DAY3.Outburst Of Hate(3)
――草原を走っていた。
胸を駆ける不安だけが、脚を動かしていた。地平線のような草原も、やがて終りが来たらしい。草が戦いでいるだけのラインに、何か不自然なものがあったからだ。
都市だ。巨大な石造りの都市。空を突き刺すように高い高い塔を抱えている城があった。それを中心に、都市は広がっている。しかしそれを走っている視界から見ることは、囲んでいる高い外壁によって叶わない事だった。
突然だった。満身創痍の敵兵から口にされた言葉は。
走ってぶれる視界で、必死に都市を凝視する。大切な人がいる都市を、城を。崩れていはいないだろうか。火はつけられていないだろうか。煙は上がっていないだろうか。幸いそれらは何も無かった。夕暮れの中、毅然と城は建っていた。
けれど安心は決して出来なかった。その外壁によって中を見れないからだ。予定を早めているかも知れない、息を殺して襲っているのかも知れない。不安が不安を呼ぶ。それは矛盾した螺旋階段のように止まることなく募っていく。
あの人が死んでしまう――。そう思うだけで頭を掻き毟りたくなる。あの人は大切な人なんだ。あの人は愛している人なんだ。あの子が――大好きなんだ。
あの子の心は理解しているつもりだった。孤独な心。不信な心。立場が立場である故に誰も信じず、自分でさえも信じようとしない悲しい子。だからせめて、自分が心許せる存在になろうと。そう思った。
ずっと見てきた。頑張ってる姿も、悲しんでいる姿も、寂しむ姿も。彼女はまだ幼い。だっていうのに、彼女は周りに結果を強いられる。聡明でなくてはいけない。崇高でなくていけない。そんな重みを常に感じながら、彼女は生きていた。
そんな心を、少しでも和らげたかった。せめて自分に抱かれてる時だけは、年相応の笑顔を見せていいよと笑い掛けたかった。
その為だったら何でもする。大切な人の為だから。愛している人の為だから。大好きな人の為だから。
やっとのことで辿り着いた玉座には、彼女が変わらぬ姿でいた。私を見て、毅然とした面持ちから少しだけ笑顔が現れた。その笑顔を見て――俺の心も、涙を流していた。
胸に染みる涙は、きっと安堵の涙。きっと、あの幼き姿を見て流したんだろう。自分に向けられた笑顔に流したんだろう。大切な人が、生きていたから。
それが分からなかった。結局は他人だ。他人ならば自分ではないだろう。どうしてそうまで感情を入れ込む必要がある。大切なのは自分だ。他人じゃない。自分だ。唯一絶対信じられるもの。金でも、権力でもない。自分だ。確固たる存在。我思う故に我在り。そういうものだろう、人間は。
だったらこの夢は何なんだ。この胸に広がる感覚は一体何だ。分からない。分からない。
――怪夢から目が覚める。
目を開けて、自分が泣いていることに気づいた。視界が酷くぼやけていた。見慣れた白い天井が、何やらモザイクをかけられたようになっている。頬を伝っている涙を拭いながら上半身を起こして、背中に走る鈍痛にも気づいた。まあ、ソファで寝たのだから仕様がない。首が痛くならなかっただけでもマシなのだろう。
時刻は既に昼――更に言えば三時を過ぎていた。学校はサボることにしていた。初めてだった、こんなことは。けれどまあ、一回の欠席で俺の人格が疑われるような脆い仮面を付けていた覚えはない。何も問題はないだろう。
減っている腹もそうだが、まずは遼太の容態を確認することが先決だと思った。朝は俺の作ったお粥を食べた後、また眠ってしまった。額に手を当てれば熱もあった。当然と言えば当然だ。
寝不足でふらふらする頭を抱えながら、客間を出て俺の部屋へと向かった。相変わらず、俺のベッドの上では遼太が眠っていた。寝息は穏やかだった。大分、落ち着いたのかも知れない。やはり契約者の回復力は目を見張るものがある。これなら明日は平気で動き回れるのかも知れない、そう思った。
額に乗せていたタオルは流石に温くなっていたので、キッチンへ行って濡らして絞ることにする。向かう前に、遼太の顔を観察してみた。
線の細い顔立ちに、長い睫毛が目の輪郭を強調している。少し茶髪がかった長い髪は、俺を真似したのか、左右非対称で左側の髪が長くなっていた。それに俺は思わず苦笑してしまう。
目に掛かる髪を弄りながら、俺はキッチンへと向かった。タオルを絞り、額に乗せた所で再び客間へと退却する。目を覚まされては面倒だからだ。
シリアル片手に客間に戻って、再びニュースを掛けるが、特に目に掛かる殺人事件というものはなかった。流石に昼間に行動するほど馬鹿ではないらしい。
確か一回目の殺人は三人の殺害だ。二回目は四人。そして今日未明に起きた事件では――八人。合計で十五人。素晴らしいペースでの魂喰いだった。
多分、今日起こす事件ではもっと人数が嵩むのだと思う。それは頂けない。これ以上力の差が出ては堪らない。
透明なガラスのテーブルを挟んだ向こう側、ソファに鎮座している昨日から何も喋らない銀時計を見る。
「クレ――」
そう呼び掛けて、夢の光景が、感情が俺の中を駆け抜けた。胸にしみわたる不思議な感覚。あれを体験したのは決して俺ではないのに、まるで俺自身が――俺の魂が体験したような感覚。
気づく。あの夢は――お前の記憶なのか?
