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15/19

惹かれる心

 オスカー様の体調は一週間ほどで良くなり、再び朝食を一緒にとることができるようになった。

 しっかりと休息を取った彼の目の下の隈は薄らぎ、いくらか顔の血色も良くなったようである。

 ようやく日常が戻ってきたと感じるほどには、オスカー様との朝食が私の生活の一部となっていたことに驚く。




「お義父様からお返事がきたのですか?」

「ああ……まさかそこまでの負担になっていたとは思わなかったと」

「それでは、執務は減らしていただけるのですね?」

「ああ。父が毎週こちらの屋敷に通うほか、外部からも人材を受け入れることにしたと手紙には書かれていた」

「それなら良かったですわ」

「不思議だな。もっと早くこうすれば良かった。こんなに簡単なことだったのに……私は一人で抱え込んで……」


 あれからほどなくして、私の書いた手紙への返事がトーランド公爵から届いたのだ。

 公爵は、まさかオスカー様が自分を犠牲にして公爵家のことを気にしていたこと、体調を崩すほど追い込まれていたことなど案の定全く知らなかったらしい。

 根は悪い人ではないのかもしれないが、あまりに鈍感すぎるのではなかろうかと、少し呆れてしまうのだが。

 慌てたような謝罪の手紙が急ぎ届けられ、近々またこちらに伺ってオスカー様と直接お話しされるとのこと。

 公爵に悪気はなかったのであろうが夫人の体調もほとんど戻りつつあるのだから、オスカー様に頼りきりなところは直していただきたい。


「君のおかげだ。ありがとう」

「そのような」


 執務が減ったことで時間に余裕ができたオスカー様は、朝食だけでなく夕食も一緒にとることができるようになり。

 私と彼はこれまでになく共に過ごす時間が増えていた。


「セレーナ、実は近々王家主催の舞踏会があるのだ。君にも私と共に参加してもらいたいのだが……」

「かしこまりました」

「それで、その際に着るドレスなのだが……」

「ああ、それなら……」

「既に私が用意した。それを着てほしい」


 私の発言に被せるような勢いでオスカー様がそう主張してきた。


「お、落ち着いてくださいませ……」

「頼む。お願いだ……」


 オスカー様はたかがドレスごときで縋るような視線を送ってくる。

 ここ最近すっかり彼に毒気を抜かれてしまったかのようになっている私。

 こんなはずではなかったというのに……

 だがオスカー様のエリーゼ様への想いが勘違いであり、彼の私への言葉の数々も本心ではなかったとなれば、一年で離縁する必要もなくなってくるのではないか?

