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突然の変化

またまた間があいてしまいました…

お読みいただきありがとうございます。

「セレーナ様……本当にお美しい」


 ほうっと見惚れるように舞踏会の身支度を終えた私を見つめるベルの目に嘘はない。

 そんな彼女の様子に凝り固まった私の気持ちもほぐれていく。


「ありがとう。あなたのセンスの賜物ね。本当に素敵だわ、ドレスと首飾りの組み合わせも、髪型も」


 そう言うとベルは嬉しそうに頷いた。

 今日の私はエメラルドグリーンのドレスに、ブルーサファイアの首飾りを身につけている。

 ドレスは少しだけ肩口の露出が多いものを選んでみた。


「ですが、本当に髪の毛を上に纏めてしまってよろしかったのですか? こんなに美しい黒髪ですのに……緩く巻いて下におろした方が良いのでは……?」


 今日の私の髪型は、いつも通り全ての髪を一纏めにしたアップスタイルだ。

 オスカー様に否定された黒髪が見える面積をできるだけ減らしたい。

 ここまでくると私ももはや異常なのかもしれないと思うが、それほどに彼の初夜での発言はトラウマとなり心に傷を残しているのだ。


「いいのよ。オスカー様は黒髪がお好きではないようだから」

「オスカー様がそのようなことを!? 大変申し訳ありませんでしたセレーナ様……すぐにアンナ様にご報告いたしますので」

「それはしなくていいわっ……今更あのお方の好みが変わるとも思えないし、無理に変えていただいても虚しいだけよ」

「セレーナ様……」

「あなたがたくさん褒めてくれるから、私はそれだけで嬉しいわ」

「あなた様の美しさは本物です。そう思っているのは私だけではありません。自信をお持ちになってください」


 彼女の真っ直ぐな瞳は、やさぐれた私の傷を癒す効果がありそうだ。


「それにしてもセレーナ様、この首飾りは素敵ですわね。このように美しいブルーサファイアは初めて見ましたわ」

「これは父が誕生日のお祝いに贈ってくださったものなの」

「このサファイアの色は、ちょうどオスカー様の瞳のお色と同じですものね。ドレスがエメラルドグリーンでオスカー様のお色がない分、首飾りがうまくカバーしてくれると思います」


