アマリリスの戦姫⑤
十二歳の誕生日。
血族の間でひっそりと行われた誕生パーティーだったが──。
「サクヤは魔法を使えるようになったか?」
この国──ピオニア王国の国王で俺の実父、ナサニエル・ピオニアが低い声で訊いた。
「いいえ。上手く魔法ができなくて──」
この世界では、王侯貴族の子として生まれた者が魔法を使えない場合、廃嫡や除籍の対象になり得た。
しかし、俺がこれまで廃嫡されずに済んだのは異母弟のスタンリーが王位継承権を固辞したからである。
では、シミオンが王位継承権の筆頭につくのか──と、なるところ、彼の身体の成長に異常が見受けられたために検討されることはなかった。
俺(朔哉)の記憶によると[呪われた永遠のエレジー]でもシミオンは150センチメートルにも満たない程度にしか成長しない。
成長が止まってしまい、年齢を重ねても幼くかわいい姿のままの彼。ゲームではシミオンが最も人気の高い攻略キャラクターだったが、それはおそらく早くに成長が止まってしまうからなのかもしれない。
ロリコンは許されない世界でもショタコンは許されるのだ。
とはいえ、ナサニエルからすれば身体に異常がある可能性のシミオンを擁するわけにも行かず、判断を医師に預けていた。
だが、魔法が使えない無能者と揶揄される俺が王太子で居られるのは王宮に務める近衛騎士団や学園の近所にある王国騎士団からの支持によるもの。
王国の騎士や兵士は蒼髪のイリス・ラエヴィガータが絶大な人気を誇る中、俺とベローネも騎士たちの間で名が広がり支持を集めていた。
こうした後ろ盾は魔法を使えない無能者とされる俺にはとてもありがたいもの。
特にイリスには非常に可愛がられていて、そのおかげもあったのかもしれない。
ショタコンの彼女は俺が成長を遂げたら見向きしなくなるだろう。
そして、俺のあとにはシミオンを是非あてがいたいものだ。彼女に気に入られたら騎士たちの支持を得られるのは間違いないはず。
そしたら俺が王位継承権の破棄を宣言する予定の十五歳の誕生日にシミオンの後ろ盾になってくれるはずだから。
「そうか──」
父上の落胆の声。
「まあ、良い。今日はサクヤの十二歳の誕生日である。今後の成長と活躍を期待して、祝うこととしよう」
どこか棘のある言葉。
きっと俺が〝王太子やりません〟って言えば二つ返事で了承してくれそうな態度。
実の父親から蔑まされるのはなかなか厳しい心境だけど、これはこれで都合が良かったりする。
なにせ俺は十五歳の誕生日の日に王位を放棄するつもりだったからだ。
父親と弟たちの厳しい視線とは裏腹に、俺の両隣には妹たちが椅子をぴったりと寄せて付きまとってる。
「サクヤお兄様。十二歳おめでとうございます」
俺の左に座るネレア。
七歳になった第一王女の彼女は未だに俺に付きまとっていて、もうひとりの妹で第二王女のノエルと一緒に俺の部屋に入り浸っている。
食事の席も常に俺の隣を譲らない。
「お兄ちゃん、おめでとう」
ニヒヒと笑顔を向ける五歳のノエル。
病的なブラコンに見えるけど二人はまだ幼女。成長とともにきっと変わることだろうと予測できる。
俺の背中にはネレアとノエルに行儀作法などを教えていて、俺のお師匠様で父上の許しを得て従者として働いてくれているブラン・ジャスマイン。
ネレアの左に俺の実母で第二王妃のニルダ・ピオニアが微笑ましげな表情で俺に顔を向けていた。
「魔法が使えなくても、近衛騎士のものからサクヤの名前を聞かない日はないわ。これほどまでに騎士に慕われる王子は珍しいの。私はそれを誇りに思ってるわ。十二歳、おめでとう。立派に育ってくれていることも、母としてとても嬉しいのよ」
母上はアラサーの美女である。
すれ違う騎士や貴族たちが思わず振り返って二度見するほどの美貌の持ち主。
