異世界転生の送り人ー転生の許可待ちです
「はぁぁぁぁっ。」
俺は気合を入れて自分を奮い立たせる。
それはもはや始まりの立ち合いの合図になっていた。
「はっ」
俺は上段に構えた剣を素早く振り下ろす。
カンッ
俺の攻撃は相手の剣で受け止められあっさりと防がれてしまう。
問題ない。想定内だ。
つばぜり合いの状況になったのも一瞬だけ。
相手は剣に込める力を抜き、均衡が崩れた瞬間に今まで以上の力を込めて俺の剣を強引に弾き上げた。
あまりの膂力に体勢を崩してがら空きになった俺の胴に横一閃。
問題ない。これも想定内だ。
このパターンのやられ方も何度も経験済みだ。
剣を弾かれくの字になった俺は、足に力を入れてバックステップで距離を取った。
間一髪。
服は剣によって切り裂かれ、腹にはうっすらと一文字の切り傷が出来ていた。
冷や汗が背中を伝う。
思いっきり逃げる想定でバックステップをしたにも関わらず相手の剣が届いていた。
だ、大丈夫。これも想定内。
距離を取ったことで相手の出方を伺うことが出来る。
素早く体勢を整えて飛ばされて刺さっている剣を拾った。
さて、ここは見に回る。
「打ってこないのか?」
ニヤリと煽るように笑い誘ってくるがここは無視。
ザワリと悪寒が走った。俺はその直感に従い右に倒れ込むように1回転。
直後、ドンッという耳を劈く音がする。
元いた場所の地面が抉られて凹んでいた。
恐らく重力魔法とかそういうのだろう。
心臓の音がイヤに大きく聞こえる。
「ほう、成長したじゃないか。」
それは満面の笑みだった。思わず固まってしまった。
この人はこういうところがあるから困る。
俺が今戦ってる相手は俺の剣の師匠。
肩まで伸びたブロンドの髪、キリっとして均整の取れた整った顔に出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいるわがままボディ。
それでいて戦闘力はピカイチ。武術でも魔法でもなんでも戦いであれば彼女が頂点と言われる。
ひょんなことから彼女に師事することになった。
優れた顔立ちと魅力的なプロポーションに最初はラッキーだと喜んでいたのも束の間。
直ぐに後悔する羽目になった。彼女は、師匠は真性の戦闘狂なのだ。
そのくせ、たまーに屈託のないピュアな笑顔を向けてくるのだ。
その笑顔は男を虜にするほどの威力を持つが、本人が意図してやっていることではないのが恐ろしい。
だから、無茶苦茶で理不尽な地獄のしごきをされても許してしまう。
飴と鞭の使い方が非常にうまいと言うしかない。
そんなことを思っていると、不意に左腕に激痛を感じた。
左腕を見ると、短刀が刺さっていた。
距離を取って師匠の全体像を視界におさめることで一挙手一投足を逃さないよう観察していたというのに。
意識の隙を突かれた。決して油断していたわけではなかった。
完全に想定外だった。
想定を上回られると後はダメだった。
「甘い。」
負傷したことにより注意力が低下し、いつの間にか背後を取られていた。
俺はそのまま意識を刈り取られた。
5分後。
「さて、反省会だな。どうして殺られたか分かるか?」
満面の笑みを浮かべているの先ほど模擬戦で俺を圧倒した師匠。
「注意力が散漫になったから。」
俺の回答にうんうんと頷いた。
「そうだ。最初の仕掛けで距離を取ったのは良かった。
相手の出方を伺うため、見に回ったのもまぁ悪くない。
実際私の魔法を避けることも出来たしな。
だが、そこで一瞬気を抜いたな。それが最初の失敗。
そして投げナイフに左腕を負傷させられてからの動きがまずかったな。
痛みに意識が持っていかれ、劣勢に陥ったままジリ貧となり最後は背後を取られ、ジ・エンド。
何か言うことはあるか?」
「いえ、何も」
言えるはずがなかった。強くなったつもりだったがまだまだ弱い。負傷した後の動きも悪い。良いとこなしだ。
「お前を送り出すにはまだまだ時間が掛かりそうだな。
せめて私に一太刀浴びせることが出来なければ…、な。
まぁ気長にやっていこうか。」
彼女はそう言って去っていった。
今日もダメだったか。
俺はがっくりと項垂れた。
***
俺の名前は岩田明紀。
自分で言うのも変だがうだつの上がらない38歳中年の平凡以下のサラリーマン(独身)だった。
記憶の中に残っているのは、業務に追われ職場と安アパートを往復するだけの毎日。
無能まではいかないが有能でもない。そこそこというのが会社内での俺の評価。
まぁ、仕事なんて金を稼ぐための手段でしかないので別にどう評価されてもクビにさえされなければ気にしない。出世欲も無かった。
ただ、俺のその姿勢が良くなかったようだ。
上司からは斜に構えて生意気だとなじられ、無茶ぶりをされるようになった。
最初はイラッとしたものの黙って仕事をこなした。