 そう、このサファイアの色はオスカー様の瞳の色とよく似ている。

 この国では配偶者の色を何かしら身につけて舞踏会に参加するのが慣習となっており、私とオスカー様も例外ではない。

 恐らく彼が私の色を身につけることはないだろうが、それでもかまわない。

 一応公爵令息夫人であるうちは彼のことを引き立てておくつもりだ。



「失礼するぞ」


 ベルとしばし歓談をしていたところ、控えめにドアがノックされて開きオスカー様が姿を現した。


「っ……」


 足を踏み入れて私の姿を一目見たオスカー様は、言葉を失ったかのようにその場に立ち尽くす。


「私はこれにて一度失礼いたします。何か御用がありましたらお申し付けくださいませ」


 ベルは気を利かせたのかそう言ってお辞儀すると、素早く退室していった。

 二人きりになった部屋に気まずい静寂が走る。


「……やはりお気に召しませんでしたか?」


 一向に口を開こうとしないオスカー様に、痺れを切らした私はそう尋ねた。


「……いや」

「ではなぜそこに突っ立っているのです?」

「特に理由はない。……君も着飾ると雰囲気が変わるのだなと思ってな」

「それは誉めているのでしょうか?」


 オスカー様は私のその発言に対して答えることはなかった。

 所詮はそういうことなのだろう。


「それにしても、なぜ正式な行事でもないというのに髪をそこまで纏めてしまったんだ? 舞踏会では髪を下ろしている女性が多いだろう?」


 オスカー様は純粋に疑問に感じたのだろう。

 何の気なしにそんな残酷な質問をぶつけてくる。

 誤魔化すことも考えたが、いっそのこと正直に理由を話した方がお互いのためだろうと思って私は事実を告げた。


「黒髪があなたの目につくのを避けたいと思いまして。お嫌いでしょう?」


 するとオスカー様は一瞬目を見開き、すぐに元の表情に戻った。


「まさかそれを気にして……いつも髪を纏めていたのか?」

「……はい。お目汚しするようなことは嫌だったので」

「すまない……私の一言が君をそんなに追い込んでしまっていたとは……」


 オスカー様の発言に嘘はなさそうだ。

 そう言うとなぜか泣きそうな顔で俯いている。

 彼は心底あの夜の自分の発言を反省しているみたいだが、なぜ急に態度が変わったのだろうか。


「いえ……私も少し意地になりすぎた気がします。ですが、黒髪が好きではないのは変わりないでしょう?」

「そ、それも、違うのだっ……」

「それ以上は言わないでくださいませ。こう見えて私も傷つきはするのですよ」

「っその件に関してはすまない……だが私はっ……その……」

「もう参りましょう。最初から遅刻してしまっては、面目立ちませんわ」


 なんとも言えない雰囲気のまま私はオスカー様の言葉を遮り、その腕をとった。

 そして隣に立つ彼の姿を横目で何気なく見ると、胸元のポケットからダークブラウンのハンカチが覗いているのがわかり息が止まりそうになる。


 なぜならそれは、私の瞳の色だったから。


「ん? どうかしたか?」


 私の視線に気づいたオスカー様が怪訝そうにそう尋ねる。


「あの……そのハンカチは……」

「ああ、君の瞳の色のものがないと思ってな。ようやくこれを見つけたよ。もっと早いうちに探しておくべきだった」

「そうですか……」

「君のその首飾りも素敵だ。私の瞳の色を身につけてくれて、ありがとう」


 そう言って微笑むオスカー様の姿は、まるで絵画のように美しい。


「……一応本日は仲睦まじい公爵令息夫妻という設定ですので」


 ……一体彼は先日からどうしたというのか。

 うすら気持ち悪いほどの変わりようだ。

 その笑顔の裏に何を考えているのかが全く分からず、私はそれから何も言葉を発することができなかった。



「会場へ到着してからの動きだが……」


 それから私たちは馬車に乗り込んだ後もしばらく沈黙が続いていたのだが、オスカー様が唐突にこう切り出しす。


「まずは皆に簡単な挨拶を終えた後、一曲踊りたいと思っている。異論はないか?」

「ございません」

「その後私は恐らく他の貴族たちへの挨拶回りをせねばならないだろう。その間はしばし君を一人にさせてしまうが……大丈夫か?」

「大丈夫ですわ。適当に時間を潰しておりますので」

「くれぐれも、変な男にはついて行かないように」

「まさか。私に声をかける物好きがいるわけないでしょう?」

「君は……とにかく、気をつけてくれ」


 そこから私たちの間に会話は生まれないまま、馬車は目的地へと到着した。


 今夜舞踏会が開催されるのは、フォード公爵家の屋敷である。

 フォード公爵家も古くから王家と繋がりの深い高位貴族であるため、今回の舞踏会にも王太子夫妻が参加するともっぱらの噂だ。

 ということはオスカー様の想い人であるエリーゼ王太子妃もいらっしゃるのだろう。

 良い機会だ。お二人が仲良くされているのを目に焼き付けておこう。

 これで思い残すことなく一年後の離縁に向けて動き出すことができる。

 私がそんな不純な思いを抱えながら舞踏会に参加しているとは、オスカー様は思いもよらないだろう。


「……手を」

「え……?」


 ぼうっとそんなことを考えながら歩いていたので、唐突にオスカー様に手を差し出された私は戸惑ってしまった。


「あれほど失礼なことを言った私とは、手を繋ぐのも、嫌か……?」


 心なしかオスカー様の表情が悲しげなのはきっと気のせいだろう。


「……いいえ。少し考え事をしていましたので」


 なぜか言い訳じみたことを言って取り繕ってしまう自分にも嫌気がさす。

 私は何事もなかったかのように、差し出されたその掌の上に自らの手を重ねて置いた。

 するとオスカー様はその手をギュッと握りしめたのだ。

 えっ……!? と驚き彼を見上げるが、その顔は真っ直ぐ前を見据えている。

 咄嗟のことにその手を振り払おうとしたが、硬く握り締められていたので振り解くことはできなかった。


 ――オスカー様もきっと、社交の場では夫婦らしく振る舞うおつもりなんだわ。


 頭の中に浮かぶさまざまな邪念を振り払う。

 今夜だけは、私たちは立派な公爵令息夫妻なのである。

 私は偽りの笑顔を貼り付けると、オスカー様に手を引かれて大広間へと足を進めるのであった。

お読みいただきありがとうございます!

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