二日目:最低(2)
阜羽 壬の人生は確かに捻れてはいたが、決定的に歪んでしまっている訳ではなかった。
人間ならば誰しも日々の生活の中に何らかの願望を抱いている。それは大方歪んだ物であり――それを実現する事が無いのは所謂善意の心や世間的な箍のお陰である。
“やって良い事と悪い事”の分別が出来ない人間は最早人間として充分すぎる程に欠落している。例え他人に対してどのような醜悪な感情を抱いたとしても、“逸脱”してしまう人間はそれだけで欠陥品――。自らを低俗な存在であると吐露するも同義だと壬は考えていた。
彼は優秀な人間である。かといって特に逸脱して優れているわけでもない。ただ“少しだけ頭が良く”生まれ、序に言えば他人よりも“少しだけ真面目”だったというだけの事――。
潔癖症とも言い換える事の出来る彼の日常は汚染された物に溢れていた。世界は人間で構築されている。地球という星、この世界、その全てにおいて人間はあらゆる物を凌駕してきた――そう考えている。
人間こそこの地球の支配者――しかしそれは同時に絶望的な事実を壬に突きつける。人間は日々低俗に堕落し続けている。退化の連続――偉大な先人達の遺した物さえ唾を吐き掛け蹴り飛ばす。
優れた人間は限りなく減ってしまったように思えた。いや、実際にはそんな事はないのだろう、とも思う。だというのに自分の周りに優れていると思える人間があまりにも少ないのは、正に“不運”であるとしか思えなかった。
不幸――。自分は世界に疎まれている……そんな気さえしていた。だからこそ、“力”を手に入れた時の感動は壬の背筋を震わせた。【ディヴィナ・マズルカ】……それは、自分が優れた人間である事を証明するチャンス。
自分が死神に選ばれた存在だという事。死の神であろうが神は神、それ以上も以下もない。この世界を支配している人間よりも更に上を行く存在に力を与えられたのだ。その代価が己の魂であろうとも、それは全く憂慮すべき事態ではない。むしろ喜び勇んで笑うべき時なのだ。
剣を手にした瞬間壬は目に付いた人間を連続で殺傷した。手口は突発的な犯行、通り魔と呼ばれても仕方が無いような低俗な物だった。頭は使わなかった。兎に角手に入れた力を試してみたくて仕方が無かったのだ。
神貴アクアポリスに住んでいるはずの壬が伊薙町で【ブリスゲーデ】を手に入れたという事実、それが既に自分に対する天啓なのだと考えた。彼はたまたま伊薙町を訪れ、そこでたまたま“不良に絡まれて金品を巻き上げられた後”であった。その時壬はろくに抵抗する事も出来ず、あっさりと敗北を喫してしまった。
壬は決して身体能力に優れた少年ではない。むしろインドアなタイプであると言えるだろう。伊薙町などという時代遅れの片田舎のどうしようもない低俗な不良程度の存在に金を奪われ、帰りの列車にも乗る事が出来ない。そんな惨めな自分自身に酷く腹が立っていた。
何でも良いから当り散らしたかった。しかし“やって良い事と悪い事”の区別が彼の行動を阻害する。少なくともその瞬間、壬の中に自らを襲った少年達を追い掛けて殺してやろうなどという気持ちはカケラほども無かった。それが不可能であるという事実は誰よりも彼自身が最も理解する所。
しかし手に入れてしまった。【ブリスゲーデ】を。人の身を超えた力を。特別な存在になった。簡単に、人の首など“縊り”落せる――。出来ない事が出来るようになった時、“やって良い事と悪い事”等という考えは色褪せ霞んで見えた。
剣を振るう事に躊躇いは無かった。あっさりと金を取り返した。コンビニエンスストアの駐車場に内臓をぶちまけてやった。爽快な気分だった。自分が選ばれし物であるという事実が彼の善悪観念を崩壊させていた。
