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二日目:最低(1)


 所謂二日目の朝。僕は制服を着用し、昨日よりも大分遅く……つまり普段通りの時間に家を出ていた。

 あまり出歩かない方が良い――そう、昨晩遭遇した九頭龍 斬子という女の人は言っていた。実際僕はそれに同意するし、家を自主的に出たいとは今でも思わない。

 でもそうしなければならない理由がある。そうしなきゃいけないんだ。だから仕方がなく学校へ向かう。それ以上も以下もない……。ただ、それだけだ。

 九頭龍さんが去った後、僕はとぼとぼ部屋に戻った。蹴破られた扉は勿論そのままで……殆ど立てかけるみたいにして何とか塞いできた。でも大家にばれるのは時間の問題だ。そうなったら……いや、その事はあまり考えたくない。

 兎に角部屋に戻った僕はそのままパソコンの前に座った。エロゲーをする為ではない。インターネットを使う為だ。

 九頭龍なんて名字、そうそうあたりに転がっているわけではないだろう。そんなヘンテコな名字、ほいほい沸かれても困るし。だからインターネットで調べれば何か判るんじゃないかと、そう考えたのだ。

 今時ネットで調べられない事なんて殆ど無い。専用の本を一冊買うよりも、ざっと調べるのならばネットを利用したほうが便利なくらいだ。ゲームの攻略サイトとかもあるし、漫画も読めるし動画もあるし……ネットとパソコンだけあればなんか他に何もいらないような気もする。

 それは兎も角、僕は九頭龍斬子について情報を調べた。ついでに【ディヴィナ・マズルカ】や【ブリスゲーデ】についてもだ。しかし後者の二つについてはろくな情報が得られなかった。正直に言えば別にあてにしていなかったから落胆もなかったけど。

 まあ、そりゃそうだよ。ネットで調べて判れば苦労しないよ。死神のゲームだとか、殺し合いだとか、寿命が九日だとか……。いや、一日経って……残り八日か。

 くそう、全然自分の残り寿命が判らなくて実感が沸かないよ。なんでこんな判りづらい時計なんだろう……。ダンテのやつ、もう少しくらいシンプルな時計になってくれてもいいじゃないか。なんだよ、他の時計とキャラかぶるから特別なのにとか考えてんだろうか……。

 思考が逸れた。兎に角後者、死神のゲームについては良く判らなかった。でも前者――九頭龍斬子については判った事がある。

 そもそもネットで調べようなんてバカなことを思いついたのは、その九頭龍という名字に聞き覚えがあったからだ。九頭龍家――。そう、伊薙町にはそういう家があるのだ。

 何故そんなものを知っているのかというと、それが個人の御宅とは思えないほどの巨大さを誇っているからである。伊薙には裏手に流山ながれやまという山がある。その山全体の8割くらいがこの九頭龍家の敷地だと言われている。

 山の大きさがどうとかそういうことには詳しくないけど、兎に角正気の沙汰ではない巨大さだ。確かに伊薙は田舎だからやたらと土地を持っている爺さん婆さんなんかも結構居る。だが九頭龍家の敷地はそれらの比ではない。

 そもそも家があの山の中のどの辺りにあるのかさっぱりわからないし、山の周辺はなんか黒服の男が立っていて迂闊に近づけないし、色々と噂の絶えない場所だ。僕は数年前伊薙に引っ越してきたから詳しくはないけれど、伊薙に暮らす人間なら九頭龍家を知らないやつはいない。

 で、何故その九頭龍家について聞き覚えがあったのかというと、勿論どこかで噂話を聞いたのもある。あるが――やはりTVCMか何かで見たのが大きいだろう。“九頭龍グループ”といえば有名な巨大企業で、様々なジャンルの子会社を抱える一大グループなのである。

 ああ、そりゃまあ聞き覚えがあっても別におかしくは無い。だがその九頭龍グループと関係があるのかどうかは微妙だ。ただ、九頭龍グループの会長は九頭龍 羅閃らせんという爺さんで、そのネーミングセンスと目つきなんかは確かに似ているように思えた。

 何はともあれ、九頭龍斬子のご自宅は山の中の九頭龍家だろう。そして彼女は僕の住所を知っている、【ブリスゲーデ】契約者だ。【ブリスゲーデ】契約者は【ディヴィナ・マズルカ】参戦者でもある。【ディヴィナ・マズルカ】で生き残れる契約者はただ一人……つまりだ。


