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三日目:反撃(1)


「……貴方は、この戦いの中で最も優勝に近い場所に居る契約者の一人です」


 九頭龍 斬子がその少女に出会ったのは【ディヴィナ・マズルカ】開催の一日目の事――。静かで平穏な昼下がり。少女と斬子は肩を並べていた。

 九頭龍家が所有する山、流山の中に存在する九頭龍家の屋敷の前に突然少女は姿を現した。婁守るかみ 真名まなと名乗った少女は武家屋敷には似合わない白いゴシック調のドレスに身を包んでいる。

 

真名は斬子を尋ねてやってきた。しかし流山の周辺は常に九頭龍家の人間によって片田舎の屋敷とは思えないほどの警備網が敷かれている。それを真名は物ともせずに屋敷まで歩いてきた……。それは、とても不思議な事だった。

 事実今彼女の存在に気付いている者は斬子だけであった。屋敷には数十名の使用人が行き来している。しかしそのどの視線にも真名が捕らえられる事は無い。

 勿論、斬子はこの客人に対して普段のように使用人にお茶菓子でも出してやってくれ、とは気軽には言えなかった。仕方が無く自らの手で急須にお湯を注ぎ縁側まで持ってくる事にした。

 真名は不思議な少女だった。その奇抜な外見もさることながら、存在そのものがどうにも不安定であった。同じ契約者だというのに、彼女から敵意は感じられない。むしろその事実は斬子にとってはありがたい事であった。

 彼女のように幼げな少女を両断するなど、本来ならば絶対に在ってはならない事――。例えそれが特殊な状況下であろうとも、そんな夢見の悪い事は出来ればしたくないというのが道理。斬子は片膝を立てて縁側に腰掛けると昆布茶の注がれた湯飲みを口元へと運ぶ。


「成る程、私が最も優勝に近い契約者の一人、か」


 藍色の着物を着用した斬子は昆布茶を味わいながらそう呟く。隣、白いゴスロリドレスの真名が湯飲みに触れようとして熱くて手を引っ込める。奇妙な光景は続いていた。


「だが、不思議な言葉だ。君には未来が見えるらしい。それに――“最も”、優勝に近い場所に居る契約者の“一人”とはな」


「戦いの運命はまだ決定してはいません。ただ、幾つかの可能性に分岐しているだけ……。貴方はこの戦いで……勝利出来るだけの因子を持ち合わせています。ただ――貴方はきっと死んでしまう」


「それは君の能力……と、判断しても良いのかな?」


 真名はゆっくりと頷いた。恐る恐る湯飲みを持ち、何度も息を吹きかけて冷まそうと努力している。斬子はお茶は熱すぎる位で丁度良いのだが、確かに子供相手では問題だったかもしれない。

 そうして一生懸命にお茶を“ふーふー”する真名はどうにも契約者であるとは思えなかった。凶暴性など全く感じ取れないし、そもそも契約者として適切な存在なのかも甚だ疑問である。年齢や外見といった部分以前に、彼女からは闘争に対する興味のようなものを感じ取る事が出来なかった。


「貴方は……生身での身体能力、戦闘能力において全ての契約者の中で図抜けた性能の持ち主です。“力”を恐れる事さえなければ……きっと」


 言わんとする事は理解出来た。ゆっくりと冬の青空を見上げる。白い雲が空を流れ、太陽の光が暖かく差し込んでいた。


「真剣を初めて手にしたのは、四つの時だった。それから今日までの間、毎日剣に触れてきた……。相応の肉体的、精神的訓練も受けている。成る程、確かに私の異質な成り立ちを考えればそれを最強の一角と断ずる君の言葉も頷ける。が――そうだな。実に耳が痛いよ。私はこの力がとても恐ろしい」


 目を瞑る斬子の背後、真名には見えていなかったがそこにはスサノオの姿があった。腕を組んだスーツの男は仮面越しに斬子を見下ろす。


「まだ、幼かった頃の話だ。真剣を振り回していれば当然だが、自分の刀でうっかり怪我をしてしまった事があった。力は時に何の前触れも無く予想外の方向へと向けられてしまう。それは自分であり、友であり、家族であり……愛し、護るべき者を傷付けてしまう。力とは恐ろしい。恐ろしさを知るという事は強さに繋がる……。お爺様にそう教わったものだ」


