6
ありがとう、透と一緒に居てくれて――きっと、あの子がこんなにも成長できたのは、他でもないあなた達のお陰なの。
夢の中で、僕は拓也に会った。いつものメンバーで、僕たちは夜の東京タワーに居る。……そんなはずはない。僕はこれが夢であると気付いた。
夢であると気付くと、人間は思い通りのことが夢の中でできてしまう。自分のやりたいことをできてしまう。僕が取った行動はたった一つだった。
「拓也」
拓也の名前を呼んだ。拓也は、何?と返してくる。
「これで良いかい?」
視界が段々と眩しくなる。それでも確かに、僕は拓也の声で聞いた。
「うん、ありがとう――」
雀が鳴いている。マンションのどこかで鳴いているのだろう。カーテンからは、光が漏れていた。眩しく感じたのは、これのせいだ。
あれはあくまでも夢。僕は本当の拓也には会えていないし、聞くことおろか、本当に拓也がそう思っているかなんてわからない。これはただの自己満足なんだ。それでも良かった。
――今日は、綾奈紫に会う日だ。僕たちは、坂の前で合流することになっていた。
海岸沿いは、早くも冬のような寒さが僕たちを襲っていた。四人全員が揃うと、僕たちは綾奈紫さんの家へと向かう。正直、彼女と関わったことはあまり多くない。それでも、仲間外れにするのは、何か違った気がした。
柳沢さん以外は、自転車を押しながら進んでいた。柳沢さんは自転車は持っておらず、曰く、坂があるのであまり使いたくないそうだ。
ここから綾奈紫さん家までは、そう遠くはない。柳沢さんでも歩いていける距離だ。気が付けば、僕たちが出会って半年が経っていた。とても短く感じる。
半年前までは、僕たちは友達も少なく、ここまで集まることなんてなかったのに、たった数ヶ月で満たされ、たった数ヶ月で終わり、たった数ヶ月で再開した。僕たちの半年は、とても濃いものとなっていた。
ハッピーエンドには、まだ人が揃っていない。会いに行こう。綾奈紫さんの元へ――
今度は僕がインターホンを鳴らした。数秒後――秋ちゃんが出てきて、玄関を開けてくれた。
中に入るとリビングに通された。秋ちゃんはお茶を出してくれると、お姉ちゃんを呼んでくると言い、三階へと上がっていった。
なんだか、最近ずっと同じようなことをしている気がする。同じ場面をループしているように、家に入ってはお茶を出されの繰り返しだ。仕方がないのはわかっている。協力してくれるだけありがたいのだ。
しかし、待てども綾奈紫さんは降りてこなかった――
「ごめんなさい。お姉ちゃん、何回も話してみたんだけど……ダメみたい」
「いえ、こちらの方こそ無理を言ってるんだ。本当にありがとう」
仕方がないので、秋ちゃんと雑談をすることになった。お姉ちゃんのこと、家族のこと、桜と秋ちゃんの出会い。秋ちゃんの話し方はとても上手で、すぐに内容も理解ができた。
――ふと、僕は提案をしてみた。
「今度、みんなで遊びに行かない?秋ちゃんが遊んでいるのを見ると、綾奈紫さんも少し落ち着いたりとか……しない……かな?」
自分で言っていて、自分で自信を無くしている。柳沢さんよ、あなたは主人公を間違えてはいないだろうか。
しかし、秋ちゃんはそれを了承してくれた。名付けて――お姉ちゃん引っ張り出そう作戦だ。
その日以降、僕たちは遊びながら、綾奈紫さんを引っ張り出す方法を探した。佐崎くんの時のように、扉の前で粘ったりもしてみたけど。効果は特に現れなかった。
秋ちゃんに、綾奈紫さんの恥ずかしい話は無いかと、桜の前で言ってしまった。桜は、赤面したまま僕の身体中を叩きまくった。特にはないらしい。
そんなこんなで1ヶ月。12月に差し掛かろうとしていた――しかし、依然として綾奈紫さんは部屋から出てこない。もはや、トイレとかどうしているのだろうと思うほどだ。
気が付けば、秋ちゃんとも仲良くなっていた。常に一人、欠けていた感覚が少しだけ和らいだ気がする。
勿論、拓也はここに居ない。それでも、何かがそこにあるというのは大切なことらしい。
ある日、手紙を秋ちゃんから渡された。綾奈紫さんが妹に渡したらしいそれを、みんなで読んでみることにした。