生まれてからこれまで生きてきた18年間の中で最も清清しい瞬間であった。自分は恐るべき力を手に入れた。誰にも口出し出来ない。出来るはずがない――そう考えていた。
故にその存在は想定外だった。【ディヴィナ・マズルカ】が開始してからたった数時間。その間に自分を追い掛け、殺そうと手を出してきた女――。
まだ力について何も理解していなかった壬を“遠距離から斬りつける”という矛盾で捻じ伏せた。防御したはずなのに。防いだはずなのに。その一撃は壬の身体を斬り裂いた。そうして漸く理解する。剣は――“この世の法則さえ捩じ曲げてしまう”のだと。
壬は逃亡した。逃げ切るのはそう難しくはなかった。襲撃者は非常に素早く、逃げるだけでは逃げ切れない。しかし手傷を負ったというのに壬の足取りは軽く、そして壬もまた“剣の力”を行使したというだけの事。
逃げ切った夜の街の中、壬は傷を負ったまま浜辺に座り込んでいた。暗い夜の海の中、己を狙う存在を知る。自分だけが特別ではないのだと知る。しかしそこに落胆はなかった。
成らばその中で更に己が最も優れているのだと示せばいいだけの事。壬は行動を開始する。一先ずは――この傷を癒し、襲撃者を倒せるだけの力を得なければならなかった――。
「……結局一日歩き回って成果は無し、か……。徒労に終わったのだと考えた途端、現金にも疲れという奴が出てきたようだ」
九頭龍 斬子がそう呟くと、斬子の背後に薄っすらと人影が浮かび上がった。それは斬子が腰から提げた【時計】より姿を現した彼女のゲーデの姿。
斬子同様、全身を黒いタイトなスーツで纏めている。一見すればただの男……。しかしその顔は若草色の面で覆われている。陰陽を模った紋章の面……。男の姿はその一点において非常に異様であると言えた。
伊薙町と神貴アクアポリスとを結ぶユピアブリッジの前、伊薙町の中でも比較的賑わっている地区に斬子の姿はあった。時刻は午後八時を回ろうとしている。駅前の広場を眺めながら腕を組み、支柱に背を預けて待つ。
勿論、こんなに人気の多い時間帯、場所に例の契約者――阜羽 壬が現れるとは考えていない。とりあえず休憩……丸一日中歩き回り、他の契約者の動向をつかめないものかと奔走したのだ、流石に疲労している。それにゲーデの力を扱うという事は単純な肉体的疲労だけでは収まらない。文字通り、休み休みに扱う事が重要となる。
その事実が斬子としては歯がゆかった。体力ならば他の契約者よりも図抜けていると自負しているが、ゲーデの扱いに関しては他の契約者同様素人なのだ。無理をして倒れるなんて事になればとんでもない。
「……スサノオ。“眼”を使うとどの程度魂を消耗する?」
『…………使う気になったのか?』
「当然、出来る限り本気は出さんし、能力も出し惜しむつもりだ。だがそれで敵を倒せないのでは意味がないだろう。やれやれ、私たちにも探知系の能力があればよかったのだがな」
勿論それはスサノオの能力を批判しているわけではない。スサノオは圧倒的な直接戦闘タイプの【ブリスゲーデ】――。その真骨頂は至近距離による白兵戦闘にあるのだ。確かに探知系能力は持ち合わせていないが、直接戦闘ならばトップクラスの能力を保持している。
スサノオは斬子の隣で腰に手を当てて黙り込む。能力を出来る限り使わない事――それは斬子が初日に決定した二人の間の暗黙の了解であった。
ゲーデの力を使うという事はつまり寿命を削るという事。使えば使う程、生き残る事は困難になる。削れた寿命は何かで“補わねば”ならない。そうしなければ、最終日まで生き残る事は敵わないのだから。
斬子は初日からして既に削れた寿命を補う事はしないのだと誓っていた。それは【ディヴィナ・マズルカ】で勝利出来ない事を指す。削れた寿命を補わないのであれば、力も出せず、他の契約者に殺されるのを待つか――或いは寿命が尽きて死ぬしかない。
