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一日目:契約(2)


 遡る事半日――。深夜零時、【ディヴィナ・マズルカ】開催宣言直後――。

 伊薙町にまだ三つしかないコンビニエンスストアの一つ、その駐車場では世にも恐ろしい光景が広がっていた。

 彼らは別段何かこれといって特別な事をしたわけではない。ただ、夜遅くまで友人と遊び、その楽しい気持ちで解散してしまう事を惜しみ、コンビニの駐車場で長話をしていたというだけの事。

 それはありふれたシチュエーション。決して特別な事ではない。しかし今彼らは特別な状況下にある。駐車場に立った一人の少年が手にした【剣】が、彼らをあっさりと斬り伏せてしまったから。

 生き残りなど一人も居なかった。一瞬の事、田舎の深夜という事もあり目撃者さえ存在しない。店内にコンビニの店員はいたが、音も無い一瞬の出来事故にそれに気づいたのは数時間後という有様だった。

 剣を手にした少年は悠々とした態度でその場を後にする。彼が手にした剣は非常に奇妙な物だった。作り物の模擬刀等とは決定的に存在を異とする物――。それは、血液を浴びる事を喜ぶように刀身に刻まれた紋章を輝かせていた。その様はまるで剣そのものが呼吸を刻んでいるかのよう。

 物騒な得物を片手に男は深夜を闊歩する。真夜中、日付が変わったというのに町をうろついている人間を目に付く限り片っ端から斬り伏せて歩いた。そこに特に大きな理由は無かった。強いて理由を挙げるのならば――それはそう、憂さ晴らしのような物。

 元々、死ねばいいと思っていた。そして殺せる力を手に入れた。だから殺した――他の何よりも早く。優先順位など知った事ではない。今はただ、視界を遮る不快を遮断したい――。


「――待て」


 ふと、背後から声が聞こえて振り返る。男の視線の先、海に面した坂道の上、一人の女が立っていた。

 真夜中の冷たい月の下、そのシルエットは長い髪を風に靡かせながら少年を見下ろしている。少年は手にした剣から滴る血を舐め、じっと女を見やる。

 黒いダークスーツを着用したそのラインは細く、凛とした張りのある声でも女性だと判断出来る。暗闇を纏うような女が一歩前に出る。腰から括った奇妙な形をした時計が揺れる。


「お前が【契約者】という奴か。ここまで歩きながら辻斬りでもしてきたつもりか? 死と血が点々と、お前の足取りを簡単に教えてくれた」


「――――だったらどうすると言うんだい?」


 少年――阜羽さかばね じんは口元に冷たい笑みを浮かべながら顔を上げる。女は月を背にし、表情は見て取る事は出来なかった。しかしその突き刺すような鋭い視線――魂を鷲づかみにするような酷い威圧感は壬の胸を貫く。

 女が腕を振るう。その手の中、光が収束する。まるで月光を集めたかのような美しい輝き――。決して何かを消すものではなく。しかし闇夜の中で確かに煌く……一振りの太刀。

 それは壬の手にする剣と同質の存在。そして全く異質の存在。血を吸い輝きを増す壬の剣、そして月明かりの下静かに煌く彼女の剣は本質を同じとする物。しかし絶対に相容れぬ――戦うべき存在。


「人を殺したのだ――」


 女は剣を片手に構える。その仕草はどこか洗礼されていて素人とは思えない。構えた刀身をゆっくりと傾け、月明かりを弾く。


「――自分も殺される覚悟くらい、出来ているんだろう?」


 その台詞を最後まできちんと聞かず、壬は駆け出していた。その加速は人間の物とは思えない。足音を高らかに響かせ、壬は低い姿勢から一気に女へと詰め寄る。

 下段から振り上げる刃――。瞬間、刀身の先が大地を削る。激しい圧力で放たれた剣の一撃を物語るかのようにアスファルトで火花が散る。その明かりに照らされ刹那――。女の表情を知る事が出来た。

 女は笑ってはいなかった。泣いてもいなかったし、怒ってもいなかった。ただ単純に、そう――。文字通りの“朝飯前”――。彼女にとって“それ”は。決して特別な事ではなく。“剣を振り上げて振り下ろす”という動作が。まるで当たり前のよう――。

