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オスカー様の過去

大変長らくお待たせしてしまいました。

申し訳ございません。

「おはようセレーナ。昨夜は疲れただろう。よく眠れたか?」

「おはようございます……お陰様で、よく眠れましたわ」


 翌朝目が覚めた私は簡単な身支度をベルに整えてもらうと、朝食をとるために食堂へと向かった。

 これまで自室に食事を運んでもらっていたため、食堂で食事をとるのはこれが初めてである。

 食堂に到着するとオスカー様は一足先に到着していたようで、すでに食事を始めていた。


「すまない。先に始めさせてもらっている」

「いえ、こちらこそ遅くなり申し訳ございません」


 私はオスカー様の正面の席にゆっくりと腰かけた。

 すると彼は私の顔を見て、一言呟いたのである。


「……今日も髪はまとめているのか? 気にしなくていいと言っただろう」


 ……本当にこの人は。

 確かに昨晩髪のことは気にしすぎだと言われたのだが、オスカー様の反応が怖くなりついアップスタイルにしてしまったのである。

 そんなに簡単に『はいそうですか』と気持ちが切り替えられるわけでもなく。


「すみません……あまり気にしないでくださいませ。この方が食事もとりやすいですし」

「そうか……」


 沈黙の気まずさを誤魔化すかのように、私は紅茶をひと口飲んで朝食に手をつけた。

 寝起きの体に温かいスープが染み渡る。

 ほうっと一息ついたところで、オスカー様が再び口を開いた。


「この屋敷にきてから何か不便なことはないか? すまない、もっと早くに確認しておけばよかったのだが……」

「いいえ、アンナもベルも、皆さんとても良くしてくださっていますわ」

「何か必要な物は?」

「それも、嫁ぐ際に実家の侯爵家からあらかた持参しておりますので。その中から賄えておりますから、お気になさらず」

「君はこのトーランド公爵家に嫁いだのだ。必要なものがあれば、こちらで用意するのが筋だろう」

「以前も申しましたが、どうせ離縁する関係です。私に使うお金がもったいないですわ」

「……君はまたそんなことを」


 それから私たちの間に会話はなく。

 ただ無言で朝食を口に運ぶ時間は重苦しく、食事を終えた頃には気疲れで寝込みたい程に疲れ果ててしまった。




「これから毎朝あの時間が続くのだと思うと、気が重くなるわ……」


 自室に戻った私は今日のスケジュールを伝えに来ていたアンナに思わず愚痴をこぼす。


「なかなかオスカー様のお気遣いが足りず、奥様にはいつもご不便をおかけして申し訳ございません」

「アンナが謝ることではないわ。ただ、私たちの間にはかなり大きな溝があるのだなぁと思って」

「……溝、でございますか?」

「そもそもオスカー様は私の見た目がお好きではないでしょう? もうそれだけで私は、オスカー様の前にどんな顔をして出ていけばいいのかがわからないのよ」


 どうせ離縁するのだが、それでもやはりまた何か嫌なことを言われてしまったら、と身構えてしまう自分がいる。


「それは……奥様は少なからずオスカー様のことを想ってくださっているということでしょうか?」

「……私が、オスカー様のことを? そんなことあるわけないわ」


 私は全力で否定させてもらう。

 確かに初めて姿絵を見かけたときから、彼の寂しげな表情に惹かれていた。

 だが初夜の出来事以来その思いはどこかに置いてきた。

 ここ最近の気持ちの揺れは、突然のオスカー様の態度の変化に戸惑っているだけであり、他に理由はない。


「奥様……これから私がお話しすることは、あくまで一つの思い出話として受け取ってくださいませ」

「アンナ……?」

「少し長くなりますが、よろしいでしょうか?」


 私が彼女に正面の椅子に腰掛けるよう勧めると、アンナもその申し出を受け入れた。


「以前もお話ししました通り、オスカー様は幼い頃とても病弱で、手のかかるお子様でした。お父上の公爵様はとてもお忙しく、屋敷を空ける日がほとんどで。そんなオスカー様の唯一心安らぎは、お母上であるマリー様の存在でした」

「マリー様とは、トーランド公爵夫人のことね?」

「さようでございます。オスカー様はマリー様のお膝の上で絵本を読んでもらうことが何より大好きでした」


 オスカー様の母上であるトーランド公爵夫人は、儚げな雰囲気の金髪の女性である。

 少しお身体が弱いらしく、公爵は夫人にかかりきりになっていると噂で聞いたことがあるのだが。


「ですがオスカー様が四つにおなりになったころ……マリー様が病で倒れられてしまったのです。なんでも人へと感染うつる病であったようで、次期公爵であるオスカー様に万が一のことがあってはならないと、オスカー様はご両親から隔離されるようにしてお育ちになりました」

