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一日目:契約(3)


「いい子で待っててね、黒斗」


 そう言って部屋を出て行く母親を見送り、僕は戸締りを済ませる――。

 夢を見ていた。それが夢だと僕にはハッキリわかった。何故ならば夢の中の僕はまだ十歳にも満たない子供だったのだから。

 一人小さな体で部屋に戻る。そうして暗い部屋の中でテレビを見ていた。一人座り込んで部屋の隅、ずっとアニメのDVDを見ていた。

 何度も何度も繰り返してみたDVD。その内容も、キャラクターの台詞も、一字一句忘れず覚えている。でも、僕はそれを忘れたかった。忘れたかったから忘れようとした。一生懸命なかった事にしようとした。

 でも、忘れられなかった。毎日のように繰り返すその時間は気付けば僕という存在の中に深く刻み込まれて漱ぐ事の出来ない物になっていた。

 だから僕は今でも部屋の中、一人でアニメを見続けている。夢だとわかっていても……何度でも繰り返してしまう。それが仕方の無い事だとは思わない。でも、僕にはどうにも出来ないんだ。

 平凡な日常に突如として現れる変化はそれまでの積み重ねを一瞬にして全て台無しにしてしまう。だから僕は自分の人生がアニメのDVDみたいに繰り返して行くものであれば良いのにと願う。

 夢が終わりを告げるのはいつだって突然だ。扉を叩く音が聞こえてくる。トントン、トントン――。それは次第に強くなって、僕の意識を覚醒させるみたいに――。


「――――ッ」


 目が、覚める……。

 嫌な汗を掻いていた。いつもそうだ。同じ夢を見て、同じ汗を掻いている……。でもそれは僕が夢から目覚める事が出来たと言う証拠でもある。もう、あの部屋に居なくても良い……その事実にほっとする。

 少し、パソコンの前で寝ていたらしい。ちょっと泣いたから、疲れたのかも知れない。そのまま眠ってしまったのだと思う。振り返ってベッドをみると……ダンテが封印されていた。毛布やらクッションやらに押しつぶされ、ダンテは封殺されている。

 まあ、そうなるようにしたから当然なんだけど……。少しだけ悪い事をしたような気がする。あんなんでも、女の子だし……しかも幼女だ。うさぎのクッションで封殺は……少し、やりすぎだっただろうか。


「……ダンテ」


 小さく名前を呼ぶ。余りに小さすぎて聞こえなかったのかもしれない。僕は何となく寂しくなって――ダンテの声が聞きたくなって、うさぎのクッションに手をかけた……その時。

 突然、部屋の扉をノックする音が聞こえた。思わず背筋をぴんと張ってしまう。首がまるで錆付いたみたいに良く曲がらない。振り返って扉を見やる。ああ――おかしい。

 僕の部屋に訪ねて来る人は僕が知っている限り二人しかいない。でも……こんな時間に訪ねて来るだろうか? 時計に目をやる。時刻は午後――七時過ぎ。

 思わず息を呑む。新聞の勧誘……? なら、断れば済む話だ。いや、そもそも部屋は真っ暗なんだ……居留守を使えばいい。誰も居ないと判れば居なくなるはずだ。

 気付けば自然と僕は息を殺していた。勿論ここに居る事を悟らせない為だ。早くどこかへ行って欲しい……。ほうっておいて貰いたいだけなんだ。なのに扉を叩く音は鳴り止まない。思わず僕は両手を耳に当てた。

 早く……早くいなくなってほしい。そうしてああ、ただの新聞屋だったんだって安心させて欲しい。だっておかしいじゃないか……。朋希なら……もうとっくに僕に声をかけているはずなんだ。

 おーい、生きてるかーとかなんとか言って……そうしなきゃ僕が出てこないって知ってるから。なのになんで扉の前の誰かは居なくならないんだ。なんで呼びかけてこないんだ? なんでいつまでもいつまでも、ドアなんかノックしてるんだよ――!?


「はあ……はあ……っ」


 おかしい……。いつまでいるつもりなんだ? 時計に視線をやる。さっき時計を見た時から五分くらいしか経ってない。もう一時間はここにいるような気分だ。

 最悪だ……。さっさとどっかいけよお……。僕は部屋から出たくないんだよお……。くそ、くそくそくそくそくそおっ!! なんなんだよっ!! なんなんだよおっ!!