 壬の背筋にぞくりとした悪寒が走る。攻撃を急停止し、一瞬で防御の姿勢へと移行する。仮に火花が散って彼女の表情が見えなければそうは出来なかった。故にそれは偶然の産物……運勢が齎した加護。

 太刀が振り下ろされる――。片手で揮われた剣は空を斬り、壬はそれを持っていた剣で何とか防ぐ。太刀の一撃はお世辞にも強力な威力と持っているとは言えなかった。圧倒的にパワーが不足している。だが――壬は後退する。

 後方へと跳躍すると、下り坂故にまるで一瞬宙を舞うように錯覚する。ふわりと大地へと降り、両足をしっかりと着いて大地を滑る。再び坂の上下で対峙した二つの影。壬は未だに女に畏怖を覚えていた。

 何故後退した――? 単純な事だ。“女の攻撃が見えなかった”のだ。何となく来るかもしれない。ここかもしれない――。そんなあてずっぽう、“勘”で防御をし、それがたまたま当たった。だから生きている。まだ生きている。しかし次は防げるか――。

 壬の今の能力ならばそれを完全に見切る事は出来ずとも目で追う事は出来るはずだった。しかし自分がどこまでの能力を持っているのか壬は理解していない。それもそのはず、彼はつい数時間前までただの一般人だったのだから。


『壬、だ、大丈夫……? あの人……こ、怖いよ……』


「五月蝿いぞ、アルビノ……! 少し黙ってろ!」


『でもぉ……』


 【剣】から聞こえる声に壬は苛立ちながら眉を潜める。この剣を手にした瞬間から壬の身体能力は人のそれを完全に凌駕した。五感の全てが研ぎ澄まされ、まるで別人に生まれ変わったかのような清清しい気分だった。

 しかし元々の感覚はあくまでも壬本人の物でしかない。壬は壬なのだ。彼は今まで剣など手にした事もなく、こんな風に身体を動かしたわけではない。

 全てが不確定なのだ。そして仮に何かをして、“やっぱり出来ませんでした”では済まないのだ。失敗すれば死――。女は先ほどの攻撃、手加減などしているようには見えなかった。


「来ないのならばこちらから行くぞ」


 声が投げかけられた。次の瞬間、数メートル先に立っていたはずの女が目の前で剣を振り上げていた。

 息も出来ぬような一瞬の出来事に思わず後退する。女が振り下ろした剣は軽い。だが――受けたと思った次の瞬間には既に次の攻撃が繰り出されている。

 まるで女の腕と剣が何本もあるかのような錯覚――。一瞬の打ち込みで何故こんなにも衝撃が走るのか。壬は懸命にそれを防御し続けていた。反撃に移れる気配は――全く無い。

 甲高い金属音が鳴り響く。何度も何度も刃を打ち合う、独特の音色だ。女の表情には何の揺らぎも無い。剣を握る手に汗さえ掻いていない。壬はその事実に気圧されていく。


『壬、大丈夫だよ! 壬ならやれるよう……! こ、この人……早いだけだもんっ!!』


「判ってる……! こんな軽い剣、力で押し返してやるさッ!!」


 と、踏み込んで大きく振り被った剣の一撃。しかしそれは思い切り空振り、空しく風を切る。女はどこへ――? 目だけで追うそのシルエットは壬の頭上を跳躍して跳び越え、大きく距離を離していた。

 背後に回りこんでいた女を追うように振り替える。しかしその時には既に女は太刀を構えていた。だが――おかしい。妙だ。それは――届くはずがない。

 両者の間合いは軽く見積もっても5メートルは開いている。勿論壬の剣は届かない。女の剣とてそれほどの長さはない――構えたところで剣は繰り出せない。そのはずだ。ならばどうして――こんなに嫌な予感がするのか。


『壬、防いでっ!』


 剣の叫び声。弾かれるようにして壬は剣を構える。


あまの――叢雲むらくもッ!!」


 女が剣を空振った。しかし次の刹那、目には見えない斬撃の様な物が飛来する。壬はそれを剣で防いだつもりだった。しかし壬の体には巨大な切り傷がつけられ、次の瞬間血飛沫が上がる。

 何故? 何が起きた――? 考えが追いつかない。はっきりと判る事は一つだけ。壬は斬られたのだ。5メートル離れた距離から、女が片手で揮った一撃で――。


『壬っ!!』


 剣の声がする。壬はよろけながらも何とか立ち続けた。しかしその前方。女は既に第二撃の準備を終え、壬を鋭く見据えて居た――。




「よお、黒斗! 珍しいな、こんなに早く教室に居るなんてよ」


 明るい声でゆっくりと顔を上げる。つい先ほどまでの僕はきっと酷い状態だった。かなり早い段階で登校し、教室へと駆け込み、そのまま机に突っ伏して震えていたんだから。

 でも、朋希の声を聞いたら少しだけ気分が紛れた気がした。なんだかんだで僕、こいつの事が好きなのかな……。ていうかなんで君、朝っぱらからそんな元気いいの?


