彼の行き付けのお店 危険なオーナー?
「竹内君、もう20時だけど? そろそろ病院行かなくちゃ」
「面会は22時までなんで、大丈夫です」
2人はカフェで軽くサンドイッチを食べた後、繁華街を歩いている。智也がどうしても行きたいと言うお店へ向かっていた。
「ここです」
ビルが並ぶ間に一軒、雰囲気のあるバーがあった。躊躇うこと無く、智也は入口のドアを開けた。
「いらっしゃい、ああ、智」
カウンターから気さくな声がかかる。30代半ば位の素敵なバーテンだった。すぐに麻友に気がつく。智也は迷うこと無くカウンター席へ。
「ここ座って」
嬉しそうに麻友を案内する。麻友は少し背の高い椅子に座った。
「俺はチョコレートマティーニで、彼女はノンアルコールのエメラルドピーチを」
「かしこまりました」
「美味しいの?」
「ノンアルコールは未知の世界」
「ぷ! 良くそんなの選べるわね」
麻友は思わず笑ってしまった。バーテンさんは伊東タツと名乗った。智也はハイペースで飲んでいく。
「こちら、智の彼女? 」
ま、まぁ、そう思いますよね、普通。
「そう見えます? はは……でも違います。僕の大切な人です」
「ねぇ、飲み過ぎじゃない? 」
麻友は机に伏しそうな智也に言った。智也はニヤニヤしながら麻友を見た。
「麻友さん僕と居て、楽しい? 」
智也の目は半分閉じかけていて、切なそうな表情をする。麻友の腕を智也の熱い手が掴む。
「もちろん、楽しいよ」
「ふふ……良かった」
そう笑って、智也は眠ってしまった。
「あの……寝ちゃいました」
麻友が困ってタツに話しかける。タツは可笑しそうに笑って
「いつも一時間位で起こすから、西野さん先に帰って構いませんよ。智は寝起きが驚くほど良いんだ」
と言った。麻友は智也の寝顔を見て
「だったら、私も待ちます」
と、笑った。タツは優しく微笑む。
「智が話していた通りの方ですね」
「どんな風にです? 」
「綺麗で優しくて、思いやりがあって、強くてとても弱い」
「がっかりしましたか? 」
「いえ、想像通りでした」
「商売上手ですね」
麻友は笑った。タツは卵焼きとゴボウのサラダをサービスしてくれる。麻友はそれを食べながら、智也を見つめている。
「ちなみに、これは智が付けた物では無いですよね? 」
タツが麻友の首筋を触る。麻友がハッとして真っ赤になる。
「ああ、すみません。智はそう言う事するタイプじゃないから、気になってしまって」
「独占欲の強い彼氏が居るって事、かな? 」
麻友はうつ向いてしまう。
「彼氏でも無いし、そう言う事をした訳でも無い、です」
麻友は目を反らしたまま小さな声で答えた。
「だったらなんだよって、気になりますよね……えっと……」
「いえいえ、すみません。興味本意で聞き出そうと思った訳じゃないです」
タツは智也の空いたグラスを洗う。
「西野さんは」
「麻友で良いですよ」
「ああ、じゃ僕の事もタツって呼んで。では遠慮無く。麻友は、智の事どう思ってるの」
「ふふっ、良く聞かれます、それ」
麻友は気持ちを切り替える様に、ノンアルコールのカクテルを飲む。
「これ、美味しいです」
「お口に合って良かった」
「……好きですよ。でも……それが恋愛感情なのかと聞かれると、良く分からなくて。傷つけたく無いのに、もしかしたら結果的にそうなってしまうかも……酷いですよね、私」
「竹内君は真っ直ぐで、私には勿体ない人です。だから私は、彼を傷つけたく無いんです。なんとかけじめをつけなきゃと分かってるんです、けど……って、こんなもの付けて言っても、説得力無いですよね」
麻友は首筋を押さえて笑った。
「僕はそう言う人、素直で好きですよ」
「モテ男のセリフですよね? 今の」
「ぷっ、思っても言わないでしょ、それ」
タツは楽しそうに笑った。麻友の頭をポンポンと優しく叩く。
「麻友はそのままで良い……って、これ女を口説く時のセリフか」
タツは「麻友とは、ずっと話していたくなるな」と笑った。
「おいっ智!そろそろ起きないと! 」
一時間程経ったとき、タツが智也の肩を揺する。智也はタツの言った通り、すぐに目を覚ます。そしてキョロキョロと見回し麻友を見つけると、満面の笑みを浮かべた。
「麻友さん、居てくれたんだ、嬉しい」
「うん、でも今日はお見舞いは諦めて? 」
ハイと素直に返事をし、水を飲み干す。
さっきまで眠っていたとは思えない程しっかりと椅子から降りる智也。そして麻友に手を差し出す。カウンターの高めの椅子から降りる麻友に手を貸すためだ。
「帰ろう」
麻友は一瞬躊躇ったが、恥ずかしそうに智也の手に自分の手を重ねる。智也はその手をぎゅっと握って椅子から降ろす。少し見つめ合う2人。
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
「いつでもおいで」
店を出てゆっくりと歩き出す2人を見ながらタツは
「上手く行って欲しいんだけどなぁ」
と、呟いた。
智也をタクシーに乗せ、見送る。その時、電話が鳴ってすぐ切れた。
(こんな時間に誰? )
麻友が着信履歴を確認すると、大介からだった。
「あ、これ怒られるヤツだ」
既に10回ぐらい不在着信が……
『もしもし』
「麻友です。ごめん大ちゃん、急ぎだった? 」
『んー、悪い。明日で良いや』
「うんう、私こそ気が付かなくてゴメン」
『……お前、誰とどこにいたんだ? 』
「……し、ごと、してた」
『そっか……大変だな。じゃ』
「うん、お休み」
麻友は自己嫌悪に陥っていた。
(嘘をついてしまった)