表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/24

四日目:奔走(1)


「そうか……。あの契約者を倒したのか」


 長い長い夜が明け、一晩の一部始終を告げた時、九頭龍斬子のリアクションはただの一言それだけだった。僕は彼女が座ったベッドの下、床の上に直にあぐらをかいて俯いている。

 色々とあって本当に疲れた一夜だったけれど、明けてしまえば当たり前のように朝日が昇り明日がやってくる……。世界という巨大な流れの中としてみれば、僕らの命のやりとりなんて大した事でもない……そう太陽に言われている気がしていつも憎たらしいアレがいつも以上に憎たらしかった。

 実際、この世界では日本が平和だってだけで至る所で殺し合いというものが起きているんだろう。だろうっていうのはまあ、そんなの見た事もないただ聞きかじりの知識だからなんだけど……。自分で見た物以外信じない主義だと思っていたわけだけど、案外に自分から外に出歩かない僕の知識はやはり空虚な外部情報に依存しているらしい……。

 まあ、そんな事はどうでもいいのだ。問題は結局丸一日九頭龍斬子をこの家に宿泊させてしまったという事……。そして僕は本格的に【ディヴィナ・マズルカ】なる馬鹿げた物語の登場人物となってしまったという事……。まあ、ゲームとかマンガとかでこういう“巻き込まれ型主人公”の心境ってやつは知ってたつもりだけど、実際になってみると筆舌に尽くし難い。

 じっと見つめる掌には血なんてついていない。でも、僕は昨日確かに自らの意思で“穢れ”てしまったのだ。自分の意思で他者の命を奪った――。ダンテ……“ゲーデ”の力は強力だ。何の体力もないひ弱な僕にだってまるで映画のヒーローみたいな戦いを繰り広げる事が出来た。でもその力はやはり、僕には似つかわしくないんだと思う。

 そりゃあ、小さい頃は憧れたさ。マンガやアニメの中に登場するヒーローに憧れなかった男の子なんていないだろう。でも実際になりたいなんて、今になっても思ってたわけじゃない。僕はただ、安全で……。卑怯だとかヘタレだとか言われても兎に角平穏無事な毎日を過ごしたかっただけなんだ。もうそれが叶わなくなって、今実際にそう改めて思った。

 そしてまた思考が横にずれているのは、僕自身がこの局面を直視したがっていないという事なのか……。溜息を漏らし、周囲に目を向ける。既に時計の針は進み続け、僕は本来ならば学校に行かねばならない時間はとっくに過ぎてしまっている。所謂遅刻確定というやつなのだが……まあ別に普段から真面目にやっているとはお世辞にも言えないので構わない。ダンテのヤツは実体化を解除したまま今は僕の首から下がっているよく判らない謎のアイテムの中に潜んでいる。で、僕の目の前には九頭龍斬子……。傷を手当てする為にワイシャツの前を開けっ放しで、素肌には白い包帯を巻いている。で、それが僕が好まずとも俯いている理由になっているわけだけど……。


「結果的に、君には助けられた事になるな……。すまないな。君を護ろうとしたんだが……無様なものだな」


「あ、いや……。僕も、あんたには悪い事したと思ってるし……。か、貸し借りはこれでナシって事で……」


『敵の必殺技の盾にしておいて偉そうじゃのう……。お主なんでそういちいち上から目線なんじゃ?』


「うっさいな……!? ま、まあ……その、あんたが居なかったら僕もやばかったんだし……。兎に角そういう事だから、気にしないでよ」


 九頭龍はそんな僕らを見て口元に手を当てて微かに笑みを浮かべていた。なんというか――変わったヤツ……。それが僕の中にある九頭龍への印象だった。最初は刀持って登場したり、お前が殺人鬼か……みたいな事言われたからビビっちゃったけど、話してみると案外そんなに怖いやつでもないっていうか……。いやまあ、油断は大敵なんだけどね。信用したわけじゃないし。


「さて……長居をしてすまなかった。傷は大分回復した。これならば出歩く事も、ある程度の戦闘も可能だろう。尤も……全力にはまだ程遠いがな」


 立ち上がった九頭龍は上着に袖を通すとワイシャツのボタンを留め、素肌を隠した。これでようやくマトモに顔を上げる事が出来る……。九頭龍はと言うと、自分の腰から下げたゲーデが入ってる時計……みたいなものを見つめて険しい顔をしていた。九頭龍斬子……さんは、こうして見ているととても凛々しい。彼女は……それこそマンガやアニメに出てくるヒーローみたいだ。僕なんかよりよほど主人公然としているというか……。強いし、ハキハキしてるし、しっかりしてるし……。なんだか僕とは正反対に思える。そんな僕の視線に気づいたのか、九頭龍さんは僕へと視線を向け、優しく微笑んだ。


