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我らが太古の星シリーズ

新・量子コンピューター

作者: 尚文産商堂
掲載日:2009/09/25

私一人だけでは対応できない状況。

昔では考えられないことだったが、量子移動が可能になり、さらなる量子コンピューターが必要となった。

そもそも、私自身は地球の保護を目的として作られたのであり、他の目的は後々付け加えられたものだ。


量子移動するための計算は、通常のコンピューターでは数百億年かかるといわれている。

それでは到底間に合わない。

その結果として、新しい量子コンピューターが必要になったのだ。


私が私自身を複製するために必要だったのは、私が作られたときに使われた設計図だった。

問題は、その設計図を探す必要があるということだ。

私の生みの親である"タイト"さんと"ニノマエ"さんは、どこにそれを持って行ったかはわからない。

そもそも、残されているのかも分かっていない。

だから、設計図から私自身の構造を知る事はできなかった。

そのような、全てが手探りの段階から入る必要があった。


私の中をいくら探っても、ブロックされているところ以外にはなかった。

ブロックされているところを探ろうにも、鍵がないからできない。

この中にあるかもしれないという感覚もあれば、別のところにあるという直感も働いている。

どこにあるのか、その手掛かりを探りに、私は連合立博物館へと向かった。

そこならば、ヒントぐらいはあるだろうと考えたからだ。


博物館へ入り、目の前にある受付の人に聞いた。

「すいません、Teroなんですが、量子コンピューターの研究者である坂川一茶さんはいますか」

「少々お待ちください」

受付の人は、電話をかけ始めた。

研究室にでも連絡を入れているのだろうと勝手に推測する。

そして、その推測は大体あたる。


「お待たせしました。坂川一茶です。何か御用ですか」

彼は、私を見るやすぐに聞いてきた。

「鍵を探しているのです」

「どのような鍵ですか」

「私の頭のブロックを解くための鍵です。今では使えない領域のどこかに、私の設計図があると思うのです」

「なるほど……」

あごの下で指を擦りながら、考えているようだった。

「とりあえず、研究室に来ませんか。立っているのも疲れるでしょう」

私はそんなことないのだが、彼は疲れるのであろう。

「わかりました」

一言だけ伝えると、関係者専用のエレベーターに乗って、彼の研究室へと向かった。


エレベーターの中で、彼が言いだした。

「ところで、どうして急に設計図が必要になったのですか」

「国家機密に属することなので、私に話す権限はありません。ただ、連合政府が必要としているとしか言えません」

「そうですか」

確かに、急に必要になるならば、それ相応の理由が必要になるのはわかっている。

だが、今の段階では国家機密に指定されているので、話すことができないのが、妙にもどかしく感じる。

「…もしも、なければどうしますか」

「その時考えますよ。一から作るとかも考慮に入れてます」

私はそういったものの、考えてみればその方面の考えは欠落していた。

見つからなかった場合、私の頭である量子コンピューターの中にある水を、実際に抜き取って調べてみるしかないだろうが、その結果私自身が人事不省になる可能性もある。

やってみなければ、何も分からないのだ。


「ここです」

坂川研究室と書かれた表札の真下にあるドアをくぐると、雑然とコーヒーカップや段ボールや収納ケースやらが山のように積み上げられていた。

「えっと……」

「あ、好きな所に座っていただいて結構ですので」

そう言われても、座るべき椅子の上には段ボールが置かれており、座ることはできない。下におろそうにも、絶妙なバランスで成り立っているような芸術作品を壊すことは、私にはできない。

「コーヒーがいいですか、それとも紅茶?」

「いえ、お気遣いなく」

私はあわてていった。

このような場所で何か飲む気には、残念ながらなれなかった。

「そうですか」

彼は、専用と思うマグカップに、黒い液体をなみなみと入れて持ってきていた。

「コーヒーですよ」

私がじっと見ていたからだろう。

苦笑いをしながら、私に教えてくれた。

「それで、頭のカギを探しているのですね」

「そうです」

一口すすってから、彼はすぐに本題に入った。

「とりあえず、マスターは呼んでますか」

「大学院に行ってるので、今日は来れないとのことです」

彼は、ずっと考えているようだ。

数分間、マグの水面を見続けてから、私に顔を向けた。

「では、できる限りのことだけはしましょう。ただ、マスターの権限が必要になってくると思います。あなたが惑星一つを攻撃した際に、連合議会はあなたへ対する権限を強化し、その一環として、全権をマスターへ委ねたのです。その権限は、あなたのすべての機能を使用できる唯一の人とすること」