「おはよう……」


「うお〜すげえローテンションだな……どうした? 顔色悪いな。いや、顔色が悪いのはいつもの事か!」


 なにやらちょっと失礼な事を言われている気がする。でもまあ、もう随分と長い間僕の顔色は悪いままの気がするし、あながち間違ってないと思うからいいんだけど。

 学ランの中に引っ込めたネックレスはまだきちんと感じ取る事が出来る。それどころか身につけたらその熱さみたいなものがもっと身近に感じられるようになった。別にそれで困る事は無いんだけど……なんだか嫌だ。

 コンビニでのあれはなんだったんだろうか。何かの事件なのは間違いない。でもそれって僕には関係ないよね? そう信じたい……信じてる。関係なんて、あってたまるか。

 ダンテがあんなタイミングで変なこと言うからそれっぽく聞こえるんだよ。なんでフラグ立てるんだよお……。そんなイベントいらないよお。バットエンド直行便じゃないかあ……。


「おい、大丈夫か? 前から危ない奴だとは思っちゃいたが、今日は輪にかけて危ないぞ……? 具合悪いんなら保健室にでも行くか?」


「睡眠時間はバッチリだから遠慮しとくよ」


「ほんとかよ? 何時間寝たんだ?」


「七時間くらい。なんだよもう、うるさいなあ……大丈夫だって言ってるじゃないか」


「そうか。本当にやばくなったら言えよ? 家に帰るなら、送ってってやるからよ」


 そう言って朋希は自分の席へと移動していった。多分具合の悪い僕にあんまり話しかけないほうがいいという配慮なのだろう。彼はいつもそういう細かい気配りが出来る人間だ。だからクラスでも上手くやってる。

 でも僕はその朋希の気遣いみたいなものが嫌で仕方がなかった。同い年の癖に、朋希はどこか僕よりずっと大人びている気がする。朋希の事はずっと前から知っている幼馴染だけど……やっぱり下に守るべき人間が居るとああなるんだろうか。

 僕らは同じ孤児院の出身だ。それで、暫くの間一緒の部屋で暮らしていた。それからお互い別々の家庭に引き取られて……この町で奇跡的に再会を果たした。

 朋希は全然変わってなかった。でも朋希に言わせれば僕は大分変わったらしい。それでもこうして心配してくれるんだから間違いなく良いやつなんだろうと思う。

 彼が伊薙町に住んでいる理由は複雑だ。本当ならばアクアポリスに住みたいんだろうけど……世の中そう上手くはいかない。運動神経が良くて運動部からも良く勧誘されていたけれど、あんまり断るものだから最近は諦めたのかパッタリそんな場面に出くわさなくなった。

 朋希も本当は部活とかしたいんだろうと思う。でも彼はバイトで忙しいから出来ないんだ。僕が部屋でエロゲーしている間、クラスの皆が部活したり遊んだりしている間、あいつはずっとバイトしている。それはちょっと凄いことだと思う。申し訳なくも思う。

 でも僕にしてやれることなんてないんだ。以前僕も少しバイト手伝おうかなんて事を言った事もあった。勿論気紛れだ。本気じゃなかった。でもその時彼は本気でそれを断って、『余計な気遣いはするな』と随分怒ったものだ。


「……はあ」


 でも今は朋希の事情より自分の事情だよ。この状況、一体どうすればいいんだろう。

 結局名案は浮かばないまま時間が過ぎて行く。ダンテを捨てるわけにも行かないし……救いなのは授業中もずっとダンテはだんまりだったって事くらいか……。

 一日が経つのは本当に早かった。別にそれは今に始まった事じゃなくて、ずっと前からそうだったけど。窓の向こうに見える晴れた空を流れて行く雲……。鳥の囀り。ノートをペンが走る音。ぼんやりとそれらを眺める。

