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懺悔 2【オスカーサイド】

オスカーサイド後編です。

次回からセレーナサイドに戻ります。

「珍しいな、こんな時間に、お前から俺のところに来るなんて。ここ最近はかなり忙しそうにしていただろ?」

「悪いな……夜分に」


 私は目の前に座っている友人の姿をまじまじと見た。

 サマン・シードは私の数少ない友人の一人で、この若さにして騎士団長を務める凄腕の男だ。

 セレーナによく似た黒髪に、意志の強そうな瞳。

 シャツからボタンが弾き飛ぶのではと思うほどに鍛え上げられた肉体。


——ああ、見事に私とは似ても似つかない。だが彼女はこいつのような男が好みであると言っていた……


「……どうした。ますます陰気になっていないか?」

「それは心配しているのか、悪口なのか、どっちだ」

「もちろん心配しているんだ。お前とは十年近い付き合いだろ」


 サマンと知り合ったきっかけは、十代の頃に通っていた学院の同級生であったことだ。

 当時の私は今以上に内気で陰気なやつであった。

 いじめを受けていたことで友人の作り方や同年代の若者たちとの関わり方がわからず、いつも一人で過ごしていたのだが。

 一人で過ごす昼休みは思いの外長く、苦痛であった。

 当時エリーゼ様と王太子殿下をお守りするために剣術の腕を磨きたかった私は、その時間に中庭で一人鍛錬をおこなうことにしたのだ。

 そんなときに声をかけてきたのがサマンである。



「おい、そこでそんなに力を入れてはだめだ。剣を下ろすときは勢い良く、肩の力を一気に解くように下ろせ」


 その日もいつも通り一人で鍛錬に励んでいた私は、唐突に後ろからかけられた声に警戒心を強めた。

 なんとも怪訝そうな顔で振り向いたのだろう。

 サマンは気まずそうな表情を浮かべながらもこう告げた。


「……なんて顔だ。お前、毎日剣術の練習をしているよな? 剣術に興味があるのか?」


 それからサマンは自分の身の上を話し出した。

 代々騎士団長を務める家系であること。

 現騎士団長である父が大怪我を負ったため、早く自分が補佐できるように剣術に励んでいること。

 そして将来は騎士となり、ゆくゆくは父の跡を継いで騎士団長の座に就くのが夢だということを。


 気付けば私も彼に身の上話をしていた。

 母が長らく病に倒れていたこと、いじめのこと、そしていじめから救ってくださったエリーゼ様と王太子殿下をお守りするために剣術の腕を磨きたいのだということを。


「それならば、共に剣術に励もう」


 一通り私の話に耳を傾けたサマンは、そう言ってニカッと笑っていた。

 それからは私の剣術の練習相手として、サマンも鍛錬に加わるようになっていた。

 だがその時点ですでに私の力ではサマンの実力には到底及ぶはずもないほどであったのだが。


 そんな経緯から、いつしか私たちは剣術以外の場面でも共に過ごすことが増えたのだ。

 彼は私の抱えている闇を知っている数少ない人間である。




「で? 一体どうしたんだ。そういえばお前結婚したんだっけか? 新婚のくせにそんな辛気臭い顔するなよ」

「……新婚であって、新婚でないのだ……」


 意味がわからないといった表情を浮かべたサマンに、私は初夜の出来事から恋心を自覚するまでを話した。

 段々と彼の眉間に皺が刻まれていき、その皺はどんどん深くなる。



「……お前、馬鹿なのか?」


 全てを聞き終えたサマンの口から飛び出した第一声はこれだ。


「その通りだ……なんとでも言ってくれ。もはや何を言われようと反論する気もない」

「まさかここまで拗らせた男だとは思ってもいなかった。夫人がお気の毒に」

「自分でもそう思っている」

「そんな王子様みたいな見た目で、中身がポンコツだとは誰も思わんわな」


 そうだった。

 こいつはかなり口が悪いのだ。

 だがその裏には優しさがあることを知っているので、好き放題言われてもそこまで嫌な感じはしないのだから不思議なものだ。