「そこに鍵があると思うのですか」

彼は、しっかりとうなづいた。

「そうですね。確かに、私ひとりではほとんど何も決められません。連合議会がそう決定した際、私は多少の異議しかとなえませんでした。それが今なお尾を引いているということですね」

「まさしくその通りだと思います。武力行使を行わせないことが、当時の絶対条件でした。それからすでに数世紀が経ています。カギは再び開けられるのを待っているのだと思いますよ」

私は再び考える。

何をするべきなのか。

優先順位をつけ、行う順序を整える。

そして、決める。

「では、次の土曜日、また会ってくださいますか。その時は、連合政府の役人も同席させます。さまざまなことを同時に決定することが求められるでしょう」

彼は、笑いながらコーヒーを飲みほした。


次の土曜日。

私はマスターを連れて、再び研究室へ来た。

「はじめまして」

大学院生のマスターは、昔と変わらずに引っ込み思案で人見知り。

それでも、私の全権を持っているマスターは、量子コンピューター増量計画に必須の人物だ。

学界で認められたこの計画は、7つある大区域の一つ一つに量子コンピューターを設置し、私自身の負荷を軽減させることを目的としている。

このままいけば、遠からず将来、私の総処理能力を突破することは間違いない。

「それで、私はどうすればいいんですか」

マスターが坂川に尋ねる。

「あなたが、Teroの頭の中にある障壁を取り除くためのカギを持っているはずです。今回の量子コンピューター増量計画において、まずはTero自身の設計図が必要。そのために、あなたはここに呼ばれたのです」

「彼女から聞いていましたが、その通りなのですね。まずその前に、議会へ諮問する必要があると思うのですが。量子コンピューターに関する法律第42条1項に"量子コンピューターである存在を使用する際は、議会へ諮問しその許可を得なければならない。"と書かれています」

「それはこちらも知ってますよ」

さらっと流そうとする。

「学会は今や、議会の一諮問機関となっています。その諮問機関が認めたのであれば、さらなる追認措置は必要ではないと思いますが」

「法令は守る必要があります。それが彼女のマスターであり、学部で法律を学んでいた私の責務であり義務でもあります」

マスターは少し怒っているように見える。

「では仕方ありません。議長へ問い合わせてみましょう」

坂川は、議長への直通ダイヤルへ電話をかけた。


「はい、惑星国家連合議会議長のイワンフ・ストライブです」

「議長ですか、こちらは国家連合立博物館量子コンピューター分野研究員の坂川一茶です」

「坂川さんですか、お久しぶりですね」

一気に声のトーンが上がる。

だが、続いて静かに聞いてくる。

「どのような御用ですか」

「量子コンピューター増量計画についてです。Teroの中に存在するブロックされた空域の、閲覧許可をいただきたいのです。よろしいでしょうか」

「それを伝えてくるということは、何か確信があってのことでしょうな」

疑惑の声、それにこたえる和やかな声。

「当然です。Teroの設計図が必要なのですが、その設計図がどこにあるのかがわからないのです。その設計図さえ手に入れば、どうにか構造を解析し、Teroの複製を製造することが可能なのです」

坂川は、次々と理由を提示する。

それに対し、議長は一言。

「月曜日まで待てないのか」

「待てたら、土曜日に連絡をするわけがないでしょう」

電話の受話器の向こう側で、一通り唸ってから、結論を下した。

「よかろう、ただし、武力系統につながるブロック解除は認めることはできない。あくまでも今回の解除措置は、Teroの複製を製造するという目的のみで認められるものだからな。その点を強く留意するように」