「もう、私のことは放っておいて下さい。私のせいで、みんなが不幸になりました。あなた達のハッピーエンドに、私は入りません。私の人生に、ハッピーエンドはありません。だから、代わりに妹をよろしくお願いします」
という内容だった。公園でそれを読んでいると、桜は急に走り出した。
「どこに行くの!?」
「説得してくる――!」
僕は止めようとしたが、佐崎と柳沢さんに止められた。秋ちゃんだけは、桜を追いかけて行ってしまった。
「どうして、止めたの?」
「信じよう」
柳沢さんのその言葉で、僕は思い出す。誰かに頼ってもいいのだと――僕は、桜を信じて、東京観光についての話をすることにした。
今度は、みんなで行けるルートを――分かれて行動なんてしない。みんな、みんなで楽しめるルートを、僕たちは考え合った。
前に行った時のことを頼りに、そして、拓也が考えたルートを基盤に考える。その時間は、とても楽しかった。ある程度のところで、秋ちゃんや桜にもチャットを送り、行きたいところを聞き合った。あとは、綾奈紫さんだけだ。
2週間後、僕たちは桜に呼び出され、綾奈紫さんの家の近くの公園へと向かった。
公園に辿り着くと、そこには綾奈紫さんがブランコに座っていた。
「出てきてくれたんだね!」
僕はそう言った。みんな驚いたように、そして嬉しそうに笑顔になった。
「……桜ちゃんがいつまでも、部屋の前から居なくならなかったからよ」
最近、桜とは会えていなかったが、まさかずっと部屋の前に居たとは。もはや狂気すら感じるが、それでも説得に成功したのは褒め称えるべきだ。
「東京観光……でしょ」
綾奈紫さんは俯いたままだ。
「……私が行ったら……また拓也みたいに――」
「ならない」
そう言ったのは、柳沢さんだった。
「どうして、そんなことが言えるのよ……私は拓也を殺したのよ!?」
「間接的であっても……あなたにその意思はなかった」
「間接的でも殺した!」
「話を聞いてよ!」
柳沢さんが叫んだ――綾奈紫さんは黙った。
「拓也は、美しい世界を、私に見せてくれることを約束してくれた。それは、あなたもなんだよ?」
「……」
「私の書きたい美しい世界は、みんなが揃ってなきゃダメなの。だから、罪の意識とか知らない。手伝ってほしいの!拓也ができなかったことを、あなたにやってほしい!それに、拓也は恨んでなんかいない!あなたを助けた人間が恨むわけない!私たちだって恨んでなんかない!だから、私たちと一緒に来て!一緒に東京観光しようよ!美しい世界を、拓也が見せたかった世界を、私たちで見に行こうよ!」
一通り言い尽くすと、柳沢さんは息切れを起こしたようで荒く呼吸をしていた。
「……なんで……」
綾奈紫さんは、泣き崩れそうだった。すると、佐崎が言った。
「なぁ、お前が罪の意識を感じて仕方がないのなら。その罪は俺も背負う」
綾奈紫さんは、驚いたように佐崎を見た。
「元はと言えば、繋げたのは俺だ。勿論、こんな結末は予想できなかったし、みんなが集まれたことは間違いじゃない。でも、お前が罪を感じて止まないのなら。お前を繋げてしまった俺も!罪の意識を被ろう!誰かのせいにしなきゃ気が済まないんだろ!?なら俺を恨め!俺が、お前とあいつを再会させたんだ!いっそ殴ってしまえ!会いたくなんてなかったと!」
すると、佐崎は本当に殴られた。綾奈紫さんに顔面を――
「……気は済んだか……?」
地面に倒れ、顔を上げながら佐崎が言った。
「済まないわよ……なんであんたが罪を被らなきゃいけないのよ……なんで……あんたが殴られなきゃいけないのよ……」
涙の雨は、綾奈紫さんの頬を伝う。
「……気休めだ」
佐崎は素直にそう言った。それでもその言葉は、綾奈紫さんの心を取り戻させた。
「ごめん……なさい……」
泣き崩れ、綾奈紫さんは精一杯で言葉を紡いだ。
夕暮れの公園は海沿いにあり、海は茜色だ。夕陽が、僕たちを照らしていた。もうすぐ、この公園は街灯に照らされる。日が落ちる前に、僕たちは家に帰ることになった。
柳沢さんを送ると、僕も自分の家へと帰る。カラスが鳴いていた。空はもう、太陽の灯りが薄くなっている。夜道が照らされ始める。明日、綾奈紫さんにも東京観光で行きたいところを聞こう。そして、クリスマスの日に東京観光に行こう――