「ダンテ……ねえダンテったら……!」


 クッションをどかし、ネックレスを手に取る。ダンテに一生懸命に呼びかけるのに、ダンテは一向に応えてくれる気配もない。

 なんなんだよこいつ! いらない時には喋り出すくせに、いざとなるとうんともすんとも言わないじゃないか! それともなんだ……何か僕が間違ってるのか? ダンテを呼ぶには何か儀式が必要とか……? 例えばこう、鶏の血を生贄に捧げるとか……。

 駄目だ、ノックの音を無視できない。くそう、顔を出して一言文句を言って……それでいいじゃないか。どうせしつこい新聞屋だか宗教勧誘だかなんだ。そうに決まってる。だって僕はここから一歩も出てないんだぞ。学校にちょっと行って、しかも早退しただけなんだ。なのになんでここがわかるんだよ……そんなわけないじゃないか。あるわけないよ――殺人鬼なんて――!!

 ゆっくりと扉に向かって進む。ドアノブを握り締める。真冬のドアノブはとても冷えている。なのに自分の手の熱でどんどん熱くなっている気がする。もう一度、息を殺して深呼吸する。鍵はかかっている。わかるはずない。殺人鬼なはずない。

 コンビニの景色が脳裏を過ぎる。開けろ――開けてしまえ! それで全部楽になる……くだらない妄想だって気付く。開けろ。開けろ、開けろ、開けろ――!


 ガチャ。


 扉はあっけなく開いた。余りにもあっけなく。だから僕は多分間抜けな顔で来客を見ていたのだと思う。

 そこに立っていたのは長身の女性だった。長い黒髪を背後で括り、ポニーテールにしている。凛とした視線、細身の体躯――更に服装がダークスーツという事もあり、なんだか男性のような力強ささえ感じる。

 けれど、やっぱり女性だ。胸が思い切り自己主張している。しなやかな指も、艶やかな唇も、彼女が女性である事を示している。兎に角女性――スーツの女性がそこに立っていた。


「あ……の……」


 人違いじゃないですか? そう言おうと思った。こんな人知り合いなんかじゃない。僕の部屋にやってくる事は見当違いというやつだ。全く無関係な世界のお人のように見える。しかし彼女は僕の言葉を遮り言った。


「――お前……ではない、か」


「は……?」


 意味が判らなかった。それは……やっぱり人違いだったって事? だとしたら納得だ。僕は違う。この人が探しているであろう人と、僕は全く関係ないはず――。

 なのに彼女は暫くの間口元に手をやり、僕をじっと見詰めて黙り込んでいた。それは何かを思慮しているように見える。なんだか観察されているようで酷く居心地が悪く……僕は視線を反らして前髪に手をやる。


「あの……人違いなら、僕はこれで……」


「――君は命を狙われているのか?」


「へっ?」


 思い切り素っ頓狂な声を上げてしまった。急にこの人は何を言い出すんだろう。思わずどきりとしてしまった。まるで僕の考えを見透かされたみたいな気がしたから。

 でも本人はいたってマジといった感じである。真剣な表情で、嘘がつけなくなるような誠実な瞳で僕を見詰めている。何故か釘付けにされたように視線を反らす事が出来ず、生唾を飲み込んだ。


「自己紹介が遅れたな。私は九頭龍くずりゅう 斬子きりこ……。【ディヴィナ・マズルカ】の参加者だ……といえば通じるか?」


「ディヴィナ――」


 なんだっけその単語。なんか最近聞いたような気がする。ああ、ディヴィナ・マズルカ――十二人の契約者の、殺し合い、の――。


「う……わああああああああっ!?」


 絶叫しながら扉を閉める。慌てて鍵をかけて縺れそうになる足で懸命にベッドまで引き返した。ダンテを拾い上げ、握り締めたまま周囲を見渡す。

 逃げなきゃ……。逃げなきゃ殺される……。どうやって僕の居場所を知ったのかは知らないけれど兎に角あれが殺人鬼なんだ――!! それで、僕を狙ってここにやってきたんだ……ディヴィナなんたらの参加者だから、そんな理由で僕を殺す為に――!!

 嫌だ、死にたくない……。痛い思いはしたくない……。誰だってそうじゃないか。僕は強くない……弱いんだ。僕は弱いんだっ!!

 命なんて絶対に賭けたくない。でも、どうしたらここを脱出出来る……? ここ、二階なんだよ……落ちたら怪我するかもしれない……。どうすればいいの……?