そうさせない為にスサノオに出来る事があるとすれば、それは一刻も早く他の契約者を見つけ出し、打ち滅ぼす事……。しかしスサノオはそれを斬子に強いるつもりは無かった。斬子の考えは別のところにあるにせよ、結果的にスサノオの憂慮する事態を突破するように斬子は動いているのだから。
「眼があれば――他の契約者を目視で判断出来る……そうだったな?」
スサノオは答えない。腰に手を当てたまま沈黙で回答する。それが彼の性格である事を斬子は理解していた。
「……最悪、事件を阻止出来ないようであれば眼を使うぞ」
『……承知した』
パートナーに対して逆らうつもりなど、スサノオにはなかった。彼にとって斬子は相棒と言うよりは主に近い存在である。彼の気質そのものがその関係性を望んでいた。
斬子は周囲を見渡し、歩き出す。スサノオは中空に浮かんだまま亡霊のように斬子の後に続く。【実体化】されていないゲーデの姿は、契約者でさえ目視する事は出来ない。
「たった二日で人が死にすぎた……。急がなければな……」
それは独り言。しかしスサノオは斬子の内情を察していた。焦り――そして不安もあるのだろう。このような状況に突然放り込まれれば動揺しない方が難しいという物。その分、女の身で斬子は良くやっている。
スサノオは斬子の隣で腕を組んだまま視線を向ける。スサノオが何かを言おうとしていることは判った。しかし、斬子は首を横に振る。
「二度は言わない。魂は奪わない……。絶対に、だ。お前には……迷惑をかけるな」
スサノオは答えない。それは、沈黙と言う名の答えだった。
「魂を、奪う?」
『うむ。それが唯一、消耗してしまった契約者の寿命を補う手段なのじゃ』
斬子とスサノオが通り過ぎ去った、駅前のインターネットカフェの個室の中、黒斗は空中に浮かんだダンテと向かい合っていた。狭い個室に二人は窮屈だったが、実体化していないダンテには質量が存在しない。パソコンの前に腰掛るようにふわりと浮かんだダンテを見やり、黒斗は深く椅子に腰掛けて溜息を漏らす。
消耗してしまった寿命を補う手段――。結局斬子はそれを黒斗には伝えなかった。知りたければ自らのゲーデに問う事……素直にそれを実践するのは不愉快だったが、知らなければいけない事なのだから仕方が無い。
『ゲーデの力を使えば寿命は減って行く。何もしなくとも、寿命は減って行く。つまりじゃ。どんどん減って行く! そのうち直ぐに尽きて死んでしまう』
「……それは判ってるよ。だから寿命の回復が必要なんだろう?」
『ゲーデの力の源は“魂”じゃ。契約者の――な。契約者の魂は、【ディヴィナ・マズルカ】が開始した時点で既にある意味特殊な状態に変質しておる。ぬしら契約者にも、まあ一応今後の人生と言うものがあったはずじゃからな』
「確かにそうだ……。それを無理矢理九日間にしちゃったんだから、そりゃ変なんだろうけどさ……」
『“圧縮”したのだと考えると早いかもしれんのう。残りの一生涯の魂を全て九日間に圧縮した……。その濃厚な人生を消費して直、ゲーデという奇跡を行使出来るのは九日程度が限界なのじゃ。ゲームとしてのルールというより、それが人間の起こせる奇跡の絶対限界値――という事じゃな』
「……良くわかんないけど、それはおいておくよ。多分これからもずっと理解出来ないだろうし」
魂の重さ、とでも言うのだろうか。そんな物は実感に値しない。だが事実として残りの人生全てが消滅し、九日間だけ神の力――ゲーデを扱う事が出来る。それが今黒斗にとって重要な情報だった。
正直、魂がどうとかはどうでも良いのだ。信じる信じないで言えば信じてはいない。だが現実目の前にこうした奇怪な状況があり、それが避けられない以上――攻略のヒントは欲しい。ただそれだけの事。