綾奈紫さんの気分も落ち着き、僕たちは久しぶりに遊びに出ていた。
まだ、綾奈紫さんは少しだけ元気がないけれど、落ち着いていて、僕たちの誘いに乗ってくれた。赤ちゃんも嬉しそうだった。
今日は色々なことができる総合の施設へと来ていた。いつもゲームセンターばかりでは飽きてしまうので、コインゲームやボーリング、ビリヤード、カラオケ、沢山のものがこの場所にはある。
東京観光について考えるのと同時に、遊ぼうという感じになった。まず、何がやりたい?と僕が聞くと、桜が答えた。
「最近、カラオケをやっていなかったのでカラオケがやりたいです」
賛成の声が上がるが、カラオケは食べ物を食べる余裕もある。今は午前10時、昼食を考えると、まずは手慣らしにビリヤードでもどう?と提案した。
僕の案は採用され、僕たちはビリヤードに向かった。ちなみに、僕はビリヤードを前々からやってみたかったが、やり方は知らない。
すると、意外にも佐崎くんと綾奈紫さんが準備を始めた。
「ナインボールで良いよね」
綾奈紫さんがそう言うと、佐崎はナインボールについての説明をした。
「白い球は入れずに、白い球を突いて1から9までの番号の球を順番に入れていく。一番初めの数字が必ず最初に当たらないとダメだ。そして、最終的に9が入れば勝ちだが、1、2、3と順番に入れても良いし、1の球から間接的に飛ばして9を入れても良い。これがナインボールだ」
なるほど、面白そうだ。すると、佐崎くんが棒を取り出すと、台の上に乗せ、転がせる。
「綺麗に転がる棒を使うと良い、これとか良いんじゃないかな」
その棒を、柳沢さんに渡した。
「ありがとー!」
順番を決める為、僕たちはジャンケンをした。僕は4番目だった。とても不吉な数字だ。
「じゃ、俺からいっきまーす」
そう言った1番目の佐崎は、少し斜めから白い球を打った。それは、球の塊を綺麗に弾き飛ばし。全てが綺麗にバラバラに散らばった。
「くー、一個も入らなかったかー」
どうやら、佐崎くんの父親がビリヤードをやっていたらしく。佐崎くんもよく連れて行ってもらったらしい。そのお陰でやり方を知っていた。
綾奈紫さんは昔、ビリヤードに関係するドラマを見ていたそうで、そのお陰である程度のことは知っていたらしい。しかし、実際にやるのは初めてだそうだ。
2番目は桜だった。フォームは完璧。佐崎のやっている姿を、よく観察していた証拠だ。
皆、固唾を飲む。白い球の先には、1の球。しかし、桜が狙っているのはその先のナインボールだ!
「ここだーー!!!」
信じられない風圧が僕たちを襲う。彼女の一突きは、その勢いのままに――
虚空を突いた。
結局、2回ほどやって柳沢さんと佐崎くんが勝利した。お昼にはまだ時間が微妙に空いているので、一階にあるUFOキャッチャー群へと向かった。
品分がされており、ぬいぐるみの列やお菓子の列、小物やフィギュアの列などがあった。
桜と秋ちゃんは、二人でぬいぐるみのコーナーで奮闘していたが、見事に上手くいかない。見かねた綾奈紫さんが、私にやらせてと言うと、なんと一発で取ってしまった。
「こういう三つのアームは、真ん中で取るんじゃなくて二つの爪で挟むの。そうすれば、アームが上がった時に力が弱まっても、景品は挟まって落ちない」
どうやら、綾奈紫さんはUFOキャッチャーについてよく理解しているらしい。ついでに遊ぶ為のお金として、二人にお小遣いもあげていた。妹の分は分かるが、桜にもあげるとは太っ腹だ。僕が小さい頃に、あんなお姉さんからお小遣いを貰っていたら、何を買っていたのだろう。
フィギュアのコーナーに行くと、佐崎くんがフィギュア目当てに悪戦苦闘していた。
「クッソー!またダメだった!」
「いくら入れたの?」
「4000」
僕は何も聞かなかったことにした。恐らく、もうすぐ天井金額に行くであろう。
僕はなんとなく、ブラブラしていた。適当にお菓子の入っているUFOキャッチャーを見つけると、取れそうかどうかを確認してからお金を入れた。
幸い、僕には台を見極める才能があるようで、一発200円で、合計400円分にもなるであろう菓子を入手した。僕はこれで大満足だ。
