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DAY3.Outburst Of Hate(1)

 麗夜は、反応に窮していた。


「ごめんなさい。驚きますよね……でも、これが一番分かってもらえるかな、って思ったんで……」


 その言葉の直後に、遼太の右手に握られていた長い槍は花びらのようなものになって散っていった。麗夜はその様子を見て、どう行動するのが一番自身のステイタスとなるのかを考える。

 ……まず一つは素直に明かすこと。これが一番無難な手だと考えられるが、正直なところメリットもデメリットも存在しないように思える。明かすことで遼太がこの事について相談してくる可能性が高い。しかしそうなれば、遼太は少なからず自分を警戒することになるだろう。


「……ごめんなさい」


 遼太は槍を消し去ると、また噴水へと向き直ってしまう。まるで目を逸らすように。

 ……二つ目はこちらのことは隠したまま遼太の相談に乗ること。これは博打の要素が高いだろう。バレていなければ一番襲撃の機会を得られるが、バレてしまった後の警戒心は尋常ではないだろう。

 ――ああ、何を言っているんだ、俺は。今、遼太は無防備にも背中を向けているではないか。だったら――。

 そう麗夜が右腕を横に上げた途端。


『竜次! 居たぞ! 俺達の獲物が居たぞ!』


 その声と共に、砂の地面を削る様な音が聞こえ、麗夜と遼太は慌てて顔を向けた。二人の視線の先には、両手を後ろに巨大な剣を引きずっているワイシャツ姿の男――竜次の姿があった。その駆けるスピードは速く、また引きずる刃からは火花が散っているようにさえ見えた。


「え、あ、あの人は!?」


 腕を横に上げたまま、麗夜は遼太を横目で見て内心舌打ちをした。

 こうなってはもう、遼太の前で曝け出すしかないだろう。恐らく遼太に戦闘は不可能だ。あの男――竜次は強かった。とても遼太では――加えてこんな状態では不可能だろう。それに竜次は自分のことを知っているのだから。【ディヴィナ・マズルカ】の参加者だということを。


「――【実体化イディアライズ】!」


 麗夜は横に上げた腕の先、指を広げ叫ぶ――が、剣が現れない。

 この期に及んで、まだ言っているのか……クレイは!


「――クレイッ!!」


「……はい」


 怒りそのものの様な麗夜の呼び声に、クレイは沈む声で答えると、白銀の光が腕の先に集中する。その光が収まれば、麗夜の右腕には一振りの剣が握られていた。


『行けぇ! 竜次! 叩っ斬れぇ!!』


 既に距離を十分に詰めていた竜次は、麗夜目掛けて重厚な剣を振り抜かんと一度右側に腰共に捩じる。それを見て、麗夜は剣でザリチュを受けようと左側に添えようとするが、それを即座に中断する。一度しか交えていないが、あの剣は酷く重かった。見た目で既に華奢なクレイではきっと防ぎきれない。ましてや相手は魂を喰らっているのだろう。尚更だ。

 麗夜は刃が銀の軌跡を描いた瞬間に、その場で垂直跳びをした。実の跳躍は縦に3メートル。跳んだ麗夜自身でも、驚く身体能力だった。

 巨大な剣――ザリチュが横に半月の軌道を描いた後、竜次は上を見上げ息を呑んだ。あの昨晩の少女の様に、麗夜が月を背に華奢な剣を身体の反りの反動と共に振り下ろそうとしている。その渾身の斬撃をそのまま受けるのはまずいと竜次は判断し、一歩後退する。竜次の身体が後ろに流れた直後に、麗夜はジャケットを靡かせながら地面へと深々と刃を突き立てた。


「せ、先輩も……だったんですね」


 その二人の殺し合いを、遼太は震える脚で必死に身体を支えながら見つめていた。


「遼太! しっかりしなさい!」


 漏らした遼太の言葉に反応するように、声と共に遼太の背後から紫色の着物の少女が現れた。少女は薄紫の髪を漂わせながら、宙に浮いている。その着物短い丈から伸びる脚は、地面には着いていなかった。