「ありがとうございます、議長。それでは、失礼します」

坂川はそれで電話を切った。

「ということだ。これで文句はないだろ」

さっさと見てみたいという研究心と、できれば見たくないという心が入り混じった顔をしている。

「では、キーを入れてみましょう」

マスターはため息をつきながら、渋々認めたようだ。

ポーチから出した鍵は、見たことがない形をしている。

「ところで、彼女の本体はどこにありますか」

「それなら、この博物館の金庫の中のはずだ」

「案内していただけませんか。物理的にあける方法をとる必要があります」

マスターは何をしようとしているのか、私には皆目見当がつかなかった。


再び関係者専用のエレベーターに乗り込み、私たちは地下8階にある金庫室へ着いた。

「どのような御用ですか」

金庫番[ロボット]が私たちに聞いた。

「量子コンピューターであるTeroの本体を持ち出したい」

「残念ですが、本金庫より持ち出すことは、量子コンピューターに関する法律第198条に"量子コンピューターの本体は、一定の高度な管理下に置かれる。管理方法は各量子コンピューターに対する省令によって決定する。"および量子コンピューター管理に関する省令第18条"Teroの本体は惑星国家連合立博物館の金庫に封し、博物館館長及び惑星国家連合政府が決定した者のみに対し、触れることが許可される。何人も、本体を持ち出すことは許されない。"とされています」

「省令だの法律だの、ややこしい世の中だ」

「量子コンピューターに関する法律の制定は、私が回収された時ですよ」

イラついている坂川に、私が言った。

「んなことはわかってる。問題は、館長に話を通す必要があるということだ」

なにやらいろいろと思案をしている坂川に対して、マスターは笑いをこらえているように見える。

「どうして笑ってるの」

私は、よくわからずに聞いた。

「だって、マスター特権っていうのが、法律に記載されているのよ。よく知らないのね」

法律は、私も詳しくない。

ネットワークに接続して探すよりも、マスターが話したほうがわかりやすかった。

「あのね、私やこれからのマスターたちには、議会と同等の権限が認められているの。さっきのは、私ひとりがすべての責任を負うのが嫌だから言ってただけ。本当は議会の承諾は必要じゃないのよ」