「……貴方は力を使わず……それ故に命を落としかねない。その運命はこのままでは確定してしまう」


「それならそれで構わんさ。君も私も数奇な運命に巻き込まれてしまった……。皮肉な物だな。この戦いが終わった時、朝日を拝めるのは君か私か、或いは全く他の誰かか……。少なくともせっかくこうして知り合えた君とも確実に別れねばならないんだ、どうにも世知辛い」


「別れは避けられない物……。でも、決められた運命を変える事は出来る」


 真名は手提げのついた鞄に手を突っ込み、そこから一枚の紙切れを取り出した。丁寧に四つ折りにされたそれを斬子に手渡し、立ち上がる。


「……運命は、一つの事柄では変えられない。運命を変える為には、いくつもの要素を複雑に絡めあわせ、打破する為の因子を練り上げなければなりません。九頭龍斬子……貴方はその因子を練り上げるだけの力と適正を持っています」


「――随分と規模の大きな話だ。運命とはな」


「それは身近な物です。貴方にとっても、わたしにとっても……」


 そうして真名は昼間の太陽から身を守るように日傘を差す。一人、そのまま中庭を歩いて姿を消して行く。その姿を見送ってから斬子は四つ折にされていた紙を開き、中身を確認した。

 少女からのお願いは簡単な事であった。目的は一人の参加者を護衛する事……。あっさりと殺されてしまいかねない運命を背負った少年。紙切れにはその住所が記されていた。そうして少年を護衛するようにと指示する一文の下、付け加えられるかのように一言。


「……“因果を変える事により、貴方の身に幸福が訪れるのか、或いはその逆なのかは判らない。己の選択と決断に責任を持ち、運命に抗って下さい”、か」


 スサノオが黙って斬子を見詰める。その視線に斬子は笑顔で応えた。勿論、そんな事は言われずとも判っている。最初から決意など決まっている。それが自分で選んだ未来なら――それは誰かの所為なんかじゃない。

 立ち上がり、斬子は溜息を漏らした。長い髪を髪留めで結わう。こうなったらじっとはしていられない。どうせ残り僅かな命なのだ――博打に出るのもそう悪くはない。


「可愛らしい少女のお願いだ。まるで御伽噺の入り口と言った所か――。騎士の代役までは務まるまいが、登場人物の真似事くらいは引き受けようか」


 自らの運命が変わる事など恐れはしない。その結末がどのような情景に彩られていようとも、それは自らが選んできた軌跡の先に在る物なのだから。

 そう、そして運命は変革される――――。彼女自身がその手で選び取った因果によって――。




『――まさか、あの人を盾にするなんて……』


 夜の街を阜羽 壬は駆け抜けていた。漸く人通りの多い場所まで戻ってくる頃には既に剣の実体化は解けている。

 彼の寿命は大幅に削られていた。必殺の一撃を放ち、更にここまで全力で逃亡してきたのだから。息は切れ、両足は痺れている。肉体を酷使した代償が今になって如実に現れた。

 額の汗を拭う事も無く夜の街の明かりの中を歩く。傍らに浮かんだアルビノは眉を潜め、不安げな表情で壬を見詰めていた。考える事など一つだけ。

 そう、それはつい先程の出来事――。どちらか片方の契約者だけでもいいと、兎に角倒さねばと放った必殺の一撃――。それを斬子はたかが細長い太刀を振り抜くだけの動作で弾き飛ばして見せた。その時壬は斬子が何らかの能力を発動したのだとばかり考えていたが、それは間違いである事に今更気付く。

 斬子は剣を使って衝撃の螺旋を弾き飛ばした――というより、“受け流した”のである。低い姿勢、螺旋の方向にあわせるかのように揮った剣戟……。刹那の出来事。それは、今の壬では到底真似する事の出来ない行動。

 剣を扱う事に長け。剣と共に在り。剣の全てを知り。剣に己を預ける――。斬子は“剣士”であり、“戦士”であった。強い力を手に入れただけの素人などではない。

 例え拳銃と言う凶器を手にしたとしても、それは持ち主によって性質をがらりと変化させる。斬子が持っている剣と壬が持っている剣とでは、剣そのものの本質は同じであろうとも導き出す結果は天と地程の差がある。それは決して埋める事は出来ない。

 長い年月、己と剣の全てに裏打ちされた自信。死の暴風を前に踏み込む勇気。見極め、切り払う冷静さ……。全てにおいて九頭龍 斬子は優れていた。壬と斬子、それがもし一対一であったのならば技を弾かれた瞬間勝敗は既に決定していたと言えるだろう。

