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トーランド公爵夫妻

「今戻った……と、これは一体……?」


 その日の夜遅くに帰宅されたオスカー様は、玄関を入るなり飾られた花たちに目をとられた様子。

 唖然としてその場に立ちすくんだ。


「おかえりなさいませ。公爵ご夫妻がいらっしゃるというのに、なんだか玄関が寒々としているのが気になりましたの。きちんとアンナの許可は取っておりますわ」

「き、君は……まだ起きていたのか?先に寝ていてかまわないというのに……」

「あなたへの個人的な感情は別として、オスカー様はトーランド公爵家のためにお仕事をなさっているというのに、今考えてみれば一度もお出迎えをしていない私が間違っておりました。申し訳ございません。これからは出来る限り、お見送りとお出迎えはさせていただきたいのです」


 オスカー様はその大きな目をこぼれ落ちそうなほどに見開くと、しばらくそのまま固まった。


「……あのう、オスカー様?」

「……」


 顔を覗き込みながら呼びかけるが反応はない。


「オスカー様!」


 今度は耳元で大きな声で呼んでみる。

 するとビクッと驚いたかのように体を震わせ、ようやく意識が戻ってきたらしい。


「あ、あ、ああ……」

「なんてお顔をされているのですか。それになぜそんなに掠れたお声なのです」

「いや、あまりに色々と驚いて情報の整理が……」

「情報の整理?」


 オスカー様の言っている意味がわからず、私は怪訝な顔を向ける。


「君は……このトーランドの家のことが嫌いであると思っていた」

「確かに初夜で失礼な対応は受けましたが、それはあなたに限ったこと。トーランド公爵家の皆様は親切です。このお屋敷でお世話になる以上は、皆様のために働こうと決めましたので」

「……礼を言う。ありがとうセレーナ」

「えっ……」


 素直に感謝の気持ちを伝えられた私は予想外のオスカー様の反応に驚き、つい彼の顔を見つめてしまった。


「っ……」


 オスカー様の顔は真っ赤になっていた。

 私と目が合うと慌てたように視線を逸らし、口元に手を当てる。


「……どうかなさいましたか?」

「な、なんでもない! 私は着替えて夜食をとってくるから、君はもう寝て構わないからな」

「かしこまりました。おやすみなさいませ」

「あ、ああ。おやすみ」


 捲し立てるようにそう告げるとオスカー様は私の顔を見ずに早足で通り過ぎ、自室へと向かっていってしまった。


「……なんだか本当に残念なお方ね」


 アンナが話していたことの意味が少しわかったような気がする。

 食事を共にし始めた頃から、もしかすると根は悪い人ではないのかもしれないというのは薄々わかっていた。

 だがなんせ言葉が足りないし、何を考えているのか本心が全く読めない。

 たまに発する言葉もどこか選択を間違えたようなものになっており、そのせいであらぬ誤解を生みそうだ。

 それでも以前よりは言葉選びに注意しているように見えるのだが。


 あの舞踏会の夜以来の彼の態度で、思っていたよりもオスカー様は私のことを嫌っていないのかもしれない、と思い始めている私。

 あれほど嫌っているかのように思えた黒髪も、今ではほとんど気にしていなそうに見える。

 一体彼に何が起きたのだろうか。


(それでも、オスカー様がエリーゼ様をお慕いしているという事実は変わらないのだわ)