「それで、具体的に魂を奪うっていうのは?」
『自分以外の人間を殺す事じゃ』
「ふうん……自分以外の人間をころ――!? い、今なんて言った!? いや、いいっ!! 言い直さなくていいっ!!」
口を開くダンテを慌てて制する。いくら個室の中とは言え流石にこんなに大きな声を出してはまずい――それは判っている。パソコンの前で一人、何故か叫び出す危険人物に他ならない。客観的に自分を考える事はあえてしなかった。
『何を驚いておる……? 昨日の昼間にも言ったではないか。いや、確かお主、我の話を思い切り中断させておったから言いそびれたかもしれんのう』
「言いそびれたとかそういう問題じゃないでしょ……!? 大変な事じゃないか、それはっ!!」
『まあ、そう言うと思っておった。確かに残りの寿命を補給するという行為は良心が痛む――』
「僕より圧倒的に強くなってる契約者がいるって事でしょ……!?」
少女は目を丸くした。てっきりこの契約者の事だから、“そんな犯罪行為出来るわけないよ”と駄々をこねる物だとばかり思っていたのだが、反応は予想斜め上であった。黒斗は何やら憂鬱そうな表情で溜息を漏らし、上目遣いにダンテを見やる。
「昨日のコンビニの殺人事件は絶対に契約者の仕業だ……。それだけじゃない。ネットで調べたけど、昨日はいくつも殺人事件が起きてる。死者数は合計十一人――尋常な数じゃないよ。初日から人を殺して渡り歩いている馬鹿がいるのは別にいいけど、この人数を一人の契約者が殺したんだとすると、単純に考えて十一人分の魂を補給した……そういう事になるよね?」
『う、うむ』
「ダンテは僕ら契約者の九日間が残りの人生全てを圧縮したようなものだって言った。つまりそれは僕らの“一日”は一般人の“一日”と等価ではないって事だよね? 仮に一人の人間から一日分の魂を奪ったとしても、それでそのまま僕ら契約者の寿命が一日延びるわけじゃない。つまり十一人殺した所で別に物凄く強くなったわけじゃないんだろうけど……こっちは消費する一方なのに相手はこのペースで力をつけ続けるかもしれない。そうしたら遭遇したら100%負けちゃうじゃないか! そうでしょ!?」
『……う、む。な、なんじゃ? お主……意外と【ディヴィナ・マズルカ】に乗り気なのか? 何だかんだ言う割には後先考えておるのう……』
「こんな状況で後先考えないのはただの馬鹿でしょ!? ああもう、やだよお〜……! 死にたくないのに、なんで強くなってんだよ、ちくしょう、ちくしょうちくしょうっ!!」
頭を抱えて俯きながら何度も呟く黒斗。その様子は完全に落ち込んでいるが――その一見どうしようもないような発言の中にはダンテには予想の出来ない一面があった。“逃げる”ために“戦場”にやってきた事。“恐怖”を確かに感じつつ、しかし“動く”……。冷静な判断や鋭い考察を見せたかと思いきや、この情けない様相である。黒斗の性格が理解出来てきた……ダンテはそう考えていた。しかしダンテの予想のつかないような世界で黒斗は生きているのかもしれない。今はそんな風に感じられる。
「兎に角警察に通報して……いや、駄目だ。犯人が判ってないし、悪戯だと思われるに決まってる……。警察だって注意くらいしてるだろ流石に……。ちくしょう、どうしてこういう場合警察っていつも役立たずなのがセオリーなんだよ……! テンプレ通りの働きしかしないのかよ、くそう!」
『てんぷれ……? 揚げ物か?』
口元に指を当ててダンテが目をきらきらさせながら笑う。その様子を見やり、黒斗は心底うんざりした様子で視線を反らした。
「……どうしよう。遭遇したら絶対に勝てないよ。けど、人殺しになるのは嫌だし……こんなの勝ち抜けっこないじゃないか……クソゲーだよ!!」
