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意外な一面

 それからというもの、私はオスカー様と毎日朝食を共にするようになった。

 昼食や夕食は互いの生活リズムの違いもあるので、偶然時間があったときのみ一緒に食べることになっている。

 オスカー様は執務に追われているようで、昼食は食べない日も多いのだとか。

 夜も遅くに帰宅することがほとんどで、夕食は簡単なもので済ませているらしい。

 

(初夜の日におっしゃっていた、仕事が忙しくてなかなか会いに来れなかったというお話も、あながち間違っていないのかもしれない……)


 ……それでも一度も会いに来ないというのはさすがにありえないが。


 現にオスカー様の目の下には隈もできており、顔色が優れない日も多い。

 なんでも現公爵夫妻が定期的に本邸を空けるため、その間はオスカー様が代わりに執務を行わなければならないらしく。

 未だ公爵令息という立場ではあるものの、実質公爵と同じ仕事をこなしているようだ。

 数年以内にオスカー様がトーランド公爵の座に就くという噂も耳にしたことがあるが、それも本当なのだろうか。

 公爵令息であるオスカー様に執務を任せきりの公爵に対しては、私も少し納得がいかない。

 彼があそこまで歪んでしまった原因は少なくとも両親である公爵夫妻にあるはず。

 いじめの問題も本来ならば公爵が毅然とした対応をとるべきところだ。

 だがきっとアンナの話から考えると、公爵は恐らくいじめがあった事実すらも把握していないのかもしれない。

 その点に関してはオスカー様はなんともおかわいそうな方だと思う。



 最初は沈黙が続いて窮屈であった食事の時間もいつしか慣れて、オスカー様と他愛のない話をすることもできるようになってきた。

 話す時間が増えれば、これまで知らなかった互いのこともよくわかるようになってくる。


 例えば食べ物の好き嫌いについて。

 オスカー様は野菜が苦手なのだとか。


 「形が残っているものはどうしても苦手だ……ポタージュのように食べやすくなっているといいのだが。この歳になっていつまでもそんなことは言っていられないからな……頑張って口にはいれるようにしている」


 そう言って苦い顔をしながらサラダを口に運んでいるオスカー様は、まるで子どものようだ。

 そんな彼を少し可愛いと思ってしまっている自分もいる。



 それから、ご趣味の話などもしてくださるようになった。


 「乗馬が好きなんだ。一人でよく遠乗りに行っている」


 オスカー様がそう教えてくださった時、私は正直驚いた。

 騎士団長サマン様のようなお方ならば、乗馬が趣味と言われても納得するだろう。

 だがオスカー様はどちらかというとその見た目から、お部屋の中で読書などを好まれるタイプだと勝手に思い込んでいたのだ。


 「一人で馬に乗っていると、時間があっという間に過ぎていく。嫌なことも忘れられるんだ」


 そう話すオスカー様の表情は、どこか翳りが含まれていた気がする。

 アンナが話していた幼少期の経験と関係しているのだろうか。

 きっとオスカー様には、心を許して何でも話すことのできる相手はいないのかもしれない。


 「今度共に遠乗りに出かけるか?」

 「……どなたとですか?」

 「……私が今話しているのは君しかいないだろう」


 オスカー様と遠乗りなど、するわけがない。

 それはまるで仲睦まじい夫婦のやることではないか。


 「……機会がありましたら」

 「……そうか」


 私が遠回しに断ったと感じたのか、オスカー様は目に見えて落ち込んだ様子。

 その姿に一瞬罪悪感を覚えたが、彼は急に何かを思い出したかのように顔を上げた。


 「そうだ。実は急に決まったことなのだが、三日後の午後に父と母がこちらの屋敷に戻ってくるんだ。一週間ほど滞在するらしい。申し訳ないが、君にも対応をお願いすることになるだろう」