 その事実がある以上は、私にトーランド公爵家に残るという選択肢はない。

 早くもトーランド公爵令息夫人となって三カ月が経とうとしていた。

 来年の今頃は既に私の姿はこの屋敷にないだろう。

 トーランド公爵家にも新しい公爵令息夫人が迎え入れられているかもしれない。

 その頃私はどのような人生を歩んでいるのだろうか。




「ごめんなさいね、突然こちらに戻ってきて。色々と支度が大変だったと聞いたわ。私たちは適当にやっているから、気にせずに過ごしてちょうだい」


 翌日の午後。

 オスカー様がお話ししていた通り、トーランド公爵夫妻が屋敷に戻ってきた。

 夫人は顔色も良くすこぶる健康そうだが、かつての病弱であった時期が影響してか、公爵は夫人の世話を甲斐甲斐しく焼いている様子。


「いいえ、こちらのほうこそお顔を出すこともせずにご無沙汰してしまい、申し訳ございません。せっかくいらしたのですから、ごゆっくりしていってくださいませ」

「いやぁ、本当にありがとう。我が家に嫁いでもらっただけでも感謝だというのに」


 最初は身構えていたものの、トーランド公爵夫妻は親切でいい方達に見える。

 結婚三十年ほどはたっているはずだが、未だに二人の仲は良好だ。

 ……というよりもむしろ良好すぎるほどで、時折目の毒なのだが。

 これがあのオスカー様のご両親かと思うとなんだか不思議な気もするが、やはりアンナが話していた幼少期の体験が関係しているのだろうか。


「玄関にお花が飾ってあるのを見て、昔を思い出したわ。一気に屋敷が明るくなるわね」

「そちらは若奥様のご配慮でございます」

「まあ、そうなの。ありがとうね」


 早速私の手がけたお花に気づいてくださり、行動に移した甲斐があったと嬉しくなる。


「それにしても、オスカーはいないのかしら?」

「オスカー様でしたら、今は王太子様からの招集で王城に行っております。夕刻までには戻られるはずですので、夕食はご一緒に召し上がることができるかと」


 するとトーランド公爵夫人は心配そうな表情を浮かべた。

 輝くような透き通る白銀の髪に真っ白な肌。

 今にも消えてしまいそうなほどの儚い女性。

 まさにオスカー様が話していた女性像そのものである。

 そんなこと考えながらぼうっと公爵夫人の姿を眺めていた私は、公爵夫人の言葉でハッと我にかえる。


「あの子は休む暇があるのかしら? あなたがオスカーに執務を任せきりにしているのではなくて?」


 夫人が睨むように目をやると、公爵はとんでもないとばかりに慌てて首を振る。


「私は私でやるべき執務をこなしているとも。そろそろあいつが次期公爵の座に就くだろう? その前にきちんと手筈を整えておかなければ。私とて公爵令息の時は父に厳しくしごかれたものだ」

「それはそうですけれど……私はあの子が体を壊さないかが心配です」

「私は、君がまた倒れてしまうのが怖いのだ。あの時私は執務にかまけて君のことをアンナたち使用人に任せきりにしてしまっていた……その汚名を返上させてくれ」


 トーランド公爵はそう言うと夫人の手を取った。

 どことなくオスカー様の面影を感じる公爵は、長身で年齢を感じさせない見た目だ。

 


 ——なるほど。それで公爵は恐ろしいほどに夫人の世話を焼いているというわけか。

 

「本当にごめんなさいね、セレーナちゃん」


 ……ん? セレーナ、ちゃん?


「い、いえ……奥様のせいではありませんので」

「いやあね、セレーナちゃんも奥様でしょう? お義母さまと呼んでほしいの。オスカーの下に娘が一人いるけれど、お嫁に行ってしまったから……。新しい娘ができて嬉しいわ」


 そう言ってにっこり微笑む公爵夫人……お義母様の表情に嘘は見られない。

 恐らく心からの本心でそう言ってくださっているのだろう。

 ここで断るほど、私は空気の読めない女ではない。


「……それではお言葉に甘えて……お義母様」

「改めて、これからよろしくね」

「は、はい……」


 お義母様は嬉しそうに笑った。

 不覚にもその表情にときめきそうになる。

 オスカー様の理想が高くなる原因はこれか……と少し彼のことがかわいそうになった。


「オスカーが何か迷惑をかけたりはしていないかい? あいつはあの年まで全く女っ気もなくきてしまったものだから……きっと女心がわかっとらんだろう」

「い、いえ……そのようなことは……」


 おたくの息子さんは、早速初夜でやらかしましたとは口が裂けても言えず。


「親の欲目かもしれんが、本来根は優しくいい子なのだ。だがなんせ言葉選びが悪く、空気が読めないというか……どこか考えが凝り固まったところがあってな。あの子に寄り添うことができなかった私たちの責任だ。母親の愛が必要な時にあの子を一人にさせてしまったことも、未だに後悔している。できれば再びあの子との距離を縮めたいのだが……」


 公爵は苦しげな表情を浮かべた。


「あの子はどこか私たちに距離を置いているようなの……。一人で殻に閉じこもるあの子のことが心配で、せめて愛する家族を持ってほしいと結婚を勧めていたのだけれど……頑なに拒否をされてばっかりで。でもさすがにもう年齢が年齢でしょう? 今回ばかりは強引に結婚を取り決めてしまったの。あなたには突然のお話で、驚かせてしまったかもしれないわ」


 きっと公爵夫妻は夫妻なりにオスカー様のことを思っているのかもしれない。

 ただその方法がオスカー様にとって最善であったのかはわからないが。

 何にせよ親子がすれ違ってしまっているのは悲しいことだ。


「いいえ。こちらこそ、不束者ですので……」

「とんでもない! 初めてあなたの姿絵を目にした時に、なんて美しい子かしらと思ったわ。おまけに必要な教育は既に終えているというし、完璧な淑女であるともね」


 オスカー様が目を通していなかった姿絵を、義両親が目にしているとはなんとも複雑な気持ちになる。


「あの、つかぬことをお聞きしますが……オスカー様にはこれまで恋人らしき女性は一人もいらっしゃらなかったのでしょうか?」

「オスカーに? まさか。あれじゃあ女性の方からお断りだわね」

「その……王太子妃のエリーゼ様と幼馴染であったとお聞きしたのですが」


 するとお義母様はああ、と一瞬目を丸くしてあっけらかんとこう答えた。


「エリーゼ様とオスカーは、ただの幼馴染であってそれ以上の関係ではないわよ。幼馴染といっても、むしろエリーゼ様はオスカーのことを弟として見てくださっているから」

「そうなのですね……」

「オスカーが何か言ったのかしら? でもあなたが心配するようなことは、本当に何もないから安心して」


 お義母様はそう言うと、私の目をまっすぐ見つめて頷かれた。

 その言葉に嘘はないようなのだが……


 オスカー様の発言をお伝えできるような雰囲気ではなくなり。

 私は再び不完全燃焼のまま会話を終わらせたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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