 ああ、世界が安定している……そう実感する時、僕は心底落ち着いた気持ちになる。だから学校はそんなに嫌いじゃない。決まった事をしている分には学校は素晴らしいところなんだ。こんなにきっちりと毎日毎日ローテーションのように繰り返す場所ってそうそうないだろうし。

 でも学校が嫌なのはやっぱり人が多い事だ。人が多ければ多いほど複雑にフラグが乱立し、いつ地雷を踏むかわからなくなる。ああ、教室に僕一人だけで授業し続けたいよ……。

 結局あっという間に昼休みになってしまった。といっても僕は朝弁当を作ってこなかったしコンビニにも寄れなかったし……あんなコンビニ金輪際絶対寄らないけど……。

 休み時間独特のざわざわした空気の中僕は肩身の狭い思いで椅子の上でじっと縮こまっていた。本当に怖い……。一歩動けば誰かの人生に巻き込まれるよう。危なすぎるよう……。


『おい、ちょっといいか?』


「わああああああっ!?」


 思わず飛び跳ねて絶叫してしまった。ざわめきがピタリと停止し、クラス全体からのイタ〜イ視線が僕に突き刺さる。

 そりゃ、だって、いきなり学ランの中から声が聞こえてきたらそうなるよ。慌てて僕は教室を飛び出し、一気に階段を駆け上がった。

 そのまま屋上まで飛び出して周囲を見渡す。伊薙高校の屋上は一般開放されている。だから休み時間にはこうして人がやってくるし放課後になれば吹奏楽部がここで練習してたりする……そんなことはどうでもいい! 僕は慌ててあまり人のやってこない貯水タンクの裏側に回りこみ、そこに腰を落とした。


「きゅ、急に話しかけないでよ……! あと教室の中で声出さないでよ!! 僕が変な人だと思われるじゃないかあ!」


『うむ、その事なら案ずる事は無い。お主、もう最初っから充分変な人じゃ』


 うるさいなああああああ……。そんな事言われなくたってわかってるってば……くっそう。


『幾つか言っておくべき事がある。まず、今朝の事件はお主以外の契約者の仕業と見て間違いないじゃろうな』


「その……僕以外っていうと……?」


『ええい、本当に面倒くさい奴じゃなあ……。良いか? 【ディヴィナ・マズルカ】には十二人の参加者がいる。つまりお主以外に十一人、お主と同じ状況になっておる者がいるのじゃ』


「なんて可愛そうな人たちなんだ……。同情するよ……」


『同情しているような余裕はないぞ。【ディヴィナ・マズルカ】は死神が開催する命を賭けたゲーム……。つまり、十二人の契約者の【殺し合い】なのだ』


「ころ……」


 今、なんて言った……? 死神のゲーム……は、殺し合い……? 僕以外にも十一人もこんな目にあってる人が居る……? それと殺しあえって言うのか?


『お主の寿命は残り今日含め九日間しか残っておらぬ。これはゲームの開催期間が九日間である事に由来するが、それ以前にお主の【寿命】は既にそれしか残っておらぬのじゃ』


「なんでさ……」


『死神のゲームから逃れられない為のルールの一つだと考えて貰って構わん。つまりお主は戦おうが戦うまいが、どっちにせよ九日後にはくたばっているという訳じゃ』


 さ、最悪だ……。最悪すぎて何も考えられない……。なのにダンテは次から次へと捲くし立てる。


『今朝の事件はまあ……殺されたのは契約者ではなさそうじゃな。契約者同士なら、いくら開催直後と言えどもそう簡単に決着は着くまい。決着していたとすれば、それは余程契約者同士の実力に差があったんじゃろう。まあどうせ死んだのは一般人じゃろうから油断は禁物だ』


「どうせ死んだのは一般人って……そんな。殺し合いは十二人でするって言ったじゃないか!」


『うむ。じゃがしかし、寿命は今この瞬間も減り続けておる。更に昨晩のように【ブリスゲーデ】を実体化させておけば寿命の消費は更に加速する。これでは九日間も持たない。故に一般人をゲーデで殺し、その寿命を奪って――』


「ちょ……っ!! まま、待った!! 今すごく大事な事サラっといったよね!? 何!? 君を実体化させておくと僕の寿命が減るの!?」


『う? そうじゃが?』


 マジかよおおおおおお!? 一晩中実体化させたままだったじゃないかよおおおおおっ!? どうなってんの!? 僕の残り寿命今どうなってんの!?

