ピオニア王立フロスガーデン学園初等部①
はい。ボクです。
鳴り物入りの大物新入生──この国の──ピオニア王国の第一王子、サクヤ・ピオニアです。
いい肉の日に生まれた俺が十歳を迎えるこの年の春。ついに物語にその名が出る王立フロスガーデン学園に入学する。
と、言っても、物語の舞台である高等部ではなく、初等部だけど。
母上のニルダ・ピオニアと、俺の講師で今は護衛や従者といった感じで側に仕えてくれるブラン・ジャスマインが同乗する馬車で初等部校舎が校門に差し掛かる。
校門前の街道は王城から真南にまっすぐ伸びる大通り。
初等部に入学するというめでたい日を迎えた第一王子をひと目見ようとフロスガーデン学園初等部の校門に人垣が出来ていた。
街道の脇から血走った眼を向けて黄色い声で俺の名前を叫ぶ民衆の姿に俺はこの国の王子なのだと実感。
まるで見世物みたいでちょっと怖い。もっと気分の良いことで俺はこの国の王子なんだと自覚したかったけど、こうした民衆の行動を見てるとゲームでのエウフェミアの言動はあながち間違っていなかったんだと思う。
「あなたを見に来てるのだから少しくらい笑顔を向けて手を振って差し上げても良いのよ」
俺が民衆の様子に引いているのを察した母上が俺に言う。
この国の王子として振る舞うように母上は指摘したのだろう。
そういったことはゲーム中でもエウフェミアが口が酸っぱくなるほど注意を促していたな。
王侯貴族としての尊厳と矜持、平民に対する配慮なのだとか。
[呪われた永遠のエレジー]に登場するヒロインのライバルで悪役令嬢のエウフェミア・デルフィニーは母上みたいだったんだと俺(朔哉)の記憶からゲームの世界を懐かしく思う。
俺には俺(朔哉)の記憶からこの世界が前世の世界で前世のおふくろが愛した乙女ゲームの舞台でプレイヤーとなるヒロインの最高難易度の攻略対象が俺なんだと知っている。
ゲームの舞台はまだ先のこと。
それはさておき今は大通りの民衆に目を向けて気が向いたら手を振って……。
そうしてるうちに馬車は校門を通過して、降車スペースで俺は母上とお師匠様と一緒に馬車を下りた。
それから、入学式典が始まり──。
俺の隣にはもうすぐ婚約者となる悪役令嬢のエウフェミア。
淡藤色の長い髪の毛が特徴的な彼女は通路を挟んだ俺の左に優雅な佇まいで、もう一つの特徴と言えるどこまでも透き通る孔雀青の瞳を壇上に向けていた。
俺は今にも眠りそうだと言うのにとても真面目な女の子だと感心。
これがサクヤルートでは黒の魔女と呼ばれる爆乳でむっちりした尻と太ももで魅せるグラマラスな美少女に変貌するのだから幼い頃の印象ほど当てにならないものはない。
それにしても──。
入学式っていうのは長い。
お偉いさんの祝辞が次から次へと……。そして、その一つ一つがべらぼうに長い。
眠りたい。
前世の俺(朔哉)だったら間違いなく寝ていただろうが、今生の俺はこの国の第一王子。
三年前に腹違いの弟のスタンリーに序列を譲ったはずなのに、なぜか──やっぱり、序列一位に戻ってしまった俺からの新入生の挨拶というものがある。
寝ていられないのだ。
それにこの入学式には国王の父上と、王妃のヌリア母様が来賓として席に着いてる。
母上もいるが席は新入生の後方で俺の後頭部しか見えていないはず。
正妃だった母上は体調が優れず公務に携われない時期が長かったことから第二王妃に降格し、第二王妃だったヌリア母様が正妃に昇格をしている。
正妃とそうでないのとで席が違ったりするから、ほんのちょっとの違いで待遇が大きく異なるのもなんだか……。
実母の母上と義母のヌリア母様。母上方の立場が入れ替わったことで王位継承順位の序列が変わり、異母弟のスタンリーが序列一位だったのがつい数ヵ月前にヌリア母様の申し出で俺が序列一位に返り咲いてしまった。
──はあ、王様になんてなりたくない。
つい、口に出してしまいそうになる言葉。
俺の心の声である。
「それでは新入生代表としてサクヤ・ピオニア殿下、ご登壇をお願い申し上げます」
少し年季の入った女性の声が拡声器に乗って講堂内に響く。
「はいッ!」
俺は立ち上がって新入生たちの前に出てから壇上に上がった。
えー、とか、あー、とか言わないようにしよう。
俺は壇上から総勢八十名の新入生を見渡して、それからその後ろの保護者席に目を配る。
そこには母上の姿と、母上の従者として同行するお師匠様──ブラン・ジャスマインの姿が見えた。
母上もお師匠様もそれはもう美しい。
特にお師匠様の白銀色の髪の毛と真紅の瞳はとても良く目立ち、大きく膨らむ胸部と相まって非常に魅惑的な見た目を誇る絶世の美女。
彼女は二十三歳の誕生日の日にかかった呪いで彼女の身体の時間は止まっている。
千年を生きる白の魔女とはお師匠様のこと。
となりに座る母上だって負けてはいないけど母上は母上だからね。
母上とお師匠様に目を向けながら俺は一つ息を吐いてスピーチに入る。
