1話 庭師
前半の説明は、決して庭師の方を貶めるものでは有りません。
――庭師。
雑草を抜き、剪定し、水をやる。
ただ『それだけ』だと思う者がいるだろう。
地味な仕事だと、感じる者が多いだろう。
勿論、庭師の仕事はそれだけでは無い。
水路の設計から樹木の植え替え、花壇の制作に至るまで、『庭』という世界の全てを手懸けているのだ。
それでも、貴族から王族まで、その誰もが『庭師』やその技術に特別な目を向けることは無い。
言うなれば、縁の下の力持ちに近い立ち位置だが、そんな風に思って貰えるのならば、まだマシな方。
貴族など位の高い御家の住人からすれば、『いつも庭にいるよく分からない人』、『何の能力も地位も無い癖に御家に居座る卑しい虫』等、殆どがそんな印象であるからだ。
『庭造り』は能力とは見なされない。
誰でも出来る仕事という印象が強いせいで。
その誰でも出来るという認識が端からあるせいで、実際に庭造りに手を出す貴族もいない。
なんせ誰でも出来る仕事なのだから、自らの手を汚す必要も無いのだ。
それ故に、そこらの一般人に金を持たせ『庭師になれ』といえば、知識のない人が雑草を抜いているだけでも『庭師』になれるのだ。御家にもよるが。
庭師――実際には大変な技術が必要であり、感性や植物の知識も無ければ成り立たない職業なのだが、それを理解出来る者は少ない。
位が高く格式のある御家ほど、その家で生まれ育つうえで、よく目にする庭――
目にするその庭が綺麗に整えられているのは、生まれた時から当たり前であり、
そこに咲いている花が綺麗なのも当たり前なのだ。
だが、そんな当たり前でも、訪れた人に癒しを与え、感動を与え、時には悲しみに寄り添う草花を演出しているのもまた、当たり前の事実である。
庭という舞台で踊る草花の、その衣装を整える。
――それが庭師だ。
誰にどう思われようと、この仕事に誇りを持ち、いつ誰に見られても感動を与えられるように腕を奮う。
――それが庭師だ。
▷▶︎▷
――俺はそんな庭師の家系に生まれた。
正確には『生まれ直した』と言った方が良いかな。
所謂、転生というやつだ。
前世は日本のサラリーマンだったが、元の歳は28歳だった気がする。
曖昧なのは許して欲しい。
もうこの世界に生まれて18年が過ぎているのだ。
記憶が無い訳では無いが、前世の細かい記憶などにはモヤが掛かるように思い出せない事がある。
まぁ、今の生活に影響は無いから、特に不便も無いけど……。
というか、もはやテンプレ展開だし、細かい事は省いてもいいよね?
日本では庭師というと職人のイメージがあったが、中世ヨーロッパの雰囲気漂うこの世界での庭師は、位の高い御家に居られはするものの、その立場は下の下である。
そんな日本からの転生者である俺だから、日本とこことの庭師の立場の違いに最初は戸惑った。
まぁ、今はもう慣れてはきたけど。
「アシュトン! アシュトンはどこ!」
――おっと。
どうやら俺をお呼びのようだ。
悪いけど、自己紹介の続きはまた時間が出来た時にでも改めてするよ。
侍女ではなくわざわざ主が庭園まで呼びに来られたってことは、何か急ぎの用件だろうからね。
「お呼びでしょうか。サ……シンシア様」
「あなた今、またサル姫って言おうとしたわね!?」
なんという言い掛かり。
そんな獣のような名前で主を呼ぶ訳が無いというのに……。
「そんなっ! とんでも御座いません。――いくら小さい頃から猿のように木に登るのが好きだったからといって、サル姫様の事をその様な無礼な名前で呼ぶ訳が無いではありませんか」
「そうかしら。あなたって油断してるとすぐ私にいじわるするんだから」
目の前で長い銀髪を揺らしながら頬を膨らませている少女――シンシア様はこの家の娘。
この家の家族全員が俺の主となる為、彼女も俺の主の一人という訳だ。
歳は14歳だが歳の割に大人っぽい見た目をしている。
日本では馴染みのないその綺麗な銀髪がそう感じさせるんだろうな。
「ただ中身は相応よりもかなりお転婆で、両親も頭を悩ませているらしい」
「口にしているわよ? 脳内解説は脳内だけになさい。そもそもそんな失礼な解説するんじゃないわよ」
「ハッ…………………………失礼しました」
「なっげぇ間……そんな事より! 聞いているの!? アシュトン! 私のティータイムをすっぽかして何しているのよ!」
「何と言われましても……庭の手入れですが……。庭師なので」
そりゃあ、庭師だからね。
腰を悪くして引退した親を継いで、今は俺一人でこの馬鹿みたいに広い『庭園』を手入れしなくちゃいけないんだから、休んでる暇なんて殆ど無い。
「そんな事はわかっているわ! どうして部屋に来ないのかと訊いているのよ!」
「今までにも何度か申し上げておりますが、一介の庭師が主の部屋でお茶を頂くなど畏れ多いと……」
いつもいつも、何故かこの御方は俺をお茶に誘うんだよ。
正直、行きたくないんだよなぁ。
別に彼女が嫌いな訳では無い。むしろ家族のようにすら思っている。
だけど、過去に何度か部屋へお邪魔した事があるが……。
周りの視線がもう……ね。
