自己防衛の為の優しさって?
朝食を食べ終え、少し寛いだ後で麻友は実家を後にした。空を見上げると、昨日の雪が嘘みたいに青空が広がっていた。もちろん、積もってもいない。昨日の事を楽しそうに思い出していると、背後から声をかけられる。
「えー?! 麻友ちゃん? 」
振り返ると健太が嬉しそうに走ってきた。犬みたい……麻友は笑いながらそう思った。
「何してるの? 」
「昨日実家に戻ってて、今から帰るとこ。健太は? 」
「俺も! 運命かな? ってか実家戻るんなら言ってよ、水くさいな」
「ふふっ、何であんたにイチイチ言う必要があるのよ」
健太も「ははっ」と笑う。駅までの道をのんびりと二人で歩く。公園に
差し掛かったとき、健太が懐かしそうに言った。
「あ、ここ」
「え? 」
「覚えてない? ここで良く麻友ちゃんに助けられたよね」
「ああ……そうだったね」
同級生にからかわれていたのが、この公園だった。大人になって見ると、この公園も小さく感じられる。私達が大きくなっただけにのに。
「そんな嫌なこと、健太も早く忘れなよ」
麻友は苦笑いをする。
「忘れないよ」
健太は麻友を見て、嬉しそうに笑う。
「あの時の麻友ちゃん、カッコ良かったもん。ジャンヌダルクみたい」
「うん? ちょっと解りにくいな」
「俺には正義の味方で、天使に見えたんだ」
遠い目をして話し続ける。
「あの頃の麻友ちゃんはさ、強くて優しかったよ」
「べた褒めだな……ん? 今は? 」
「うーん、そうだな今の麻友ちゃんは優しくて脆い」
「……え? 」
「昔は優しさゆえの強さだったのが、今は脆さからの優しさって所かな」
麻友は不思議そうに健太を見つめる。
「自己防衛の為の優しさ、つまり、強くないって事」
健太は言葉を選びながら話していたが、最終的にこう言った。
「まぁ、俺はどんな麻友ちゃんでも好きだけど。あの頃とは逆に、俺が守れるようにならなきゃって思ったよ」
健太は笑う。「大介さんってさ」
「カッコ良いよね、大人の男性って感じ。男から見ても理想だね」
(相手は違うけど、お姉ちゃんみたいな事を言ってる)
「大介さんとダメになったらさ、俺にしてよ」
(いや、ダメにはなったんだけど)
「うーん、健太はいいわ」
さらりと言うと、健太はしかめ面をする。
「そこは"うんっ"って言うとこでしょ! 」
「自己防衛の為の優しさ、かぁ」
麻友はアパートに帰り着いた。
「つまり、強くないって事」
何でこんなに気になるんだろう。何となく伝わるんだけど……
「いらっしゃい」
麻友はタツの店に来た。
「一人? 」
「はい、来ちゃいました。」
「いつでも大歓迎だよ、カウンターにおいで」
麻友はふらふらと席に着く。タツはいつも通りノンアルコールのカクテルを作りながら、麻友の表情を伺う。今日はまた、一段と浮かない顔をしている。
「はい、どうぞ? 」
「あ、まだ注文してないですよ(笑) 」
「大体わかる」
タツは苦笑いをする。
「今日はどうしたの、浮かない顔して」
「この前、タツさんが助けてくれたの覚えてます? 」
麻友はカクテルを口にしながら聞いた。タツは、しばらく考えて思い出した様だった。
「ああ、あの幼なじみ? 」
「はい。実家に戻ってて今朝ばったり会ったんですよね。その時に、昔の私は強くて優しかったけど、今は優しくて脆いって言われたんです」
「うん」
「自己防衛の為の優しさって、つまり、強くないって言われて」
麻友はカクテルを飲み干した。グラスを指でなぞりながら小さくため息を着く。
「いや、強い人になりたい訳でも無いんですけど」
「ただの口説き文句なんじゃない? 」
「またそんな事言う」
タツは吹き出して、新しいカクテルを作ってくれた。
「その先があったんじゃない? 例えば"だから俺が守ってあげなきゃ"とか」
「うーん……言われてみれば……? 」
「どっちみち悪い意味じゃないんじゃないかな。大人になると誰でも守りたいものが増えるだろ? 何でもさらけ出せるのなんて、子供の特権だよ。麻友の場合は傷付きたく無いから争わない、イコール自己防衛の為の優しさ? かな? 」
「……妙に納得です……さすが」
「じゃ、ご褒美」
タツは当たり前のように、カウンターからキスをして来る。
「……んっ」
しっかりと麻友の首を後ろから押さえて、長めのキスをされた。角度を変えながら……
「……いや、麻友、もう少し警戒してよ」
タツは珍しく、恥ずかしそうに言った。麻友も、恥ずかしくなりうつ向いた。私は何をやっているの!!
麻友はさりげなく指で唇を拭い、照れを誤魔化すように、話を続ける。
「健太が、そこまで私を理解しているとも思えませんけどね」
「彼はなんだかんだ言っても、昔からの知り合いだろ? 麻友をこれ程悩ませる言葉を言えるんだから、ある意味凄いよ」
「タツさん……」
「うん? 」
「私は優しくて、脆い、ですか? 」
「考えたことないな。それが今の麻友なら、それを含めて好きだなって思うし、守ってやりたいと思う」
「……しびれます」
真っ赤になってうつ向いた。それを見て、タツは優しく微笑み、頭をくしゃくしゃっと撫でた。