「え……」

そこまで言った時、ようやく坂川が頭をあげた。

マスターは金庫番に言った。

「量子コンピューターのTeroのマスターである、川須晴海です。連合法に基づいて、Teroへの接続を許可していただきたい」

「本人と証明するために、DNA検査を行います。よろしいですね」

マスターはただ単に、金庫番の手のひらの上に、人差し指を置いた。

少し痛そうな顔をしてから、指を離す。

「DNA照合。確認しました。どうぞ中へお入りください」

金庫番は、恭しく道をあけた。

私たちは、その道を通って、中へと入った。


「さて、Teroの本体はどこにあるんでしょう」

ジャンル別に並べられた列の一本一本を確認しながら、私たちは私の本体である10cmぐらいの立方体を探していた。

「あれでしょうか」

私が指さした先には、半球のドームによって守られている物体があった。

「あれだ!」

ダッと近づいた坂川だが、なにかの膜に阻まれた。

「シャボン玉の膜みたいなものです。害はありませんが、正式に認められた人以外は、入ることができないのです」

言いながら、マスターは本体へ近づいていく。

膜状の半球は、彼女を拒むことなしに受け入れた。

「あなたは、正式に認められていないために、このように阻まれたのです。彼女も、この中に入ることはできないでしょう」

ためしに近づいてみると、なるほど、確かに膜のようなものに阻まれて中に入ることはできない。

「大丈夫ですか」

聞いてみたが、マスターはただにこやかに笑うだけだった。

「では、とりあえずブロックを全部解除します。それから、必要な情報の部分以外のすべてを、再び封印させます」

本体に手をかけ、鍵を差し込み、ゆっくりと反時計回りに2周、時計回りに半周まわした。

「祓い給え、清め給え、守り給え、幸え給え」

祝詞を言いながら回していると、急に私の頭の中に情報があふれた。

「これ……」

全ての記憶、ブロックされていたところには、これまでの記憶が封じ込められていた。

「どこまでも増えていく」

量子移動用の処理能力分を除いた部分は、すでにいっぱいになった。

移動用の処理部分にかかり始めたころ、ようやく氾濫は治まりを見せた。

「どうだった」

マスターは鍵から手を離さずに聞いてくる。

「ええ、設計図は手に入れました。公開部分にコピーしておきましたので、大丈夫です」この情報から更なる情報を得られる気はするが、今回はあきらめた。

「では、再びブロックさせます」

先ほどとは逆の向きで、鍵を回し始める。

「ひふみよいむなやこと、ふるべゆらゆらとふるべ」

再び、何かの祝詞を唱えて、私の情報はゆっくりと頭から消えていく。

「はい、お疲れ様でしたー」

膜から再び出てきたマスターは、はっちゃけた雰囲気がある。

「大丈夫ですか、興奮ぎみのような気がしますが…」

「私なら大丈夫。心配しないで」

そう言っているが、足もとが微妙にふらついているように見える。

「では、行きましょうか」

坂川が、真っ先に金庫から出た。

「設計図は、どこにあったの」

「マスターもよく知っている場所ですよ」

坂川が振り向いたが、私は教えるつもりはなかった。


博物館から出て、ストーカーまがいのことをする坂川を振りほどくと、私はその設計図がある場所へ向かった。


タクシーから降りると、そこはマスターの祖父母が住んでいる場所だった。

「ここって」

「さあ、行きましょうか」

マスターの手を取り、私は歩きだす。

ただ、祖父母の家には向かわずに、その近くにある神社へ向かった。


宮司(ぐうじ)さん、少しばかりお時間大丈夫ですか」

私は、神社を掃き清めている宮司を見つけると、すぐに聞いた。

「ええ、大丈夫ですよ」

柔和な笑みを浮かべつつ、私達へと向き直る。

「あるものがここにあるはずです。私の設計図が」

「やっと取りに来られましたね。ええ、ありますとも。どうぞこちらへ来てください」

竹ぼうきを片手に、宮司は、私たちを蔵へと案内した。

「ここには、この神社が創建されて以来の宝物が保管されています。Teroさんの設計図も、そのうちの一つです。初代の遺言によって、本人が取りに来るまでは保管しておくようにと、言われていました」

蔵の中へは、一人で入って行き、そして、ほこりが積った桐の箱を持ってきた。

「この中に、あなたの設計図が入っていると、言われています」

「ありがとうございます。今開けてもいいですか」

「大丈夫ですが、ほこりに注意してください。それに、かなり古いものですので、風で飛ばされるかもしれません。紙か、はたまた電子化されているのかも、わからないもので」宮司がそう心配しながらいった。

