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アルテミスの夜空の下で  作者: 焼きだるま
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2

 友達になる為に必要なのは、全てが清くあらねばならないなんてことはない。

 きっと、色々な苦難があるからこそ、世界は美しいから。そう言った友達もまた、美しいのだ。


 初めての図書館――それは圧巻であった。


 小説ならば、なんと表現するのだろうか。本のデパート?言葉にお洒落さが足りないな。そんなことを思っていると、彼女ははしゃぎながら館内を回っていた。


「図書館ではお静かに」

「だってだって!凄いよ!こんなに沢山の本が置いてる!」

「図書館だからね」


 そう言いつつも、確かに自分も驚いていた。


「よぉし!この機会に色々な本読み漁って、小説の書き方を勉強するぞー!」


 それ、家でもできるのでは?と首を傾げて言うと、

「図書館だから良いの!」という謎の理論に押し負けてしまった。とてもよく分からない。でも、本人が良いのならそれで良いのだろう。


 色々な本のタイトルを見ながら歩き出す。気になった本は、あらすじなども見てみる。


 時々、面白いタイトルを見ると、彼女とそのタイトルでふざけたお話をしたりもした。


「やっぱり、本ってタイトルや表紙を見てるだけでも目を惹かれちゃうよね」


 ありきたりなタイトル、シンプルなタイトル、特徴的なタイトル、独特なタイトル、二行にも及ぶ長いタイトル、芸術性のある表紙、特徴的なイラストの表紙、シンプルな表紙、それらの色々な本が僕らを囲んでいた。


「そういえば、タイトルとかテーマとか決まってるの?」


 ふと、思い出し聞いてみる。


「全然!」

「どう言ったものを書きたいとかもないの?」

「うーん、バトル系とか?」

「意外だね。そしてそれ、世界を見て回る必要ある?」

「冗談だよ、本気にしないでおくれ」


 ぶー、と頬を膨らます彼女を尻目に少し歩いていると、足が止まる。


「何々?」

「これ、こういうの参考になるんじゃない?」


 そう言うと、取り出した本を彼女に渡す。


「星空に浮かぶ君は我々を照らした?」

「多分、月のことだと思うんだよね。いや、もしかしたら誰か登場人物のことを指してるのかもしれない。読んでみないと分からないな」

「つまりは言葉をそのまま文章に載せるのではなく、何か別の物に置き換えたりして書けと?」

「まぁ、そういうことなのかな。僕は小説家じゃないから分からないけど」


 なるほど参考にしておこう、と頷く彼女はその本を読みたいと言い、時間はたっぷりとあるのでそのまま図書館で読むことになった。


 読書スペースへ連れて行くと、僕は一度自分の本を探しにそこから離れる、良いものがないか探していると、少し気になっていたラノベがあったのでそれを手に取り読書スペースへと戻った――



 寝てた。



 彼女が、寝てた。



 本の角で頭を叩きたかったが、本が傷むのでそれはやめておき、眉間に指パッチンで済ましてやった。


 何時間か経つと、既に昼の2時過ぎとなっており、彼女のお腹の虫も、真夏のミンミンゼミのように鳴き出した。


「ミーンミーン」


 うん、お腹の中からというより口から鳴いている。


 読み終えた本を返し、二人で幾つか本を借りると図書館を出る。


 図書館を出ると、僕たちは事前に下見で来ていた飲食店へと入る。


 オムライスで有名らしいその店は、照明が床に反射して見えるほど綺麗で、ダークな壁と木のコンビネーションの内装はとても落ち着く。床まであるガラスの向こう側には街行く人々が見える。


「特製オムライス1つと、茄子とキノコのオムライスで1つで、ドリンクはオレンジジュースが一つと、ジンジャエールが一つ」


 かしこまりました、と店員が笑顔で答える。しばらくの待ち時間、普段は何をしているのかとか他愛のないをしていた。


 そんな会話をしていると、念願のオムライスが我々の前へと現れる。綺麗なフォルムに神々しささえ感じられる黄色、茄子やキノコ、ソースや匂いその全てが僕の手をスプーンへと誘う。何を隠そう僕はオムライスが大好きだ。


 黄色いそれにスプーンを当てれば、中からは隠されていたチキンライスが現れる。そして一口、食べてしまえば最後。濃厚な卵のとろけ具合やソースの酸っぱさ、その全てが完璧な――


「美味しそうな顔は分かったから早く食べなよ、冷めちゃうよ?美味しい?」

「はい、美味しいです」


 一口に時間をかけすぎた。彼女はもう3分の1は食べていた。冷めてしまってから食っては、オムライス大好き人間なんて名乗れない。一口一口味わいながらも彼女に追いつく。会計を済まし店を出る、


