タツとのデートの約束
「麻友、水曜日は暇? 」
タツがお皿にチョコレートケーキを盛りながら言った。麻友はしばらく言葉の意味を考えていたが、思っている事を素直に聞く。
「特に予定はありませんけど……何でです? 」
「俺とデートしようよ」
さも当たり前のように、さらっと言う。
「……デート、ですか? 」
麻友はおうむ返しで答える。タツは困った様に苦笑いをする。チョコレートケーキを麻友の目の前に置いた。ケーキの横にはミントの葉と、たっぷりと生クリームが添えられている。
「お客様からのいただき物だけど、どうぞ」
「良いんですか? ありがとうございます! 」
チョコレートの甘い匂いに、つい笑顔になる。
「女の子はケーキ好きだね」
「好きですね。実はチョコレートも生クリームも大好きです」
麻友は早速フォークで先端をすくい、口に運んだ。甘くて少しほろ苦い、絶妙な美味しさだった。
「美味しい……」
麻友は左手を口の前で握って、一口をゆっくりと味わった。しばらく麻友の様子を見つめていたタツの肘を、従業員のタカがつつく。
「店長、見すぎです」
小声でそう言われ、我に返る。タカに軽く笑いかけておしぼりをたたむ。
「良かった。まだあるよ」
「タツさんは食べないんです? 一緒に食べましょう? 」
「じゃ」
と言って口を開けてみた。麻友はどうするだろう?
「えっ」
すぐに意味を理解した麻友は、少し迷った。が、笑いながらケーキをフォークで大きめにすくう。そして落ちても良いように左手を添えて、タツの口に持っていった。
「あーん」
麻友は可愛らしくそう言った。タツは驚いた顔をしたが、自分で仕掛けた事。引っ込みがつかず、それを一口で食べる。思っていたより大きく、口の中がケーキで一杯になってしまった。それを見た麻友は思わず吹き出してしまう。
「ぷっ、タツさん! ハムスターみたいっ、あははっ! 」
麻友が珍しく声に出して笑う。タツはケーキをやっとで飲み込んで、タカから受け取ったお水を飲む。
「人に食べさせる時は大きさを考えろっ、バカっ! 」
「あ、男の人ってたくさん欲しいのかなって、ごめんなさい、ふふっ」
まだ笑いがおさまらない。こんなに楽しそうに笑われると、それを見ているだけで幸せな気持ちになれる……タツは麻友が愛しくて仕方がなかった。
「はぁ……すみません、おさまりました……ふふ、美味しかったですか? 」
「うん、美味しかったよ」
麻友は満足そうに笑い、残りのケーキを食べ始める。
「で、デートする? 」
「……あ、の、私とじゃつまらないですよ? 」
遠慮がちに目を伏せて言う。
「それは俺が決める」
「あ、でも……」
「大介さんには俺から伝える」
「それは、関係無いですよ」
これだけは、苦笑いで否定する。
「麻友はさ、興味ない? 俺が普段どんなデートしてるのか」
この台詞は、麻友の好奇心を少なからずくすぐった。
「……確かに、ちょっと興味あります」
「じゃ、決まり。次の休みに迎えにいくから、連絡先と家の場所教えて? 」
連絡先を交換し、家の説明が終わったところで麻友がふと、聞く。
「タツさんは、女の子のどんな服装が好きですか? 」
「え? 」
「……あっ、いえ、あのどうせなら喜んで欲しいなって思って」
顔を赤くてして焦っている。正直、そんな事聞かれると思っていなかった。麻友は自分よりはるかに、デートを楽しもうとしてくれている、タツは素直に嬉しかった。
「ああ、似合っていれば何でも。あ、でもやっぱり女の子のにはスカートをはいて欲しいかな」
「なるほど」
麻友は少しほっとした様子だ。タツが不思議そうに見ると
「すごいセクシーな服って言われたらどうしようかと思っちゃって」
と、言った。
麻友が帰った後、タツは大介に電話をかける。
『もしもし』
「もしもし、タツです、こんばんは」
『こんばんは、今日はどうしました? 』
「ええ、今週水曜日に麻友をお借りします」
『俺は婚約者がいるし、麻友は俺の所有物ではありませんよ』
ため息をつき、少しイラついた口調では大介が淡々と言う。
「それを聞いて安心しました、では心置きなく」
『では』
「また飲みに来て下さいね」
大介は、そのまま電話を切った。タツは店へと戻る。
「怒ってたな、大介さん」
ポツリと呟いた。
「店長、やりましたね」
閉店前の片付けをしながら、タカが言った。
「うん? 」
「あの子の事ですよ」
「ああ……俺、何やってるんだろうな」
少し照れたように笑う。
「でも珍しいですよね、店長があんなに女の子に執着するなんて」
「ぷっ、執着って」
「今まで彼女にだって、お店でキスなんてした事無かったですよね」
「そうだな」
「でもあの子も変わってますよね。ここへ来たら店長にキスされるかもって、わかってるだろうに、来るなんて。店長の事、好きなんですかね? 」
「いや、そうじゃないよ。麻友にとってはキスより、俺に話をする事の方が重要なだけだ」
「なるほど……」
「それを利用して、ちょっかいを出している(笑)」
「気が付いたら好きになってたって所ですね? 」
「ああ……麻友は大介さんを一途に想っているのに、自分を好きになってくれた智や、俺の事も大事にしようとしている。出来っこないのに。自分が苦しいだけなのに……」
「店長……デート、するんですよね? 」
「ああ」
「どうするんです? 」
「どうするって……どうせなら、堕とすつもりだよ」
「……今ので、俺が堕ちました」
「ぷっ、良い練習になったよ、サンキュー」
タツはタカの頭をくしゃくしゃと撫でた。タツはさっきの麻友の無邪気な笑顔を思い出していた。ずっと、あの笑顔を見ていたい、出来ればその横で一緒に笑っていられれば……