わかるよね。
『庭師如きが何故このような神聖な場所にいるのかしら?』
的なね。そんな視線よ。ヤダヤダ。
庭師の立場は言うなれば召使いに近い。だからこそ侍従の様に身の周りのお手伝いをする事もあるけど、所詮庭師は庭師だ。
気付いてくんないかなぁ……、俺の立場。
直接伝える訳にもいかないんだよ。
その場に居るのは主の客人や、主が信を置いている侍従達だからね。
『周りの視線が嫌なので行きたくありません』
そんな事、言える訳が無い。
「私が直に誘っているのだから良いじゃないの! 私をからかう癖に変なところで真面目なのよアンタはっ!」
真面目だから、自分の立場を弁えて主の部屋には行かない。そう思われているのが未だ幸いな事だ。
だが、本来であればそれも間違いだ。
主の命令なのだから、自分がどんな立場であれ従うのが道理。
どちらかと言えば、それを止めるのは周りの役目なのだから。
「その様に仰って頂き嬉しい限りです。――では、お部屋ではなく庭園でティータイムを楽しむ際には是非とも……」
俺は胸に手を当て腰を折り、妥協案と共に一礼をする。
そんな俺の言葉を聞いたシンシア様は、その綺麗な青い瞳を細め、その場でクルリと一回転。
着ているドレスのスカートをフワリと浮かせながら、俺に向けて微笑んだ。
「約束よっ」
笑った顔、超可愛いんだよなぁ。
まぁ、こうして妥協してもらった次のお茶会は必ず庭園で開催する事になるから、結局は俺も参加させられるんだろうけどね。涼しくなって来たしなぁ。
部屋じゃなくとも、結局視線が痛い事には変わりないのだから。少し、憂鬱だ。
ちなみに主とは言っても、シンシア様と俺とは兄妹のように育ったんだ。
ウチの家系は代々この家の庭師を住み込みでやっている。
彼女が生まれた時、既に俺は4歳で親と共に庭の手入れを始めていた。
小さい頃は、よくシンシア様の遊び相手になったものだ。
シンシア様も遊ぶ相手がいて嬉しそうだったのを覚えている。
遠慮のないやり取りをしていたこともある。
勿論、人前では弁えた態度をとるよう親からも言われていたし、それは自分自身もわかっていた。
なんせ俺の中身は30歳を超えていたからね。
シンシア様が去っていった後、俺は庭の手入れを続けていた。
季節が秋となる今の時分は、雑草抜きや生垣の剪定よりも落ち葉が厄介だ。掃除をしてもしても、次の日にはまた庭園全体に落ちている。
何故か。
あの庭園の中央にそびえ立つ大きな樹のせいだ。
「神樹様……かぁ」
『この家』には大樹が有る。
神樹と呼ばれるそれは樹齢数万年とも言われており、この地に住まう者――『この家の住人』に代々守護されている。
庭師とは言え、あの大樹へは傷一つさえ付ける事は許されていない。
剪定、伐採など以ての外だ。
そりゃそうだ。『神樹様』なんだから。
まぁとにかく、秋から冬にかけては落ち葉の清掃がメインとなる。
しかもその落ち葉、街ではお守りや薬としても需要があるとかで、燃やしたり捨てたりは出来ない。
そしてその量も尋常ではない。
なんて厄介な樹なんだろうね。燃えればいいのに。
俺は元々この世界の人間じゃないからだろうが、あまり信仰心というか、神樹に対して敬う気持ちがない。
そもそも、俺を転生させたあの女神だって、あんな適当に……まぁ、これはいいか。
「とにかく俺にとっては百害あって一利なし、だ」
その時、強く風が吹き、纏めていた落ち葉がまた、散らばる。
「ク・ソ・が」
さっきまで風なんか吹いてなかったのに。
やっぱりこまめに袋詰めしないとダメだな。
この18年で、庭師としての自覚は勿論付いているし、プライドもある。
だが、落ち葉だけはどうにも面倒臭い。
ただ毎日淡々と落ち葉を集めるだけ……拷問かよ……。
日本のビルレベルの大きさの樹の枯葉とかさぁ。
「ただの老廃物じゃねぇか。神樹さんのさ」
俺の言葉にやり返すように、またしても風が強く吹く。
「があぁぁぁぁっ!! わかったよ! やりますよ!」
季節によって庭師の仕事は変わるが、秋は大方そんな感じだ。
んで、夜になると今度は侍従に紛れて家の事を少し手伝う。
その後は調理場で食事をもらい。風呂に入り、自部屋へ。
そうして一日が『一旦』終わる。
侍従達は警備も兼ねて夜も交代で働いているが、俺はあくまで庭師。
夜は『一応』休ませてもらっている。
「今日も一日、落ち葉集めお疲れ、俺」
充てがわれている自分の部屋で着替えを済ませると、窓際の机に向かう。
そして正面の小窓を開けて、外を眺める。
「今日も何も起こりませんように……」
何かを願うように。
どこかへ願うように。
俺はただ一言、窓の先の夜空に向けて呟いた。
▷▶︎▷
時刻は深夜0時を回ろうかという頃。
それは唐突に訪れた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
廊下中に響き渡る悲鳴。
この十数年で多少『聞き慣れた』その悲鳴に、俺は嘆息した。
「はあ〜……。今日はイベント発生かぁ……」
瞑っていた目を開けて、そう呟いた。
悲鳴が聞こえたのに何で驚かないのかって?