「――ッ」
無意識に喉が動いていた。何を言おうとしたのかは分からない。
けれど、あんな夢は俺には関係ない。俺は俺。所詮あれは他人の事。自分の事ではない。優先すべきは何より自分であるのだから。他人など、俺に比べれば優先する“価値”もない。
一度気分を落ち着かせるために息を吸う。
「――クレイ」
俺は殆ど一日ぶりに、懐中時計へと話し掛けた。
――幸か不幸か、目の前には血だらけの世界が広がっていた。
殺人鬼の犯行現場の位置を想定して遠出したのが幸いしたのか、手間を考えて遠くから中心にある俺の部屋のマンションへと向かう様に捜索すると決めた事が災いしたのか。孤独な電車に揺られて降りたそこには、血を全身に浴びた殺人鬼が立っていた。本来真っ白なワイシャツは今や血染めの着物と化し、見るに堪えない戦慄とした衣となっていた。握る大剣からは、恐らくまだ温かい鮮血がぽたぽたと垂れていた。銀の刃もまた、血の水飛沫を吸っていた。
悲鳴が俺の耳に突き刺さった。脳を突き破る様なこの声の高さは、きっと女のものだろう。俺の他に乗客が運の悪い事に居たようだ。
赤いワイシャツ姿の殺人鬼は、その声を聞くと共に駆けて行き、一息で倒れ込む女性の前へと立ち塞がっていた。そのまま冷たい目線で見下ろして剣を振りかぶる。血を算出するスプリンクラーが、男の前に一つ出来上がった。女の声を聞き、先頭車両から駅員も出てきたが、直ぐに腰を抜かしていた。
また同じオブジェクトが一つ駅のホームに追加された。ホームには、俺と男しか生きてはいなかった。
男――竜次が弾けるように俺を見ると、直ぐに線路へと跳び下りてしまった。俺もそれを追い掛ける。竜次は大剣を肩に担いで、金網のフェンスをただのジャンプで乗り越えて行く。俺はクレイを顕現させることなく、つま先だけを金網に引っ掛けて二度ほど蹴り、片手を使ってフェンスを乗り越えていく。クレイの【実体化】は魂を消費するし、万が一にも目立つ要素は除いておきたかった。
男はそのまま人気のないマンションの間を縫って行く。その速度に振りきられぬよう追い掛けるが、生身では幾分辛い。走っていく内に、生活の明かりが灯った周囲から、更にそれすらも少ない場所へと竜次は走っていく。
凡そ数分。走り続けた後、竜次は不意に脚を止めた。俺も息を僅か肩でしながら、十分な距離を取って脚を止める。
耳を澄ませば、小波の音が耳に届いていた。周囲には沢山の倉庫。どうやら港付近の倉庫街らしい。……ああ、確かにここなら人がいない。
赤い刃を携えながら、竜次はゆっくりと振り返る。
「……俺は君が怖い」
そう、穏やかな口調で語りかけてきた。
「今でも夢に見るんだ。君が襲いかかって来たあの夜の事を。もう力はつけたのに、君は何度も俺の首元に刃を振り下ろしてくるんだ。笑いながら、何度も、何度も」
「……」
「眠らせてよ。解放してよ。俺を、君から。だから――――死んで欲しい」
「――はっ」
それはこっちのセリフだ。散々こけにされてきたんだ。いい加減俺もお前を殺したい。
正直お前が殺人鬼だろうがどうでも良い。要はこいつが――クレイがやる気を出してくれればいいんだ。“殺人鬼”を倒すという明白な目的が、今の俺達にはある。目的があるから、戦える。
カチャリ、と竜次が大剣の音を一度鳴らす。
『――行けえ! 竜次っ!!』
瞬間、弾けた様に竜次は俺目掛けて駆け出した。両手には大剣を、刃の先は地面に擦りつけているというのに――速い。
俺は両眼を瞑る。反芻する記憶は昼過ぎのこと。
“――私の本領は”
確かに、クレイはそう言った。
目を開ける。変わらず、竜次が火花を散らして駆けていた。
俺は右腕を竜次へと伸ばすように、差し出す。
“私の能力は魂を消費して―ー”
「――【実体化】」
顕現の呪文を、俺は闇に溶けるように呟いた。前方へと伸ばされた腕の先が、眩い銀の光に包まれていく。球に帯が瞬く様な神々しい光。