『別にそう悲観的にならずとも、ちょちょっと殺すだけで良いではないか。人間の歴史など殺戮の歴史じゃぞ?』
「簡単に言わないでくれっ!! 昨日の犯人は馬鹿だよッ!! 頭が悪すぎるッ!! 仮に殺すにしたってあんなにも目立っちゃったら駄目じゃないか! 他の契約者の迷惑も考えてほしいよ!!」
『……んー。まあ確かにあれだけ派手に殺人が起きればこの街の治安機関も警戒せざるを得ないじゃろうな』
「困るんだよっ!! それじゃあ他の契約者が動けなくなるだろう!? ああ、そういう作戦なのか……陰謀だ……僕を殺そうという、謎の契約者の陰謀なんだ……っ」
再び頭を抱えてぶつぶつと独り言を漏らし始める黒斗。その様子にダンテは乾いた笑みを浮かべながら黒斗の傍へと降り立つ。
『段々お主という人間がわからなくなってきたぞ……』
「…………今話しかけないでよ。どうしたら死なないで済むのか考えながら欝ってるんだから……」
『お主――“人殺し”に抵抗はないのか?』
ダンテの問い掛けに黒斗が顔を上げる。その瞳には特に何の色も見られなかった。黒斗にしてみればその質問の意図が理解出来ない――そんな呆けた視線だった。
他人の死に自分を重ねる事なんてない。人間は生まれた瞬間いつかは死んでしまうものだ。それが早いか遅いか、それだけ。なのに死にたくないと考えるのは自分が可愛いから。自分がこの世界の何よりも可愛かったなら――他の人間の命と天秤にかけるまでもない。
黒斗はダンテを見詰める。黒斗にしてみればダンテのその質問は酷く的外れであるかのように思えた。元来、“そういうものなのではないのか”――。【ブリスゲーデ】とは。
「――抵抗はあるよ。勿論、人殺しなんて嫌さ。でも――」
口を噤む。それからゆっくりと、まるで説明するのが面倒と言うような口ぶりで続ける。
「――でも、それは人を殺すのが悪い事だからじゃない。人を殺すと周りの人に怒られるじゃないか。警察に捕まっちゃうじゃないか。そうなったら僕の安定した生活が変わっちゃうじゃないか。いや、刑務所に入ったらそれはそれで安定してるのかもしれないけど……。兎に角そんな一大イベント出来れば無い方がいいに決まってる。でも、死ぬのよりはましだ」
『……なん、というか。お主……相当変わっておるな……』
つくづくと言った雰囲気で呟くダンテ。黒斗はふてくされた様子でそっぽを向く。既に思考は別の方向へと向けられていた。暫くの間無言で考え込み、突然席を立つ。
『どうした? 今夜はここで過ごすんじゃなかったのか?』
「休むのはここにするよ。他に場所もないからね。でもこの店に入ってからもう二時間も経つ――。場所を変えなきゃならない。序に街を歩き回って警察の警備状況を把握する。もしどうしても仕方なく最後の手段として人を殺さなきゃならなくなったら……その時は僕だけはつかまらないようにしなきゃいけないから」
それだけ小声で呟いて黒斗は個室を出て行く。その扉をすり抜け、ダンテも後に続く。店を出た黒斗はコートを翻し、夜の月を見上げて何度目か判らない溜息を漏らした。
どうしてこんなことをしなければならないのか……そんな気持ちは確かにある。やるせない。やりきれない。しかしやらねばならない。信じられないのだから。何も、信じられないのだから。信じられないのならば――自分でやるしかない。
都合よくこんな時ヒーローが現れてくれるなんてことは在り得ない。知っている。世界は所詮一人だけの物。右へ行くも左へ行くも己次第。生きるも死ぬも――その責任は自分以外の誰かにあるわけではない。
だから歩く。恐怖で足が震えていた。疑心暗鬼で挙動不審だった。それでも黒斗は闇の中を進んで行く。ダンテはそんな少年の様子を真剣な表情で見下ろしていた――。