「世話になったな、朝霞黒斗……。そろそろ私は失礼するとしよう」


 ほったらかしだった長い黒髪を結わい、九頭龍は勝手に出て行こうとする。それを見た僕は――よせばいいのにその手を掴んで引き止めてしまっていた。振り返る九頭龍……サン。僕の顔は……見なくても判る。汗びっしょりで、なんとも表現しづらい顔をしていた事だろう。ダンテが鼻で笑うような声が聞こえ、イラっと来る。だが今はそれどころではない。


「どうかしたのか?」


「あ、い、いや……っ!?」


 な、なんで引き止めちゃったんだ……? 我ながら、まるで意味が判らない……。いやまあ、僕は彼女を必殺技の盾にしたわけで、その負い目はある。だからこそ戦ったんだしね……。実際九頭龍はまだ怪我をしているし、万全ではないと彼女自身が口走っていた。もう少し休むべきだと思う……そして同時に打算的な考えもある。九頭龍は僕を護るといってくれたし実際彼女のお陰で一度は命拾いをしているんだ。このまま彼女と一緒に居れば、この戦いを生き残る心強い味方になる……かもしれない。

 九頭龍は誰がどう見てもお人良しだ。一人しか生き残れないって言ってんのに、【ディヴィナ・マズルカ】の参加者を助ける……それは最早並大抵のお人良しではない。信用出来る……とまでは行かないけれど、少なくとも現状僕を襲う気配は無いし……いやまあ、こんな理由を考えている時点で自分を誤魔化している気がしないでもないけど……。


「九頭龍さんは、これからどうするの?」


「どうもこうも、これまでと何も変わらんさ。【ディヴィナ・マズルカ】の秩序を護る……それが私の目的だ」


「秩序……?」


「そうだ。この戦いは契約者同士の戦いが避けられないものらしい。たった一人しか生き残れない……そういう運命もあるのだろう。所詮人の人生とはままならぬ事ばかり……。不可思議の中に身を置いた時点で何があろうともまま受け止める覚悟は出来ている」


 腕を組み、そんな事を語る九頭龍……。なんだろうこいつ……。やっぱりなんか……大分変わってるな……。それって別に死んでもいいって言ってるのと同じだよな。僕は絶対嫌だけどな……。死にたくないでしょ、普通……。


「だが、中にはこの戦いに無関係な一般人を巻き込む……そういう考えの輩も居る。我らだけで命を奪い合えば済む……であれば、私はそれ以外の被害者を認めるわけには行かない。この土地を代々護り続けてきた九頭龍家の末裔として……そして何より私自身の矜持に賭けてな」


「はあ……。要するに、この殺し合い自体は否定しないけど、それ以外の人間を巻き込むのは駄目ってこと?」


「そうだ。可能な限り被害者を減らし、この戦いを穏便に済ませ、この街に平穏を取り戻す……。私たちの戦いが終わった時、この街が“何事も無かったかのように”在ればこの上無いと考えている」


 目を瞑り、ウンウンと頷く九頭龍……。イヤ……なんだろうな、この人……。僕も相当変わってる自覚はあるけど、この人も変わってるな。在る意味において現状をきちんと理解した上で練られた現実的な最善策であるようにも見える。けれどその中に一番大事であるはずの自分の命は勘定に入らない……。つまり彼女がこのまま僕に背を向けて帰ろうとしたという事は、僕は無関係な人間を襲わないと、そう彼女が信頼してくれているからなのだろう。そうしないつもりではあるけど、絶対に今後そういう事が無いとも言い切れないのに……。僕は既に一人人間を殺した。なら、二人でも三人でも別に変わらないのだから。


「戦いが終わった後、何事も無かったかのように……か。それって、まるで自分たちの存在があってもなくても変わらないって言ってるみたいだね」


「――――そうだな。その括りの中に君も含まれている事を鑑みれば、私は君に失礼な物言いをしたかもしれないな。気に障ったか?」


「そうじゃないけど……」


「人間の一生など、虫や植物と何も変わらない。命はただ在り、天命に従いその一生を終える……。納得出来る死であるかどうか、無慈悲な理不尽であるかどうかは無関係だ。草木が消えても顧みぬのが人ならば、同じく我らが消えたところで世界は何も変わらぬだろう」


 まあ確かにその通りだと思う。実際僕はついさっきまで同じような事を考えていたわけで……。人間が一人二人死んだって、世界は何も変わらない……。僕たちは当事者だから、それを大げさに感じているだけで……今実際に客観的に見れば、この街は――時の流れは何も変わらないのかもしれない。