そりゃそうでしょう。その為に寝ずに起きているのだから。
……まぁ少しは驚いたけどね。
日勤と夜勤の警護の騎士が交代するための時間、せいぜい1時間かそこいらだが、油断により家の警戒網が薄くなるこの時間まで起きている理由がこれだ。
そういった事態にならないようにする為に、交代の時間はズラしてるはずなのにね。
俺は先程着替えた服をそのままに、自分の部屋を出た。
――その『執事服』姿で、現場へと向かう。
▷▶︎▷
「フーッフーッフーッ」
部屋の奥には興奮した男が、少女にナイフを突き付けていた。
典型的なアレだ。
脅迫して何かを要求するアレだ。
眼鏡を掛けた細身の男は、腕の中にいる少女の首に、今にも当たりそうな位置までナイフを持ってきている。
既に騎士や侍従達が居る部屋の入口に立って奥を見ていた俺は、部屋の中へ入ろうと足を動かす。
そんな俺に気付き、周りは嫌な顔せず道を開けてくれた。
理解が早くて助かる。
この辺の扱いは、他の貴族邸の庭師とは違うだろう。
信頼されている証拠である。
ありがたや、ありがたや。
そして――
「シンシア様……。また……ですか」
部屋に入り、男の腕の中にいる少女に俺は声を掛けた。
その声に安堵の表情を作った少女は、そのまま顔をこちらに向けて、
「えぇ……またよ」
「はあ……そうですか」
慣れたやり取りの様に見えるが、いつ殺されてもおかしくないこの状況に、慣れている人物などいる筈がない。
慣れた言葉遣いをしているシンシア様ですら、無理やり作った笑顔に冷や汗をかき、手を震わせているのだ。
「てめぇら勝手に会話してんじゃねぇよ。ぶっ殺されてぇのかっ!!! 早く鍵を出せっつってんだろ!!」
おぉ怖っ。
よく見てみると、この前ここに来たばかりの料理人じゃないか。
「またこのパターンですか。……だからあれほど人選には気を付けてくださいと言ったのに――」
「――黙れっつってんだろ! 『王女』の命が惜しくないのか! まじで殺すからな!」
「…………」
黙れと言われたら黙るしかないな。
殺されては困るからね。
「――アシュトン」
無理やり作っていた笑顔を解き、シンシア様が俺を見つめ声を放つ。
その青色の瞳は微かに揺れていて、怯えているのがわかる。
「…………」
まぁそれでも俺は喋れないんですけどね。
黙れと言われたからね。喋ったらシンシア様が殺されちゃうから。
……だから、俺に出来るのは、黙って主の次の言葉を待つだけ。
そして待つこと数秒。
「――助けなさい」
「御意」
短いやり取りの直後、俺は既に男の後ろに立っていた。
《スキル:空間転移》
視界の中の指定の座標へ瞬時に移動する。
移動した俺は、ナイフを持つ男の手首を掴み、そのまま男の耳元へ、
「――そこまでだよ」
「なっ! いつのまに! ぶっころ――」
後ろからの声に焦った男が咄嗟にシンシア様を解放した。
そのまま振り返り、何か言葉を発しようとしたようだが、それ以上その口から言葉を紡ぐ事は無かった。
何故なら、男の首から上には光の紐がグルグルと巻かれ、呼吸さえも出来ない状態となっているからだ。
同時に、その両腕にも光の紐がグルグルと巻かれ始め、ナイフごと完全にその動きを固定していた。
そしてそのまま足下まで巻かれ……。
光る包帯にグルグル巻かれたミイラの出来上がりである。
普通のミイラと違うのは、その光る紐で巻かれた状態では、指の一本すら動かせないということだ。
解放されたシンシア様に向けて、俺は一礼する。
「サ……シンシア様。もう大丈夫です」
「……サル姫って言おうとしたわね……」
「してません。『ハイエルフであり、この国の第一王女』であるシンシア様をそんな名前で呼ぶ訳が無いではありませんか」
俺の言葉を聞いたシンシア様は、その『尖った耳』の先まで赤くして、頬を膨らませていた。
――言い忘れていたが、俺は転生する際に女神からいくつかの能力をもらった。
《スキル:魔力操作》
自身の魔力を具現化させ、望む形に出来る。
刃にすれば、その切れ味は鉄をも切り裂き。
紐状にすれば、決して千切れることの無い強固なロープとなる。
《スキル:空間転移》と合わせ、これらが賜った能力『の内の二つ』だ。
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