“――弾丸を射出することです”
光が収束すれば、俺の手に握られていたものは、奇妙な剣。柄の部分が握る指に当てはまるように形状が変化し、筒の様な物が刃の上に添えられている。それの為す意味は、剣というより――銃。
思いを込めて、引き金を引く。瞬間、銃口が強いマズルフラッシュと共に爆ぜた。
「――ッ!?」
直後に、咄嗟に構えたザリチュの刀身から、金属と金属が噛み合うような音と共に、火花が一点散った。竜次は停止を余儀なくされたようだ。――それも当然だろう。きっとアイツは何が起こったのか理解出来ていない。
――確かにクレイは言った。
“私の本領は――遠距離にあります”
もう一度。そう思えばクレイは眩い閃光で応えた。次いで再びザリチュが爆ぜる。
更に一発、二発、三発――。連続で銃口は衝撃と共に煌めく。その度に竜次の持つ大剣は震え、表面には紫電が走っている。
「な、なんだこれ――!?」
……口が吊りあがるのを止められない。
竜次が苦戦していることなど、この狼狽した声と、フラッシュによって照らされている苦悩の表情を見れば一目瞭然だ。
更に間髪入れず数発撃ちこむ。確かに、アイツは力を相当喰らってきたのだろう。確かにアイツの剣は重い上に速い。けれどそれは刃を直接交えれば、ということだ。近づかなければ、アイツはただ無力でしかないだろう。
銃口を僅かずらして連射していく。先端を下に向けた広い刀身を駆け抜けるように細かい火が散っていた。しかし防ぎ切れているのは本当に自分の真正面のみだ。先程から剣の脇を通り過ぎている弾丸は、竜次は足や腕に傷を付けている。
無論、これで終わる筈はない。
「――“Breaker Down Like A Shotgun”」
『了解』
俺の呟きに、クレイが応えた。
【飛散弾薬魂(Breaker Down Like A Shotgun)】――。マズルフラッシュを突き抜けて射出された弾丸は“七つ”に分割されている。等身円状に広がる七つの弾丸の軌跡は、正に散弾銃。それらは竜次へと面を伴って飛来していた。しかしそれは当然、離れている二人の距離では着弾するのは精々一、二発。それではダメだ。意味がない。
故に、俺は発射の瞬間に念じていた。
――曲がれ、と。
弾丸は、外へと膨らみを持った軌跡を描いて、竜次へと飛んでいく。ちょうどそこに焦点が合っているかのように、全ての弾が集約する。
「ぐ、ぅぅ――!」
七つの弾丸はザリチュを迂回していくかのように刃を通り過ぎ、更に竜次の身体を深く抉っていく。頬、腕、脇腹、太股――。全く俺に近づいていない筈の竜次は、まるで全身を刻まれたかのように傷を負っていた。
「く、そぉぉおおおおおお!!!」
変わらず火花が刀身の表面で散る中、竜次は突如駆けだした。構えたザリチュはそのままに。まるで巨大な盾の様に使用し、銃弾の雨を強行的に猛進してくる。幾重も弾が着弾し、走る足も傷を尚負って行くというのに、竜次の足は止まることはなかった。
結果、竜次は俺の目の前に到達する。俺が右にステップを一度した直後、轟音と共にザリチュが振り上げられた。振り上げた高さを利用して、竜次は袈裟の斬撃にて追撃へと興じてくる。あの巨大な剣をクレイで防ぎきれるわけがない。迷わず俺は回避を選択。後方へとステップする。放たれた斬撃は、コンクリートの地面が地割れの様に捲れ上がった。
ザリチュの刃が石を弾きながら再度地面から浮き上がる。また斬り上げるつもりだ。竜次がやっているのは、見た目通りの力任せな戦闘スタイル。
「死んでくれよっ! お前ぇ!!」
震える慟哭と共に、竜次はザリチュを振り回す。恐らく、受けた傷から自分の死が迫っていることを全身で感じているんだろう。何度も暴風を巻き起こしながら振ってくるも、動きは徐々に単調になっていた。幾ら速いといっても、ただ上下に振り下ろすだけでは到底俺には当たらない。そんなものは僅かに身を捻るだけで容易に避けられる。だっていうのに、目の前の男はそれを一心不乱に繰り返している。実に滑稽だ。
