果て無き超克の入り口
少年は駆け出した
噴き出すような理不尽への怒りの熱は焦りという冷気に打ち消されてしまった。
自分の身体である筈なのに、自分の物じゃないような……そう、まるで肉で構成された鎧を身に纏っているだけの様な感覚。
さっきまで傷んでいた心は割れた後の窓ガラスの様に周囲の状況を素通りさせてしまい、情報として惨状を認識する。
「どこだ……」
走り抜ける周囲には千切れた肉片や臓器、あるいはそれらが秘めて来た赤黒い液体が滴り落ちて来ているが、コレらは俺が探している者とは別。
「……せめて」
こんな事態になっても。
……葵が死んでも生き残るであろう人物が二人。
二人とも葵と同じクラスで同じ教室に居たはず。
校舎の崩れ方から推測できる位置は下に集積したあの瓦礫の先!
「 。!!!」
大声で二人の名前を呼ぼうと瓦礫の隙間に跳び込みながら空気を吸い込んだ瞬間。
瓦礫の上に丁寧に横にされている見知った顔を見つけた。
「趣那さん!」
それは泰地の従姉である三重趣那だった。
「どうして趣那さんがここに……まさか泰地が!」
泰地は趣那の従弟で、護衛だ。
趣那の身の安全を守るため、崩落現場から離したのだとすれば趣那がここで丁寧に横にされている事に理屈が通る。
だが……
「泰地は何処に行ったんだ?」
そう、護衛として趣那を守るのだとすればその傍に居れば良い。
その上アイツの身体能力ならば趣那を抱えたまま外に出ることもできたはずだ。
…………そうだよ。俺が助けに来なくたってアイツならこの程度でどうこうなる程柔じゃない。俺はそれを知っていたはずだ。
それなのに何故、俺はここまで駆けてきた?
いや、きっと葵が死んで気が動転してしまっていたんだ。
思考を戻そう。
現実として泰地は趣那を放置して傍にもいない。
これはつまり、放置してでも離れる必要が在ったという事だ。
護衛として何年も働いてきたアイツが状況判断を間違えるとは考えずらい。
じゃあ、いったい何が……
「いや、先ずは趣那さんを安全な場所に……!!」
そう言いながら趣那を持ち上げた瞬間、崩れかけていた校舎が大きく揺れた。
そして俺が通ってきた道も瓦礫によって塞がってしまった。
いや、訂正。
今もこちらに向かって瓦礫が落ちてきている。
「こうなったら賭けだ!」
元々跳び込もうとしていた瓦礫の隙間に趣那を抱えて身を投じた。
「起…………」
「起き…………と………わよ!」
「起きろ!」
趣那?
「?!??!!」
俺は気絶してたのか?
いや、そうだ飛び込んで……受け身を取れなかったのか。
「おい、目が覚めても私を無視か!」
「あぁ、すまん。目覚めたてで色々と……その、混乱してるんだ」
「そう、とりあえず。情報を整理しましょう。私たちは今、未曽有の事態に陥っている可能性が高いようだからね」
趣那の言葉に従って俺は自分が見て、聴いて、感じた事を共有した。
「……………………」
俺の事情を最後まで静かに聞いていた趣那の表情は「やっぱりか」とでも口から洩れそうな暗い物だった。
そうして、しばらく時間を置いて趣那の方に何が起きたのかを語った。
1、大きな揺れが発生(趣那曰く通常の地震ではなかった)
2、校舎崩壊(原因は葵に直撃した巨石の様な何か)
3、泰地による趣那救出と脱出(二人以外に生存者無し)
4、外へ向かって登った先で鯛の着ぐるみ、西洋貴族の礼装男、白衣女、改造法被のしめ縄背負い女、時計背負い男という瓦礫に囲まれている状況とは合わない個性豊かな服装をした人が取り囲まれていた。それを認識した瞬間に気絶(距離的に泰地によって)
5、気が付くと今いる場所に俺と共に横に倒れていた
「っで、今に至ると」
「あぁ」
趣那の締めに肯定する。
少なくとも俺たちが知っていることはこれだけだ。
……少ないって言っても頭を使う物事が多すぎる。
ちょっと疲れて来たな……
「お前が気絶する前に見たヤツら。まさかそいつらが爆弾でも仕掛けてこの被害を生み出したのか?」
「かも知れないけど、わざわざ私と泰地を取り囲んだ理由が分からない。私か会社を恨んでのことかと思ったけど、それなら爆弾を使うような奴らがあの人数いて気絶している私の身体に何も無いのは変よ。いえ、それ以前に……」
「泰地が趣那さんを気絶させた理由が分からない」
例え今朝のニュースに映っていた集団暴動の真ん中に落とされても、泰地なら無傷で全員を無力化できる。
「そう。泰地なら例え相手が武装していたのだとしても五人程度に後れを取ることは無い。わざわざ私を気絶させた理由は……」
今朝のニュースの暴徒
…………!!!
「いや!? …………いや。なんでもない」
「なに? 何か思いついたの? なんでも良いから言っておきなさい」
気まずいが、話すだけ話さないと変か。
「……思い付きというか、妄想というか……どちらにせよ突拍子の無い話なんだが。今朝のニュースに映ってた暴徒がで見た異能云々を叫んでたのを思い出してよ。二人を取り囲んだ奴らが使えたんじゃないかな~……って」
俺の疲れ切った脳みそから出て来たあり得ようのない仮説に、呆れてしまったのか趣那が顔を下にする。
「すま……」
変な事を話したことで要らない思考を増やしてしまった事について謝罪しようとした瞬間、勢いよく顔を上げた趣那の視線が俺の眼に合わさる。
「……確かに。思い返してみれば、しめ縄と時計を背負っていた奴らは直接奴ら自身の身体に接触していなかった気がする。もし、物を浮かして動かすことが自在にできる「手段」が在るのだとすれば」
「……泰地が趣那さんを気絶させたという、動機の思い付かない事態も否定できる」
「付け足すとするなら、そんな手段を持っている様な奴らが私に手を出していないという事は……」
つまり、
「この騒動を起こした奴らの狙いは初めから『泰地』だけって事か……」
俺たちがその結論に至った瞬間、
直ぐ傍の壁が吹き飛んだ。
Q.何故趣那「さん」なのか
A.悪ノリ仲間としては対等だけどなんだかんだ頭の上がらない人だから




