もしかしてヤキモチですか?
大変遅くなり申し訳ございません汗
「オスカー様の奥様だって!? どうりでなんて美しい女性だと思ったんだよなぁ……突然のご無礼をお許しください」
「ジャックのやつにこんな美人な彼女ができるわけがないもんな」 「オスカー様の奥様だって!? どうりでなんて美しい女性だと思ったんだよなぁ……突然のご無礼をお許しください」
「ジャックのやつにこんな美人な彼女ができるわけがないもんな」
そんな軽口を叩く彼らは悪い人ではなさそうなのだが、彼らのことを見てジャック様は苦笑する。
ジャック様のご友人たちは、『じゃあまた後で』と彼に告げてその場を去り、すぐに別の男性たちの輪に入っていく。
どうやら交友関係の広い方たちのようだ。
「本当に申し訳ありません、ご無礼な真似をいたしました」
「いえ、良いのです。あなた方がいらっしゃらなければ、私は一人で壁際に佇んでいたでしょう」
するとジャック様はちら、と大広間の中央に目をやると急に真顔となって私にこう尋ねたのだ。
「ですがあなた様のご主人は……オスカー様は、いつもあなた様をこのように放っておかれるのですか?」
「……え?」
唐突な問いに私は目を丸くする。
「……これは失礼。先ほどから、あなた様があまりお幸せなようには見えなかったので……」
「私、そんな顔をしていましたか?」
「お寂しそうな顔をされています。そのようなお顔はあなたには相応しくない(あなた様がそのような顔をするのはもったいない)……何かお辛いことでもあるのではないですか?」
眉をしかめ切なげな表情でそう訴えるジャック様の姿に、私は初夜の出来事を思い出した。
だがそのことをありのまま彼に話すことは間違っている気がしたのだ。
「普通は妻をこのように一人置き去りにしたりはしない」
「……それは……」
私はなぜかオスカー様を悪く言うようなことはしたくなかった。
「ジャック様が想像されているようなことは何一つありませんわ。オスカー様は素敵なお方です。結婚してからもとても良くしてくださっていますし、何よりトーランド公爵家のために立派に働いております。あのお方と結婚できたことに悔いはありません」
全てが大嘘なのだが。
日頃の教育の賜物だろうか、私は張り付けた笑顔でスラスラと嘘を話していく。
するとそんな私の返事が意外だったようで、ジャック様は目を丸くした。
「……そうなのですね。ですが今後もし何かありましたら私を頼ってください。私ならばあなたに悲しい顔はさせ……」
「妻のお相手をありがとう、ホルン侯爵令息。セレーナ、そろそろ行こうか」
ジャック様の言葉を途中で遮るかのように、私の肩に手が置かれる。
振り向くとそこにはオスカー様の姿が。
いつのまにこちらへきていたのだろうか。
心なしかその表情は険しいものとなっており、なぜか機嫌が悪そうにも見える。
「……これは、失礼いたしました。それではセレーナ様、またお会いできるのを楽しみにしております」
「ありがとうございます」
私はささやかに微笑むとジャック様に頭を下げた。
するとオスカー様にぐいっと力強く腕を取られ、なかば引きずられるように大広間を後にする。
「ちょ、オスカー様っ! このような乱暴な真似をなさらなくとも、早く歩けますわ!」
「……」
だが彼は聞こえていないのか、そのままずんずんと早歩きで帰りの馬車へと急ぐ。
「離してくださいませ!」
「っ君は……あれほど変な男に引っかかることのないようにと話していたというのに!」
パッと手を離して私の方を向くオスカー様の表情は、これまでに見たことのないものであった。
いつも優しげな碧眼の奥には怒りの色が見える。
彼がこれほどの激情にのまれているのは珍しいのではないか。
「ジャック様は変な方ではありませんわ。一人でいた私に気を遣ってくださっただけです。大体、あなたが私を長い間放っておいたからこうなったのでしょう?」
「あのように大勢の男たちに囲まれて……君は何もわかっていない」
「あの方たちは皆ジャック様のご友人ですわ。何も失礼なことはされておりませんので、ご安心ください」
「なんだ、さっきからジャック様ジャック様とっ……そんなにあの男が気に入ったか!?」
オスカー様は一体どうしてしまったのだろうか。
これではまるで、彼が私とジャック様の関係に嫉妬しているみたいだ。
「落ち着いてください、オスカー様。私はただジャック様とお話をしていただけですわ」