 なら、僕たちが殺しあう意味はどこにあるというのだろう? 理由があるからって納得できるわけじゃない。僕は九頭龍みたいに物事割り切れるほど達観はしていないし、命は惜しいし納得の行かない事に頷く事は出来ない……。端的に言えば、僕は子供なのだと思う。それとも九頭龍がふけてるのか……。


「それじゃあ、あんたはそのどうでもいい自分の命を使ってこのまま最後まで正義の味方を気取り続けるんだな……」


「正義の味方――か。ふふ、いいな……それは。中々気に入ったぞ。ならば今後は、そう名乗らせて貰おうか」


 皮肉のつもりだったが、九頭龍は楽しそうに笑っていた。何となく……僕らの間には大きなズレみたいなものがあって。それが僕らの間に正常な会話のやりとりをなくしているような気がした。考え方が違いすぎれば、見解の相違なんて言葉で一つ事柄を片付ける事も可能だろう。でも今は理由は兎も角、そんな噛みあわない彼女の言葉が心地よかった。

 真正面から正論を振りかざし、ただ世間的に見て正しい事を誇示するだけの正義とは違う……。彼女は誰かに褒められたくて戦っているわけではないし、そのエゴを抱えて理解もしている。そういう人間は嫌いじゃない……むしろ好きなぐらいだ。こういう出会い方じゃなかったら……もしかしたらちゃんとフラグが立って、ラブラブな展開に……ならねえか。ああ、これがギャルゲーなら……もし“死亡バッドエンド”でもやり直せるのにね……。


「僕は……あんたみたいにこの戦いを割り切れそうにないよ。少し……羨ましいかな。そうやって物事を見通すみたいに生きられたら、きっとこの世界は生き易いんだろうね」


「…………朝霞黒斗、君はこれからどうする? 【ディヴィナ・マズルカ】が始まってしまった以上、君はその運命から逃れられない。もし君が望むのならば、ここで私との決着をつけても構わないぞ」


「い、いや……流石にそれは遠慮しとくよ……。昨日の戦いで疲れてるし……それに、怪我してる相手を襲っても……」


『なんじゃ。お主、この間と言っている事が違わぬか……?』


 煩いな……ほんと煩いなこのゲーデ……。僕だってそんな事は言われなくても判ってるさ。まあ正直に言えば、怪我をしていて全力が出せないとしても九頭龍に勝てる気はしない……。僕も十分化け物染みてたけど、こいつはもう本当に別格だ。こいつより強い契約者なんて居ないんじゃないのって思うくらいに。

 僕らが相手をするのに苦戦した昨日の敵の必殺技をこいつは太刀の一振りで払い除けた。話してみて判ったけど、それは彼女の自己への無頓着さが生み出す力なんだろう。勿論体力、技術的な面でも僕は勝てそうにはないけど、己の命を惜しまず一瞬の勝機に全てを賭ける……そんなカッコイイ真似は絶対に出来そうもない。


「……そうか。いつかは倒さねばならぬ相手だとは判っているが、君には助けられたし君は無差別に殺戮を繰り返すような人間には思えない。望まぬ争いならば、出来る限りは遠ざけたい……。甘いと思うか?」


「いや……。それより、そんな状態で大丈夫なの? いくらゲーデの力で肉体を修復出来るからって、そんなに直ぐ回復しないでしょ」


「そうだな……万全に戻るのは、恐らくまだ数日かかるだろう。だが、足を止めるわけにはいかない。残されている時間は少ない……。まだ殺戮に走る契約者が居ないとも限らないし、それに――確かめておかねばならない事もある」


 なんというか、つくづく九頭龍は僕とは違う人種の人間のようだ。僕なんかちょっと怪我してたらもう絶対動きたくないもんね……。でも、確かめたい事か……。別に九頭龍の事はどうでもいいけど、もし戦いに関わりがあるのなら気になるな。


「ねえ、九頭龍さん……。もしよかったらなんだけど――僕と協力しない?」


『なぬっ!? お主……正気か!?』


 うっせえなあ……こいつ黙って聞いてらんないんだろうか……。イラっとくるけどそれは顔には出さない。一方九頭龍も驚いた様子で、目を丸くして僕をじっと見つめていた。


「怪我をする原因になったのは僕だし……償いにはならないと思うけど、九頭龍さんを助けたいんだ。それに、一人より二人の方が色々と便利でしょ? 僕もこの街を荒らす殺人鬼は赦せないし……どうかな?」