「お前の王太子妃殿下へのお気持ちが忠誠心からくるものであることくらい、皆知っていたはずだぞ? まさかお前が未だにそれが恋であると信じていたとは思いもしなかった」


 サマンは呆れたような、困ったような顔をして両手を軽く上げた。


「わからなかったんだ……誰かを好きになったことなどなかったから……」

「セレーナ様はお美しい方であるし、自分の意思をしっかりとお持ちだからな。お前が好きになるのもわかるよ」

「まさかお前も彼女のことが……?」


 こいつが相手ならばもはや既に勝敗は決まっているようなもの。

 青ざめたような顔でサマンを見る私に、彼は若干引いた様子で否定した。


「馬鹿、なんでそうなるんだよ。それになんて顔してるんだ。以前お話ししたときにそう思っただけだ」

「彼女はお前の見た目が好みだと、そう言っていた……」

「俺の? それはそれは光栄だ」


 そう言ってニカっと笑うサマンの姿は相変わらず男らしく、思わず私は俯いてしまう。


「そんなに好きなのか、セレーナ様のこと。まだ大して話したこともないんだろう?」

「……ああ、好きだ。私も彼女に好かれたい。彼女にいなくなってほしくない」

「なんというか……重いな。この年で童貞の初恋ほど重くて厄介なものはない」

「……わかっている。もはや取り返しのつかないほど彼女との距離は開いてしまっているというのに、私の気持ちは強くなるばかりだ。どうしたらいい……」


 しばらくサマンは黙っていた。

 だがやがてため息をつくと、腕を組みながらこう切り出す。


「とりあえず、落ち着け。お前は勢いのままに動くとろくなことがない。いいか、彼女に何か話しかけるときは一息おいてからにしろ。感情のままに喋るな」

「……セレーナは口が立つ。そのように悠長にしていられるだろうか……」

「下手に喋りまくって墓穴を掘るよりマシだろう」

 

 それから、とサマンは続けた。


「少しでも彼女とたわいもない話をする時間を増やせ。互いのことを何も知らないでは、どうしようもないだろう」

「ああ、それならばこれから朝食を共にとるよう舞踏会の後声をかけたところだ」


 ……本当は半ば無理矢理取り付けたような約束なのだが。


「ならばそこで少しでも距離を縮めるしかない。あとは、今までの発言は撤回して謝罪しろ。今後も何か間違えた発言をしたら、すぐに謝れ。後回しにするな」

「わかった。気をつける」

「なあオスカー」

「なんだ」

「俺はお前のそんな顔初めて見たよ。いつも生気の抜けたような顔してたもんな」


 言われてみればそうだろうか。

 滅多なことでは揺れ動くことのなかった感情が、セレーナに恋をしてからというもの激しく揺さぶられ続けている。


「頑張れよ」

「ああ……ありがとう」

「俺もぼちぼち婚約者殿を探さなければいけないのだが」

「お前なら、俺と違って引く手数多だろう」

「俺は剣が恋人だからなぁ。こんな剣術バカだと知ったら、皆逃げ出していくかもしれん」


 そんなたわいもない話をしながら、私はサマンの屋敷を後にした。



 そうして迎えたセレーナとの初めての朝食。

 結論から行くと、何とも気まずい時間となってしまった。

 セレーナは突然の私の変化に終始戸惑いを隠せない様子。

 サマンに忠告されたように、慌てて言葉を繋ぐことのないよう心を落ち着かせる。

 だが彼女は相変わらず、どうせ離縁するのだから自分に金をかけるのは勿体ないの一点張り。

 黒髪もまとめたままである。

 自分の言葉が彼女をここまで追い詰めてしまったのだと自責の念にかられた。

 その後にかけるうまい言葉は見つからず、口を閉じるしかなかった。


 このままいけば彼女と過ごすことのできる時間は残り数ヶ月。

 刻一刻とその時は迫っている。

 

 ああ……セレーナ、あの晩をやり直すことができたなら。

 そんな叶うはずのない願いと後悔が胸に渦巻く中で、私は今日も一人で寝るには広すぎる寝台で眠りにつくのだ。

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