 「トーランド公爵夫妻が……お任せくださいませ。お二人の間では白い結婚の件も伏せておきますので」

 「セレーナ、その件なのだが……」


 するとそのとき執事がオスカー様の耳元で何かを囁いた。

 彼の眉間に皺がよる。


 「くそっ、よりによってなぜ今なんだ……すまない。急遽王太子殿下の呼び出しで城へ行くことになった。私は先に失礼するよ」

 「お気をつけていってらっしゃいませ」



 「以前よりもお二人の間の空気が良い方向に変わったようで、私は嬉しいですわ」

 「……ええ? そうかしら? お話をする時間が増えただけよ」


 部屋へ戻るとベルに身支度を手伝ってもらい着替えを済ませる。


 「今日も髪型は……いつものでよろしいのですか?」

 「ええ。まとめてしまってかまわないわ」


 身支度を済ませて鏡の前に立つと、いかにも気の強そうな顔がそこにはあった。

 ツンと上がった眉に、勝ち気な唇。

 髪を上に纏めているせいで表情全体もキツく見えてしまう。

 目は大きい方なのだが、それがかえって威圧を与えてしまっているのかもしれない。

 

 「これでは儚い女性とは程遠いわね……」

 「何かおっしゃいましたか?」

 「いいえ、なんでもないわ。それよりも、トーランド公爵夫妻がいらっしゃるのよね? 私は何か準備をお手伝いした方がいいのかしら?」


 夫妻と会うのは結婚式以来だ。

 一応まだトーランド公爵令息夫人である私にとっては、義父母である。

 オスカー様の顔を立てるためにも失礼のないように立ち回りたい。


 「滞在中のお部屋の支度などは全て私共でおこないますし、セレーナ様には公爵ご夫妻のお相手をしていただくことになるかと」

 「それは、話し相手ということで良いのかしら?」

 「左様でございます。オスカー様はお仕事がお忙しく、お食事の時間も不規則です。公爵ご夫妻とのお食事にも毎回ご参加できるかがわかりません。その場合はセレーナ様お一人となってしまわれるのですが……」

 「なんだか責任重大で気が重いけれど、やるしかないのよね……」


 トーランド公爵令息夫人として恥ずかしくない対応を取らなければならない。


 「屋敷の準備が整ったら、私も直接自分の目で確認したいの。教えてもらえるかしら?」

 「かしこまりました」



 次の日の夕方になって、ベルから屋敷の支度が整った旨の知らせを受けた。

 私は早速屋敷の玄関から廊下、食堂や公爵夫妻が宿泊されるはずの寝室に至るまでを確認する。


 嫁いだときからずっと気になっていたことなのだが、全体的に屋敷の雰囲気がどんよりと暗いのだ。

 カーテンなどの色使い故なのだろうか。


 「ねえアンナ。玄関を入ってすぐのところに、お花を生けたいのだけれど。屋敷のお庭に咲いているお花をいくつか切り取ってもいいかしら?」

 「お花……でございますか。ええ、もちろんそれは全く問題ございません」

 「この家はなんだか薄暗い雰囲気が漂っているのよね。玄関を入ってすぐに何か目を引くものが欲しいの」

 「確かに……マリー様が体調を崩されるまではよくお花を生けておられたのですが、このお屋敷を空けることが多くなられてからはすっかり……私もそこまでは気が回っておりませんでした」


 私はアンナの許可を得て庭へ出向くと、色鮮やかに咲き乱れていた花々の中でもとりわけ明るい色合いのものを、いくつか切り取る。

 そしてそれを花瓶に生けると、屋敷の玄関に飾った。


 「これだけでだいぶお屋敷の印象が変わりますね、奥様」

 「そうね。想像以上で嬉しいわ。でもあともう一つお願いがあるのだけれど……」

 「なんでございましょう?」

 「日中お部屋のカーテンのレースを閉め切っていることが多いでしょう? せっかくお天気の良い日に光を遮ってしまっては、もったいないと思うの」


 アンナは目を瞬かせ、一瞬驚いたような表情を浮かべた。


 「確かに……そちらもマリー様が以前頭痛を訴えられていたため、閉め切るよう習慣づいてしまっておりました」

 「公爵夫人は、今はもうお元気なのですよね?」

 「はい。普通のお方に比べて少しお身体が弱いときがありますが、以前のようにお倒れになられることはありません」

 「それならば、凝り固まった習慣を変えて行く必要があると思うわ」


 この屋敷の時間はオスカー様の幼い頃で止まってしまっているような気がする。

 なぜだかわからないが、彼のためにも止まったままの時を動かす必要があると私は感じていたのだ。

お読みいただきありがとうございます!

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