『……なんでお主、そう心にもないことを平然と言えるんじゃ……』


 まあ、七割くらい嘘なのは認める……。しかし、こいつの声本当に九頭龍には聞こえてないんだよね……? 頼むからあんまり余計な事言わないでくれないかなあ、このクソゲーデ……。


「申し出はありがたいが……先にも述べたように、私はこの戦いは止むを得ないと考えている。勿論誰も死ななければそれに越した事は無いが……行っている事はゲームのルールからすれば逸脱した行いだ。それは即ち私の我侭という事になる。それに君の命を巻き込むのは気が引けるな」


「いや、僕が勝手に言っている事なんだから……。じゃあ、こう考えたらどうかな? 九頭龍さんの我侭に、僕は自分の我侭で付き合いたい……。これならどう?」


「そういう考え方もあるのか……。ふむ、そういう事なら……。確かに君のゲーデの力は強力だし、この傷が治るまでの間は力を貸してくれれば助かる」


「なら、決まりだね。これからよろしく、九頭龍さん」


 恐る恐る握手を求めてみると、九頭龍はそれに応えて手を握り締めてくれた。白くてしなやかな九頭龍の手はとても冷たくて、なんだかまるで血が通っていないみたいだった。

 それにしても口八丁でなんとか同盟まで結べたが……さてどうしたものか。ダンテの言うとおり七割ハッタリなのは現実なわけで……。まあ、実際九頭龍を殺すのはまだ早いと思う。この人は上手く行けば他の契約者をバシバシ倒すだろうし、僕はその分生き残れる可能性が上がる。更に九頭龍を殺すにしたって仲間になって油断を誘っておけばまだ勝機があるかもしれない。つまりこれは非常に合理的な僕の作戦なのだ。そう、全ては作戦……そのはずだ。


「こちらこそ、よろしく。それと私の事は九頭龍ではなく、斬子と呼んで欲しい。その苗字はややこしくてな……。それに、私は自分の名前がそれなりに気に入っている」


「そ、そう……。じゃあ……斬子さん」


「呼び捨てで構わないよ。君と私は手を組んだ以上、仲間という事になる。ならば上も下もないだろう? それに歳もそれほど離れてはいないだろうし」


「え……? えーと……何歳なの?」


「二十歳だ」


 えー……二十歳? なんか……えー……? もっと絶対行ってるって……。こんな二十歳いるかなあ……普通……。まあ、別にいいけどさ……。


「僕は十七だから……三つも離れてるよ?」


「三つ“しか”だ。兎に角、呼び捨てで構わない。お互い短い余命だが、仲良くやろう――黒斗」


 何となく、彼女に呼び捨てにされるのはくすぐったかった。強く凛々しく逞しく……勇敢で、正義感が強くて、ついでに腕っ節も強い九頭龍斬子。でも何となく……握り締めた彼女の手の感触がそれは違うのだと僕の耳元で囁いていた。気のせいとしか思えないようなそんな違和感の正体に気づくのは、まだまだ当分先の事で――。とりあえず僕は九頭龍さん……もとい斬子と連絡を取り合えるように、ケータイ番号とメールアドレスを交換する事になった……のだが。


「斬子……二十歳なのに、ケータイの使い方まったくわかんないの……?」


「ああ。家の者が煩いので持ってはいるが、使った事は一度もなかったな。どうやって電話をかけるんだ?」


 と、クソふざけた事を抜かし始めた為、僕は午前中に登校する事を諦めて斬子に必死でケータイの操作を教えている。ベッドの上に座って――他に座るところがないから――僕らは肩を並べてケータイをちまちま操作していた。斬子の持っていたケータイは高級そうな最新型のやつで、カメラもやたら高性能だし、ワンセグもついてる。僕なんか使えればなんでもいいと思って大分型が古いのを使ってるもんだから、ワンセグなんかついてない。カメラはあるよ、一応お飾り程度にだけど……。

 というわけで、僕は自宅一件のみ登録されている寂しい九頭龍のケータイに自分の番号を登録してやった。そも、電話のかけ方を知らないという斬子に一生懸命教えること数十分……。ようやく電話がかけられるようになった斬子は“おお、繋がったぞ! すごい!”とはしゃいでいた。こんな二十歳いねえよ……。


「しかし、電話線もないのにどうやって電話が繋がるのだろうか……。不思議だなぁ」


「いやいやいや……。いやいやいやいや……」


「ふふ、それに電話帳にやっと一つ連絡先が増えたぞ!」


「…………。ねえ、斬子って友達とかいないの……?」


「そうだな……。友達……と言えるような関係の人物は居ないかもしれないな。家柄の所為で色々と対人関係は限定されていたし、学校でも私は浮いていたからな」


 そりゃ浮くだろ……。何となく斬子が僕の学校の学生である事を仮定して妄想してみる。ああ……まあ、そういうキャラもね、ギャルゲーとかだと居るよね……。何故だかわかんないけど学校内なのに刀剣持ってるようなヤツ。実はツンデレだったりする……。しかしまあ、普通に考えてリアルでそんなん居たらもう絶対アウトだけどね……。何が何でも係わり合いになりたくない類のイタい人だよね。