『ふわああぁぁ……あぁ、良く寝た……。ん? なんじゃ? 何を慌てておる?』


「何をあわて……君、ね……っ!? 寝てたのおっ!?」


『うむ。それよりもぬし、クッションで押しつぶすとは酷いではないか! 感覚がないから良いものを、あろうものならギュウギュウにされてとっても苦しいだろう!!』


「それどころじゃないんだよ今はっ!! 部屋の前に、【ディヴィナ・マズルカ】の参加者が来てるんだ!! 契約者が来てるんだよっ!!」


『本当か? ふーむ……。まだ見つかるには余りにも早すぎるな。となると、探知系の特殊能力を持つゲーデの使い手か』


「そんなのはどうでもいいようっ!! ねえ、どうしたらいいの!? 君、僕のパートナーなんでしょ!? 契約とかしたんでしょ!? だったら助けてよっ!! 死にたくないんだよ、僕はっ!!!!」


 思い返せば恐ろしい顔つきをしていた。何が凛とした瞳だよ。あんなの快楽殺人者特有の若干やばい目つきじゃないか。きっとあの黒い服も返り血を目立たなくする為のものなんだ。くそう、くそうくそうくそうっ!! 女なのになんであんなに背高いんだよ……。怖いじゃないかあ……っ!


『とりあえず落ち着け。説明している時間が惜しい。とりあえず――そうじゃな。窓から飛び降りろ』


「飛び降りろって……」


 窓辺に駆け寄る。迷っている時間が無いのはわかる。カーテンを開いた瞬間、明るい月明かりが差し込んでくる。ベランダから下まで何メートルくらいあるんだろう……? 2メートル? それとも3メートル……?

 無理だ……足の骨が折れる……。ジャッキーだって怪我するって言ったじゃないかあ……。僕みたいな運動オンチのヘタレなキモオタがこんなところから飛び降りたら打ち所が悪くて首とかおかしな方向にグロく捻じ曲がって死んじゃうよ……。


『大丈夫じゃ、どうせ二階から飛び降りたくらいじゃなんともあるまい』


「な、なんともあったらどうするのさ……」


『ええい、モタモタするな! 良いから黙って言う通りにしろ!!』


「くそ……っ!! 足が折れたら訴えてやるからなあっ!! くそ、くそ、くそおおおおっ!!!!」


 目を瞑る。足が震える。二階から一階に降りるだけ――。子供の頃は馬鹿みたいにやったじゃないか。昔は平気だったじゃないか。なんでそれだけの事でこんなにも恐ろしい……? なんでこんなにも、死にたくないんだ――。

 ネックレスを首から提げる。僕はもう涙目だった。鼻を啜りながら窓の縁に片足をかける――その瞬間、背後であの女が扉を蹴破ってこちらを見詰めているのが見えた。

 それが後押しになり、僕はそのまま二階から一階へと飛び降りていた。ふわりと重力の中に放り投げられる感触――。気持ちが悪い。ジェットコースターだって余裕で吐くのに――なんでこんな、シートベルトもないような――ッ!!!!


「っつう!!」


 二階から一階へと降りる。幸い着地したのは芝生の上だったからそんなに足は痛くなかった。立ち止まっている暇は無い……そのまま転がるようにして僕は駆け出した。

 アパートの敷地から飛び出し、海沿いの坂道を走っていく。外灯も所々にしかなくて、しかも半分くらい壊れているようなどうしようもない薄暗闇の中、海の向こうでギラギラ輝いているアクアポリスのネオンを背景に坂道を下り続ける。

 足が縺れる……。裸足で走るから、足が痛い……。なんでこんなにジャリジャリしてるんだよこの道路――!!


「国土……交通しょぉおおおおおおおおっ!!!!」


『それは呪文か何か?』


「ダンテぇっ!! どうすればっ!! どうすればっ!?」


『ん、早いな……。もう追いついてきおったぞ』


「え……?」


 振り返るともうすぐ傍までさっきの女が近づいてきていた。足の速さが――尋常じゃない。オリンピック金メダリストも目玉が飛び出るような速さで猛追してくる。追いつかれるまであと何秒も必要ない。なんであんなに――足が速い!?

 そして気付く。女が手にしていた物――それは太刀だった。たち。タチ。太刀――冗談じゃない。なんで刀剣持ち歩いてんだよ!? おかしいだろ! おかしいだろおおっ!!


「警察ううううううううううっ!!!!」


『詠唱には遅すぎる……! 来るぞッ!!』


 意を決して振り返る。そこでは既に女が刀を振り上げていた。駄目だ、死ぬ……これはどう考えても死亡フラグ成立だ……。欝ゲー乙……そんなレビューをかかれるような……あからさまな死亡フラグ多発ゲーム――。

 僕は、どうなる? 振りかざされた刃物が本物だっていう確信がある。僕はこのまま肩から袈裟に切られて呼吸もままならないままのた打ち回り、死んでしまうって確信がある。まるで一度クリアしたルートをもう一度通っていると思うくらい……確実な未来がある。

 嫌だ。死にたくない。終わりたくない。こんなの嫌だ。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。怖いのは嫌だ。辛いのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。死ぬのは、嫌だ――!!