上司からの無茶ぶりにもすまし顔でこなしてやったら悔しそうな顔をしていたので心の中でざまぁと思ったものだ。
でも、それが良くなかった。
上司からの無茶ぶりは増え、俺はそれをすまし顔でこなすという日々。
当然、無理は俺の肉体に跳ね返ってきた
ある日、無茶がたたって社内で体が動かなくなり意識を失った。
意識を失う直前、例の上司が顔を真っ青にしていたな。
俺が倒れたことで俺への無茶ぶりが公になることを危惧したのだろう。
上司の苦しむ姿を見れなかったのは残念だが、「ざまぁ」と思うことが出来て満足だ。
そして次に目が覚めた時、俺はレンガ造りの広い部屋にいた。
周囲を見渡すと俺以外にも何人か人がいる。
皆、この状況がよく呑み込めていないようだった。
そんな中ドアが開き、一人の青年が入ってきた。
「魂の狭間の世界にようこそ。
状況が呑み込めないと思いますので説明させていただきます。」
青年はニコニコと人の好さそうな笑顔で今の状況を説明してくれた。
ここにいる人間は皆、死んでいると言うこと。
この「狭間の世界」と呼ばれている世界は、死後の世界であること。
そして、これから俺達は輪廻転生することになること。
その輪廻転生をするにあたり、魂魄管理局で魂の検査をする必要がある。
魂の検査では魂の消耗具合や変性度などをチェックすることになるらしい。
その結果によっては魂を修復したりする作業をして輪廻転生に回されるとのことだった。
魂魄管理局の役割は魂の管理し世界の均衡を保つこと。いわば世界の調整役だ。
その業務の一環にあるのが、死者の魂のチェック作業という訳だ。
魂魄管理局に着くと、担当割り振りがされた。
「私が君の担当になるアテナだ。よろしく。」
それが後に俺の剣の師匠となる戦神アテナとの出会いだった。
アテナさんは魂魄管理局に異動になって初めて受け持つのが俺だという。
「転生先についてだが、こちらで指定した世界への転生となる。今から転生先について説明する。」
そう言って紙を取り出すと、アテナさんは険しい表情を浮かべていた。
「あー、非常に申し上げにくいのだが君は難易度高めの転生になりそうだ。」
「えっ?どういうことです?」
俺は反射的に聞き返していた。
「今から説明する。
まず、君の転生先は第七世界だ。
あー、第七世界というのは魂魄管理局内での呼称だ。我々は複数の世界を管理しているからな。
ちなみに君が住んでいた世界は第二世界で魔法無しの科学特化型の世界だった。
脱線してしまったな。話を戻そう。
転生というのは一般転生と特殊転生の二種類があることは知っているか?」
俺は首を横に振る。そもそも転生なんてここにきて初めて知ったのだ。
「そこからか。わかった、説明しよう。
一般転生は前世の記憶を消去し、魂を真っ白な状態に戻して転生するパターンで多くがこれに該当する。
一方で特殊転生は前世の記憶を一部若しくは全て残したまま転生するパターン。これは適正のある魂のみ施される転生で、能力を付与される代わりに強制使命が課せられる事になる。
それで、もう察していると思うが君は特殊転生のパターンに該当する。そのため強制使命が出ている。これがその使命内容だ。」
アテナさんから渡された一枚の紙をみる。
難易度:SSS
使命 :人間が生きるために必要な魔力源であるオド(=体内魔力とも呼ばれている)をマナに変換してしまう突然変異型の魔王が出現。現在、オドが減りマナが増大しておりこのままでは人類は絶滅してしまう。突然変異型魔王を倒し、オドの減少を食い止めろ。
「これが君が転生した時に課せられる使命だ。
魔王を討伐する必要があるのだが、難易度SSSというのが厄介だ。
これは英雄級の実力者でも成功確率が10%未満の超難度であることを意味している。
加えて、魔王はオドを変換してしまう。
この世界の人類はオドを元に魔法を繰り出している一方で、魔族はマナを使っての魔法行使が可能だ。つまり魔王がいる限り魔法戦は人類にとって不利となる。
ではどうするか?そこで私がいる。
幸運にも私は戦神アテナ。魔法を用いない武力による戦いにも精通している。転生する前に君を鍛えてやろう。」
「はっ?えっ?」
理解が追いつく前に気づけばアテナさんは俺の師匠になっていた。
さて、師匠が出来たのは良いのだが、非常にスパルタだった。
生前の38歳の肉体(不摂生で運動不足)がベースになっているため、最初はちょっと動いただけですぐバテた。
だが、この世界では死ぬことは無く肉体の損傷は即座に回復してくれる。
そのためいくらでも無茶ができてしまうのだ。
最初はひたすら基礎鍛錬。反復練習を繰り返し体力づくりと剣術の型を覚えこませていく。
次に体内魔力であるオドの把握。オドを変換する魔王に対して、オドの残量把握は必須。
それに、魔法を組み込んだ戦いは戦術の幅を広げることが出来る。