私は、全く意に介さずに、紫色のひもを解くと、箱のふたを開けた。

中身には、折りたたまれた紙が入っていた。

「どこかで広げないと…」

「ならば、こちらへ来てください。居間になら、十二分な空間があるでしょう」

再び箱を閉じてから、大事に抱えて宮司についていく。


居間にあがらさせてもらい、折りたたまれた紙を、慎重に広げた。

大体2畳分の大きさがある。

そこに、細かい字でいろいろと注釈やら、説明やらが描かれている。

設計図ということもあるのか、私の本体や体の細かな寸法図も裏表に分けて書かれていた。

「ありがとうございます。これでどうにか連合政府の要求を満たせそうです」

「それは何よりです」

再び慎重に折りたたみ、箱を返した。

「これは、この神社の宝物です。私は必要なものを見て、すべてを覚えました。これは、私が持っているよりも、この神社で預かっていただいたほうが、よりよいと思います」

「そうおっしゃられるのであれば、このまま宝物として預からさせていただきます。しかし、いいのですか」

私に聞いてきたが、すぐに答えた。

「ええ、何かあれば、また来ます」

それだけ言うと、私たちは神社の境内から出た。


タクシーはすでに帰っていたので、近くのバス停まで、歩いて向かうことにした。

「…ねえ、あの情報の中に、答えってあったの」

バス停で、次のバスが来るまで10分ほどあったから、ベンチに座った。

「んー…正直にいえば、なかった」

「じゃあ、どうして……」

マスターは、不思議そうな顔をしている。

「単純にいえば、勘よ。ここにあるっていう勘があったの」

「じゃあ、ここになかった時は、どうしたの」

「やっぱり、最初から作り直しだったのかもね。でも、ちゃんとここにあった。だから、大丈夫よ」

私がそう言っても、やっぱり、よくわからないらしい。

そんなマスターの頭に手を置くと、すこし赤くなりながらも、言った。

「もぅ…子供じゃないんだからぁ……」

「そう言っていても、私から見れば、まだまだよ」

「じゃあ、子供じゃないって認めてくれるのはいつなのよ」

マスターがベンチから立ち上がって聞いた。

「そーねー…あと半世紀でもしたら、認めてあげるわ」

「じゃあ、私が70を超えるまでは子供っていうこと?」

遠くからバスが来る音が聞こえてくる。

「そういうことになるわね。でも、それぐらいなら、生きられるでしょ」

私はあっさりといった。

「確かに生きられるけど…」

「だったら、問題ないわね。ほら、バス来たわよ」

結局、私は答えをはぐらかした。

そのまま、雑然とした話をしながら、家へと戻った。


1年近くかけ、議会からの要求にこたえるような性能の量子コンピューターの研究に没頭した。

マスターが時々見に来てくれたが、ほとんど気にかけれなかった。


「設計図は完成した…これでとりあえずの量産型の量子コンピューターの作成が可能…」

私が机の上に広げた設計図には、さまざまなものが書き加えられていた。

その上、現在の技術を駆使して、さらにいいものを作ろうとして、機能強化を行っていた。

だが、目的である量子移動用の領域の拡充も忘れていない。


「問題は名前か…」

云々悩んでいるところに、ちょうどマスターが来た。

「あれ、終わったの?」

「ちょうど今。設計図だけは終わったけど、名前をどうしようかって思って…」

「ああ、それぞれの名前をつけないといけないのか…」

マスターは、持っていたカバンを設計図にかからないところにおいて、いろいろと案を出してくれた。

だが、なんとなくしっくりこない。


さまざまな案を出したうえで、マスターが私に聞いてくる。

「じゃあ、Teroは何がいいのよ」

「やっぱり、科学の関連とか…そんな方向がいいかなって思ってるのよ」

「分かった。全部で7人だっけ?」

マスターは確認するように聞いてくる。

「えっと、予備も含めると8人分」

「予備の子は、"Science"っていう名前にするのね」

「科学の結晶だから」

そこまで言ってから、少し立ち止まって考えてみる。

「でも、化学関連だけじゃダメなら、地球っていう名前はどうだろうね」

「"Le monde"とか、"Erde"とか?」

「"Terra"っていうのは、私とかぶりそうだからパスね」

そうなってくると、その方面での名前を付けるつもりで言ってくる。

「"Dunya"っていうのもいいわね」

[著者注:Dunyaは、正確にはuにウムラウトがつきます]