「……まあ、そんなことが……」

「幸いにもマリー様の病は一年ほどで回復に向かいつつありましたが、病の影響でかなり体力が落ちてしまわれたようで……。その後もオスカー様とお会いできる時間は僅かなものでした。オスカー様は一番母親からの愛情が必要な時期に、たった一人で過ごされていたのです」

「今は公爵夫人はすっかりお元気なようですけれど……」


 結婚式の時の公爵夫人は血色も良く、特に体の具合が悪そうな様子はみられなかった。


「オスカー様が七歳を過ぎる頃にはようやくマリー様のお体も元通りまで回復されました。ですが……」

「まだ何かあるの?」

「その後ほどなくしてオスカー様の妹君がお生まれになり、今度は皆さまそちらへかかりきりになってしまわれたのです。オスカー様は決してご両親に甘えを見せることはありませんでした」


 確かオスカー様には八歳ほど年の離れた妹君がいると、事前に目を通した釣書に書いてあっただろうか。

 すでに他家へ嫁いでしまわれたらしく、私はまだ顔を合わせたことはないのだが。


「幼い頃のオスカー様には甘えを見せる相手がいなかったのです。もちろん私どもも精一杯オスカー様の心のケアに努めてまいったつもりですが……やはり母親には敵いません。今ではマリー様もすっかりお元気で、オスカー様とのお時間もとることができますが……立派な成人となられた今では、素直に甘えることも難しいのでしょう。お二人の間にはなんとも言えない距離が開いたままなのです」

「そうだったのね……」

「お母上に甘えることができず、年の近い子どもたちからはいじめられてしまい、オスカー様はご自分の殻に閉じこもるようになってしまいました。そんなオスカー様を助けてくださったお方が、王太子妃エリーゼ様でございます」


 あの見目麗しいオスカー様にそんな子ども時代があったことは意外であった。


「エリーゼ様のおかげでオスカー様がいじめられることもなくなり、オスカー様にはエリーゼ様をお守りするという目標ができました。その目標のお陰で勉学や剣術にも励まれたのです」

「それほどオスカー様のエリーゼ様へのお気持ちは強いということなのね」


 アンナがどういうつもりでこんな話を始めたのか、私にはいまいちよくわからなかった。

 オスカー様のエリーゼ様へのお気持ちを話されたところで、妻である私は反応に困ってしまう。

 するとアンナは慌てたように首を振った。


「いいえ! 誤解を招くような表現でしたら申し訳ございません! ですが私が申したいことは、そういうことではないのです」


 怪訝そうな表情が顔に出てしまっていたのだろうか。

 アンナは私の疑問を解決すべく、引き続き口を開いた。


「恐れながら、オスカー様は母の愛というものをあまり良く知りません。あのお方は母の愛に飢えております。そしてエリーゼ様はマリー様と髪の毛の色や立ち振る舞いが似ておられるのです」

「まさかエリーゼ様をお母様だと思っていると言いたいの……?」


 流石にそんなことはあり得ないだろう、と心の中で思っていたことが、またもや顔に出ていたらしい。


「もちろんそのようなことはないでしょう。さすがにマリー様とエリーゼ様ではお年も違います」

「それはそうよね」

「ですが、お二人の姿を重ね合わせていたのではないか、とは思っております」

「どういう意味?」

「オスカー様はマリー様やエリーゼ様に憧れのお気持ちを持っていらっしゃるのではという意味です。決してそれは恋心ではなく」

「……私にはいまいちよくわからないわ」


 結局アンナが言わんとしていることは、わかったようなわからないような……曖昧に終わった。


 ただ一つ分かったことは、オスカー様はお寂しい方なのかもしれないということ。

 愛に飢えた故に性格が歪んでしまったのだろうか?

 ……かなりの歪みっぷりであるのだが。


 オスカー様がかなりの不器用であることはわかってきた。

 ご自分の考えをハッキリと伝えることを避けるのだ。

 あの初夜の発言の勢いはどこへ行ったのやら。

 突然態度を和らげた理由が知りたい。


 

 だがオスカー様がこれまでに抱えてきた寂しさや孤独を私が紛らわして差し上げることは難しいと思う。


 私はそれほどの器の持ち主ではないのだから。

お読みいただきありがとうございます。

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