 まるで母親のように優しい目で、けれども確かな強さを持った瞳を遼太へ正面から向ける。


「憧れの人なんでしょ?」


「――うん」


「大好きな人なんでしょ?」


「――うん」


「護りたいんでしょ?」


「――うん」


「だったら、そうしよう!」


「――うんっ!」


 遼太が力強く頷いた瞬間、光の花びらが舞った。おぼろげな薄紫の花弁は遼太の右手を覆いつくし、止むと、そこには再び長い槍――アヤメが握られていた。

 間、麗夜は再度回るザリチュを後方にステップすることで避けた。竜巻のような音を鳴り上げて振り回される刃は、見た目のそれに反して非常に速い。それが元々のザリチュの性能なのか、それとも魂を喰らっているからか。兎に角、麗夜は焦燥感のようなものを覚えた。せめてクレイが能力を話してくれれば――そう思って止まない。

 半月を描いて竜次の背後に回ったザリチュを、竜次は上に振り上げる。踏ん張りの息と共に振り下ろされたそれを、麗夜は鼻先を掠めるかの如くどうにか回避する。外れた刃は弧を描いて地面へと衝突し――


「な――」


 ――信じられない事に土が巻き上がった。傍にある噴水を縮小したかのように巻き上がるそれは、ザリチュの斬撃の威力を十分に表していた。

 どうすればいい。そう麗夜が思案を始めた瞬間、


「離れて下さい! 先輩!」


「――ッ、遼太!?」


 その声に麗夜は顔を振り向かせる。


「――ぅぁあぁああああああ!!」


 そこには遼太の身長ほどもある長い槍を前方に突き立て猛進する遼太の姿があった。両手で刃を前方に落としたままの竜次は、その姿を見て脅えた目を見開かせ、即座に広い刀身のザリチュを身体の前に構える。

 掛矢のような強烈な威圧感を持って、遼太の槍――アヤメはザリチュへと刃を交えて行く。竜次はそれを受け止め、受け流す――つもりだった。


「な、何だこれ……刃が回転してるのか!?」


 そう、竜次がアヤメの刃を近くで見やれば、火花を散らして回っていた。螺旋階段のような構造で出来ている水晶の槍は、それを高速で回転させている。鍔迫り合いなど出来る訳がない。ぎゃりぎゃりと音を立て、ザリチュはアヤメから勢いよく弾かれる。


「うわっ!」


 弾かれたザリチュを勢いよく後ろへと弾き飛ばされた。やばい、無防備だ――と竜次は焦るが、遼太も突進の勢いで軽くオーバーランしていた。

 竜次は打ち上げられたザリチュを両手で持ち直し、またも刃は半月の軌道を描く。しかしそれと同時に、遼太も向き直っていた。同じようにアヤメの長い刀身を、竜次へと渾身の力で叩きつける。

 ギィン――というとても甲高い音と共に、回転するアヤメの刃により強い閃光が一瞬巻き起こった。両者はお互いに体重を刃に押し付け、鍔迫り合いをする。順当に考えれば竜次の圧勝の筈だ。何せ剣が大きい。幾ら遼太の槍が長いとはいえ、所詮槍は槍。――しかし、それは回転する刃の前では意味を為さない事だった。

 苦悩を刻む竜次の顔の前では、激しい火花を散らした刃が、離れてはまた鍔迫り合い、また離れては鍔迫り合うというのを幾度も繰り返していた。もはや根気勝負。一瞬でも気を抜けば、回転する刃に弾かれてしまう。

 しかし、そのとてつもなく速い刃を目の前に、竜次の心には陰りが生まれていた。

 怖い、怖い、怖い――。あれが当たれば一瞬で身体はひき肉のようになってしまうのだろう。そうなれば血が抉れて骨も削れて血もたくさん流れていく――。

 その恐怖に、指から力が抜けそうになった瞬間。


『竜次! 俺達は――強いんだ!!』


 その言葉に竜次は腹に力を入れた。恐れず、渾身の力で刃を少年に向かって押し出す。ギャギャギャギャ――という耳を抉るような音と共にアヤメは徐々にザリチュに圧され、


「うわぁ!?」


 強く弾かれてしまった。

 今度は遼太が無防備にも両手を槍と共に上げてしまう。そのチャンスを竜次は決して見逃さない。両手で柄を持ち直し、ザリチュを頭上遥か高く振り上げ、たたらを踏む少年を縦に斬り付ける――。