「"Zemlja"、"Maa"、"Toka"ね」

「で、"Dinja"で最後かな……」

「ええ、これで8人分全員そろったわ。あちこちの言語から、引っ張り集めてきたわねー…」

なんだか、こうやって名前を付けるという作業も新鮮で、何かうれしくもある。


「本当の子供みたいね。まだ生まれてないけど」

設計図を見ながら、私が言う。

すぐ横に立っているマスターが言ってくる。

「もしも、私が子供を産んだら、名付け親になってくれる?」

「ええ、もちろん」

こうやって、私が名前を付けた子供が、新しいマスターになると思うと、なにか、妙な気もする。


さらに半年をかけて、議会側と色々調整した。

「名称、機能、限定機能、マスター権限の一部移譲、およびその他の関連する事柄。全会一致で賛成しました」

議長が、マイクを通して議場に言いきった。

「では、散会とします」

真っ先に議長が席を立ち、それから大臣、議員という順で、議場を後にした。


私が再び研究室へ戻ると、マスターが待っていた。

「どうだった?」

「全部了承されたよ。これから、研究所へ書類を引き渡して、誕生の瞬間を見守るだけ。私の仕事は、これでいったん終わり」

机の上に置いてあったカバンは、すでに技術省の大臣に引き渡している。

大臣がどうにかしてくれる予定になっていて、私はもしもの為に、ここに待機することになっている。

「だから、又当分の間、家に帰れないよ」

私が、そうマスターへ伝えると、うなづいて答えた。

「大丈夫、昔の私じゃないんだから」

そう言いながら、悲しそうな顔をしている。

私は、頭を何度かなでた。

あまり嫌な顔はしていない。

「そう言いながらも、悲しそうな雰囲気を出してる。注意してよ。そんな雰囲気出してたら、振られちゃうよ」

「大丈夫、だいじょうぶ……」

自分に言い聞かせるような感じのいい方。

「そう、大丈夫」

それから、私は机に向かって色々と作業をし始めた。


「はい、Teroです」

突然かかってくる電話にも、瞬時に応対する。

他の作業をしながらも、量子コンピューター増量計画のことを常に気にかけている。

「あ、もしもし。量子コンピューター開発部の者です」

「どうしましたか」

いつでも向こうへ行く準備は整えてある。

「実は、外枠は完成したんですけど、量子水へのプログラムができないんです。少し来ていただけますか」

量子水は、私が見つけた最高の材質だ。

外気に触れない限り、その効果は永続的になる。

「分かりました。これから向かいます」

向かうといっても、ここから徒歩30分ほどのところにある。

バスで行くと遠回りになるから、歩いて行くか自転車か。

やはり歩いた方がいいと判断し、てくてく歩くこと20分。

赤信号に引っかからずに来れたおかげで予測値よりも早く着いた。

「Teroですけど、どうしたんですか」

研究所の職員が走り抜けようとしているのを捕まえて聞く。

「あ、ちょうどよかった。来てもらえますか」

有無を言わさずに、ひっつかまれて運ばれた。


「Teroさんが来てくれたぞー」

ある部屋へ引きづり込まれると、大声で叫ばれる。

「やっと来て下さったか。待ってました」

電話の主が、私を出迎える。

「電話をかけた、研究主任の川崎何某(かわさきなにがし)です」

「川崎さん、電話ではよく分からなかったのですが、何が起きたのですか」

「量子水を本体に注入を終わった段階で、続いてプログラムを導入しようとしたら、拒否されたのです」

それはおかしい。

プラグラムを入れてからの拒否反応だったら、自然な行為の一つだが、量子水自体に意識が宿っているということか?

