突然の里帰り 母と姉と私
「クリスマスかぁ……」
翌朝目を覚ました麻友は、ぼんやりとしていた。顔合わせは上手く行ったのかな……もやもやするなぁ
「よし! たまには実家に帰ろう」
麻友の実家はここから電車で2時間ほどの所にある。麻友は支度を整えて、駅へ向かった。行く途中、クリスマスケーキが値引きされていたので、美味しそうな物を買った。クリスマスシーズンであったが、電車は比較的空いていた。連絡もせず里帰りなんて初めてかもしれない。驚いた顔を想像してニヤニヤしてしまう。
「ただいまぁ」
奥からバタバタとスリッパの音が聞こえる。
「麻友ー! 何よ突然、何かあったの? 会社首になったの? 」
母の幸恵は麻友をふんわりと抱き締める。
「もーお母さん、質問攻め(笑)」
麻友は呆れ顔で言った。
「えー、何麻友、リストラなの? 」
奥から姉の里英がやって来る。
「いや、だからぁ」
「とりあえずあがりなさいよ」
いや、せき止められてたの私なんですけど?
麻友は靴を脱いであがる。
「これ、クリスマスケーキ」
「あら、ありがとう」
「安くなってたから」
「一言多いのよ」
幸恵は笑った。幸恵は時計を見て
「14時か……おやつにしましょうか」
麻友のケーキと紅茶を、準備した。
「あれ? お父さんは? 」
「今日は泊まりで忘年会なの」
「へぇ、景気が良いわね」
「麻友、今日は泊まっていくでしょ? 私達も忘年会しましょうよ」
「お姉ちゃん、ナイスアイデア! 」
とりあえず、ケーキを平らげる。売れ残りにしては美味しい……
「そんな事があったの……」
その日の夜、幸恵と里英は缶チュウハイを飲み、麻友はノンアルコールを飲んでいた。最近の麻友の恋愛事情を余すところなく吐かされた所だった。
「結局さ、あんたは誰が好きなの? 」
里英がもう一本開けながら聞く。
「……みんな好きかなぁ」
「……却下。もう、振り出しじゃない」
「お母さんはねぇ」
「お母さんには聞いてないの! 」
里英は麻友に向き直る。
「立場とか、既婚とか、いや既婚はマズイわ、婚約とか全く無しで考えて……誰が好きなの? 」
「……大ちゃん」
麻友はそう答えをだした途端、ポロポロと涙が溢れた。
「麻友……」
「良い子ね、ずっと我慢してたのね。良い子だから、泣いて良いのよ? 泣けば良いのよ、楽になるわ」
幸恵がそっと抱き締めてくれる。
気が付きたくなかった、忘れたかった……もう泣きたくなかったの。
それなのに、私をよく知る家族は暖かくて……甘えてしまう。
「もっと早く聞かせてくれたら良かったのに。私はタツさんが良いなぁ。大人の男って感じがして渋い! 遠くから見守ってくれてる感じ」
「えー、お母さん絶対智君! いつも麻友の事側で支えてくれて、なんてったって若くて情熱的! はぁ、もう少し若かったらなぁ。ルーツは一緒なんだもん、お母さんでも良いわよねぇ? 」
真剣に悩むそぶりをする幸恵。それはそれで可愛い人なのだ。涙目でぼんやりと二人のやり取りを見ていた。良かった、男の趣味は被らないんだ……ん? 何を考えてるんだ、私……
「……でた」
「ん?何?麻友」
「元気出た」
「良かった。麻友が良い子だから、周りもいい人が集まってるのよねぇ。麻友? 今すぐに答えを出す必要なんて無いんじゃない? 今すぐ誰かを選ばなきゃ! なんてしなくても、少し位ずるくなって」
幸恵の言葉に、里英が頷きつつも
「素直になるって難しいけど、出来ることなら大ちゃんには、ちゃんと気持ちを伝えて欲しいな。怒って良いのよ! 何なのよ、プロポーズしといてっ! ってさ」
「お姉ちゃん……」
「話を聞いて、こっちがムカついたわよ。大事な妹を振り回してって」
里英は麻友を見て微笑む。
「理屈じゃないのよ、誰かを好きになるって」
「そうよ! 動物のメスはね、より強い雄を求めるの!」
「えっと、お母さん? 」
「より強い雄よ? 」
「そうだそうだ! 弱いオスなんかに子孫反映の資格は無いのよ! 」
「お、お姉ちゃんまで? 」
「麻友ちゃんも、ちゃんと見極めなさいっ」
「草食男子じゃダメなのよ、肉食よ肉食! 」
「の、飲みすぎだってばー! 」
「麻友ちゃん、飲み物追加して! 」
二人は手当たり次第アルコールを空けていく。そう言えば、この二人は酒乱だったわ。
……こうして楽しい夜は終わらなかった。
翌朝、顔を合わせた父は驚いて笑う。
「麻友が帰ってくるって知ってたら、泊まらず帰ってきたのに」
父の範夫は残念そうに笑った。朝食の目玉焼きを崩しながらそれ以上、何かあったのか、などとは聞かない。
「お陰で昨日は大変だったよ」
「ああ、久しぶりに盛り上がったみたいだな」
範夫は台所に詰まれた空き缶をちらっと見て言った。
「ちょくちょく帰ってくるよ」
「ああ、そうしなさい」
範夫は嬉しそうに笑った。
家族って良いな。今更ながら麻友はそう思った。