「どっか行ってみたいところはある?」


 彼女そう問いかけると、


「満腹なので動けません。今日はギブで」


 世界が見たいとはなんだったのか、少々呆れながらも仕方がないので帰路に就いた。


 家まで送ると、彼女は「楽しかった、また遊ぼう」と言った。


「遊ぶ???????」


 うん、やっぱり彼女の考えていることが分からない。世界を見せる為に僕は……僕は、本当に彼女に世界を見せてあげられているのだろうか?これではまるで、本当に遊んでいるみたいだ……


 まだ太陽の光は町を照らしており、何をしようか迷わせる。



 ――家に帰ると、妹が暇そうに寝転んでいた。

「お兄ちゃん、私となんかで遊べ」

「中学生なんだから何かしら自分で遊べばいいだろう」

「暇なんだよ」

「友達は?」

「友達は?」

「質問を質問で返すな。居るわ、ちゃんと」

「えっついに薬やった?」

「やってねえよ、何で遊ぶんだよ」


 面倒くさくなり、今日も遊んでやることにした。格ゲーで遊びながら、ふと、妹に美しい世界がどこで見れるかを、答えを求めるように聞いてみた。


「外でしょ」

「そうだね」


 うん、聞く相手を間違えた。


 時が流れるのは早く、既に5月に入っていた。

 冬の寒さは既に消え去り春の陽気と、まだ少し先の夏の暑さが時々顔を見せる。


 その日、僕は佐崎に呼ばれ、駅前にあるゲームセンターへと向かった。


 中に入ると早くに佐崎は来ていたらしくもう一人、僕の知らない……いや、見たことのある人物がそこに居た。


「よっ拓也!」


 挨拶を無視して用って何、と佐崎に言うと、


「こいつのこと紹介したくてさ、覚えてるか?」


 するとやはり、横に居た人物が僕に近付く。


「あの……涼宮透って……言います……覚えてますか?」


 気の弱そうなその男は、僕を見つめる。


「小学校ん時…嫌がらせされてたやつだろ」


 少し言葉を濁したつもりだったが……やはり喋り慣れていない僕の言葉は何も、濁せてはいなかった。


「そう……今は大丈夫なんだけどね」


 確かに、昔と比べると少しだけ気が楽そうではあった。


 小学生の頃、虐めというのは身近にあって、運の悪いやつや馴染めなかったやつはその標的となる。僕は馴染めてはいなかったが運が良かった。涼宮透、その男がターゲットになっていたからだ。


 僕は自分にターゲットが向くのが怖く、涼宮の助け舟は拾わなかった。今思えば、僕は他人を見ることも、助けることにも余裕が無かったのだ。自分のことしか頭にない。ただその場に流されていれば良いのだと、そう思っていた。