「いつ殺されてもおかしくないって事じゃないか……」


 家に居る方が絶対危ないに決まってる。とりあえず何とか部屋を出て、学校に向かうという当たり前をこなす事にした。そうする事で部屋という追い詰められた空間から逃げ場のある屋外や人目のある校舎内などに移動し、襲われる可能性を出来るだけ低く、襲われたとしても逃げられる可能性を出来るだけ高くしておく。


『しかし意外じゃったのう。脅えて部屋から一歩も出ないと言い出すかと思っておったが』


「部屋に居るほうがよっぽど怖いよ、ちくしょう……っ」


 学校に行くのにはもう一つ理由がある。が、兎に角今は学校に向かう。考えるのはそれからだ。

 登校する生徒達の中に紛れて伊薙高校の門の前に立つ。もう随分と昔からあるらしい、由緒正しき私立高校だ。別に新しい事は何もないし、多分これからもない。だがそれがいい。

 錆付いた柵が閉ざされる前に教室に向かわねばならない。田舎独特の広々とした校庭を横切り、玄関を潜って下駄箱の前に立つ。そこで見知った顔を見つけた。


「朋希」


 声をかけると朋希は慌ててこちらを向いた。何やらじっと手に握り締めていた物を見詰めていたように見えたけど。


「お、おう! おはよう、黒斗」


「……? 何? ラブレターでも入ってたとか?」


 朋希は明らかに僕の視線から逃げるようにして右手に持っていたものを背後に隠した。それをポケットの中に捻じ込み、何でもなかったような顔をする。でもこいつは物凄く嘘がヘタだ。だから何か隠したなんて別に宣言されなくてもわかる。


「なんだよ……そんな露骨に隠さなくたっていいだろ? ラブレターの一つや二つ……」


「ら、ラブレターなわけあるかよ。てめー、俺がバイトばっかりしていて女の子と遊んでる時間ないの知ってるだろ? ラブレターもらえるくらいなら、とっくに誰かと付き合ってるぜ」


 ま、確かにそれもそうか。普段から口癖みたいに“彼女ホシーッ!!”って言ってるもんね。もしそんなあてがあったら海辺で叫んだりしないか。


「ま、別にいいけど……」


 上履きに履き替えてスニーカーを下駄箱に入れる。あー……土足でうろうろできる高校に入りたかったよ。めんどくさいよこれ。


「……く、黒斗。実はさ……」


「なに?」


 何やら気まずそうな表情で彼は視線を反らしている。口ごもるというシチュエーション事態が珍しい。まさか僕に告白したりしないよな……。

 何となくこっちまで気まずくなって続く言葉を待って身構えてしまう。二人して正面から見詰めあいながら黙り込んでいると本当にそういうシチュエーションみたいじゃないか……きも。


「早くしてくれる? さっきから通行の妨げになってるよ、僕ら。出来るだけ目立ちたくないんだよね、僕」


「ああ……。いや、何でもないわ。あー……うん。何でもねえ。何でもねーよ!」


「そ、そう……? じゃあ教室行くけど……」


「おう、行くか」


 明るく笑う朋希だったが、それはなんというか……自分を励ますような、そんな感じだった。俺ファイト! みたいな……。きも。

 そんな気持ち悪い朋希と一緒に教室に向かう。一緒にというか、勝手に歩く僕に朋希が着いてくる感じだ。僕らは教室に入り、お互いの席に着いた。

 昨日よりは大分気分が落ち着いている気がする。ただ胸にしこりのように不安が残っていて思わず溜息が漏れてしまう。そんな僕にダンテは、


『一先ずは安全地帯という事じゃな』


 なんて明るく笑う。まあ確かにここは安全だ。どんなにバカだって行き成り教室に突っ込んできて刃物振り回したりしないだろうし……いや、そんなやつも全く居ないわけではないんだろうけどさ。

 家では結局ろくに眠れなかった。またいつ襲われるかも判らないと言う不安が付きっ切りだったからだ。その緊張感が連続する状況に身体が慣れて、今は少し気が楽なのかもしれない。兎に角眠い……。

 そんなわけで授業中=睡眠時間となってしまった。まあそのつもりで来たからそれでいいんだけど。昼過ぎまでの授業全てを寝て過ごし、体育はサボり、午後はこれからどうするかを考えて過ごした。