そして、実戦形式での応用。師匠との戦いを通して学んでいく。最終的に師匠に一本入れれば晴れて合格となる。
この世界に来て、もうすぐ10年。
実戦形式の段階まで進んでいるが、戦神と呼ばれる師匠の頂は遥か彼方。
戦えば戦うだけその高みが遠くであることを実感させられた。
***
「やっほー。岩田さん。」
今日も師匠に負け、がっくりと項垂れながら歩いていると声を掛けられた。
振り向くとニコニコとしたセーラー服姿の女子高生がいた。
「ああ、赤坂さん。こんにちわ。」
声を掛けてきた女子高生は赤坂景子さん。
2週間前にこの世界にやってきた新人。
俺と同じく特殊転生の人だったので、先輩として色々と面倒を見た。
「後輩の面倒を見るのもまた修行だ。」
と師匠に言われているからだ。
だからこの10年間、同じように特殊転生の対象となった後輩たちをサポートしてきた。
その結果、相手が何を考えどう思っているかを推理、予測する洞察力が滅茶苦茶上がった。
赤坂さんの時も、最初は怪しいおっさんが声かけてきたことに訝しんでいたが、鍛え上げた洞察力でもって無事に打ち解けることに成功した。
今では友達のような距離感で接することが出来るまでになっている。
「今日はどうしたの?」
あえて彼女が話出しやすいように振ってやる。
「実は…、転生が決まりました。」
赤坂さんはちょっとはにかみ照れている。
「えっ、ホントに?そりゃあめでたい。おめでとう。」
ここで俺は大げさに驚きながらお祝いする。
「ということは、覚悟は決まったんだな?」
「はい。もう逃げません。」
彼女は覚悟を決めた良い顔をしていた。
うん、これなら大丈夫だろう。
「それにしても、今回も俺は『送り人』になっちまったな。」
俺はそう言って笑みを浮かべた。
師匠の言いつけ通りに後輩をサポートしてきた俺は当然彼らの旅立ちも体験している。
そう言ったことを繰り返しているうちに『送り人』という2つ名がついてしまった。
俺の『送り人』という2つ名は、後輩を育成し転生の旅立ちを支援するために敢えてこの世界に留まっている。という美談が作り上げられた結果の産物。
本当は師匠に一太刀浴びせることができるほどに強くならないと転生させないと言われていたからというのが真相なのだが、まぁどうでもいいか。
***
「よくやった。」
ついに、アテナさんからおほめの言葉を頂いた。
この世界にやってきて何年経ったかもはや数えていない。
だが、日々の研鑽により俺の剣術は戦神の領域に足を踏み入れた。
努力は裏切らない。その言葉が今ならわかる。
まぁ、もっとも死ぬことは無いのでいくらでも無茶ができるという本来ならあり得ない環境だったからこそたどり着けたのだとも思っている。
やった。ついに、ついにアテナさんに一太刀いれた。
まぁ、首元にまぐれアタリのかすり傷程度の些細なものだがそれでも課題はクリアだ。
万感の思いがあるが、心は常に冷静であれというのが師匠の教え。
なので、喜びの感情を押しとめて静かに「ありがとうございます。」と答えた。
「…、残心もしっかりできているな。これなら合格だ。
転生の手続きを行う。ついてこい。」
アテナさんはフッと柔らかい笑顔をした。
思えば長かった。
途中で挫折したのなんて数えたらきりがない。
だけど、それ以外に道がないのも事実。
なんたって死んだ後の世界だ。死ぬことは無い。
ただ、痛覚や味覚など五感は生きていた時と変わらない感覚はある。
アテナさんに聞いたところ、転生を考慮してだとのこと。
転生先で身体の感覚が鈍らないように生きている時と同じ感覚を味わってもらう。
ただし、致命傷でも死なない。めっちゃ痛いけど。
もうちょっと遅かったら精神的に参ってたと思う。
やっと転生できることに大きな安堵と小さくない期待をしていた。
…、なのだが。
俺はアテナさんに連れられて魂魄管理局にやってきた。
転生の手続きを行うためだ。
一般転生と呼ばれるオーソドックスな転生の場合は、手続きは不要だ。
担当官が許可すればその場で転生を実施することが出来る。
しかし、特殊転生は違う。
特殊転生の場合転生者に使命が課せられるため、特別転生課に許可を得てから実行する必要がある。
なんでも過去に重大なミスがあって特殊転生の手続きが見直されたかららしい。
「なっ。どういうことだ。」
特別転生課に申請書を提出したアテナさんは今、手続きを担当した職員に食って掛かっている。
「ですから。もう遅いんですよ。」
職員の方はうんざりとした表情でため息をついた。
「使命書はその世界の管理担当神が本部に援助申請としてあげてくるものです。それはご存じですね?」
アテナさんは無言で頷く。
「この使命書は当時の第七世界担当神からの申請で、第七世界歴で2411年です。今何年だと思ってるんですか?