 黒斗を攻撃対象としたのは本当に単なる偶然だった。倒せないから、倒せそうな方を倒そう――その程度の事。しかし斬子にとってそれは王手でもあった。

 斬子の速さと射程を考慮すれば、巻き込む血潮ストームブリンガーを回避した直後、速攻を仕掛け壬の首を刎ねる程度なんの苦も無い事のはずであった。しかし斬子はそうしなかった。その距離から、“壬を殺さずに停止させる手段”を彼女は持ち合わせていなかったのだ。

 つまり、斬子の敗因は黒斗も壬も両方殺さないように戦おうとした事にあった。いくつもの偶然が重なり、斬子は黒斗へと手を伸ばした。そして黒斗は――自分の身可愛さに斬子を盾とした。

 黒斗は負傷していた。斬子は脇腹を抉られて気を失った。死んだかもしれない。圧倒的有利な状況下、だと言うのに何故、“自分は逃げている”のか――?

 斬子に負けた――それは事実だ。今の自分では斬子には勝てない。だがそれに深手を負わせ、戦闘不能にまで追い込んだのだ。目的は充分果たしたとも言える。それでも今、止めを刺さずに逃げている理由は何だ?


「……違う」


 止めを“刺さなかった”のではない。止めを――“刺せなかった”のだ。


「あいつ……一体なんなんだ……」


 ――――空に舞い上がった影が落ちてくる。

 数分前。壬は斬子と黒斗に止めを刺そうとしていた。血に染まったアルビノを片手に悠々と勝利を確信して歩み寄っていた。しかしその時、壬は確かに見たのだ。つい先程まで逃げ回り、“助けに来てくれた恩人を盾にした”最低な少年が、自分をしっかりと睨みつけている目を。

 燃え滾る炎のような眼差し――。自分にそれが向けられているとは思えなかった。その瞳に宿す感情は喜怒哀楽のどれにも該当しない。熱も音も無く、静かに燃え上がる炎……。確かにその気配を感じた直後、大剣を片手に少年は跳躍していた。

 月を背にシルエットが落ちてくる。その速さに思わず眼を凝らす。つい先程まで一歩動くので精一杯だったはずの少年が。自分に殺されるのを待つだけのはずだった哀れな子羊が。今目の前で、牙を剥いている――。

 空中を縦に回転し、大剣を落下と同時に叩き付ける。その衝撃はアルビノで防御しても防ぎきれない事は一目見て理解出来た。慌てて防御から回避へと切り替え、身を捩る。大剣ダンテが大地に減り込んだ瞬間――アスファルトは崩壊した。

 前後左右、十字に大地が砕ける。断裂は全方向に凡そ20メートル続き、大地は“捻れ”て陥没する。足場がふらつき体勢を崩す壬の目の前、黒斗は剣を引き抜いてそれを逆手に構える。

 ダンテの刀身は熱気を帯びていた。それは最初は気付かぬ程度に。段々と、ゆっくりと大気を浸食し――そして、激しく赤熱する。白い刀身の刃が一気に赤く燃え上がる。甲高い音を立て、刀身は真紅の白熱した光を放つ。

 “拙い”――ただそれだけは理解出来た。巨大な大剣を片手に黒斗が駆け出す。動きは決して早くはない。斬子に比べればその足運びはお遊び程度にしか見えない。しかしそれでも――壬は恐ろしかった。

 下段から大地を抉りながらダンテが奔る。振り上げるようにして放たれた一撃をアルビノで防御した瞬間、壬の手元は炎を放ち、爆発した。理解に苦しむ現象――。炎に巻かれ、よろける。


『あつ……っ!? じ、壬! あの剣――すごく熱い――ッ!?』


 空が焦げるような“におい”。しかし触れなければ決して判らなかった物。ダンテとアルビノが刃を交えた瞬間、小さな火花が散った。遅れて大きな火花が。そして最後はそれらを火種とするように小さな爆発が発生したのだ。

 それは爆発ではなく、厳密にはその限定されたエリアが燃え上がったという事。ただその勢いと熱が強すぎて爆発したかのように見えただけの事。壬は後退する。最早攻守の立場は完全に逆転していた。


『壬、反撃しなきゃ……! 大剣の圧力に負けたら押し切られるっ!!』


「言われずとも――判っているッ!!」


 後方に跳躍しつつ、身体を回転させる。鞭の形状に変化したアルビノが側面から黒斗に迫る。その一撃に対し、黒斗は片腕を翳した。

 強固になった結界はつい先ほどは一度破られたというのに今は健在であった。結界越しに威力の弱まったその鞭を片手に掴む。鞭は確かにしなやかに動き、液体のような性質を持つ。しかし触れる物は切りつけ削る、剣としての性質も持ち合わせている。当然黒斗の手は傷付けられ血に染め上げられた。