それでいて、正妃から降格したといういわく付きだからか、もしかしたら手が届くかも知れないと考えるものまでいるほど。
この母の溺愛っぷりも常軌を逸したものだということを最近になってわかってきた。
俺が一人で過ごす時間がほとんどないのもこの母上の加担があったからである。
俺の正面に座る異母弟のスタンリーと実弟のシミオンはレベルが上がり、それぞれに合った魔法を覚えてからというもの、俺には非常に冷たく、まるで兄として認められていない。
初級ダンジョンでのパワーレベリングも終わり、身についた実力に自信を持っているのだろう。俺を見下す彼らは俺に言葉をかけることすらなくなっていた。
しかし、スタンリーとネレアの実母で俺の婚約者のエウフェミアの叔母にあたるヌリア母様は俺に笑顔を向けている。
ヌリア母様はこの国の正妃。
今は王位継承権筆頭の俺を大事に扱う素振りを見せていて、それでいてネレアが俺に付き纏うことを母上共々に許容している。
「私もサクヤのことは騎士から良く聞いているわ。公務のたびに護衛の騎士がサクヤの名前を出してくるのよ」
ヌリア母様は誇らしげに言葉を続けた。
「サクヤ殿下はこんな私にも名前で呼んでくださって、剣技の指導を賜ってくださるんです。殿下のお言葉のおかげで剣技が上達して昇進が叶いました──。そんな話を良くされるのよ。この国の王妃として、サクヤの評判は心から誇りに思えるわ。十二歳のお誕生日、本当におめでたいの。せっかく十二歳になって外遊に連れていけるようになったのだから、行きたいところがあったらお連れするわよ」
ヌリア母様は母上同様に俺にとても優しくしてくれている。
姪の婚約者だからというのもあるかもしれないけれど、俺の立場が悪くならないのはヌリア母様と母上のおかげもあった。
そんなわけで二人にはとても感謝している。そうでなければ俺の心は壊れていたかも知れない。
親に評価されないというのは、いくら前世の記憶があったとしても、子どもである以上、心に闇を抱える結果に繋がるのは当然。
それでもそうならなかったのはやはり、お師匠様と二人の母のおかげである。
「そうだな。十二歳になったのだ。我が国を知るためにも外遊も悪くない。サクヤが望んだ場所への外遊を許そう」
ヌリア母様の言葉に父上が了承を示した。
「行きたいところがあれば言うが良い」
父上が俺に訊く。
「私はこの数年、初等部の武芸の授業で王国騎士団のお世話になっているのは伺っていると存じます。そこで、私が教わっているイリス・ラエヴィガータ様と、王国騎士団でご一緒しているベローネ・アマリリス様のご領地に興味がございまして、そちらを訪ねたいと機会を伺っておりました」
父上の言葉があったので、俺は遠慮せず希望を伝えることにした。
こうは言ったけど、俺はベローネの実母のリコリス男爵領に行きたいのだ。
タイミングが良ければ間違いなく訪れることができるはず。
王族の外遊というのは何ヶ月も前に計画して実行されることが多いのだが、俺がアマリリス領に行ってみたいという話から数ヶ月もせずに実現することになる。
翌日──。
武芸の授業を王国騎士団の敷地内で受ける俺とベローネは二時間ある訓練の半分が終わった頃。
「ここで、勝てても勝った気分になれないのはあっちで殿下に全く勝てなくなったからだよね」
ベローネは権能を有するため、武芸の上達が凄まじい。
王国騎士団での訓練では魔法の類を使っていないので、そんなベローネに敵うわけがなく、俺は手合わせの度に地面に這いつくばった。
王子だと言うのに情けない。
「ふたりとも相変わらずね」
声をかけてきたのは名目上は俺とベローネを教える第一旅団の旅団長、イリス・ラエヴィガータ准将。
ラエヴィガータ伯爵家の出身で妾腹の子ながらスタンピードで武勲を重ねて名を挙げ、騎士爵を叙爵した女傑である。
ピンとした姿勢は彼女の凛とする姿をより際立たせていた。