 そんな思いを頭に巡らせていると佐崎がことの経緯を教えてくれた。


「俺の高校にこいつが居てさ、お前の話が会話の中で出てきてさ、同級生だって言うから久々に再会させてみたくなったんだ」


 なるほど、余計なお世話だ。僕に友達は沢山も要らない、ましてや過去に見捨てた人間と今更仲良くなろうだなんて、図々しいなんて程がある。


 適当に理由をつけて帰ろうとすると意外にも、引き止めたのは涼宮だった。


「小説!読むんだったよね?」


 佐崎から聞いたのか、そんなことを聞いてくる涼宮に僕は「多少」と答える。すると、


「僕の書いた小説を読んでほしいんだ」


 予想のしてなかった言葉が涼宮から出てくる。


「何で僕?」


 当然の疑問を返すと涼宮は、


「小学校の時……君は僕が何をされていたのか、見ていたよね?」

「……あぁ」

「僕の小説はね、僕の実体験を参考に書いているんだ。だから、あの時その現場を見ていた君に読んでみて欲しい」

「やだよ」

「なんで?」

「こっちのセリフだよ。逆に何であの時助けなかった僕にそんなことを言えるのさ?」

「助けてくれなかった君だから、この小説を読んで欲しいんだ!」

「……君、メンタル強くなったね」

「そうかな……?」


 気の弱そうだと思っていたその男は、自身の過去をも小説に落とし込める屈強な心を持っていた。


 ふと、同じく小説を書こうとしている彼女のことを思い出す。


「……読んでみるよ。でも、ご期待に添える感想が出せるかは分からない」

「それでも良い。ありがとう」


 感謝される筋合いなんかないはずだ。なのに涼宮は嬉しそうな顔をして、webに書かれた小説をスマホに送ってきた。



 結局、その日はゲームセンターで少し遊んだ後、解散して家へと帰った。


 涼宮とこんな形で再会するとは思ってもいなかった。だけどこれで良かったのか、自分にはまるで分からない。


 ふと、スマホを開くと、彼女からチャットが来ていた。内容はこうだ、


「自然豊かな川で釣りがしたい!」


 何故釣りなのか、世界を見て回るに釣りは必要なのか、疑問は拭えず頭の中は図書館の本棚のようにギチギチに詰まっていた。


「そうだ、借りた本読まなきゃ――涼宮の小説も……読まなきゃ……」


 後回しにしたところでいずれは読まなければならない。ならば、今読んでやろう。そう思い涼宮が送ってきたページへと飛び、涼宮の書いた小説を読み始める。


 内容は、虐めに遭っていた少年が復讐をするといったもの。そういったストーリーの小説は幾つもあるが、涼宮の小説はリアリティがあり、読んでいるとあの頃のことが脳裏に鮮明に蘇る。


 作品の主人公は助け舟を出したにもかかわらず、我が身大事で助けようとしなかったその男も復讐の対象としていた。


 これは僕だ、あの時助けなかった僕自身のことだ。しかし、その主人公はその男への復讐をやめた。その男に元々他者を助ける余裕などない。皆、自分を守るのに精一杯だった。


「……」


 「だから、友達になろう。あの時はダメでも、今ならばあの恐怖の対象が居ない今ならば、仲良くなれるかもしれない。本当は良い人なのかもしれない」


 とてもバカらしい話だ、虐めを無視したやつもまた虐めをしたのと同じだ。そいつと友達になろうなんて……何で、僕は友達を作ろうとしないのだろうか……友達とは、全てが綺麗じゃなきゃダメなものなのか?


 友達という難しさに頭を悩ませる。あの三人は友達なのか?…


「ダメだ、今日は疲れてる。もう寝よう」


 そう呟くと、布団の中へと潜る。


「……母さん、来週空いてるかな――」


 心当たりがあることに気付くが、すぐに考えるのをやめ、眠りへとついた。



 結局、小説の感想を涼宮には言えていない。涼宮も、特に聞いてくることもない。


 三人で遊ぶこともあった。涼宮とは意外と仲良くやれている……と思う。


 5月中旬、彼女に呼び出され僕は彼女の家へと向かう。インターホンを鳴らすと、彼女は扉を開け、僕を迎え入れる。


「友達を作りたい!」


 部屋に入るや否や、唐突に僕に向かってそう言ってきた彼女の目は、キラキラと輝いていた。


「言う相手間違えてない?」


 扉の前で唖然と立つ僕に向かって、彼女は聞いてくる。


「誰か友達紹介してよ、友達でしょ?」

「僕にこんなにバカな友達は居た記憶が無い」


 ぶー、と頬を膨らませる彼女は、机の上の髪を筒状に丸めると僕の頭を何度も叩いてくる。


「いーじゃんケチー!紹介くらいしてよー!もー!」


 ペチペチ、と情けない音を出す紙は段々と折れてくる。


「紙が勿体ないよ」

「納得のいかなかった原稿だから良いんですぅー!」


 ぶー、と頬を膨らます彼女は紙をゴミ箱に投げ入れると、話し出す。


「私さ、友達そんな居なかったから……友達との会話をどう書けばいいか分かんなくなっちゃってさ」

「よく喋る口が付いているのに?」

「まるで私がうるさいみたいに言うな」


 不満そうな顔をする彼女に、僕も話し出す。


「一応、紹介できる人は居る。でも、自分でも友達が何なのか分からなくて、友達かは分からない」

「何それ、紹介できるんなら友達なんじゃないの?」


 首を傾げる彼女に、僕は問う。


「君は、友達の定義って何だと思う?」

「知らない」


 あっさりと答える彼女に、僕は少し驚いた。小説を書く人間ならば、何かそれっぽい答えを言うのだろうと思っていたからだ。


「楽しければ友達なんじゃない?」

「楽しければ?」

「拓也はさ、私と居て楽しい?」

「全然?」

「酷いな君は!楽しいって答える場面でしょうが!」


 そう大声で言いながらも、彼女は笑い出す。


「酷いって言う割には笑うんだね」

「だって楽しいんだもん、こんなに冗談言い合える人今まで居なかったから」


 冗談……そう言えば僕は冗談を言っているのか……それは何故だ?楽しいからか?ならば彼女は友達なのか?あの二人は友達なのか……?冗談を言ったか……?上手くやっていると思っている僕は楽しんでいるのか……?……分からない。だから、試してみようと思った。