『ダメだ! 竜次! 後ろに下げれ!』


 そのザリチュの声に、竜次はハッと目だけで前を見やる。遼太ではない。その背中の影になっている奥の奥。白いダウンジャケットを羽織った少年は、マントのように靡かせながら駆けて来ていた。

 左手を身体の前にやり、右手を華奢な銀の剣と共に振りかぶっている。既に遼太の直ぐ背後まで麗夜は迫っていた。けれど振り下ろしたザリチュは止まらない。体勢を崩した遼太は何も出来ない。


『駄目です! レイヤッ――!!!』


 その瞬間、クレイの叫び声が上がると共に、麗夜の右手に握られていた剣は光の粒子として消え去ってしまう。

 直後に、麗夜の何も握られていない右腕の先が一直線に――“遼太”と竜次の身体の腰の部位を通った。思わずそれに、竜次は刃を下ろす両腕を強張らせてしまった。だがそれでも、ザリチュが止まることはなかった。


「ぁ、ぁぁああああ――!!」


 途中まで振り下ろされた刃は、遼太の右肩に数センチ減り込んでいた。一瞬でそこから血が噴き出、また遼太はアヤメを落としてしまう。落ちたそれは直ぐに薄紫の花弁となって消え失せる。


「ザ、ザ、ザ、ザリチュ! 今日は引こう。に、二対一は不利だよ!」


『――ッ!? おい、竜次!』


 そう言って竜次は転びそうになりながらも、二人の少年に背を向けて走る。

 怖かった。死ぬと思った。ジャンパーの少年の腕が槍の少年の腰と――竜次の腰を通過した時は。何故か剣は消えてしまったけど、もしあったら――。そう思うと今に腰が抜けそうだ。だから一刻も早く逃げ出したい。

 その一心で、竜次は噴水から走り離れていく。


「……」


 その背中を苛立ちで歯噛みしながら、じっと麗夜は見ていた。右手は何も握られていない。そう――強制的に【実体化イディアライズ】が解けてしまったから。


「クレイ……お前……」


 何故あそこで解いた。何故拒絶した。あそこであのまま斬り伏せていれば“二人”を殺せたんだぞ、と。

 しかしクレイは何も答えない。霊体として麗夜の前に姿は表しているが、何も言わない。麗夜の背後ではアヤメが頻りに遼太に呼び掛けていたが、そんなことは完全に麗夜の耳に入ってはいなかった。構わず、麗夜はクレイをにらみ付ける。その眼光にはもはや殺気すら含まれていた。そして返すクレイの瞳も、非常に酷似したものだった。


『――』


 一言、クレイは何かを呟いて銀時計の中へと消えてしまった。その唇を麗夜は、読む事は出来なかった。けれど直感でだが――“最低です”。そう言われた気がした。

 爪が肉に食い込むほど、麗夜は拳を握り、暴れ出したい気分をどうにかやり過ごして遼太の方へと向き直る。

 中々に、酷い惨状のように見える。遼太は顔を苦痛に歪ませて肩に手を当てているが、指の間から血が津々と出て来ている。斬られたのはついさっきの事だというのに、もう水溜りが出来始めていた。

 一度溜息を吐いて麗夜は遼太へと歩み寄る。そしてそのまま、冷えた黒い瞳で見下ろす。

 思う事は一つ。――ここで殺してしまえば一番効率が良いだろう、と。


『――レイヤ』


 そのクレイとは思えない低い声に、麗夜は舌打ちする。

 とりあえずは、血塗れの遼太こいつをどうにかしなくてはならないだろう――。




 めんどくせぇ。寝込む遼太を視界に捉えながら思った。

 ……一先ず、あの後遼太を肩に担いだ俺は何処に行こうかという事を思案した。まあ病院など有り得ないから、運ぶとしたら俺の家か遼太の家。と、そこまで考えてから遼太の家を俺は知らない事に気づく。だから結局、今遼太は俺のベッドで苦しそうに寝息を立てている訳だ。

 傷のせいか熱が出てしまっていたので、とりあえず額に濡れタオルを乗せておいた。最近活躍する機会が多い気がするのは気のせいだろう。包帯が大量にあったのは本当に運が良かった。確か、昔に汐織が大量に買ってきた時の奴の筈。俺が喧嘩で腕を切った時だったか。まあ、癪だが汐織に感謝する気分には少しだけなった。