 コンビニの景色になんかなりたくない。噂話の中心になんかなりたくない。誰かの思い出になんかなりたくない。だから――誰でもいい。この際神様でも死神でも構わない。僕を助けて……僕を生かして……!


『目を開け、契約者!! 死にたくないのならば足掻け!! 誰の為でもなく、お主自身の為に――ッ!!』


 思考の合間は一秒足らず。ならばこの胸の輝きが放たれたのは何秒足らず?

 燃え盛るような紅蓮の炎が身体を覆いつくして行く。僕の目の前、女が振り下ろした剣は何かに防がれていた。眩い輝きの果て、僕は自らが手にしていた力の形を知る。


 それは、美しすぎる純白の盾――。

 それは、大きすぎる無骨な刃――。

 それは、煉獄の炎を体現したような、胸の熱さを誘発するような巨大な“剣”――。


「……【ブリスゲーデ】……」


 思わず口にした言葉。そう、彼女は自らをそう呼んでいた。【ブリスゲーデ】……それは、僕が契約したモノの名前。僕が契約したモノ……それは、赤い髪の変な格好をした女の子。それは、紅蓮の炎を纏った、白銀の剣――。

 ブリスゲーデ。僕はその言葉の意味を理解する。それは僕の手の中で重さも感じさせないままに女の太刀を防いでいた。呆気にとられながらも僕は剣を体ごと前に突き出し、女の剣を弾き返した。

 そんなに力を込めたつもりはなかった。姿勢も無様だったろう。でも、女はあっけなく吹っ飛ばされた。空中に浮かされ、慌てた様子で着地の姿勢を整える。女は片膝を付きながら大地をすべり、漸く勢いを殺して立ち上がった。


「え……? え?」


 まるで車か何かに跳ね飛ばされたみたいだった。でも、それはおかしい。僕は軽く押し返しただけだ。やめて欲しかったから衝いただけだ。それにもし仮にそんな衝撃でぶっ飛ばされたら、あんな風に平然と立ち上がれるはずがない――。


『――そういえば、名を訊くのを忘れておったな』


 剣から声が聞こえてくる。それはもうなんだか馴染んでしまったダンテの声だった。


『我が名はダンテ……。契約者よ。ぬしの名前を訊かせてくれんか?』


「僕は……」


 剣を構える。重さは感じない。それどころか全身が驚くほど軽い。今なら体育だって“5”が取れる自信がある。不覚深呼吸し、それから女を見据えたまま震える声で答えた。


「黒斗……。朝霞あさか――黒斗くろと


『ほう。では黒斗……我らは漸くスタートラインに立ったというわけじゃな。ま、今後ともよろしく頼むぞ』


「今はそんな事言ってる場合じゃないんじゃ……っ!!」


『いや――どうもあちらは既に戦うつもりは無いようじゃ』


 ダンテの声に女を見詰める。女は既に刀を降ろしていた。そうして先ほどの猛ダッシュとは異なり、ゆっくりと歩いてくる。その動作に敵意のようなものは感じ取れなかった。

 いや、でも信用出来ない。行き成り不意打ちを仕掛けてくる可能性もある。構えは解かない。不確定要素と対峙する時は――より安全な選択をする。

 女は剣を片手に僕の前に立っていた。この大剣――【ダンテ】のリーチはせいぜい2メートルくらいだろうか。いや、僕の腕の長さがあるからもうちょっと行くだろう。兎に角、女が近づいてきた間合いはダンテの射程距離よりギリギリ外側……僕に襲い掛かられても回避出来る距離だった。


「行き成り斬りかかってすまなかった。だが、他に確かめる方法も無かった上に……我々には時間が無い。多少の無茶には目を瞑って貰いたい」


「…………多少の……? それで僕は死に掛けたのに……?」


「だがお前――いや、君も随分と強く私を打っただろう? お互い異能の存在と成ったのだ。そのくらいの事は大目に見てくれ」


 納得はいかなかった。でも、話を聞くことにした。この人のいう事は……全くの嘘っぱちでもただの言い訳でもない。客観的な事実を述べているだけだ。

 僕は確かに今、手加減が出来る気がしない。思い切り剣を振り下ろしたらどういう事になるのかもわからないんだ。出来るはずも無い……。彼女も契約者ならば、力を手に入れたのはどんなに早くても昨晩……。慣れているはずも無い。


