クリスマスイブ 大介の顔合わせ
12月24日金曜日。
市内でも一番の高級料亭。晴れやかな表情でお座敷に座る田村、その娘彩。向かい側には大介の両親である父勇治と母俊子、そして大介が座っている。店先の黒板には "田村家、坂井家 顔合わせ" とうやうやしく書かれていた。テーブルには鯛のお造りやお赤飯など、お祝いの様な料理が並んでいる。
「この度はご足労戴きまして、ありがとうございます」
勇治がにこやかに口を開く。
「こちらこそ、急な申し出に応じて戴き、ありがとう」
田村が応じる。彩は鮮やかな赤地に、華やかな花の模様があしらわれた振り袖姿だった。帯から小物一つ一つを見ても、高級品を身に付けていることは一目瞭然だった。髪の毛はきちっと結われている。
「お美しいお嬢様で……」
俊子が思わず口にすると田村は嬉しそうに大声で笑う。
「自慢の娘です。その娘が、大介君をひどく気に入りましてね。娘が是非、大介君と一緒になりたいと言い出しまして。大介君の噂は私の耳にも届いていたしね。若くて優秀、しかもイケメンだ」
そこまで言って豪快に笑う。
「彼も私の自慢の息子になりますよ」
「私の教育担当してくれたのが大介なんです。いつの間にか好きになってしまって。私が一方的に好きだったんですけど、やっと大介も受け入れてくれて。二人でいる時もスマートで優しくて……早く一緒になりたいって思っています」
二人の話に押され気味の両親を尻目に、大介は上の空だった。
(なぜ俺は、麻友にあんな伝言を残したんだろう……麻友を困らせるだけなのに。麻友の足かせになるのに……いや、足かせになるために、だ)
「ちょっと!聞いてるの、大介ったら! 」
イラついた彩の言葉に我に返る。顔合わせは無事に終わり、田村父娘の見送りをしていた。
「もう! 明日のクリスマスは二人で過ごせるんでしょ? ホテルのディナー予約してるの」
「明日……ああ、すまない。明日は家の用事があるんだ」
勇治と俊子は一瞬目配せをした。
「彩さんすみません。前々から決まってた事なので……」
俊子が言うと田村が被せるように言った。
「急に予定を入れたのはこちらだ。無理を言っては申し訳ない」
「クリスマスなのにー! あ、じゃあ私も残ろうかな、ねぇ? お義母様」
「彩、すまない」
「もうやめないか、彩。じゃあ、失礼します」
田村を乗せたタクシーを見送りながら、大介は俊子にポツリと呟く。
「ごめん、母さん嘘つかせて」
「ああ、明日の事? いいのよ、片付けでも手伝って貰うわ」
くすくすと笑う。「それより」
「本当に結婚するの? 今の人と」
どこか気を遣うような、不安げな声色だった。
「ああ」
大介は心配させまいと、即答する。
「あなたが決めてるなら構わないけど……てっきり麻友ちゃんがお嫁さんに来てくれるかと思ってたから」
敏子はタクシーの去った方を見ながら呟く。麻友は再会して週末を一緒に過ごすようになったときに一度連れてきていた。麻友は朝から焼いたシフォンケーキを持参して。明るくて控え目な印象は、すぐに両親にも気に入られた。
「俺も、そう願ってたよ」
雪が降ってきた。大介は空を見上げる。
「ね、大介。母さんは初対面の子に、あなたを呼び捨てされるの好きじゃないわ」
そう言えば、ここへ来たときの麻友は俺の事を『大介さん』と呼んだ。そして、母の事は『大介さんのお母さん』と呼んでいたっけ。
「大介、お前は本当にそれで良いのか? 」
「もう、仕方がないんだ」
「田村さんのあの雰囲気から、どうやってこの話を進めたのか想像はつく。だがな、仕事なんてのは、人生のほんの一部だろ? 会社の外に一歩出てしまえばお前も、俺もただの人だ」
「地位とか名誉とか、誰も知らないし、知る必要も無いんだ。ただ、一人の人間としてお前も、関わっていく。この話を進めるにせよ、断るにせよ、後悔だけはするな」
勇治は寒そうに手を意気で暖めると、肩をすくめて評定に戻ろうとした。ひと足を止めて
「警察官は、田村さんの下でしか出来ない仕事なのか? 」
「うわっ、雪だよ」
「ホワイトクリスマスだ」
快気祝いを終え、麻友をアパートへ送っていた。ちらほらと雪が降ってきた。麻友は子供みたいに嬉しそうにしている。
「可愛いな」
思わず呟いてしまう。麻友は聞き取れず「え? 」と聞き返す。
「だから」
「僕の好きな人は可愛いなって言ったの!! 」
「う、うわぁ! そんな大きな声でっ! 」
麻友は焦って友也の口を手でふさぐ。行き交う人がくすくすと、笑いながらこちらを見る。恥ずかしいんだけどっ!
「もう一回言います? 」
「結構です! 」
と言いつつ、いつの間にか麻友も吹き出していた。