 しかしここまで拗れてしまったオスカー様と夫婦として子を作ることができるのかと言われると、今の私にはできそうにない。

 なんと強情なのだろうかと我ながら思うが、心は思い通りにはなってくれないものだ。


「わかりました。ですが今回だけですわよ」


 するとオスカー様は安心したかのようにくしゃっと笑った。


「ああ、良かった。もう食べ終わっただろう? ドレスを見に行こう」

「え、いや別に舞踏会の日で構いませ……ちょ、オスカー様!?」


 オスカー様はそう言うや否や立ち上がり、私の手を掴んで歩き出した。


「ちょっと! 皆に見られてしまいますわ」

「構わない。皆もようやく私たちが仲違いを終えたと安心するだろう」

「仲違いを終えたからと言って、仲睦まじいわけではありませんけれども……」


 オスカー様は何も答えずに目的の部屋の前まで歩みを進めると、ゆっくりと扉を開いた。


「これは……」

「綺麗だろう? 私の瞳の色で作らせた」


 そこにはオスカー様の瞳の色と同じ、透き通るような青い生地で丁寧に仕立て上げられたドレスがかけられていた。

 細かな刺繍や胸元のレースなどから、かなりの手間と予算をかけて作られたものだとすぐにわかる。


「私、こんなに豪華なドレスいただけませんわ……」

「何を言うんだ。君のために作らせたのに、君が着てくれなければ無駄になってしまう」

「ですが……」

「それから、これも」


 そう言うとオスカー様はつかつかと部屋の奥に置かれた机に向かって歩いていき、何か箱を手に取った。

 そしてそのまま私の目の前まで戻ってくると、静かに箱を開ける。


「君につけてほしいと思って」


 箱の中をよく見ると、ドレスと同じく青色の宝石があしらわれた首飾りに、耳飾りが並んでいる。

 どれもこれもオスカー様の瞳の色だけ。


「……あの……さすがにこれを全て身につけるというのは……」

「何か問題でも?」

「いや、問題というか……」


 ドレスと装飾品を全て身につけるとなると、全身オスカー様のお色だ。

 上から下まで青。

 いくらなんでもそれはさすがにやりすぎではなかろうか。

 どんなに仲睦まじい夫婦でもここまでの装いは見たことがない。


「ドレスは確かに素敵ですし、こちらを着させていただきます。装飾品も素敵ですけれど、それを全て身につけてしまっては……」

「何がダメなんだ? 教えてくれ」


 オスカー様は心底わからない、といった表情で軽く首を傾げている。


「……いくら夫婦とはいえ、さすがに旦那様の色をここまで身につけている方はいないと思うのですが」


 私はできる限り言葉を選び、諭すようにオスカー様にそう訴える。


「ダメなのか……?」

「いや、ダメというかなんというか……」


 ——だめだわ、以前のようにハッキリと言い返すことができない……


 そんな顔でこちらを見つめないでほしい。

 この世の終わりのような表情で俯かれては、まるで私が悪者になったような気になってしまう。


「セレーナ……お願いだ……これを身につけてくれ……」

「……わかりましたわ。ただし、今回だけですわよ」

「ありがとうセレーナ!」


 ああ、なんと自分は意志の弱い人間になってしまったのか。

 あれほどオスカー様に対してしつこいほど怒り狂っていたというのに。

 それが今ではどうした。

 私は彼の悲しげな顔に弱いらしい。


「それから……王太子ご夫妻に会ってはくれないだろうか。お二人とも君にぜひ一度会いたいとおっしゃっているのだが……」

「王太子ご夫妻が……」

「先日話した通り、私のエリーゼ様への恋心は勘違いであったのだ。私があのお方に抱くのは忠誠心だけ。頼む、セレーナ……」

「……わかりましたわ」


 こうして、結局私はオスカー様の頼み事を全て受け入れてしまったのである。




「セレーナ様、本当に本当に、今までで一番と言っていいほどのお美しさですわ」

「大げさねベルは。でも嬉しいわ、ありがとう」


 そして迎えた舞踏会当日。

 私はオスカー様の瞳の色のドレスを着て、オスカー様の瞳の色の装飾品を身に着けた状態で鏡を覗き込む。

 

「……それにしても上から下まで真っ青ね」

「ええ、確かに……それはなんとも……。ですが、それほどオスカー様のお気持ちが強いということなのでは?」

「オスカー様のお気持ち……ね……」


 私は結局あの日の彼の告白に対して返事を返すことができていないのだ。

 話すタイミングを逃してしまった……というのは言い訳で、自分の中で結論がうまくまとまらずにいたためである。


 今の私はオスカー様のことは嫌いではない。

 むしろあの日彼に抱きしめられ、告白をされてからというもの、オスカー様のことを一人の男性として意識し始めるようになってしまった気がする。

 初夜の日以来頑なに蓋をしていた気持ちが解放され始めたような、よくわからない感覚に陥っているのだ。

 彼が笑うと私も嬉しい。


 ——もしかして、私もオスカー様のことを好きなの……?


 だがオスカー様は幼い頃から愛情に飢えている。

 これまで一人で孤独に生きてきたオスカー様に愛の溢れる家庭を築いてもらいたい。

 だが彼が望むほどの愛を今の私は与えて差し上げることができるのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、結局答えの出ないまま時間だけが過ぎてしまっているのだ。



「それにしてもセレーナ様、今日はこの髪型でよろしいのですか……? その、いつもとは全く……」

「ええ、それでいいのよ。思い返せば、私も意固地になりすぎていたなと思って」

「ようやくセレーナ様のお美しい黒髪を皆様に見ていただくことができるのですね」


 ベルは私の黒髪を櫛でときながら微笑んだ。

 そう、私はようやく髪の毛を下ろす決心をしたのだ。

 オスカー様は私の黒髪がお嫌いなわけではなかった。

 それでもすぐに髪型を変えるのは戸惑われたが、ここ最近のオスカー様の態度からもあの発言に嘘はないだろうとわかった。

 正直今日この姿を見て彼がどんな反応をするのか、私は少し怖い。

 やはり思っていたのとは違ったと失望されてしまったらどうしよう。

 私は震える手に力を入れて抑えながら、オスカー様の到着を待った。



「……入るぞ」


 どれくらい待っただろうか。

 控えめなノックの音と共に、扉がゆっくりと開く。

 しかしオスカー様は部屋へと入ってこない。


「オスカー様?」


 疑問に思って扉の方へ声をかけると、ぎこちなく顔を覗かせながら部屋へ入るオスカー様の姿が。


「どうしたのですか? なぜお入りにならないのです」

「いやっ……着飾った君を見るのに緊張してしまって……っ!」


 オスカー様は視界に私の姿を捉えると、息を呑んだように固まった。

 その青い目がこぼれ落ちんばかりに大きく見開かれ、口は半開きになっている。


「おかしくはありませんか?」


 そう尋ねても返事は返ってこない。

 その代わりに聞こえてきたのは、嗚咽である。


「ちょ、オスカー様!?」


 なんと彼は泣いていたのだ。

 その端正なお顔をくしゃりと歪めながら泣く様子に、私は驚きを隠せない。


「ああ、やっと髪を下ろしてくれたんだね。本当にすまなかった、セレーナっ……よく似合っている」

「たったそれだけのことで泣くお方がどこにいるのですか……」

「すまない。君が全身僕の色を身に着けてくれているのも嬉しくて」

「……ですが、あまりに青すぎませんか?」

「いいや、本当に美しいよ。僕の見立ては間違っていなかった」


 オスカー様はいつのまにかベルから受け取ったハンカチで涙を拭き取ると、にっこりと笑いかけてきた。

 その眩いほどの笑顔に胸が苦しくなる。


 ——ああ、やはり私も彼に惹かれている。


「ありがとうございます……」

「さあ、早く馬車に乗って王城へ向かおう。私はもう待ちきれない。王太子ご夫妻もきっと君のことを待っている」


 私はオスカー様に差し出された手を取ると、王城へと向かうための馬車へと足を進めたのであった。

 

お読みいただきありがとうございます。

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