 あっという間に放課後になり……なんだか無為に時間を過ごした気がしてくる。残り八日……しかもダンテのイディアライズで寿命は更に減っているはず。これはもう、一秒だって無駄に出来ないんじゃ……。

 とはいえ自分から積極的に動いて何かをどうにかできるような気はしない。だってまだ残り十一人もいるんだ。僕一人動いたところで何も変わらない……。


「ねえダンテ、他の契約者が死んだかどうか判らないの?」


『我はそういう能力のゲーデではないからな。他のゲーデの動きを察知出来るタイプと契約しているのなら、それも可能だろうが』


「そっか……」


 昨日の夜は誰かが死んだだろうか……。死んでいたらいい……。そうしたら僕の順番はまだ遠ざかる。

 今日も僕以外の誰かが死ねばいい。そうすれば今日もまた僕の順番はやってこない。それがずっと繰り返されれば……生き残る事が出来るんだろうか。

 僕は戦いたくない。それは誰かの命を奪うのが怖いからじゃない。僕は死にたくないんだ。戦いたいわけがない。好き好んで剣なんか振り回すやつは頭どうかしてるよ。そんなヤツは殺人に興味がある頭のネジが数本ぶっ飛んでるキチ〇イさんか、自分を勇者だか英雄だかと勘違いしている中二病の偽善者だけだ。

 兎に角、危ない事はしたくない。でも、死にたくはない……。ほうっておいても八日後には死ぬ……つまり他の契約者だって意地になって八日以内にケリをつけようと動くはずだ。そんな中、僕が生き残れる保障なんてどこにもない……。

 ダンテは“探知系のゲーデではないから判らない”と言った。探知系のゲーデというのがあるんだ。そういう連中は僕の居場所だって突き止められる……。昨日の九頭龍みたいに。

 じゃあ僕はこれから一体どこで寝泊りすればいいんだよ……。くそう、もう本当に訳がわからなくなってきた。どうしようもないじゃないか、そんなの……。

 小声でずっとダンテと話していたが、いい案は思いつかなかった。放課後の教室から次々に生徒たちが消えて行く中、僕はずっと教室から出て言った朋希を待っていた。学校に来た理由、その一つがあいつにある。

 部屋に戻りたくないから、朋希の部屋に泊めて貰おうと考えたのだ。あいつの事だから断られる事はまずないだろう。それにいざとなったら僕を助けてくれるかもしれない……そういう打算的な考えもある。

 しかし朋希は教室を出たきり中々戻ってこなかった。確か、携帯電話か何かを手にして出て行ったように見えたけど……。鞄は置きっぱなしだからそのまま帰宅するって事はないだろうし。


「仕方ない……少し探しに行くか」


 席を立ち、鞄を肩にかける。擦れ違ったら元も子もないから――探索範囲は狭いところで。廊下で通話か何かしているんだろう――そう考えながら廊下に顔を出す。すると案の定、トイレの前辺りで電話をしている朋希を発見した。

 アッサリ見つかってしまってなんだか拍子抜けだ。邪魔するのも悪いから、ゆっくりと背後から近づく事にする。朋希は電話に夢中で気付いていなかった。


「――そうか。じゃあ、元気になったんだな」


 その嬉しそうな言葉だけで誰と電話しているのかが判ってしまった。僕は思わず足を止める。


「いや……ああ。こっちは何とかやってるさ。お前の兄貴だぜ? そう簡単にへこたれたりしねえよ。ああ……ああ、黒斗も元気だよ。いや、あいつは元気じゃないか。ははっ!」


 何他人を勝手にネタにしてるんだ。なんだかむっとしてわざと足音を立ててみる。驚いた様子で振り返った朋希は赤いケータイを片手に目をぱちくりさせる。


「あれ? お前まだ教室に居たのか?」


「朋希を待ってたんじゃないか」


「俺を!? お前……珍しい事もあったもんだな……。ああ、あ〜……黒斗だよ。そう……ん? ああ、そりゃいいけど……ほい」


 と、行き成りケータイを差し出す朋希。僕に代われという事なんだろうか。電話している相手はわかりきっているから代わるのは問題ないけど……。


「もしもし?」


 とりあえず受け取って声をかける。電話の向こう、消え入りそうな微かな声が耳を打つ。


『黒斗さんですか? お久しぶりです。深邑みゆですけど……わかりますか?』


「そりゃ、わかるよ。いくらなんでもそこまで薄情じゃないし……。久しぶりだね、深邑」


 綺堂 深邑――。つまり、朋希の妹さんだ。透き通るような、甘い声色……。電話越しでも変わらない。どこか儚げな印象を受ける、可愛い声だ。

 深邑こそ朋希が伊薙に引っ越してきた理由でもある。彼女は身体が弱く、昔から入退院を繰り返していた。今は神貴アクアポリスに住んでいて、そこで腕の良い医者にかかっているとかなんとか。