しかしこちらもクレイを構えている余裕がないのも事実。容易に避けられるが、速いものは速かった。これがきっと、魂を喰った故の力なのだろう。
逆袈裟に流れる刃を、後方へステップしてやり過ごす。着地の直後、クレイを竜次の顔面へと照準する。途端に、竜次の顔が強張った。
「――はっ」
文字通りの魂の弾丸が射出された。が、それは竜次が構えたザリチュによって防がれた。俺はそのまま銃口を下へと持っていく。今までの刃を下に向けた防御ではなく、咄嗟の構えで脚は丸空きだった。そこへ俺は容赦なく撃ち込む。
「い、ぃつ――」
竜次の足首は穴が穿たれた。凡そ1センチ程に空いた穴からは、血がドクドクと溢れ出ている。それを竜次は呻きながら見下ろし、不意に殺気を込めた瞳を俺に向けてきた。
「う、ぅああああああああああああ!」
叫び声と共に、竜次は再び振り回した。流れる血や、痛みなど度外視で、狂喜したようにザリチュを振ってくる。障害物も何もない平坦なフィールドで、ただ幼稚に振り回している竜次の姿は実に無様だ。これが敗北者。これが力のない者の姿だ。
一回転して振り抜かれる斬檄を、俺は前へと跳躍して回避する。もはや竜次の剣筋は見切る、などという次元に上がる代物ではなかった。ただの餓鬼の遊戯だ。実に下らない。
跳躍し、竜次を通り過ぎる寸前に、俺は竜次の顔を左手で強く掴み、着地と同時に地面へと叩きつけた。まるで空気を詰めたボールが破裂するような音を上がった。それにゆっくり振り返れば、目と鼻と口と、後頭部から血を流していた。目と鼻と口から流れる血は竜次の顔に赤い線を残し、後頭部からぶちまけられた血は赤いペンキを零したように溜まりを形成していた。
竜次の口から荒い息が聞こえた。もう死ぬ寸前なのかも知れない。既に眼が朦朧としている。黒目は上へと流れ掛けている。
その竜次の胸に向け、俺はクレイを構えた。銃口が向く先は心臓。
俺は息も絶え絶えの殺人鬼に向かい、一発の弾丸を撃ち放った。貫いた穴からはまた血が激しく噴射した。
終わり、か。実にあっけなかった。世を騒がせた、俺を二度退かせた敵はこの程度だったのか。ただ恐怖に溺れて駄々をこねるだけの。
俺が溜息を吐いた途端、目の前には何処か奇妙な光景が繰り広げられていた。
竜次は背中に血の水溜りを広げながら事切れている。その両手には剣は握られていることはなく、コンクリートの上に放置されている、筈だった。それは今や、粒子となって雲散している。いや、そこまでは良い。ただ――“向かう先が竜次”なのはどういうことか。
光の粒子は血を流し死に絶えた竜次に吸い込まれるように、或いは内包されるように胸から侵入していく。
ちょっと待て。こいつの――ザリチュの能力は一体何なんだ?
途端に、竜次の身体が痙攣し始めた。びくびくと波打っている。動く死体――。そんな単語が俺の脳裏に浮かんだ瞬間、竜次の全身は黒い霧に包まれていった。口から、目から、爪の間から、全身から噴き出すように吐き出された黒い霧は、竜次の全身をすっぽり覆った。
直後、俺の予想は裏切られた。風でまき散らすように霧が晴れれば、そこにいたのは一匹の狼だった。だが、その容姿たるや不気味以外の何物でもない。闇の粒子を靡かせた身体は爛れ剥けた皮に見え、赤くぎらぎら光る眼は血に飢えているようだった。
『ァ――――ァ、アァ』
苦しむような、恍惚としているような奇妙な声を上げてそれは四つの足で立っている。牙の生えた口から出てきた舌で唇を一度舐めると。
『――ご苦労だったな、竜次』
聞こえて来た声は、今まで聞いて来た竜次の【ブリスゲーデ】の声だった。
『次はお前を食わせてもらおうか……』
この状況は、竜次の【ブリスゲーデ】が……宿主を喰らって這い出てきたとでも言うのか――?
