教国として発展した地。
アステル神教国の皇女として生まれたベローナの末裔としてその血を脈々と受け継いできたアマリリス家に縁がなかったというわけではないが、領地運営が安定しているので興味がなかった。
そんなある時、遠方から賢者と名乗る男がやってきた。
「ワシはセイジ・スカーレットと申す。本日はこの地のある迷宮について奏上させていただきたく参りました」
見るからに老人。
顔を覆うフードをまくらせたが、やはり人間の老人。
この老人は自らを賢者と言い、謁見を求めたが門前払いされた。だが、兵士に魔法を披露して当時のアマリリス領主への面会を許された。
「余の領地には貴殿のように魔法を使うものはおらぬ。故に、貴殿が魔法を我らに伝播するならば聞き入れてやろう」
アマリリス領で魔法を使う領兵はいない。
冒険者の中には魔法を使うものはいるが彼らを領兵として扱うことはできない。
そのために、魔法を教わり、アマリリス領に魔法兵を創設することを望んでいた。
「では──」
賢者は言った。
この地の奥地に強力な魔物が生息するダンジョンがある。
そのダンジョンは古の時代に聖女が封印を施したが近々その封印は解ける。
しかし、封印を再度施そうにも同等の封印を施せる能力を持った聖女はもういない。
その封印が解けた時、この地は滅ぶ。
それを伝えると領主はこう言った。
「証拠を見せよ」
「それではご案内いたしますので、準備が整った頃合いに再び見えましょう」
賢者はそう言って手をかざすと何もないところに境界となる扉を開いて消える。
それから数日後。
アマリリス領主は半信半疑で準備をしていたところに賢者が再び姿を表した。
「準備が整ったようで……。では、ご案内させていただきましょう」
領主は従者を従えて馬を駆り、賢者は魔法で滑空する。
不思議な光景だったとアマリリス家に伝わる書には記されているらしい。
空を飛ぶ人間は存在するはずがない。
だからそれだけでセイジ・スカーレットが自らを賢者と名乗った裏付けにもなっていた。
セイジの数日は不思議なことばかりだった。
なにもないところに突然、土豪を造り、火を起こし、水を零し、獣を仕留める。
詠唱のない賢者の魔法は領主と従者に食事を用意する手間を与えなかった。
「詠唱がないというのに、これが魔法だと言うのか」
「昔はこれが魔法だった。残念なことに今は魔法が忘れられ衰退している」
そうして食事を用意し、湯浴みまでさせる。
セイジに領主は感心した。
「便利なものだな。魔法というものは」
「昔はこういうものだった。人を殺めるためだけでなく、生活を便利にする──それがワシらにとっての魔法だった」
「その生活を便利にする魔法を余の民に教えてもらえるだろうか?」
「魔法に才のあるものがおるのなら考えてみても良い」
「ならば、余の領民から才能がありそうなものを見繕ってくれ」
領主の言葉に賢者はひげを扱いて無言で返したという。