 だが少年は傷も痛みも気にはしなかった。刀身を掴み上げるその力はたかが少年一人の物とは到底思えなかった。思い切り引っ手繰られたアルビノは壬ごと黒斗目掛けて急接近する。


「な――にぃぃいいいいいいいっ!?」


 黒斗が迫る。飛来してきた壬目掛け、少年は身体を捻って蹴りを放つ。思い切り減り込んだ靴先は鳩尾にじんわりと苦痛を広げて行く。呼吸もままならず空中でよろけた壬の顔面を鷲づかみにし、黒斗は小さく唇を動かす。


「――捕まえた」


 言葉を聞き終えるよりも早く大地へと叩き付けられる。ねじれたアスファルトの上、衝撃が走った。後頭部を大地に叩きつけられ、壬の意識が一瞬途切れる。血飛沫が舞い上がり――そして。


『だめえっっ!! 壬、避けてえええええっ!!!!』


 悲鳴にも似た絶叫で意識を取り戻す。眼を凝らす壬の頭上、自分目掛けてダンテを振り下ろそうとする黒斗の姿があった。

 アルビノを咄嗟に引く。黒斗はまだ手にアルビノを絡めたままだった。身体が傾き、刃の落下地点は壬から逸れる。しかし次の瞬間ダンテの突き刺さった大地から火柱が上がり、壬も黒斗も同時に吹き飛ばされた。

 互いに大地を転がる。黒斗は倒れたまま起き上がる気配がなかった。壬はアルビノを回収し――あろう事かそのまま撤退を選択した。

 空気に呑まれて冷静な戦いが出来なかった。今でもまだ浴びせられた熱を覚えている。漸く思う。自分は心底ほっとしているのだと。あの場から逃れる事が出来た事を、まだ自分が生きている事を喜んでいるのだと。

 まるで敗北したかのような気分を味わった。相手は満身創痍、今思えば大した動きなどしていないように思う。斬子と比べれば、非常に幼稚な戦いだった。だが――それでも、得体の知れない恐ろしさがあった。斬子よりも、あの少年の方が余程――“薄気味悪かった”。


「……アルビノ、朝までに魂を集めるぞ。明日こそ――止めを刺しに行く」


『うん……』


 恐怖など自分の勘違いに違いない――そう言い聞かせた。どちらにせよ、九頭龍 斬子という最大の障害は動けなくなったのだ。あとはあの弱気な少年を打ち滅ぼすだけ。難しい事など何もないはず……。

 夜の街、拳を握り締める。月明かりを恨めしく見上げ、壬は小走りに移動を開始する。まるで何かに急かされているかのように――。




「……何てことだろう」


 頭が痛くなるような状況というのは今日みたいな事を言うんだろう――。僕はふと、そんな事を考えていた。

 なんだか良く判らないけど、滅茶苦茶に戦っていたら殺人鬼は退いてくれた。理由は兎に角、ラッキーだったと言うしかない。

 僕は直ぐにその場を離れる事にした。力の制御が出来なくて、道路とか滅茶苦茶にしてしまったからだ。あれじゃあ騒ぎになってもおかしくない。人気の無い田舎道だったとは言え、あんな物音立ててるんじゃなあ……。


「……ありえない」


 もうどれくらいこうして一人で頭を抱えている事だろう。時計を確認すると、時刻は既に深夜零時を回っていた。日付が変わり、これで【ディヴィナ・マズルカ】の三日目が開始された事を意味している。

 本当に憂鬱な気分だった。なんで僕の居場所がわかったんだろう。変じゃないか。僕には連中がゲーデの契約者だって判断する手段がないのに……なんであいつらは僕がゲーデの契約者だってわかるんだよ。

 もう本当に嫌だ。どこに逃げても駄目な気がしてくる。酷く追い詰められた気分だ。やりきれない気持ちで重苦しい溜息を漏らす。日付が変わってからだけでも既に二桁はついているだろう。


「……勘弁してよ」


 そう漏らしながらふと視線を自分のベッドの上に向ける。そこには――何故かあの場から連れ帰ってしまった九頭龍の姿があった。

 右脇腹を思い切りあの竜巻みたいな技で抉られて、更に右腕も負傷してるようだった。無我夢中でここまで背負って連れ帰った理由は、恐らくあの場に残しておくと色々と問題があるだろうという事だ。勿論……盾にしちゃったのが後ろめたいという事もあるんだろうけど……。

