解散!
総務部2課の事務所。ここからの眺めも見られなくなるんだ……
環は手に2枚の異動辞令を持っていた。
「本来であれば社長から渡すんだけど、まぁ、今回はね」
環は麻友に向かって微笑む。
「西ちゃんは、古巣の経理部への異動辞令が出てるわ。来年3月で寿退社の五月ちゃんの引き継ぎをする事なるわね」
五月は今時に珍しく、結婚退職を決めていた。それは恐らく同じ部署の生田の意向でもあるのだろう。寂しく、なるな……
「はい、短い間でしたが、ありがとうございました」
「竹ちゃんもなぜか、経理部への異動辞令よ」
麻友が目を丸くする。
「え、勿体無い、何で? 」
智也はニヤリと笑う。
「経理部人手不足だって親父言ってて。なら、俺行きますっ、みたいな」
「かるっ」
環は楽しそうに笑う。
「いずれ生田さんは相田部長のポストに就くわ。生田さんの後継者として、竹ちゃんを早くから育てたいって事のようね」
「あつ! 決して麻友さんと居たいとかの、不純な気持ちでは無いです! 」
「どうだか」
環は楽しそうだ。
「環さんは? 」
「私はもともと社長秘書だから、戻るだけ。って言っても今とさして代わりはないわ」
「でも、寂しいものですねぇ」
環は珍しく麻友を抱き締める。
「西ちゃんは……もっと自分に自信をもって。人の気持ちを考えて行動出来ることは良いことだけど、自分の気持ちを大切にね? 」
「環さん……」
涙が溢れてきた。出会えて良かったな。
「麻友さん僕ともハグしましょう! 」
智也が両手を広げる。
「竹ちゃんとはまた一緒でしょうがっ」
こうして総務部2課は解散となった。
定時後の更衣室。
「今日やっとデートなのよ」
あれ。聞き覚えのある声。麻友のロッカーからは見えない場所だ。
「えー良いじゃん。はぁぁ、いよいよイケメン君とデートかぁ」
「今日で絶対決めてくるから」
「ふふっ千晶なら大丈夫よ、今日の服も似合ってる」
千晶……あ、前田さん。
「あのおばさんが智にちょっかい出すから、なかなか誘えなくて」
おばさんて、もしかして私?!
「西野さん? 確かに年の割には可愛いけど、千晶に比べたらその他大勢だよ~」
ぷっ、上手いこと言うわ。ってか、出られないじゃない。
「でも、今日は二人きりなんだぁ。ドキドキしちゃう」
楽しそうな話の腰を折るように、別の人の声が聞こえた。
「お先に。って言うかさ、西野は別に竹内の事なんて何とも思ってないわよ? 竹内が一方的に西野にぞっこんなの!分かった? じゃ」
……た、環さん。麻友はロッカーの前にしゃがみこむ。ますます出られないよ。
「何あれ?! 」
「ムカつく! 」
「そんなわけないじゃん。智は年上の女なんて興味無いわよね」
「ホントムカつく! 」
バタン……しーん……
「行ったかな……はぁぁぁぁ、疲れたぁ」
麻友は誰も居なくなった更衣室で、しばらくしゃがみこんでいた。おばさんて……まだ29歳だし、環さんが言った通り、竹内君が勝手に私を好きになっちゃったんだからねっ
大介は応接室の片付けをしながら、環に言われた事を考えていた。片付けと言っても大したものはなく、パソコンの入ったビジネスバッグを持って部屋を後にする。
(俺のせい? 俺のせいで麻友は元気が無いのか? )
ため息しか出ない。麻友の気持ちなんて、知りたいのはこっちだ。
大介はエレベーターに乗る。エレベーターで麻友と乗り合わせる事ももう無くなるな。
4階で止まり誰かが乗ってくる。
「麻友」
「お疲れ様です」
一瞬の躊躇が伝わってくる。ひたすら気まずい……目も合わない。俺たちは、どこまでも合わないのかも知れないな。
「俺も今日で引き上げだから」
「そっか……そうだったね」
麻友は少し黙っていたが、大介の目を見て少し笑う。
「会社の事、色々ありがとう」
「麻友っ」
大介は我慢しきれず麻友を壁に押し付け、強引にキスをする。
「んっ! 」
(えっ、ちょっと……誰が来たらどうするのよっ! )
麻友は大介を押し戻そうとするが、全く動じなかった。麻友は抵抗する力も無くなり、されるがままキスをされている。
1階に到着した時、大介はゆっくりと、麻友を離す。そして、何事も無かったようにドアが開くのを待った。
「また、連絡する」
そう言い残して、ビルから引き上げていった。
頭がぼうっとしている。どうして大ちゃんはキスをするんだろう。もしかして外人なのかなぁ。ふふっ、こてこての日本人だけど……はぁぁぁ
「また連絡するって……」
一人になりたくないな。
「あ、あそこ行こう」
麻友は目的地に向かって、歩き始める。
事件解決、慌ただしかったけどそれはそれで楽しかった。大ちゃんとももう会わないかもしれない。私はどうしたかったんだろう。
それぞれの想いがすれ違う……