低くザリチュは笑うと、咆哮と共に喰いかかって来た。長い牙と巨大な顎を大きく開けて、飛来するそれをどうにか前転して避ける。ザリチュは軽快に着地すると、そのまま方向を転換して再度牙を剥いて来る。
開かれた口目掛けて、クレイを振り被った。剣本来の使用。
そして金属のぶつかる甲高い音の直後。ザリチュを口裂く筈のクレイは、噛まれた牙により停止していた。
『悪いな。この牙は【ブリスゲーデ(それ)】と同じ存在なんだよ』
獣の貌で、口を吊り上げてザリチュは嗤った。俺はクレイを思い切り振った。飛ばされたザリチュは空中で半回転して何事もなかったかのように着地する。
即座に俺はクレイで射撃するが、ザリチュはそれを難なく避けていた。七つに分解された【飛散弾薬魂(Breaker Down Like A Shotgun)】を数度、“四発”連射しても、獣特有の足捌きで避けられてしまう。
明らかに竜次とは運動性能が違っていた。竜次は剣を盾として使用し、その場に居座ることしか出来なかったが、目の前の獣は決して違う。幾重にも飛び交う弾丸を多少はオーバーランしているものの、回避している。
円を描くように疾駆していたザリチュは俺の背後に回った瞬間にその体を空中に投げ出してきた。また、あの牙で俺に食い掛かる気だ。無様にも俺はまたも前転して避ける。自分が地面に身体を擦らなくてはならない状況になることが腹立たしい。――だが、今は仕込むことが大切だろう。
地面を擦りながらザリチュは滑って行き、またも折り返してくる。しかし今度は牙ではなく、前足を振るって爪で刻んでくる。防ぐためクレイを振り抜くが、またも甲高い音を鳴らして着ることは叶わなかった。爪も、牙と同じらしい。
地面に着地したザリチュ目掛け間髪入れずに振り下ろす。それは当然当たる筈もなく、ザリチュは後退するだけで事なきを得る。ザリチュの身体能力では、俺の剣撃は優々と避けられるらしい。
再び【飛散弾薬魂(Breaker Down Like A Shotgun)】を“四発”連射していく。地面に発生する火花に追われるように、ザリチュはまたも駆けていく。俺はザリチュと距離を取るように、ステップしながら、曲線描く“四発”の弾丸を連続で撃つ。
一回転したあたりで、またもザリチュが急激に描く円を狭くしてきた。また俺の喰いかかってくる気だろう。実に単純だ。――そんなもの、予測済みだ。
重く低い雄叫びを上げて、ザリチュは飛びかかって来た。俺とザリチュ、その間に在る空間には――無数の光の粒が浮いていた。
ザリチュは変わらず駆けてくる。丁度光の粒に囲まれたその瞬間。
「――【解放】」
俺の呟きの直後、ザリチュの全身は爆ぜた。体中に無数の穴を開けて、苦しみの声を上げながら横倒れする。その倒れたザリチュの周囲、コンクリートの地面には無数の弾痕が付けられていた。ザリチュが受けた弾丸は計45発。予め空中に“停止”させておいた弾丸を、ザリチュは全身に浴びたのだ。もはや立てないだろう。爛れた様な四肢は既に千切れそうだ。
「残念だったな、犬」
『糞、糞、糞――。何なんだよ! お前のそれは!』
「はっ、応えてやる義理はねえよ」
逆手にクレイを持ち、俺は掲げる。光る刃の先は血だらけのザリチュの貌だ。舌を出し、息を荒くしている様子を見れば、もう死ぬ寸前なのだろう。だがそれで死なせるわけがないだろう。しっかりとこの刃を突き刺してやるさ。
『ぅ、う、うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
叫ぶザリチュの貌の中心を剣先が刺さる。ぬるり、と刃が食い込む感触を十分に味わいながら、俺は地面へと突き刺した。そのまま手前へ引き裂き、クレイを消滅させた。刃が吸ったザリチュの血が、クレイが消えた直後にびちゃりと滴った。
覆う手で隠す口――手の平から伝わる感触で、何処までも嗤っていることを俺は知った――。