「何度もその名を言わなくていい。ただの話にしては、私と話している時よりも随分と惚けた顔をしていたがな」
「っな……そんなことはありません! それをおっしゃるならば、あなたの方こそエリーゼ様と仲睦まじくされていたではありませんか! 人の事など言える立場ではございませんわ」
「なぜそこで彼女の名が出てくるのだ!? あくまで王太子ご夫妻とその臣下として挨拶をしていたまでのこと。そこにやましい気持ちは一切ない!君と一緒にしないでもらいたい」
「私がジャック様にやましい気持ちを抱いているとでも仰いたいのですか!? ……もう結構です。何もお話ししたくありませんので、これ以上話しかけないでください」
オスカー様はまだ何か言いたそうにしていたが、私の表情を見て渋々口を閉ざしたらしい。
言い争いをしているうちに、待たせておいた帰りの馬車へと辿り着く。
彼は馬車に乗り込む私にそっと手を差し伸べてくれたのだが、私はその優しさに気付かぬふりをした。
そのときオスカー様が、一瞬戸惑うように瞳を揺らしていたのが印象的であった。
◇
「セレーナ……」
どのくらい馬車が走ったであろうか。
一言も発することなく沈黙の続いていた車内で、先に口を開いたのはオスカー様であった。
「先ほどはすまない。つまらぬことで君を責めるような真似を……」
「……」
私は何と答えればいいのかわからず、無言のままである。
「あのように君を責め立てるつもりはなかったのだ。君があの侯爵令息に対して、私のことを悪く言わなかったことが嬉しくて……その礼を伝えようとしたはずであったのに」
「え……お話を聞いておられたのですか?」
「最後のほうだけだがな。てっきり悪口を言われるのだろうと覚悟していたところ……驚いたよ。だが嬉しかった、ありがとう」
「いえ……」
オスカー様は決してこちらを見ることなく頬杖をついたまま、外の景色のほうを向いている。
その目元が少し赤らんでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
「それから……今日の君は綺麗だったよ。髪を纏めてしまっていたのが残念であったほどに」
「……ご機嫌取りなどしなくて結構です。黒髪はお嫌いなのでは?」
「確かに苦手だったのは事実だ。だがそれにも色々誤解があって……」
「誤解?」
「そう思うしかない発言をしてしまったのは私の責任だ……私が全て悪い。だが君も少し極端すぎないか?」
「はあ!? 私のせいなのですか?」
「いやっ……そういうつもりではないのだが……ああ、もうっ」
ゴホン! と咳払いをして佇まいを直したオスカー様は、ようやく私の方を真っ直ぐ見据えてこう告げた。
「せっかく同じ屋敷で暮らしているというのに、今のままではさすがにおかしいとは思わないか? お互いのことを名前以外ほとんど知らないではないか。そりゃ、こうなってしまったのは私の責任なのだが……せめて食事くらいは、一緒にとりたいのだが……」
「……今さらそのようなことをなさる必要はないかと思いますが」
「頼む。この通りだ」
オスカー様は私に向かって深々と頭を下げる。
この人は何と勝手な人なのだろうか。
そしてこれはまた厄介なことになった。
このままオスカー様と一緒に過ごす時間が長くなれば、少なからず彼に対して情が湧くことは目に見えている。
初夜で散々な目にあったというのに、また自ら傷つきにいくようなもの。
辛くなるのは自分自身だ。
だが今はトーランドの屋敷で公爵令息夫人として生活している以上、オスカー様のご命令は絶対だ。
いくら向こうが望んだ結婚とはいえ、私の実家は侯爵家であり、トーランド公爵家よりは格下。
両親の顔に泥を塗るような真似はできない。
そんなことをぐるぐると考えて一向に返事をしない私に痺れを切らしたのか、オスカー様が私の顔を覗き込む。
「良いな?」
「良くはないですわ」
「セレーナ……頼む、この通りだ」
オスカー様は再び勢い良く頭を下げた。
公爵令息の謝罪など、滅多に目にすることはできないだろう。
「……わかりました」
「っ! ありがとう!」
「ちょっと、離れてくださいませ」
興奮したオスカー様は身を乗り出すようにしてこちらに近づくが、私の言葉により慌てて背もたれによりかかった。
「あ、ああっすまない……」
こうして私たちは、ようやく朝食の時間をともに過ごすこととなったのだ。
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