桜達も、欲しかったぬいぐるみが取れたようで、ぬいぐるみが入った袋を、一人二つほどぶら下げていた。
12時半頃、僕たちはカラオケに入ることにした。中で食べ物を注文しつつ、順番で好きな曲を歌っていった。遠慮は無しに、みんな好きなジャンルで歌っている。洋楽、アニソン、ドラマの主題歌、流行りの曲。知らない曲なども知れて、とても楽しい。
頼んだ料理を食べながら、歌っていない人は、東京観光のルートや行きたいところを話し合った。綾奈紫さんの行きたいところも聞き、カラオケが終わる頃にはルートが決まっていた。
決行日はクリスマス。メモにも残しておくと、僕たちは次の場所は向かった。ボーリングだ。
みんな、ボーリングは得意なようで、僕だけが置いていかれている気がした。僕は才能がないらしく、一つも倒さずに終わったこともあった。
「力任せに振るんじゃなくて、こう――」
情けないながら、柳沢さんにレクチャーしてもらいながら、僕はなんとかスペアを取れた。
桜と秋ちゃんもボーリングは初めてらしいが、そうとは思えないほどに僕よりも上手だった。若いっていいな。僕もそこまで、歳は離れていないけど。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、僕たちは家へと帰ることになった。充実した1日だった。久しぶりに、みんなでこんなに遊んだのはいつぶりだろうか。
東京観光の準備も進み、あとは必要なものを揃えて、その日を待つのみだ。
家に帰ると、おばあちゃんがシチューを作っていた。僕はシチューが大好きだ。カレーは辛いけど、シチューは辛くない。
出来上がったシチューに、僕はご飯を合わせる。おばあちゃんはパン派で、シチューの具には、ブロッコリーにニンジン、じゃがいも、鶏肉など、色々なものが入っていた。いつも、シチューの時はおかわりをしすぎて、お腹を苦しくさせてしまう。
食べてる途中、おばあちゃんが言った。
「何か良いことがあったみたいね」
おばあちゃんは笑顔だった。
「うん、久しぶりにみんなで楽しく遊べた」
「そう――それはよかったわ」
おばあちゃん、もう心配しなくて大丈夫だよ。僕は誰かを頼れるし、友達も取り戻せたから――
風呂に入り、髪を乾かして歯を磨く。
風呂上がりにソファに座ると、ニャン太郎が僕の膝の上に乗ってきた。少ししたら自分の部屋に行こうとしていたのに、猫とはタイミングが悪い生き物だ。
それでも、猫の暖かさは僕を癒してくれる。1日の疲れを、風呂と猫で癒すのだ。元気にならない訳がない。
結局、30分ほどソファに座っていると、ニャン太郎が眠そうにしたので、眠ってからでは可哀想なので降ろすことにした。ニャン太郎を降ろし、僕は自分の部屋へと向かう。
ベッドの上、毛布の中は暖かく、重い毛布に包まり、僕は睡眠へと誘われる。アラームだけセットをすると、僕は眠りについた――
また、夢を見た。そこに拓也は居なかった。だけど、悲しくはない。みんな笑っている。そこには、僕が居た。僕はみんなと、東京タワーから夜の町を見ている。
僕の視点に僕が映るのは、とてもおかしな話だ。きっと、東京観光の時の景色なのだろう。いや、この視点は僕じゃない。これは、きっと――
また、眩しさに目を覚ます。雀が鳴いていた。トイレに行き、顔を洗い、歯を磨いて朝食のパンを焼く。おばあちゃんは朝に弱いので、僕が朝食を作っている。といっても、いつもパンや簡単なものばかりだけれど、おばあちゃんがその分、楽をできるのならそれでいい。
おばあちゃんを起こし、朝食を取ると、今日は学校なので準備をする。
「若いって良いねぇ」
おばあちゃんが唐突に、そんなことを言った。
「おばあちゃんもまだ現役じゃん。それに、昨日は中学生にボーリングで負けちゃったよ」
ははっと笑う僕に、おばあちゃんも笑ってくれた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
あとがき
どうも、焼きだるまです。
さてさて、アルテミスも終盤に差し掛かろうとしています。ですが、次回は少しだけ、箸休めと致しましょう。それは――ちょっとした幕間。では、また次回お会いしましょう。