事件の解決
翌日、応接室に麻友と智也がいた。
大介は二人から渡されたSDカードを見ている。
「これは……」
カードの中には2通のメールがテキストファイルで保存されていた。1通目は生田から相田へ、横領を認めて事を公にする様に促すもの。もう1通はそれに対する相田の返事。埠頭に呼び出す内容のものだった。
「凄いじゃないか、麻友」
大介は嬉しそうに麻友の頭をくしゃっと撫でる。智也はそれを見て、微妙な表情をする。その視線に気が付いた大介は、麻友から離れ大介に近付く。
「前田さんから資料受け取ったよ、後で説明する」
大介は智也の耳元で言う。
「ありがとう……で、お前さ、その前田ってヤツと付き合ってるって噂になってるけど? 」
「やっぱり……いえ、まさか付き合ってませんよ」
「いい加減な気持ちなら、麻友の事任せられない」
「いえ……麻友さんの事は真剣です。けど。何でそんな事に……」
智也は頭を抱える。優柔不断なヤツだな……
麻友は大介のイスに座って、パソコンを眺めている。大介と目が合うと、自然と微笑みが返ってくる。
「失礼致します」
少し遅れて環と千晶が入ってくる。
説明をしている大介は、とても素敵に見えた。
「こちらが、前田さんから提出されたメールのデータです。例の山下さんに池本サービスへの発注を指示したのは、確かに書き出しは生田と名乗られていますが、差出人のアドレスを見る限りでは、実際に送られたのは相田部長のパソコンからです」
「では横領したのは相田部長? 」
「その可能性が高いでしょうね」
「相田部長……」
相田はいい加減な所もあるが、どこか憎めない人柄だ。麻友は何度もその温厚な人柄に救われた事か……大介は麻友の頭をポンと叩く。
「先ほど竹内君と西野さんが持って来てくれたSDカードからは、生田課長が埠頭で襲われた事を証明できる証拠がありました。一旦これらを署に持ち帰りますので、以降の調査は無用です。ここまでのご協力ありがとうございました」
大介は深々とお辞儀をする。仕事中の大介は、素敵だった。
報告会はお開きになった。千晶が智也にこそっと耳打ちする。
「ねぇ智? 約束守ってよ? 」
「え? ああ、わかってるよ」
「今日は週末だから、今日行かない? 」
「……分かった」
智也はため息を吐く。その様子をイラつきながら環が見ていた。そもそも部外者である千晶がなぜこの部屋にいるのか、そこからイライラが募っていた。
総務部の部屋に戻るなり、環が強めの口調で遠慮なく聞く。
「竹ちゃん、あの子と何の約束したの? って言うか誰? 連れてきたの」
「メールの復旧が出来たら、ご褒美に二人で飲みに行きたいって」
「えっ、ちょっと竹ちゃん、それってまずくない……? 明らかに竹ちゃん狙いでしょ」
「だ、大丈夫ですよ、僕飲まない様にするんで」
「西ちゃんには? 」
「話してません、麻友さんだって話されても困るでしょうし……」
智也は手頃な居酒屋を予約する。環は深く息を吐く。
(ほんっとに優柔不断なんだから)
「大ちゃん」
応接室で資料整理をしていると、麻友が戻ってきた、
「おとといは大丈夫だったか? 」
「うん、あの、ありがとう、いつもゴメンね」
大介は麻友の頭をよしよしと撫でた。
「ああ、お前は妹みたいなもんだからな。慣れた」
麻友の動きが止まる。一瞬で心に穴が空いたような感覚に襲われる。
「……いも、うと……? 」
「麻友? 」
大介が麻友の顔を除き込む。麻友は目を合わさない。
「大ちゃんは、妹にキスするの……? 」
「えっ、それは物の例えだろ」
麻友は大介の言葉なんて、聞こえなかった。大介の胸元を掴んで叫ぶ。
「大ちゃんなんか、逮捕されちゃえば良いんだ! 」
「え、逮捕?! 」
麻友は泣きながら部屋を出ていく。大介は呆然と麻友を見送っていた。なんだ、あいつ。何で泣いて……
その日の午後社長室に、佐々木警部、大介と環そして、相田と恵が顔を揃えた。佐々木が口を開く。
「なぜ、ここへ呼ばれたか分かるだろう?」
相田はため息をついた。
「なぜこんな事を? 」
「生田君には申し訳ない事をしたと思っている。あいつが気付かなければ、あんな事をしなくて済んだのに」
「睡眠薬入りの飲み物を飲ませたのは、恵さんてすね? 」
「……はい、ても私がしたのはそれだけよ? 」
「そもそも横領を持ちかけたのも、あなたでは?」
「まさか! 」
「相田部長は経理の事は全くの素人と伺っています。あそこまで事細かな指示は実務担当者レベルでないと、無理ですよね」
「……」
「お二人は不倫関係にある、関係を維持する為にお金が必要だった。相田部長の奥様が興信所に頼んで調べて貰ったようですよ」
恵は終始不機嫌そうな表情をし、相田はうなだれていた。
大介は書類をまとめて封筒へしまう。環はじっと大介を観察している。
「詳しい話は署で伺います。構いませんか、沢井社長」
「ああ……そうしてくれ。相田くん、君とは長い付き合いだ。しっかりと償って、また何かの形で関われたらと思っているよ」
「社長……」
「坂井さん」
「ああ、沢井さん」
社長室からの帰り、環は大介に声をかけた。
「数ヶ月、お世話になりました。」
「こちらこそ。建て直しが大変かとは思いますが、社長のご人格でしたら大丈夫そうですね」
「恐れ入ります」
環は笑った。そして、少し声を潜めて
「ところで、西野の事なんですけど」
「ええ」
「最近元気ないんですよ。この前もいきなり事務所で涙を流し始めちゃって。あの子何も言わないから心配で」
「はぁ」
「原因は、あなたでしょ? 」