 公園で見た時の遼太の怪我は正直助からないんじゃないかと感じたが、今は相当落ち着いている。流石にまめに包帯を取り換えなければならないくらいには出血しているのだが。容態的には病院に行かせるべきだと強く思ったが、まあゲーデの連中曰く、この程度なら一日回復に専念すれば殆ど回復するらしい。なんともまあ、契約者というのは化物染みたものだな、と思う。そう言えば俺の顎の傷ももう治ってたしな。

 一度俺は溜息を吐く。

 ……どさくさで二人を殺せなかったことには酷く苛立つが、こうなってしまっては仕様がない。精々先輩の仮面をかぶり続けることにさせてもらった。


『えーと……』


 と、その眠っている遼太の隣、正座で女にしては少し大きい身長の体を縮込ませている少女がいた。年は二十歳を若干越えていない程度に感じる。若干赤気味の薄紫の長い髪を後ろで結わっている姿が、紫色の着物と相まって和風の雰囲気を際立たせていた。

 何度か俺と視線を合わせるが、直ぐに外すという行動を何度も繰り返していた。……うざってぇ。何か言うなら言えよ。


『わ、私、アヤメ。えと、君は麗夜君で良いんだよね?』


「ああ、そうだ」


 君。という馴れ馴れしさに苛立つが、どうにか抑え応える。


「何で知ってるんだ?」


『いや、何かちょくちょくうちの遼太が名前を漏らしてたから……』


 “うち”のってどんな関係だよ。保護者かよ。お前らの関係は。

 そうだれた頭の中で突っ込みを入れるも、それを口に出すことはしなかった。決してそんな気分じゃないからだ。


『何かもう……凄く不安だったみたいでね、遼太は。先輩に相談しようかどうか〜ってずっとうじうじしてさ』


「へぇ……」


 それは御苦労なこった。将来は明智光秀になるかもな。勿論裏切らない明智光秀。そしたら犬のように扱き使ってやる。殺し損ねた分。

 ……しかしまぁ、それを聞く限り余程俺のことを遼太は信頼しているらしいな。俺が思うに、この【ディヴィナ・マズルカ】では各々の【ブリスゲーデ】に様々なシステムやルールを教えてもらうのが定石に感じる。……俺達に限っては例外だが。

 ……まあ、とにかく、遼太のゲーデ――アヤメがこういう雰囲気ならば、何かに不自由していたとは思えない。それでも俺に相談したかったという事はかなりの信頼を得ているという事だろう。うむ……これは案外殺さずにおいて正解なのかもしれん。それこそさっき思ったように、犬のように使えるかも知れない。そういう駒が一つ増えるというのはこういうロワイヤル形式では大きく意味を為すだろう……そう思う。


『だから私がすれば良いじゃんってこう、背中を押したんだけど……』


「ふぅん……」


 そこはどうでも良いな、実際。


『……』


「……」


『え、えーとじゃあ、ゲーデの方は……?』


 その言葉に俺は顎で遠くのクッションに放られている銀時計を差す。あんな不届き者の名前を言うのすら吐き気がする。

 アヤメが視線を送ると、そこから相変わらずワンピース一枚のクレイが現れた。


『クレインクラインです……』


 何とも、ゲーデ二人が正座して向き合っている様はシュールだった。というかもうちょっと神秘的な雰囲気出せよ。なんかお前らそこら辺にいる女子みたいだぞ。格好以外は。


『え、えーと、年上さんかな? アヤメです。宜しくお願いします』


『よろしく……』


 笑顔すら浮かべずクレイは答えた。その社交性ゼロとも言える反応に狼狽した挙句、こっちへと顔を向けてきやがったが、全力で顔を背けて受け流す。結局この部屋の中で話をする者は誰もいなく、遼太の寝息だけが音としてあった。

 まあ何と言うか、雰囲気として合コンで絶対にあってはならない空気だ。馬鹿な奴が馬鹿な爆弾発言をぶち落とした時の数倍以上の空気の嫌な感じが強い。まあ、それは100%俺とクレイから排出される空気なのであるが。


『……き、気まずいよぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!』


 そんなアヤメの叫びが俺の部屋に響き渡った。

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