 朋希と深邑は別々の家庭に引き取られた。だから今は離れ離れで暮らしている。二人の新しい両親はお互いにお互いの存在を嫌っていて、二人を引き離そうとしていた。結果、深邑はそれに逆らっては生きていけず……朋希はそれに逆らって苦労を買って出ている。

 二人とも僕の幼馴染である事は変わりない。ただ、僕らは三人とも別の家庭に引き取られた。だからこうして近くに住んでいるのは本当に凄い偶然なのだ。


『良かった。黒斗さん、少し話さないと私の事忘れちゃいそうだから』


「君はどういう風に僕を見てるんだか」


『兄さんが迷惑かけてませんか?』


「……迷惑……かけてるかも」


「おいっ!! 深邑に変なこと言うなよ!!」


 その兄さんが横で怒ってるがな。


『あ、今日兄さんが久しぶりに様子を見に来るって言うんですけど、黒斗さんもどうですか?』


「え? 今日?」


 それは――まずい。深邑に会いに行くなんて滅多にあることじゃないから完全に失念していた。それじゃあ朋希の部屋に泊まれないじゃないか。

 困る。それは困る……。でも一緒に行って……それで深邑がもしも巻き込まれたら……。そんな事知ったことないさ。でも……。


「あ、えっと……遠慮、しとくよ。朋希と……遼太も居るんでしょ? 三人で何か食べにでも行けば」


『そう……ですか? ちょっと、残念……』


「……近い内に会いに行くよ。朋希が許可したらだけどね。それじゃ、朋希に代わるよ」


 ケータイと朋希に突っ返す。内心僕は穏やかではなかった。でも……朋希はずっと深邑の為に頑張ってきたんだ。どういう風の吹き回しで会いに行くのかわからないけど、二人の再会を邪魔するのはどうかと思う。

 別に、二人の心配をしてるわけじゃない。ただ、深邑は身体が弱いんだ。もし襲われたりしたら、きっと足手纏いになる……。そういうのは……いやだから。


「それじゃ、僕はもう帰るよ」


「ああ、駅前で……おい? 黒斗? あ、いや、黒斗が帰るって……おーいっ?」


 背後で朋希が呼んでいたけれど無視して歩き出した。どうすればいいんだろう。僕には行くところがなくなってしまった。こんな事なら、もっと友達を作っておくんだった……。


『なんじゃ。案外いいところがあるではないか』


「何がさ……」


 ダンテが話しかけてくる。今日気付いたけど、多分ダンテの声は他の皆には聞こえていないんだと思う。だから僕は盛大な独り言を漏らしている事になるわけだ。そりゃ変な目で見られるさ。


「別に僕は……」


『皆まで言うな。段々お主という人間がどういうものなのか判ってきたぞ』


「なんだそれ? 君見たいなのに判ったような顔されたくないよ」


『はっはっは!』


 全く、どうしようもないパートナーだ。相棒なら少しくらい僕の為に物事を考えてくれたっていいじゃないか……。

 校門を潜り、夕焼けの空の下帰宅する。でも部屋に帰ったら九頭龍が待ち受けているかも知れない……。本当に憂鬱な気分だ。

 とりあえず部屋まで戻り、それから考える事にした。坂道を慎重に上り、アパートの様子を電柱の影から窺う。扉は……相変わらずぶっ壊れていた。

 そうだ、その問題もあったんだ。くそう、本当に嫌気が差すよ……。とりあえず部屋まで戻り、中に誰も待ち受けて居ない事を確認してなんとか無事帰宅を果たした。

 すぐさま部屋に誰か侵入した形跡がないかを調査する。が、全く変化なし。自分の部屋の中の事なら何でも覚えている。多少散らかっているように見えても……例えばテレビのリモコンがマンガの山の後ろにあるとか、そういう事は完全に把握しているんだ。誰かが入って荒らせばそれだけで直ぐに判る。