「紹介してあげるよ」

「ほんと!?」

「ただし、少し時間をくれ、お前との約束である美しい世界、景色を見せてやる」


 そう言うと、部屋を出ようとする。しかし、彼女によって止められる。


「ちょちょちょ!もう帰るの!?」

「何で止めるのさ」

「いやいや、さっきの会話だけならスマホで十分じゃん」

「なら何が目的なのさ」

「それはズバリ、今日私は暇だ」

「はい?」

「私と遊べ、友達として」



 ――その日は結局、彼女の家で妹とよくやっているゲームで遊んでいた。彼女もゲームをするのだなと思ったが、いつも一人でやることと言えばこのくらいなのだろうか、と納得する自分も居た。


 一つ、気になったことがあったので聞いてみた。


「君にとっての美しい世界ってさ、景色のことを言ってるの?」

「君にとっての美しい世界は何?」

「質問を質問で返すな」


 ニシシ、と笑う彼女に仕方なく答える。


「僕は景色とかかな」

「じゃあ、君が今まで見せてくれたのは景色なんだね?」


 そう言われると、違うような気もするしそもそも今までのは美しい世界なのか?僕の頭の中は「?」マークに満たされる。


「私は、全部が美しい世界なんだと思う」

「全部?」

「小説に落とし込めるものは沢山ある、それはもう沢山!自由だからね。それは世界も同じで、見れるもの全て、沢山の全てが美しい世界なんだよ」

「君が求めているのは、その沢山のもの?」

「そう、だからなんでも良いの」

「ならば、僕なんて最初から必要無かったんじゃん」

「そんなことはない、私にとっての美しい世界は、君も含まれているんだよ」

「僕が美しいと?」

「君の存在がね」


 僕は必要無い、そう思っていたが彼女は一人ではその沢山のものを見る為に歩いてはいけない。


 僕もまた、一人ではこの美しい世界を歩くことはできない。そうか、あの二人もそうなのかもしれない。



 ――家に帰る時には、辺りは暗くなっており母は既に帰っていた。家に帰り、リビングに行くと僕は母さんに話す。


「母さん」


 キッチンで夕食を作る母に話しかける。


「友達と……四人で鱒釣りに行きたいんだ」

「お婆ちゃんもかい?」

「いや、だから友達と」

「あんた……遂に薬を……」


 口に手をやり、驚いたようにする母に僕は少々イラッときた。


 ちゃんと証明すると、母は大喜びで連れて行ってくれると言ってくれた。


 目的地である鱒釣りのある場所は山奥で、車じゃないと行けない場所だ。彼女の足のことも考えると、これが最善だろう。


 二人にも連絡を済ませると、オーケーのスタンプが送られてくる。日時も決め、その日に備えた。



 5月の終わり頃――土曜日に六人で、鱒釣り場へと向かう。


 幸い、車は大型なので全員乗り込めた。暇だからと言う理由で付いてきた妹は予想外だったが、まぁ良いだろう。


 車内は賑わっており、僕だけが仲間外れにされている感が否めないが、それには慣れているので良いだろう。


 友達を紹介してくれと頼んできた彼女はすっかり馴染んでおり、僕の必要性がいよいよ疑われる。


 しばらく山の景色を眺めたりしていると、気が付けば鱒釣り場へと辿り着いていた。


 駐車場に車を停めると、外を出ればそこは美しい世界が広がっている。


 山と木々に囲まれ、川の向こうにある滝の音が、僕達を包んでいた。燥ぎ回る彼女を後ろから見ながら、受付へと向かう。


 受付のある建物は、一階には受付があり、貸し出しの竿と餌を売っている。二階には食事スペースと、釣った鱒の処理をしてくれる場所がある。


 受付を済ますと、貸し出しの釣り竿と餌を購入するし、鱒が放流される川へと向かう。


「ぎゃー!気持ち悪ーい!」


 そう叫ぶ彼女の前には、餌となる虫がウネウネと身を捩らせて暴れていた。


「こいつをこうやって針にブッ刺すと」


 佐崎は慣れた手つきで虫を釣り針に刺すと、釣り竿を彼女に渡す。


「投げてみな」


 彼女は口を歪ませながらも、釣り竿を手に取ると、川へと投げる。


 あとは魚が食いつくのを待つのみ。涼宮は買わず。参考になるものがないか色々見てくると言い、辺りをウロウロしていた。


 妹は僕と同じで、夏になるとよく来ていたので、慣れた手つきで鱒釣りを楽しんでいた。