「そういう黒斗は、友達がいるのか?」


「いや、全くいないって人は本当にごく僅かだと思うよ……。一人くらいいるでしょ、普通……」


「そ、そうなのか……? そういうもの、なのか……」


「ていうか、ケータイの操作も出来ない二十歳って聞いた事ないよ……。あのね、健全な二十歳っていうのは誰に言われるでもなくケータイ取り出して道端だろうが電車の中だろうが授業中だろうが、カチカチカチカチ飽きもせずケータイいじりまくってて然りなんだよ」


「いや、それはただの馬鹿だろう」


 今、あんたがあっけらかんと宣言した事はなんとなく同意したくもなるけどそれはそれでどうかと思うんだ、僕は――。


「兎に角、黒斗のお陰で一つ賢くなったよ。いやあ、最近“えむぴーすりーぷれいやー”というヤツの操作を覚えたんだが、最近の機械は複雑過ぎて会得にまだまだ時間がかかりそうだ」


「へえ、音楽聞くんだ……ってそういえばあんた、そのMP3プレイヤーだけどさ……」


 すっかり忘れていて今の今まで記憶の外にあったわけだが、彼女は初登場時からずっと首からヘッドホンを提げていた。コードは上着の内ポケットの中に繋がっていたので、そこにおそらくMP3プレイヤーがあったのだろう。だが何となく……今どうなっているのかは言うまでも無い。

 僕の指差す先、パソコンデスクの横には九頭龍がつけていたヘッドホンが転がっている。途中でコードは千切れていて、恐らくヘッドホンそのものも壊れてしまっているだろう。まあ、そんなもんつけて必殺技食らったらそうなるんだろうけど……。思い出したかのように九頭龍は自らの上着の中に手を突っ込み、なんだか嫌そうな顔をする。恐る恐る取り出した手の中には……めしゃりとへこんだMP3プレイヤー様のお姿が……。


「……こ、壊れているッ!?」


 見れば判りますけど――。


「あ、ああ……まいったなあ……。これは直るんだろうか……」


「いや……無理じゃない? いくらなんでも変形しすぎでしょ……動かないし」


「そうか……はあ、これはショックだな……。やっと使い方を覚えたばかりだったというのに……。物には寿命があり、壊れるのは当然……だがこれは余りにも早すぎる……」


 落ち込んだ様子で掌のMP3プレイヤーをじっと見つめる斬子。なんだか……思っていたより変なやつだ。変なのはもうわかりきっていたんだけど――でも更に変だと思う。それから何度か斬子が自分で電話をかけられるようになるまで練習し、メールは完全に諦める事にした。絶対無理。

 こうして僕らは手を組む事になり、九頭龍の強い勧めもあって僕はとりあえず昼間は学校に向かう事にした。学校が終わり次第、斬子と合流して今後の行動を決める……そんな感じでとりあえず話は纏まったと思う。斬子が部屋から出て行き、制服に着替えて僕は漸く自分がまだ日常の中に留まっている事を実感する。客観的事実としてではなく、僕は学校へ向かう道の途中でそう感じたのだ。


『さて、これからどうなる事やら』


 ダンテがなにやら楽しげにそう呟いた。僕は全然楽しくないけど、やはり毎日は続いていくのだ。九頭龍斬子という新しい登場人物を加え、主人公やヒーローには絶対になれない僕なりに日常は続いていく……。でもそれもおかしな話だ。僕は人を殺した。晴れやかな気持ちではないし、どんよりと落ち込んでいるわけでもない。それでも世界は回っている。まるで何事もなかったかのように。

 自分達の命は草木や虫と同じなのだと豪語した斬子の横顔を思い出し、僕は少しだけやるせない気持ちになった。果たしてこの選択は正しかったのか……。それに、斬子のあの言い分はやっぱりないと思う。あんな枯れた考え方は――寂しいだけだと思うから。

 なんにせよ、そうした悩みや考え事は全て後回りになるだろう。気持ちを切り替え、僕は学校へ行かねばならない。そうする事で結局日常は保たれ、世は事も無し――。彼女の言うとおり、平然と続いていくのだから……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Wandering Network
NEWVEL
登録させて頂いているランキングサイト様です。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