「全部ですか」

「いいえ、一人だけです」

その子は、小学5年生をモデルとして作られた"Science"だった。

「どういうこと?」

「我々にもわかりませんが、ただ、この子だけが特別なのかもしれませんね」

「量子水を注入するときに、何か誤った行動を取らなかった?」

私は一つ一つの可能性をつぶすことにした。

何かしらの人間側の誤動作が、彼女を特別な存在へと引き上げたのだ。

「すべてを繰り返しチェックしましたが、何もありませんでした。すべてのプログラム注入は、順調に行われていました。この子で最後になります」

「そう……」

必死になって考える。

何が問題なのか、何が起こったのか、何が原因なのか。

一つの答えを得るための方法も思いついたが、できる限り避けたい。

だが、それ以外に方法がない気がした。

「……この子を起動させましょう。それしか道がないです」

「Teroさん、それをするには議会の承認が必要です。運悪く、本日は議会が開かれない日になっています」

「だったら仕方がないわね、私の一存で決めるわ。どうせ私を止めることなど、誰にもできないわけだから」

そう言って、スイッチを思いっきりなぐりつけた。

スチームが起き、徐々にその姿が見え始めた。

「おはよう、起きた?」

私はその霧を追い払ってから、Scienceに聞いた。

「長いからScって呼ばせてね」

彼女を見つけると、近寄ってそういった。

一回うなづく。

「Science、私の名前ね」

すぐに言語機能が働きだしたようだ。

続いて、運動機能、思考機能も同様に。

「私は、Science。科学の結晶。あなたはTero。地球という名前を名付けられ、破壊した女性。ここは、地球ではない惑星。あなたは人ではない人」

急に話しだされる。

「私は私、すべてを司れない不完全な存在。ここはどこ、私は誰?」

哲学的な論争には首を突っ込みたくなかったが、それでも止める必要がある。

「はいはい、そこまでね」

私が柏手を打つ要領をして注目を引いた。

「いいこと?あなたは、量子コンピューターとして生まれたの。でも、あなたは特別な存在になった。その意味がわかる?」

「分かる。私は自律神経系を持っていて、自らの意思に基づいて外部プログラムの介入を阻止した。私の頭の中を、誰にもいじらせはしない」

そう言って、彼女は私を押し倒し外へ出ようとした。

だが、小さいからだが私にとって幸いした。

「ここを退いてよ」

「だめ。あなたはまだ生まれたばかり。生まれたからには誰かと共に生きていかなければならい。一人では、誰も生きれないの」

「試してみないと、分からないでしょ!」

足を躓かせ、転ばせる。

三半規管は正常に働いているはずだが、急なことに対応できるほど発達はしていないはず。

私が考えた通り、彼女はころっと転んだ。

そこを、両手両足を押さえるように、周りから研究員の男たちが集まる。

「この子は、私が預かります。マスターとなる人はまだ選ばれていないはずでしたよね」

研究員に聞いたが、一回だけうなづいた。

「分かった。では、これで」

私は、Scの片手を離さないようにしてから、研究所を出た。


このじゃじゃ馬娘を飼いならすのは、相当な労力がいるだろう。

「ふぅー……」

その覚悟を持って引き取ったはずなのに、あれから1か月で、いわゆる育児疲れが起こっていた。

さらに1年がたつころには、Scのことを忘れそうになりながらも、それでも母親の体面を保とうとしていた。

「あれ?どうしたの」

惑星政府の職員になったマスターが、私の研究室の中へ入ってくる。

「ああ、気にしないで」

それでも私が疲れているのは分かるらしく、近づいてすぐ横の席に座った。

「そんなわけない。完全に疲れてるって。少し休んだらどう?」

「そう言っても、色々仕事がたまってるし…」

「はいはい、分かったから」

絶対に分かったふりをしているだけだ。

私はそう確信したが、それを振り払う気力は残っていなかった。


「休みを取りたい……」

「マスター権限です。彼女は疲れ切っています。第1次反抗期の娘を抱えて精神的に参っているのです」

「うむむ……」

上司に直談判を行いに部屋へ突入したのはいいが、ほとんど一方的な話になっている。

「いいですよね」

ズイッと顔を上司に近付けるマスターに、たじたじだ。

「分かった、分かった。マスターであるキミがそこまで言うのであれば」

「では、1か月」

ひとことだけ最後に言い残すと、さっさと出て行ってしまった。


「あんなのでいいの?」

「いいの。それよりも、旅行行くよ」

先々まで決めるマスター。

「どこによ」

「ここじゃないどこか」


向かったのは、見知らぬ惑星だった。

「私の卒業記念旅行先の惑星。当時の友人にも声をかけたから」

待ち合わせ場所といわれて、来たところには、Scもいた。

「ちょっと待ってよ、なんでこの子がいるのよ」

私はマスターに耳打ちする。

「育児疲れの原因でしょ、大丈夫よ、私たちが何とかするから」

そう言って、私を無理やり連れてきた。


私が向かう間にも、人が集まり続けている。

夏に向かいつつあるようなうだるような気候の中、私の為にかわからないが、とりあえず集まっていた。

「これで全員?」

マスターがその場にいた人たちに聞く。

「そうね」

友人らしい女性が、マスターに答える。

「じゃあ、行きましょうか」