 母は後ろの椅子に座って、僕達が楽しんでいる光景を眺めていた。竿を置くと、僕は母の横に座った。


「お話しなくていいの?」

「僕の席は、どうやらそこに無いらしいからね」

「そうでもないわ、案外、話してみれば上手くいくものよ」

「今まではそうできたけど。でも、上手くできてたのか分かんない」

「そういうもんよ、あんたが勝手に自信無くしてるだけで、案外向こうはそんなこと思ってないわ、こんな所で私と話してないで喋りにいきな」


 背中を押されると、仕方なく僕は彼女達の元へ向かう。


「拓也ー!」


 泣きべそをかいた顔をする彼女は、僕に助けを求めてくる。


「あそこに姿が見えてる魚が居るのに餌を近くにやっても釣れないのー!」

「そりゃそうだ、向こうの姿が見えてるってことは、向こうからもこっちの姿が見えているってことだ。目の前に怪しい餌と怪しい人間が居れば、鱒も食いつくに食いつけないだろ」

「そっか!」


 そう言うと、場所を変更して魚影の見えない場所へ投げてみる。そのすぐ後であった――


 彼女の投げた竿の浮きが、川の中へと引っ張られる。


「今だ!引け!」


 そう言うと彼女は釣り竿を引っ張る。数秒後、彼女の目の前には釣り上げられた大きな鱒がその姿を現した。


 太陽の光を反射し、美しいその姿は彼女の求めていた美しい世界の一つなのだろう。


 それから、2時間ほど釣りをして、お昼の時間となったので2階へと向かい、昼食を食べることとなった。


 先程みんなで釣った鱒を一匹ずつと、おにぎりを食べると、午後も鱒釣りを再開する。


 釣りの途中、涼宮にまだ感想を言っていないことを思い出すと、母の言葉も思い出す。「案外、話してみれば上手くいくものよ」


 竿を妹に預けると、僕は川の向こうを歩いていた涼宮の下へ向かう。


「涼宮!」


 名前を呼ぶと、涼宮の足が止まる。


「どうしたの?」

「小説、遅れてごめん……その……間違ってたらごめんなんだけど、涼宮さ……僕と友達になりたいの?」

「急にどうしたの?」

「あの小説、にある主人公の助け舟を無視した子って、僕のことだよね」


 滝の音は、僕達の会話を周りと遮断させていた。


「そうだよ、僕の実体験を元にしてるからね」

「恨んだりしてないのか?」

「そりゃ、最初は恨んださ…でも、僕もその立場になった時助けれるかって考えた時に、違うなって思ったんだ」


 涼宮は続ける。


「だから、佐崎との会話で君の話が出た時に、君と話がしてみたくなったんだ。もしかしたら、仲良くなれないかなって」


 本心からの言葉だった。涼宮は、僕のことを恨んでなんかいない。それどころか、佐崎が勝手にやったことだと思っていた再会は、涼宮が頼んだことであったことを知る。


「じゃあ……これから友達――」


 遮るように、涼宮は笑顔で言った。


「何言ってんの?拓也、今まで遊んでたのは友達じゃなかったの?」


 僕が勝手に悩んでいただけだった。ここに居るみんなは、既に僕の友達だったんだ。


 すると、自分もまた、母に頼んだ時に友達という言葉を使っていたことに気が付く。


 その瞬間、友達が何なのか悩んでいた自分がバカらしくなった。今までのモヤモヤが吹き飛ぶ。さっきまでの視界より世界がクリアで広く感じられた。


 少しだけ笑うと僕は、


「そっか――友達だったんだね、僕達……じゃあ、改めてよろしく」


 と言う。すると涼宮もよろしく、と返してくれた。


 彼女にとって求めていた一つの美しい世界は、景色だけじゃない。きっと、僕にとっても美しい世界は景色だけじゃなかった。みんなが一つ一つ美しい世界なんだ。


 友達、その響きに懐かしさを覚える。


 僕も昔――幼稚園の頃に友達が居た気がした。誰だったかは思い出せない。忘れていた記憶は、僕の晴れた心の中に取り戻された。

 あとがき

 どうも、焼きだるまです。

 アルテミスの夜空の下で、続きを投稿するのが遅れてしまって申し訳ありません。

 自分なりに納得がいく物が書けるまで、投稿することはないので、人外と同じように毎日投稿するのは難しいのです。それでも待って読んでくれる人が居てくれると、とても嬉しいです。では、また次回お会いしましょう。

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