妙齢ながら浮いた話が全く無い彼女。
「殿下、隣、失礼するわね」
俺の隣に腰をおろしてピッタリと身体をくっつけてきた。
下から蒸せるような甘い香り。
俺の横に腰を下ろした途端にうっとりと恍惚する貌。
俺(朔哉)の記憶に強く焼き付く大人の女性がよく見せた表情だった。
これがなければとても良いのに──。
前世の俺の強いトラウマが、イリスを苦手とさせていた。
しかし、無碍に断ることもできないので、話題を変えて意識をそらすことにする。
「昨日、十二歳の誕生日の迎えたということで外遊させてもらえることになったんです。それでアマリリス辺境伯領に行きたいと父上に伝えたらその許可をもらえまして──」
「え、殿下がウチに来るってこと?」
ベローネが素で驚いた。
「はい。前に聞いたリコリス男爵家の本に興味があったので」
「あー、理解。でも、それでおじいちゃんの家に寄れるの?」
「そこは昨日、母様に相談してリコリス領に寄ってもらえることになったんです。俺がベローネの世話になってるからという理由を付けて母様が手配してくれるって」
城内と違って、ヌリア母様を城外で母様と呼んでいた。母上は母上だけど。
「ああ、それで年末の予定を押さえられたのか……」
イリスは嬉しそうに言う。
「外遊の護衛に第一旅団から選抜するって通達が来たんだけど、そうかそうか──サクヤ殿下の護衛だったんだね。だったら、楽しみになってきた」
「えー、わたし、じゃあ、家で正装させられちゃうじゃん。つっらー」
イリスは喜んで、ベローネは鬱モード。
「それを言ったら私だって、アマリリス家の寄り子の娘なんだから歓待に参加するなら正装するよ。ベローネも慣れておいたほうが良いよ。私と同じ騎士を目指すのならね」
「や、正装ってさ。これが邪魔で……」
そう言ってベローネは胸当てを緩めると軽鎧で押さえていた膨らみがボンという音がしそうなほどに、それは膨張してみせた。
それを見たイリスはシャツの胸元を緩めて俺とベローネに見せる。
「これでしょ? 私も昔、悩んだからね。東の大陸にはこういうものがあるって聞いて試してるんだ。ベローネも使ってみる?」
それはサラシだった。
乙女ゲームの世界で下着の類は揃っているというのにこういうものはあまり出回っていない。
胸を小さく見せるブラ──というか胸つぶしとも言うらしい。
ここではそういったものがないからサラシで代用しているのだろう。
「イリスお姉さまが胸に巻いてるその布のこと?」
「そうだよ。これでも、ちょっと緩めると、こうなるんだよね」
シャツの中に手を入れて自らサラシを緩めるイリス。
するとパンと張ってシャツが膨らんだ。
でっか──ッ!
俺の目はイリスの胸に釘付け。
「まーた殿下は人のおっぱいをガン見して」
そう言ってベローネは笑う。
楽しそうだ。
「あら、殿下はおっぱいが好きなのね」
イリスはベローネの言葉に悪ノリをして俺に胸の谷間を見せつけてきた。
シャツの隙間から見える釣鐘状のそれはイリスのそれの巨大さを物語る。
この人はこれでも騎士や民の憧憬を浴びる英雄──なのに、このノリである。
「そう。わたしのおっぱいもいつもガン見してるんだよ」
「殿下はそういうお年頃なのね──っていうか男性ってみんなそういうものだよ」
イリスの揶揄いは続く。
それでもシャツに手を入れて器用に直していくとみるみるうちに巨大なおっぱいは影を潜め、見事なまでの貧乳に仕上がった。
「スゴい……」
目を丸くして感動していたのはベローネ。
「ベローネも使ってみる? 必要なら用意してあげるし、使い方も教えるよ?」
イリスの勧めにベローネは二つ返事で返した。
こうして、俺(朔哉)の記憶に近いヴィジュアルのベローネ・アマリリスが出来上がっていく。
そう、彼女はゲームでは貧乳キャラだったのだ。