「本日から私たちはピオニア王立フロスガーデン学園初等部の一年生です。これまでは両親の庇護のもと多くの教育を施していただき、今日まで私たちの成長にご助力いただき心から感謝しております。そして、今日から私たちは──」
父上には将来の国王として自覚のあるものをと言われて用意したカンペは教壇に置いて開かず。
内容はだいたい似たような感じで自分の言葉で述べた。
魔道具を介して入学式典の会場であるこの広い講堂の隅々まで届く声。
その気になれば声に魔力を載せて拡声器を使わずとも届けることができるだろう。
この三年間。俺はお師匠様との修練を怠らなかった。
だって、ここでサボったら俺は逆ハーレムエンドにまっしぐら。
死か逆ハーレムエンドか。
どちらも避けなければならない。
お師匠様の教えで俺は魔力の使い方を覚えて魔法の力で拡声のみならず多くのことができるようになった。
初等部に入学してお師匠様と過ごす時間が減ってペースは落ちるけれど、この初等部の間にも俺は成長を続けたい。
そんな気持ちが籠っていたのかもしれない。
紡ぐ言葉は噛むことなく進み──。
「──ピオニア王国の誉れ高き王侯貴族の一員として貴族の責務を果たせる大人へと成長できるよう、先生方、先輩方のご助力をいただきながら日々の研鑽に勉めます。まだまだ未熟な子どもの私たちですが、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくおねがいいたします。以上、新入生代表挨拶とさせていただきます」
スピーチを終えて静まり返った講堂。
あれ、盛大に滑った?
いたたまれない気持ちでカンペを回収して壇上から降りる俺。
そしたら、拍手が湧いた。それもかなり大きい。
なんでや。滑った俺に対する嫌味か?
前世の俺(朔哉)の記憶を最大限に活用したスピーチだったというのに。
やはり、ダメだったか──。
席に戻るまで気まずい思いだったというのに俺を目で追い続ける美少女と目が合う。
エウフェミア・デルフィニー。
彼女は俺に顔を向けてニコリと微笑んだ。
ロリコンじゃないはずの俺なのに表現し難い色気が俺を刺激する。まだ十歳だと言うのになんという可憐な微笑か。性癖が歪む。
将来は悪役令嬢としてヒロインと対立し、家の不正で没落後、最期は黒の魔女として闇に落ち、ヒロインに敗北すると白の魔女に心臓を捧げて息絶える。
こんな美少女を闇に落とすなんて酷いゲームだ。
俺との婚約は破談にしてもらうけど、せめて彼女の家の没落を防ぎ、この美少女の綺麗な髪と瞳を失わないように。
俺が逆ハーレムエンドに陥ること無く穏便に将来を迎えられるならエウフェミアもきっと救われる。
そう信じて、できる限りのことをしなければならないな。
俺から目線を逸らさないエウフェミアに向かって、俺は笑みを返した。
そして、席に戻って一息。
やらかしちゃったなー。
あー、居た堪れない。俺の学校生活はどうなることやら。
とはいえ、俺は一国の王子だ。
権力のパワーでなんとかなるだろう。そんな力を振るうつもりは全く無いけど。
入学式典はつつがなく終わり、児童は教師の引率で教室に向かう。
そのすがら、一人の少年が俺に声をかけてきた。
「へい、よー。サクヤ殿下。久しぶり」
馴れ馴れしい──というか、ゲームと変わらない……。
彼はソフロニオ・ペラルゴニー。
ペラルゴニー公爵家の次男で[呪われた永遠のエレジー]の攻略対象の一人。
俺の親友を演じているけれど、俺よりもスタンリーやシミオンと仲が良い。
俺とは王族の──子どもを連れていける酒類が出ない昼食会やパーティーなどで顔を合わせる程度。
それほど親しいわけではなかった。
弟たちと仲が良いのは最近まで近場の初級ダンジョンでゴブリンの巣窟、ガーデンバーネットで三人してパワーレベリングしてて一緒に過ごす時間が多かったからだね。
ちなみにこのパワーレベリングがスタンリーが王位を放棄したい理由の一つになっていたそうだ。
「久しぶりだね。ロニー。スタンリーとシミオンをいつも見てくれてありがとう」
「ははっ! 俺と殿下の仲だろ? そんな他人行儀なんていいからさ。それより、スピーチ、最高だったなぁ。さすがスタンリーが一目置くだけのことはあるわ」
「それはもう黒歴史だから──それより、レベリングは順調だった?」
「黒歴史? そんなわけあるかよ。先生方が驚いてたぞ」
俺のスピーチに対するソフロニオの印象は上々だったらしい。
俺の肩に手を回してソフロニオは続ける。
「あー。レベリングは殿下が一緒に行かなくなってから面倒くさくなってしばらく行かなかったんだけどスタンリー殿下とシミオン殿下と一緒にヤるようになって、最近ようやっとレベル11になったよ」
なるほど。
お師匠様が俺の講師になってからソフロニオとは疎遠になってたけど、その間、パワーレベリングはそれほどしていなかったのか。
でも、どうして──。スタンリーやシミオンと行かなくてもペラルゴニー公爵家で領兵を手配して潜れたんじゃないのか?
