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銀の人3

「レリフェルは第二の人間と言われるほど、完璧に人間を模そうとして作られた存在でした」

 エリクスは優雅な手つきで薫茶と呼ばれる紅茶のようなお茶をカップに注ぎながら話しだす。

「そしてレリフェル達は人にあまりに似過ぎたために自ら壊れていった歴史があります」

 ミオは神妙な顔つきで耳を傾けた。

「美しい容姿、決して衰えない肉体、優れた頭脳。もはや人を超えた存在としてもてはやされた時期もありましたが、ただ一つレリフェル達に出来ないことがありました」

 エリクスは窓の外を見つめて陽光に目を細めた。

「何?」

「人を愛することです」

 ミオはきょとんとするばかりだった。

 そんなミオにエリクスは冷たい眼差しを向けた。

「人を愛するということは疑いも抱かないほど、人にとっては当たり前のことですか?」

 優しい笑顔の裏には寂しさが隠れている表情だった。怒りにも似た情動。

「え・・・。そんな深く考えたこともないし・・・」

「ああ、まだお若いからでしょうね。失礼しました」

「う、ううん。別に大丈夫」

「とにかく、レリフェルを作った研究者達はより一層人に近づけようとレリフェル達に愛するということをプログラムしました」

「うん」

「ところがそのプログラムはうまく働きませんでした。結果、レリフェル達に深刻なエラーが生じ、プログラムは破壊され、レリフェル達の死、つまりシステム起動不能という事態が起こってしまったのです」

「・・・人を愛すると壊れてしまうの?」

「その通りです。お譲さまは飲み込みが早い。そう、レリフェル達は人を愛そうとした。だが愛するほどに矛盾が彼らを蝕んでいった。愛しても愛しても、人はやがて死を迎えてどこかへと旅立ってしまう。レリフェル達はただ取り残されてその喪失に絶望する。愛の結晶と呼ばれる子供を授かることでもできたなら、あるいは話は違ったかもしれませんが、レリフェルには生殖能力がありません。永遠の時を生きられる私達はただ雪のように降り積もるだけの多くの愛する人の死に耐えきれなくなり、やがて死を欲するようになりました。そして実際に多くのレリフェル達が死んでいきました・・・。しかも研究者達がどれほど止めようとしても、そのエラーは直ることはありませんでした」

「レリフェルは人を愛してはいけないの?」

「結果そういうことになりました。人を愛してはいけないと」

「愛したいのに?」

「はい」

 ミオは王宮にいた頃を思い出してたまらなくなって泣き出した。

「ど、どうされたのですか!?お譲さま!」

「だって、だって分かるもの、よく分かるもの。私、レクセルはきっと愛しちゃいけないって思ったの。でも無理だったの。あんな辛いこと他にない。それが永遠だなんて・・・」

「お譲さま・・・」

 エリクスはハンカチを取り出してミオの涙を拭った。

「人も同じなんですね。・・・でも人はいつかそれを忘れることができる。レリフェルの複雑な記憶回路はそんなふうに忘れることができない。人は本当に人を愛するために生まれてきたと痛感します」

「でも人は人を愛することもできるけど、人を憎むこともできるものよ。レリフェルはどうなの?」

「そうですね、それがやはり徒となってしまっているのでしょうね。私達は人を憎むようにはつくられていない。愛するだけでは人にはなれないのです・・・。そしてこれが人の作る機械の限界でした」

「・・・それでどうなったの?」

「レリフェルは人を愛してはいけない。また人もレリフェルに恋してはいけない、という決まりができました」

「人が、恋を・・・?」

「そう。多くの人たちがこの作られた美しい容姿に恋をしました。そして人生を狂わせ、レリフェルをも狂わせた。大きな社会問題となり、人はこう考え、こう教えるようになりました。レリフェルは人ではない、恋をしてはいけない、愛してはならない。愛を知ったレリフェルは愛を忘れることができないから。人の作ったものにはやはり人の側に責任を求めました。時々逸脱した人が現れますが、それは概ね守られ、せっかく大金を投じて作った貴重なレリフェルを壊すようなことは少なくなりました」

 エリクスはにっこりと笑った。それにつられてミオも笑う。

「ですからお譲さまも私に決して想いを抱かないように。お約束していただけますか?」

「でも、どうしたら・・・」

「そんなに難しく考えることはありません。使用人と同じに扱って下さればいいのです。人に似ているからと美しいからと不用意に近づかないこと、親しく言葉を交わさないこと。レリフェルはレリフェルと、割り切っていただけたらそれでよいのです」

「そう・・・」

「どうかそんな悲しい顔をなさらないで下さい。私達はあなた達のただの下僕なのです」

「こらエリクス、いつからお前はそんなに卑屈になったんだ」

 突然扉が開いてレクセルが現れた。

「レクセル様・・・」

 エリクスは慌てた様子でレクセルに向き直った。

「確かに間違っちゃいないが、レリフェルの尊厳はきちんと守られているはずだ」

「はい・・・」

「レリフェルに過剰な愛情を抱いてはいけないことになっている。それにレリフェルが人を愛してはいけないことになっているが、人がレリフェルを愛するのをやめてはいけないんだ。愛といっても愛情とは違う種類の愛だがな。これは簡単にできることじゃないが、レリフェルを持つ人間に課された義務だ。たまにはきちんと言ってやらないと、レリフェルでも忘れるらしいな」

 レクセルはエリクスの銀色の前髪を人差し指ですくって優しく笑った。

「・・・そうですね。少し古い記憶にアクセスしたのでプログラムに少々ゆらぎがでているようです。自己修復してまいります」

「ああ」

 エリクスは礼をすると下がっていった。

「難しいのね、レリフェルって・・・」

 ミオは机につっぷしてため息をついた。

「そうだな。でも最初はあいつが言ったように不用意に近づいたり話しかけないのが一番だ。ただあいつが下僕だなんて言い出すから・・・」

 レクセルは心底悔しそうに言った。

「・・・エリクスのこと相当気にかけてるのね」

「ああ。レリフェルはさすがだよ。下手な人間よりずっと人間らしい。それに絶対に裏切ったりしないし忠実で、本当に頼りになるし・・・ってなんだ?妬いてるのか」

 レクセルはミオの拗ねたような顔つきに気づいた。

「ち、違うもんっ。だってあんまり熱心だから・・・」

「そういうのを妬いてるっていうんだ。なんだ?相手が男で使用人でもやきもち焼くんだな。とすればずいぶんな・・・」

「そんなことないってば!」

「はいはい。でも一番はお前だからな」

 それからレクセルはキスのシャワーをミオに気のゆくまで浴びせた。

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