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波乱の初夜

お読みいただきありがとうございます。


こちらの作品ですが、ムーンライトノベルズ様の方に掲載しておりますR-18版の書籍化が決定しております。


既に向こうでは完結しておりますが、こちらではRシーンを除いたものを完結まで掲載していきます。


色々と問題ありのヒーローですが、最後まで見守っていただけると嬉しいです。

 「すまない、私は君のことを好きにはなれないかもしれない」


 そう言って私の顔をまじまじと見つめながら深刻そうな顔で話しているのは、オスカー・トーランド公爵令息だ。

 今日から私の旦那様となったお方。

 青く透き通る海のような瞳に、輝くような金髪は後ろで丁寧に括られている。

 まるで彫刻のように美しい男性だ。

 そんな彼にこのような複雑な表情をさせてしまっているのが私、セレーナ・アストリアである。

 私はアストリア侯爵家の長女で、つい先ほどオスカー様との式を終えて初夜を迎えようとしていた。

 ……はずなのだが。

 部屋に入ってくるなり夫となったオスカー様からぶつけられた言葉に私は瞬きする。


 「……あの、それはどういう意味で……?」

 「えっ……い、いや、元々今回の結婚は政略的なもので仕方がないと理解はしていたのだが……」

 「だが?」


 私たちの間に苦しいほどの沈黙が走る。

 そしたらオスカー様はしどろもどろになりながらこう告げた。

 「いや、その……君の見た目が……だな」


 絶世の美女ではないことくらいわかっているが、まさかその容貌が原因で結婚生活がうまくいかなくなるほど私の見た目は醜いものであったとは、予想もしていなかった。


 「ご結婚の前に、私の姿絵をご覧にはなっていないのですか?」

 「どうせ結婚するしかないのだと思っていたから、目を通す必要はないと思っていたんだ……」

 「はあ……」


 それはあまりに勝手ではないだろうか。

 そして本人にありのままを伝える無神経さにも腹が立ってくる。


 「私のどこがお気に召さないのでしょうか」


 激しいショックとともに心の中でははらわたが煮え繰り返りそうになっていたが必死に抑えつつ、私は努めて冷静にそう尋ねた。


 「いやっ……その髪の色が……」

 「黒髪はお嫌いですか」


 私の髪はオスカー様とは対照的な黒髪である。

 アストリア侯爵家では稀に私のような黒髪を持つ人間が誕生するのだとか。

 父や母、そして兄はダークブラウンの髪色なので私だけ異様に見えるだろう。

 だが先祖を辿れば私のような髪色の者は複数存在しており、一番身近なところでは父方の祖父が黒髪を持っていたらしい。


 「嫌いだなんて、そんな酷いことを言うつもりはないよ」

 「似たようなことを先ほどおっしゃったではありませんか」

 「いや……確かに私は透き通るような髪色の女性に惹かれるが…… 」

 「そうですか……」

 「身の周りに黒髪の女性もいなかったものだから……」


 それを私に言って一体どうするつもりなのだろうか。

 目の前にいる女は、決して透き通ることのない黒髪なのだ。

 