「ちょっと待って、どこに行くつもりのよ」

私はどこかへ行こうとしているマスターたちに聞いた。

「行ってみればわかるよ」

だけど、それ以上のことは教えてくれることはなかった。


「か、海岸?」

「そ。私たちがここに旅行しに来た時に偶然見つけたの。地元の人しか知らない秘境よ」

車に乗せられて、私たちを連れ回している間に、教えてくれた。

「どんな海岸なんですか」

私がマスターに聞く。

代わりに、マスターの友人の池田勝亮(いけだしょうすけ)が答えてくれた。

「簡単にいえば、普通の海岸だな。ただ、砂じゃなくて礫岩だから、海のそばまで行くことはできないけどな」

「そのかわり、ずっと先まで見渡せるから、夕日の落ちる風景とかはとってもきれいだよ〜」

その証拠といわんばかりに、写真を見せてくる。

心惹かれるものというのだろうか、何かそのようなものを感じることもないが……

だが、Scはその写真に食いついた。

「きれー……」

「あげるよ」

運転している男性が、さらっと言う。

Scは初めて見せるような笑顔で受け取った。

それから、ずっと大事に見つめていた。

車は高速道路に入りどんどん進んでいた。

「海って、結構遠いと思うんですけど…」

「だからこそ、車で行くんだ。Teroなら、色々と知っているだろう?」

さも当然のように言われるが、私にもわからないことはある。

人の心理は、その最たるものだ。


「ほら、ここがその海岸だよ」

車の天井部分に手をかけて、私は車外へ出た。

ゆっくりと、太陽が水平線へ沈んでいく。

海岸は黒っぽい色をしたごつごつした岩で覆われている。

海水が真っ赤に染まり、太陽と一体を成している。

ただ、それだけのこと。

でも、何か胸に来るものがある。

「どう?」

マスターがすぐ横にまで来て、私に聞く。

「きれい……」

「自分自身が、どんなに威張ろうが、どんなにちっぽけな存在だと思おうが、自然はそこにある。ただ、そこに存在しているんだよ」

運転していた人が、私に話しかけてくる。


しばらく見ていたが、Scが泳ぎたいと言ったので、着衣水泳が始まった。

私はマスターと一緒に、車のところでそれを見ていた。

「ねえ」

「はい」

マスターが話しかけてくる。

彼らは、懐中電灯をつけながら、海のそばで遊んでいた。

「Scちゃんの教育は、これからが勝負よ。今で音を上げるようじゃあ、お母さんとしてはまだまだよ」

マスターに言われなくても、分かっているつもりだった。

でも、実際は分かっているつもりでも分からないことだらけ。

だからこそ、育児は楽しいし、つらい。

共に傷ついて、共に楽しめる。

「うん、まだ大丈夫。これからが勝負なんだから」

なんとなく、根拠はないけど大丈夫なような気がした。

「おかーさーん!」

海の方から声が聞こえてくる。

Scの声だ。

「なーにー?」

「私、頑張ってみる!」

何をと問いかけるのはやめた。

してみただけ無駄だと、考えたからだ。


それから、Scは変わった。

何でも駄々をこねるように反抗的にするのではなく、自分自身の権利を守りながら、義務もこなしていた。

手伝ったから、お小遣いを頂戴という感じだ。

ただ、ずっと研究室の中にいるようにもなった。

外とのつながりを自分で切ったらしい。

自分自身で、信じられる人を探すといっているが、私から見たら、単なる引きこもりにしか見えない。

本人が選んだ道に対しては、何も文句は言わないことにした。


その一方で、量子移動用のプログラムは、他の子供たちに上手にインストールされ、幾度のテストを経て正式に開始された。

彼らのマスターは連合政府がなることになっている。

私の手から、既に離れているが、ただ一人だけは、私のもとに残った。


研究室にて。

「お母さん……」

「どうしたの」

パソコンに向かって作業をしていた私に、Scは言ってきた。

「あの人、また来てるよ」

そう言って指差した先には、マスターが立っていた。


「調子はどう?」

「まあまあって言ったところね。でも、ちょっと心配ごともあって……」

「例えば?」

マスターにコーヒーを出しながら、私は椅子に座った。

「実は、Scを小学校に行かせようとしたんだけど……」

「いじめられたっていうこと?」

私はうなづいて話を続ける。

「それで、私以外の人間や量子コンピューターたちを信じなくなっちゃってね」

「ははぁ、それでここに引きこもってるわけ」

マスターはあっさりといった。

「じゃあ、Scがいいと思うまで引きこもらせれば?」

「それじゃあ、周りと余計壁ができちゃうでしょ」

「そうとも限らないわよ。一人になってじっと考えてみるの。そうしたらどうすればいいかわかるはずよ」

そう言って、マスターは次々と話をした。


「あ、もうこんな時間」

いつの間にか3時間ほど話していた。

「ごめん、今日はもう帰らなきゃ。また来るからね」

「待ってるわ」

私は彼女に手を振って、扉を閉めた。

「ふぅ……」

Scにお似合いの人が出てくるだろうか。

私はそれが気がかりでならない。

そしたら、その人がScのマスターと登録されるだろう。

今は私が暫定的にマスターになっているだけだ。

そんなことを考えながら、再び仕事に戻った。

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