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白い結婚を続けましょう

お読み頂きありがとうございます。

 トーランド公爵家から一足先に届けられたオスカー様の姿絵を見て、私は思いの外ときめきを感じてしまった。

 姿絵に描かれたオスカー様はどことなく寂しげな表情を浮かべており、それはそれは麗しく、どこぞの貴公子のようであったのだ。

 私の好みは本来騎士団長のサマン様のような男らしい男性であって、先ほどオスカー様に言ったことは嘘ではない。

 だがなぜかオスカー様の姿絵に興味を持った自分がいたのだ。

 寂しげな瞳に何か思うところがあったのだろうか。

 このお方に嫁ぎ、子を産んで公爵家を支えていきたいと思った。

 どんな苦労も彼と共に乗り越えていきたいと。

 そう。あれほど政略結婚であることを主張しておきながら、本音を言えば私はオスカー様に惹かれていたのだ。


 

 「大体、婚約が決まってから一度もお会いしていませんよね? いつも忙しい忙しいとそればかりで」

 「なっ……仕方ないだろう、本当に忙しかったのだから」

 「せめて結婚式の前までに一度でもお会いしていれば、容姿の問題も事前に解決していたでしょうね。そもそも、婚約者と会う時間も取れないほどの激務だとは思いませんけれども。どうせエリーゼ様のことで頭がいっぱいで、それどころではなかったのでしょうね」

 「そのようなことはないっ!」


 まさかあれほど覚悟を決めて嫁いだ相手が、こんなに情けない男だとは思いもしなかった。

 初対面の妻の容姿を馬鹿にするような発言、挙句の果てに想い人までいるという。

 しかも浮気ではなく本気であるから余計に厄介だ。

 こんな男を父に持つ子どもがかわいそうだと思う。

 それならば初夜など迎えず、取り返しのつかなくなる前に、白い結婚のまま離縁した方がいい。

 オスカー様に都合良く使われるのは勘弁だ。


 「というわけですので、これから一年間はこちらのお屋敷に住まわせてもらいます。離縁までの辛抱ですので、お許しくださいませ」

 「り、離縁!? 先ほどの発言は本気なのか!?」

 「当たり前ですわ。違うご令嬢とご結婚なさった方がお互いのためです」


 なぜか顔面を蒼白にさせてはくはくと口を動かしたままのオスカー様は、なんとも間抜け顔でせっかくの美男子が台無しである。


 「もしも私との間に生まれた子が黒髪の女の子であったならば、いかがなさるおつもりですか? まさか我が子に先ほどのようなセリフは言わないでしょうね? 生まれる子があまりに不憫です」

 「なっ……そのような!? さすがの私とて、血を分けた我が子にそのようなことを申すわけがないだろう!」

 「では血を分けていない私には、何を言っても良いと?」

 「そんなことは一言も言っていない!」


 もう何を言っても堂々巡りだ。

 今日は朝早くから結婚式やら祝いの食事会やらに追われて、疲れている。

 初夜からこんな言い争いをする気力などもはや残ってはいない。

 先程までのすんとした冷静なお顔が嘘のように、怒りと興奮で真っ赤になっているオスカー様を、私は冷めた目で見つめた。


 「一年経って離縁した後に、どうぞお好きな令嬢と再婚なさいませ。銀髪でも金髪でも、あなた様の見た目ならよりどりみどりですわ」

 「だがっ……君も知っているだろう? 我が公爵家と縁続きになることのできる貴族は少ないんだ!」

 「もちろん存じておりますわよ? だからこそ私が嫁ぐことになったのですから」

 「ならば私の言わんとしていることはわかるよな? 君と離縁すれば、私は再婚することは難しい」


 つくづく最後まで呆れたお人である。

 男としてのプライドはないのだろうか。


 「それほどまでに貴重な存在の私に、よくもまあ先ほどのような失礼な発言の数々を……」

 「……それはすまない。謝罪させてもらおう」


 意外にもすんなりと謝罪の言葉が出てきたことに私は驚くが、オスカー様が私の容姿を気に入らないこと、エリーゼ様にただならぬ思いを抱いていることは変わらない。


 「もう良いのです」

 「……と、いうことは?」

 「謝罪していただいても、何一つ事実は変わりませんから。トーランド公爵夫妻には事情をお話しすればわかっていただけると思います。そうすれば男爵令嬢や子爵令嬢と婚姻を結ぶことも可能でしょう。さすがに一人くらいはあなたのお眼鏡に適う女性もいるかと」