「単刀直入に今日私がここに現れた理由を話そう。一つ目……君の正体が昨日の連続殺人犯か確かめる為。二つ目……君が連続殺人犯に狙われているかもしれないという情報を入手した為」


「え……? ちょ……?」


「一先ずは刃を収めて話をしよう。【ブリスゲーデ】を剣の状態にしておけばその分寿命が減る……。お互い、短い残りの人生だ。有効に活用すべきだろう」


「あ……」


 そうだ、すっかり忘れていた。消し方は教わっていなかったけれど――ダンテが消えるように念じると剣は瞬きの合間に消えてしまった。彼女の方へと視線を向けると、彼女もまた刀を既に消滅させていた。

 剣を消しあったという事もあり、少しは安心して近づく事が出来る。僕らはお互いに歩みを進め、お互いの距離を1メートルほどまで絞った。


「改めて名乗ろう。私は九頭龍 斬子……。君と同じく【ディヴィナ・マズルカ】の契約者として選定された一人だ」


「……朝霞 黒斗」


「……そう、構えないで欲しいな。別に私は君を取って食おうとしているわけではないんだ。ただ、この死神のゲームに巻き込まれた人間として……その秩序を守りたいだけだ」


 そう語る九頭龍……? さんの、表情はどこか浮かないようだった。でもその理由は何となく判った。話の流れから推測するに……例のコンビニ殺人事件。あれをやったのは、僕らと同じ【ブリスゲーデ】を持つ契約者なんだ……。

 そして彼女は殺人犯を探している。つまり彼女の言うゲームの秩序っていうのは、部外者の殺傷を阻止する事……? でもどうしてそんな……。僕らは殺しあわなきゃいけない……そういうルールなんじゃないの?

 だったらどっちみち誰かを殺す事になるんだ。なのに関係ない人は殺さないなんてそんなのはただの偽善じゃないか。この人の言いたい事は判るけど……。いや、何か理由があるのかもしれない。話は最後まで聞こう。


「君のゲーデから話は既に聞いているかもしれないが、このゲームは一人しか生き残る事が出来ない。そしてゲーデを使用し、人間の領域を踏破する能力を行使することにより、私たちの寿命は減って行く。次から次に、な」


 彼女は腰から下げた何やら胡散臭い骨董品のような時計を手に取り見せてくれた。どうやらあれが彼女の時計らしい。和風な作り、針が指し示すのは漢数字の一から十二だ。

 僕の時計は……本当にろくにあてにならない。ああいう形の時計だったらどれだけわかりやすいだろう……。なんとなくダンテを恨めしく思う。


「だが矛盾が生じる。このゲームの開催期間は九日間……。だか、力を使えば使うほど九日間生き残る事は出来なくなる」


 言われて見ればその通りだ。生きる為にゲーデを使い、でもその所為で寿命が減ってしまってくたばっちゃったら意味が無いじゃないか。矛盾してる……戦えば良いのか、戦わない方が良いのか……。


「故に寿命を補給するルールが存在する。知らないのなら――自分のゲーデに訊くといい」


 あまり自分の口からは説明したくない……そんな雰囲気がバリバリに感じられた。嫌な予感がする。いや、もう随分前から……良い予感なんてひとつもないけど。


「兎に角、暫く家から出歩くのは控えた方が良い。私から言える事はそれだけだ」


「…………」


「君にも忠告しておく。私利私欲の為に人を殺すような行いだけはするな。そんな事をしても、得られる物など何もない――」


 そう告げて彼女は踵を返す。僕に背を向けた次の瞬間、彼女は闇の中へと走り去ってしまった。何となくこれから……その、殺人鬼を探しに行くんだろうと思った。

 僕は暫くその場に立ち尽くしていた。他に何もいえそうな事はなかった。あの人はきっと僕らの知らない所でこれからも頑張るんだろう。それは良いことだ。でも……絶対に真似はしたくない。

 部屋から出るな……ああ、その通りだ。忠告ありがとう。でも、君は僕の部屋まで来たじゃないか……。僕は君を……殺すべきだったんだ……。

 額に片手を当てる。居場所が知られてる。たった一人しか生き残れない戦いの、その参加者に……。絶体絶命じゃないか。最悪だ。どうしようもない。僕は――どうすればいい?


『さて、これからどうする?』


 ダンテがネックレスからそう語りかけてくる。僕は歯を食いしばり、手を握り締め、目をきつく瞑った。そんな事言われたって……。僕にはそんなの、決められないのに――――。


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