 自分でもとんでもない事をしたと思う。仮にも九頭龍は僕を助けに来てくれたんだし……。正直、この人が現れて心底ほっとしたんだ。これで死ななくて済むかもしれない……そう考えた。

 実際この人は僕を助けようとしてくれた。手を伸ばして名前を呼んでくれた。なのに僕のした事はそれを裏切る行為だ。僕はあの時……何を考えていたのか思い出す事が出来なかった。

 膝を抱えて部屋の隅、こうしてじっとしていると少しだけ気持ちが落ち着く気がする。首と肩、竜巻を受けた傷口が傷む。でも……契約者になったからか、傷は思ったより酷くなかった。血が物凄い勢いで噴出した時はパニクったけど、今は落ち着いてる。

 ダンテ曰く、契約者は傷を負ってもそれを回復する事が出来るらしい。勿論傷の度合いにもよるらしいけど……。ゲーデの能力的な相性や、治療に費やす寿命で効果も変わるらしいから、一概になんでも怪我を治せるわけじゃなさそうだけど……。

 とりあえず、首に巻いた包帯は今の所一回交換するだけで済んでいる。部屋のゴミ箱に血に染まった包帯が入ってるという事実がもう嫌だった。なんだよう。漫画かよう。

 九頭龍の治療をするのも大変だった。血が凄くて、服を脱がせるのも一苦労だった。相手は女性だから気を使ったけど……でもまあ、この際そんな事言ってる場合じゃないよね。正直必死にやったから何も覚えてないし。いやでも、結構素肌は綺麗だったな……。


「ねえ、ダンテ」


『呼んだか?』


 火時計の中からダンテが姿を現した。ふわりと浮かび、透けた体のままパソコンデスクの椅子の上に腰掛ける。この状態のダンテは僕にしか見えないんだよな……。


「ゲーデにはゲーデが見えるとか、そういうのはないの?」


『無いな。実体化していないゲーデは契約者以外にとっては“存在しない”のと同義じゃ。在りもしないものを認識する事は出来まい』


「……じゃあ一体、どうやって僕の後をつけられたんだろう……」


『……あ。その話をしておらんかったな。なはは、すまんすまん! 実は寿命を使えば相手が契約者かどうか、目視で判断する方法があるんじゃった。うっかりしておったのう〜! たははっ!』


 何なんだろうこいつ……。もういい加減にしてほしい。死ねばいいのに……。


「……その方法は後で詳しく訊くとして……じゃあ、九頭龍……さん、のゲーデも今は見えないだけで部屋に居るのかな?」


『じゃろうな。特に今は九頭龍 斬子の治療に全力を当てているんじゃろうし、姿を表すような余裕はないはずだしのう』


 それもそうか……。じゃあ、仮に僕がぶっ倒れてもダンテが僕の寿命を勝手に使って回復してくれるのかな……。いや、過信は出来ない。こいつの馬鹿さ加減はもういい加減理解したほうがいいぞ、僕。

 問題はそれより、この人が助かるかどうかだ。傷は当たり前のように深かった。目の前で人が重傷を負って気絶するとか、そんなのそうそう得られない経験だよ。そんな特別なイベント必要ないのに。

 九頭龍の治療をした所為で両手が血まみれだった。ベッドのシーツも赤黒く染みになっている事だろう。部屋の灯りをつけていないから判らないけど。まあ、あんまり現状を認識したくなくてあえてつけてないんだけどね……。

 もし九頭龍が死んだら僕の所為……になるんだろうか。正直、あの時はああするのが正しかったと思っている。一人しか生き残れないゲームなのに、他人を助けるなんて馬鹿のする事だ。それはそう思ってる。けど……。

 信じたわけじゃない。でも九頭龍は本当に僕を殺すつもりはなかったんだ。本当に気遣って、部屋は余り出ない方がいいと言ってくれたんだ。それが判った時、なんとなく……悪い事をしたような気がした。

 今でも信じているわけじゃない。眼が覚めたらよくもやったなって僕を殺そうとするかもしれない。そうしたら僕は……どうするだろう。それは良く判らなかった。


『止めを刺さなくて良いのか?』


 ダンテはあっけらかんとそんな事を言う。恨めしげにダンテを睨み、僕は眼を瞑った。

 本当に、ろくな事にならない。今日も明日もそれが続く……。確定しているそんな運命が、どうしようもなく憎らしかった。


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