 「それから? あとはどこがお気に召しませんか?」


 もうどうにでもなれと投げやりな気持ちで再びオスカー様に問うと、一瞬彼は気まずそうな顔を浮かべてからこう告げた。


 「……気に入らないとかそういうつもりではないのだが……私の周りには儚げな女性が多かったものだから……」

 「つまりは何がおっしゃりたいのですか?」

 「いや……君はその……」

 「消えてなくなるような儚げな女ではないと?」

 「……まあ端的に言えばそういうことになる」


 端的におっしゃらなくてもそうとしか聞こえませんけどね。

 確かに私の眉はどちらかというとつり気味で、はっきりとした顔立ちのせいか怒っていると勘違いされることもある。

 つまり、私は気が強そうで女性らしさが足りないと言っているのだろうか。


 「オスカー様には、どなたかお慕いしている女性がいらっしゃるのですか?」


 ここまで具体的な話が出てくるのであれば、恐らく彼には思い人がいるのだろう。

 別にそれは構わないが、こちらを巻き込むなと言ってやりたい。

 私とて、自ら希望してオスカー様の元へ嫁いだわけではないのだ。


 「慕っている……というのかはわからないが……いることにはいる。だが叶うはずのない想いだ」

 「失礼ですがどちらのご令嬢で?」

 「……エリーゼ王太子妃殿下だ」


 なんと。

 エリーゼ王太子妃殿下……元ミュート公爵令嬢のご実家は、オスカー様のトーランド公爵家と並ぶ名門貴族だ。

 先ほど彼が話していたように、透き通るような白銀の髪に真っ白な肌で、儚げな雰囲気を纏う女性である。

 何度か舞踏会でお見かけしたことがあるので、間違いないだろう。


 「あの、大変失礼ながら……それはさすがに身の程知らずの想いでは……?」


 相手は王太子妃。

 この国で二番目に権力を持つ男性の妻なのだ。

 王太子を相手に敵う貴族男性などどこにもいない。


 「うるさい、そのようなことわかっている。さっきも言っただろう。だから私は彼女を遠くから見つめ、その幸せを願うだけで満足なのだ」

 「……それは健気なことで何よりですわね」

 「だが周りはそれでは納得しない。トーランド公爵の跡取りは俺だけだ。俺が世継ぎを残さなければ、トーランド公爵家が絶えてしまう……」

 「それで苦渋の決断で結婚をお決めになったら、全く好みじゃない女が相手で困っているというわけですか」


 この時には既にオスカー様に苛々としすぎたせいか、もはや何もかもどうでもいいと思い始めていた。

 むしろ結婚を取りやめて離縁したい。

 妻の容姿が気に入らないと言い、他の女性を想い続ける男と結婚したい女性がどこにいるだろうか。

 もちろん貴族の中で恋愛沙汰は日常茶飯事。

 愛人を囲うことなど当たり前の世界であり、私とてオスカー様が他所で愛人を作ろうと反対することはない。

 だがそれは私という正妻を立てることが前提である。

 あくまで優先すべきは妻である私、愛人は時折心の寂しさを埋める程度の存在であれば良いのだ。

 

 しかしオスカー様はエリーゼ様に恋心を抱いている。

 加えて、妻である私の見た目は気に入らぬご様子。

 たとえオスカー様のお気持ちが叶うことのない願いでも、死ぬまでエリーゼ様と比べられながら生きていく生活は耐えられない。

 私にだって、プライドはあるのだ。


 「それで? あなた様はどうなさりたいのですか」

 「私とて、エリーゼ様とどうこうなりたいと思ったことは一度とないのだ。身の程知らずであることも重々承知しているからな。それに、トーランド公爵家が根絶やしになってしまうのも困る。だから致し方ないが、君とは今日初夜を……」

 「構いません」

 「えっ?」

 「私のことがお嫌なら、無理に初夜をしてくださらなくても結構です」

 「いや、でもしかしこの結婚は家同士の約束でそういうわけには……」


 どういうわけか途端にオスカー様の表情に先ほどとは別の戸惑いが生まれた。

 だがそんなこと私にはどうだっていいのだ。


 「白い結婚が一年続けば、国から離縁を認めてもらうことができます。せめてそれまで辛抱してくださいませ」

 「いや、だがしかしっ……」

 「それに」

 「……それに?」


 肝心なところで口を閉ざした私に、オスカー様はその先を促す。

 言おうか言わまいか迷ったが、彼もかなりのひどい事実を私に突き受けた。

 やり返して差し上げても何も問題はないだろう。


 「私もあなたのようなお方は好きではないので」

 「そうか。……って、はあ!?」


 オスカー様は魚のように口をパクパクと動かして声も出ない様子だ。

 先ほどの勢いはどこへ行ったのやら。


 「私、あなたのような金髪碧眼の男性は苦手なのです。それに、細身のお方も」

 「な、ななな何だって!?」

 「私は男らしい方が好きなのですわ。そうですね、騎士団長のサマン様のような。あなたのような女性らしく美しい男性はお断りです」


 サマン様はこの国の騎士団長で、侯爵令嬢であった頃に一度だけお話ししたことがあった。

 私と同じ黒髪に燃えるような赤い瞳が印象的で、騎士団長というだけあって全身を覆う筋肉が美しい。

 そして何より女性に対して浮いた話など一つもない誠実さも大層魅力的だと、令嬢たちの中では人気の男性なのだ。


 「な、なぜそこでサマンの名が!?」


 サマン様のお名前を口に出した途端、再びなぜかオスカー様が狼狽える。


 「別に。例えで名前をお借りしただけですわ」

 「そ、そうなのか……」

 「良いですか? 私とて、好きでこの公爵家に嫁いできたわけでありませんわ。あなたのご両親に頭を下げられたから、うちの父と母も仕方なくお受けしたのです。そのことをお忘れでしたの?」

 「いや……」


 トーランド公爵家は数代前にかつての王女が降嫁したことが始まりの名門貴族である。

 一族からは多くの有力者を輩出しており、歴代の宰相などもトーランド出身の者が多いのだ。

 そんなトーランド公爵家ではあるが、王家は一貴族が力を蓄えることを嫌うものである。

 トーランド公爵家ほどの家柄ならば、隣国の姫君などを妻に迎えることも可能であった。

 だが、これ以上公爵家が力を強めることを国王は良しとしないだろう。

 出過ぎた杭は打たれるのが定め。

 となると、オスカーの妻となる女性はトーランド公爵家よりも格下でなければならない。

 だが公爵家の妻ともなれば、必要最低限の教養どころかかなり高度な知識が求められる。

 社交で果たす役割も多いだろう。

 となると、男爵や子爵程度の令嬢ではだめなのだ。


 そこで白羽の矢が立ったのが我が実家、アストリア侯爵家である。

 当時侯爵家でオスカー様と釣り合いの取れる年頃の令嬢は少なく。

 またその中でも公爵夫人に必要なレベルまでの教育を終えた令嬢は、私しかいなかった。

 こうしてトーランド公爵夫妻から、切実な思いがしたためられた手紙が届けられたのである。


 当時オスカー様は二十五歳で、独身かつ婚約者のいない貴族男性の中では比較的高齢の部類に属していた。

 かたや私は彼より五歳年下の二十歳。

 こちらも独身貴族令嬢の中では行き遅れの部類に入るだろう。

 結婚にさほど興味を持てなかったため積極的に舞踏会に参加することもしていなかった私は、婚活市場から完全に出遅れたのだ。

お読みいただきありがとうございます。

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