わざわざ俺の弟たちに関わる必要だってないはずだ。疑問が増えると急に胡散臭く感じる。そもそもなんでここまで馴れ馴れしいんだ。それもおかしい──とさえ。
「それはおめでとう」
「やー、殿下に褒められても全く嬉しくないっすねぇ。だってレベル72でしょ?」
ま、公爵家の人間だから知ってて当然か。
他にも俺のレベルが高いことを知ってそうな子はいるだろうけど、あまり触れたくない。
「声が大きいよ。あまりそういうところで目立ちたくないから言葉に出さないでもらえるかな」
「みんな知ってると思うけどー? でも、殿下がそう言うならそうするよ」
話は一段落したというのにソフロニオが回す手が肩から離れない。
ふいに魔力のゆらぎを感じて俺は流し目で後ろを見たら、エウフェミアがいた。
声をかけたさそうにしてるけど、ソフロニオが俺を完全にマークしてるから声をかけにくいのか。
これ、俺に俺(朔哉)の記憶が無ければきっと分からなかった。
お師匠様と修行を続けられて微細な魔力の変化を感知できるようになったのも大きい。
あまりにも不自然な馴れ馴れしさだと俺は感じた。
それになんとなくだけど、俺とソフロニオのこの馴れ合いと言動が貴族の子弟として相応しくないと感じているのかもしれない。
そう考えたら、エウフェミアが口うるさいキャラクターに変貌を遂げていくのはきっとこのせいだとわかる。
ゲームでは俺もソフロニオも見た目が良く人目を引くキャラクターで、ソフロニオが肩を組んで並ぶ様はキラキラしていて女性の羨望の的だった。
それを口うるさく注意するからエウフェミアは敬遠され、悪役令嬢として振る舞うようになったのだろう。
「ああ、頼んだよ。それより、離れてくれない? これではみんなに示しがつかないよ」
だから、俺がエウフェミアの役回りを演じることにしよう。
俺の振る舞いが彼女の目に叶うなら、それほど大きな波風にはならないはずだ。
「えー? 友達だろう? 俺たち」
「そうかもしれないけどさ……」
「これくらい、友達なら当たり前さ」
なぜ、こんなに食らいつくのか。
本当にわからない。いや、わからなくなったんだろう。
でも、鬱陶しいって思ったら我慢の限界。
「友達っていうのは互いの尊重があってのものだろう? ロニーの友達はただの押しつけでしか無い。しばらく放っておいてくれ」
ソフロニオの手を払って俺は一人で先を歩む。
俺の後ろを追いかけるようにエウフェミアがついてくる気配を感じたけど、このテンションでは話しにくい。
俺は無視して教室に入った。
教室に入り、座席につく。
俺は教壇の真正面。
幸い、成績順で分けられるクラスのフロスガーデン学園。
ソフロニオとは教室が違うのである意味助かった。
でも隣の席はエウフェミア。彼女は才女である。
俺は俺(朔哉)の記憶に大いに助けられていた。
ゲームの世界ではどうだったんだろう?
俺はエウフェミアと同じクラスだったのか。それとも、ソフロニオと同じクラスだったのか。
んー……。わからん。
けど、これだけはわかる。
俺は好まないことに手を付けない。
つまり、望まない勉強は全くやらないタイプ。
少なくともエウフェミアほどの知性は持っていなかったのかもしれないな。