 とりあえず着替えを済ませ、上着を片手に慌てて部屋を飛び出した。部屋でエロゲーやってる様な状況じゃなくなってしまった。自分の家から逃げるように走り去る今の自分の姿を想像して悲しくなる。


『ほう、夜も自分から探索に向かうつもりか?』


「冗談じゃないよ、そんな事絶対にするもんか。でもあの部屋に居たら九頭龍が来るじゃないか」


『ふむ。じゃが、当面あの女とは当たらぬ気がするがのう』


「君の推測にどれだけの価値があるっていうんだ。あいつの態度だって信じられるところなんて一つもないよ。いつまた襲い掛かってくるか判らない。寝ているところに侵入でもされてみろ。そのために出入り口を確保したのかもしれない」


『それは考えすぎじゃろう〜』


「だから、そんなの君にはわかんないんだろ!? 探知系能力もない、使えないゲーデのくせにっ!!」


『む? 使えないとはなんじゃ、使えないとは!! 言って置くがのう、昨晩だって我が咄嗟にお主を守らねば……』


「君は僕と契約してるんだから命を守るのは当然なんだよ、ばか! そんな事程度で一々恩を着せないでよ!」


『ぬぐぐ……』


 本当に使えないゲーデで頭にくる。でも今はダンテの無能さを恨んでいる場合じゃない。兎に角移動しまくらなくては。

 例えば探知系ゲーデというやつの能力が“他の契約者の現住所を探索する”というものならばまだいい。でもそんな限定的なシチュエーションよりも、“他の契約者の現在地を探索する”という能力である可能性の方が絶対的に高い。

 現住所はどこですかなんてそんなものは電話帳でだって調べられる。そりゃまあ、契約者かどうかは判らないだろうけど……。兎に角九頭龍は僕の住所だけではなく僕の居場所もわかると考えるべきだ。だが能力は連打出来るものではない。残りの寿命を削ってゲーデの力を使う必要があるからだ。そのルールがある限り、常にこちらの居場所を把握できるわけではない。

 故に出来るだけマメに移動をしていれば絶対に見つからないとも言える。いや訂正しよう、絶対なんて事は在り得ない。偶然に偶然が重なり不幸はやってくるものだ。相手が能力の連打をしてこない事が判っていても僕はこまめに移動する事にする。

 明日からはいちいち部屋に戻らず鞄に着替えを入れてトイレで着替えよう。そうすれば必ず部屋に一度戻るという絶対的なサイクルを崩す事が出来る。それで少しは探知をかく乱出来るかもしれない。兎に角今の僕に出来る事――それは必至に九頭龍から逃げる事だけだ。

 夜の伊薙街を只管に歩く。夕暮れはとっくに過ぎ去り、町は闇に包まれていく。外灯も少ないものだから、通る道は選ばねばならない。出来れば人が多く……そして逃げ場所に困らない所だ。


『……ぬし、もしかしてこのまま一晩中逃げ続けるつもりか?』


「それで死なないならそうするよ」


『体力が持たんだろう? それにさっきから言っておるように、あの女は直ぐには襲って来ないじゃろう』


「何度も言わせないで……。そんなのは“絶対”じゃないんだ。“絶対”じゃない以上、僕はそれこそ“絶対に信じない”。君の言う事も、九頭龍の言う事も。僕がずっと気を張っていられるかも判らない。僕はご存知の通りの性格だからね……。だから僕は僕も信用しない。だからこうして逃げ続けてる」


 そう、部屋で敵が来ないかどうかずっと待ち続ける……そんな事が出来るとは思えない。何かの拍子で僕の役立たずな意識が睡魔に襲われるかもしれない。不確定要素を誘発する、僕の意思に伴わない行動は絶対に防がねばならない。

 兎に角何も信じてはいけない。それがパートナーのダンテだろうが同じ事だ。僕は僕だって信じていない。だから出来るだけ、そしてより確実な方を選ばなければ成らない。


「死にたくないんだよ、僕は……」


 夜の町を徘徊するなんて昨日まで考えもしなかった。それでも僕はここにいる。意図せずこうして――【ディヴィナ・マズルカ】のステージの上に……。


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