第七世界歴3111年ですよ。魔王だって寿命で死んでますよ。」
「「はっ?」」
俺とアテナさんの声がハモった。
「いやいや、待ってくれ。流石にそんなに時間は経ってないはずだ。」
「この世界と第七世界は流れ違うんです。普通は時間のズレを担当が調整したりするんですけどね。」
こんなことも知らないのかと職員は呆れ顔だ。
「それでこの塩漬け使命はというと・・・。
あ、別で使命書が出てますね。ステータスは完了となってるのでこの案件は終了です。
ラッキーでしたね。もし放置されたままだったら罰則でしたよ。
使命をクリアした方に感謝すべきですよ。
あれ?珍しいですね。クリアの直接的な功労者は現地人ですか。使命を受けた転生者は赤坂景子さん。一応討伐メンバーに入ってますね。
あー、なるほど。能力は転移魔法ならサポート係ですね。うわ、能力の使い方エグ。魔王のマナを根こそぎ転移させてる。魔法が打てなくて混乱してるうちに討伐者が力押ししたと。すごいこと考えますねー。」
再びの衝撃。
本来俺が受けるはずだった使命は既に完了。
しかも、それを成したのが赤坂さんとは恐れ入った。
彼女は以前、自分の能力が弱いと嘆いていた。
「私の能力は転移魔法。ですけど生き物なんかは動かせないし自分が持てる範囲の重量しか動かせません。
転移先は目の届く範囲だし、生き物の体の中とかに動かすことはできません。
これでどうやって使命を果たせばいいんですか。」
その時に俺は相手の周りの空気を移動させたら窒息死しねーかな?とか提案したように思う。
驚いた表情をした後、彼女はすごく良い笑顔になった。
その時は悩みが解決できて良かったな程度にしか感じなかったけど今になってみればエグいなぁ。
それはともかく。
「あのー」
俺は恐る恐るアテナさんに声をかける。
「俺の転生ってこの場合どうなるんですか?」
俺の言葉に先ほどまで殺気立っていたアテナさんはキョトンとした顔をした。
「ああ、使命取り消しなので転生は中止になります。」
職員はさらっと言っているが俺にとっては衝撃だ。
「えっ」
アテナさんの方を見ると申し訳なさそうな顔をしていた。
「じゃあ、俺はどうすれば?」
恐る恐る職員に尋ねる。
「特殊転生の対象になった人は、使命を受けないと転生できません。
また、強制なので一般転生への切り替えも出来ません。
なので、次の使命が来るまで待機しててください。」
アテナさんを見ると目を逸らされた。
職員に視線を戻すと彼にも目を逸らされた。
待機。待っていろってことか?
何度も気が狂いそうになりながら修行し合格を言い渡される日まで待ち続けていたと言うのに。
新しい使命が発行されるまで待てって?
何度も気が狂いそうになりながら、それでも目標が見えているから頑張ってきた地獄。
終わると思っていたのに。
ああ、世界は何と残酷なのだろうか。
その日のことは記憶が飛んでいる。
そのため伝聞になるが、アテナさんの話によると「嘘だー」と魂魄管理局中に響き渡るほど絶叫した後に気を失って倒れた男がいたらしい。
はぁ、次は何年待たされることになるやら。
俺の次の人生を謳歌するため今日もまた転生待ちをしている。
了