 「セレーナっ……君は……」


 私はこれまで寝台の上に腰掛けオスカー様と向かい合っていたが、そっと寝台から降りて彼に背を向ける。

 本来ならば夫に背を向けるなど、公爵令息夫人としてあるまじき行為なのだが。

 もはやそんなことなどどうでもいい。


 「寝室を共にすれば、白い結婚の信憑性が失われます。ですから本日より寝室は別々にいたしましょう。それから、公爵令息夫人としての最低限の社交はおこないますが、それだけです。食事なども別々で摂りたいのですが、よろしいですね?」

 「一年とはいえ夫婦だ、食事も別々というのはさすがに……」

 「離縁の理由は考え方の相違ということにしておきましょう。慰謝料もいりませんわ。ただ私を解放してくだされば、それで良いのです」

 「セレーナ、しかしっ……」

 「では、これにて失礼いたします。お目汚し大変申し訳ございませんでした。おやすみなさいませ」


 後ろで何やら慌てる声が聞こえたが、一切聞こえぬふりをして私はそのまま夫婦の寝室を出た。

 入り口で控えていた侍女や護衛がギョッとしたような表情を向けるが、私はそのまま自分の部屋へと歩みを進める。


 「奥様……オスカー様が何か粗相をいたしましたでしょうか? 申し訳ございません」


 事態を察知した侍女長と思われる中年の女性が私を追いかけ、表情を窺うように頭を下げる。


 「いいえ。良いのです。オスカー様は私のことがお気に召さなかったご様子。これ以上の失礼がないように、私は今日からこちらで休むことにいたします」

 「ですが奥様っ……」


 侍女長は悲痛そうな面持ちを浮かべているが、もう私には関係ない。

 オスカー様に他にお慕いしている女性がいる以上、私たちの仲が深まることなどないのだ。

 その事実を屋敷の者たちが目の当たりにするのは一体いつになるだろうか。


 私はようやく自分の部屋へと辿り着くと、すぐに人払いをする。

 そして着心地の悪かった露出の多い寝間着を脱ぎ捨てて締め付けの少ないワンピースタイプの寝間着に着替えると、寝台に飛び込むように横たわった。


 すると気が緩んだのか、目の奥がツンとして涙が出てくる。

 いくら政略結婚だとはいえ、さすがの私もショックを受けた。

 容姿を否定されるとは思ってもいなかったし、ここまで惨めな思いをするなんて……

 思いの外傷ついた心が悲鳴をあげている。

 オスカー様に心が揺れてしまったあの時の自分を恨みたい。

 結婚などしなければよかった。


 ――お父様やお母様は、なんとおっしゃるかしら。


 父と母は公爵家へ嫁ぐ私のことを誰よりも案じていた。

 何か辛いことがあったらすぐに知らせるようにとも言われている。

 だが嫁いで早々このような事態に見舞われているとは思いもしないはずだ。

 結婚式で涙ぐみながら送り出してくれた両親のことを思うと、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 ましてや私自身の容姿も原因であるとなると、必要以上に両親が責任を感じてしまうのではないかと不安だ。

 色々と考えた末、すぐに両親には知らせないことに決めた。

 半年ほど経った時に、あらためて手紙で伝えることとする。


 ――実家に戻ったならば、出戻り娘でも許してくださるお方の元へ嫁ごう。


 後妻でもなんでも構わない。

 相手の見た目も二の次だ。

 ただせめて私と夫婦になることを前向きに考えてくれる相手の元へ嫁ぎたい。


 そんなことを考えているうちにドッと疲れが出始めたのか、私は知らず知らずのうちに目を閉じて眠りに落ちていたのであった。


お読み頂きありがとうございます!

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