 こんなネックレス見ても時間わかんないよおお!! 炎の大きさで時間の経過を測るとかそんなプロフェッショナルな人とかトレジャーハンターとかじゃなきゃ出来ないような事一般人のキモオタにさせないでよ!! ぜんっぜんわかんない!! せめて一時間単位でいいからわかるようにしてよ時計じゃないよこんなのもうっ!!!!


『大丈夫か? ぬし、時々変になるのう』


「変なのは君だよ!? 君の所為なんだよ!!」


『ぬははっ! 照れるのう〜』


 っざっけんじゃねえよっ!! このっ!! この――っ!!


『ちなみにゲーデの実体化を【イディアライズ】と呼ぶ。まあ、念じるだけでも出来る事じゃから一々叫んだりせずとも良い』


「誰がっ! 叫ぶかっ!!」


『お主じゅーぶん叫んでおるぞ?』


 だからそれは君が……ああああああ話が進まないいいいいいいっ!!!!


『兎に角ゲーデを実体化イディアライズさせる事で契約者はその恩恵を得る事が出来る。ゲーデの力を使えば、一般人の虐殺など造作も無い事じゃ』


「……それじゃあ、僕以外の契約者があのコンビニの事件を起こしたって事……?」


『開催直後に行き成り喜び勇んで他の契約者や一般人に襲い掛かる奴も少なくなかろう?』


「ってことは……殺人鬼に僕も狙われるって事……?」


『おお、その通りじゃ。お主にそれを伝えようと思ってのう。我も中々親切なゲーデじゃろう?』


 僕は無言で立ち上がった。もうダンテの話は聞かない事にした。

 コンビニの事件がゲーデの契約者の仕業で、そのゲーデの契約者の一人である僕は命を狙われる……? しかもあと九日間の間に寿命で死ぬ? まるでリアリティがなくてどんな顔をすればいいのか判らない。

 そうだ、だって実際僕はコンビニ事件で人が死ぬところを見たわけじゃない。もしかしたら最近流行りのアクセルとブレーキを踏み間違えた老人がたむろしていた若者の群れに突っ込んでハレルーヤって事になっただけかも知れない。

 それにそもそもこのゲーデってやつは僕だけの妄想なのかもしれない。こんな中二病設定、考え付く方がどうかしてると思うけど……。大体、九日間で死ぬとか意味わかんないよ。だって僕はこんなにも健康じゃないか――。


『どこに行くのじゃ?』


「……家に帰るんだよ」


 屋上から戻り階段をゆっくりと下りる。自分の教室に入って荷物を纏めて鞄を背負う。戻ってきた僕をクラスメイトが危ないものを見るような目で見ていたけれど無視する。

 学校を出てやたらと起伏の激しい道を歩く。ダンテがずっと何か喚いていたけれどガン無視した。そのまま部屋に戻り、扉に鍵をかけて鞄を放り投げてついでにダンテもベッドの上に放り投げて更にダンテの上に布団と枕とうさぎのクッションを乗せて封殺する。

 そうしてPCの電源をつけてディスプレイの前に腰掛ける。ヘッドフォンも念のためにつけた。これでもう完全に妄想とはおさらば。さようなら、猟奇的世界。ただいま、エロゲー世界。


「そんなの信じない……。僕は信じない……」


 一生懸命そう自分に言い聞かせる。そうだ、危ない事なんて何もない。このまま部屋に引き篭もってればいいだけの話じゃないか。

 このままずっとエロゲーかなんかやって……クリアしたRPGでもやり直して……そうだ、格ゲーのコンボを研究したっていい。時間を潰しまくってそれで――九日間過ぎれば判るじゃないか。こんなの全部、ただの妄想だったって事が。なのにどうして――。


「どうしてこんなに……怖いんだ……っ」


 体の震えが止まらなかった。マウスを握る手がガチガチ震えている。

 僕は……怖い。怖いんだ……。信じたくないんだ……。死にたくない……当たり前じゃないか、そんなの――。


「誰か……助けてよ……っ」


 呟いた声を掻き消すようにエロゲーのOPがやたらと耳障りに流れてくる。

 僕は目を瞑り、頭を抱えてしばらく泣いた。部屋に引き篭もっていればそれで助かる……そう自分に言い聞かせながら。


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