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プロローグ 麻友の異動

頑張って投稿します!

深夜23時45分、静まり返る埠頭。時折、小さな波がコンクリートにぶつかる音が聞こえる。遠くに、街灯の明かりがぼんやりと見える。

「分かって貰えて嬉しいよ」

男はほっとして、差し出されたコーヒーを飲み干した。まだ9月とは言え夜は寒い……冷えた体が内側から温まる。数分もたたぬうちに睡魔に襲われる……あれ? どうしたんだ……

ドボンっ……

男は何者かに、海に突き落とされていた。

冷たいっ……苦しい……何とかしなくては……(俺は……死ぬのか)

男がもがき続ける様子から目を反らすようにして、急ぎその場を立ち去る影。

再び埠頭は静まり返る。埠頭に止まっていた小さな釣り船から、初老の男性が起きてくる。パシャっ……

(何の音だ? おいおい、真夏でも無いのに肝試しはやめてくれ)

恐る恐る海を覗き込む……


(はぁ~何なのよ、この時期の人事異動って! )

西野麻友は私物の入った段ボール箱を抱え、1階の経理部から異動先である4階の総務部2課までの階段を登っていた。最近建て替えられた会社のビルは8階まであり、もちろんエレベーターもあるのだが、あいにく今日は点検中だった。ついてないときは、ついてないものだ。

麻友は入社7年目の29歳。入社以来異動の経験は1度もなかった。真面目な明るい性格で、先輩はもちろんの事、後輩からも慕われていた。それなのに、この9月突然の異動辞令。

(飛ばされる理由が、全く見当たらないんだけど……)

さすがに疲れた。登り詰め総務部2課の部屋の前で、大きく息を吐く。ここ4階のフロアは、総務部2課の部屋を除くとワンフロア全て、情報処理部の部屋となっている。

「お疲れ様です」

庶務部のドアの前で、聞き覚えのない声に振り返る。見たことの無い爽やかな男性社員がこちらを見て、ニコニコしていた。

「ああ、お疲れさま。あ、悪いんだけど、そこのドア開けてもらえる? 」

「あ、ハイ」

麻友はすかさず彼の首に掛かっている社員証を確認する。

(竹内智也、情報処理部……へぇ、この子頭良いんじゃん)

麻友の目線に気付き、段ボールをさりげなく麻友の手から受け取りながら、麻友と目を合わせニコッと微笑んだ。

「自己紹介が遅れました。僕、入社3年目の竹内智也です。このフロアの情報処理部に所属しています」

「あ、ゴメンなさい。私、西野麻友。今日付けで総務部2課に異動して来たの」

「道理で、見かけない方だと思いました。あ、じゃあ同じフロアですね、よろしくお願いいたします」

「そうだね、ああ、ありがとう。助かったわ」

(何て良い子なんだろう)

麻友は初対面の智也に好感を持った。智也がドアを開けると、麻友は滑り込むように部屋に入っていく。

「西野、麻友さん……か」

智也は閉まったドアの前で、繰り返していた。

「竹内君、打合せの時間なんだけど? 」

「今行きます」

智也はにこやかに戻っていった。


「せ、せまっ」

部屋に入って、思わず声に出してしまった。

部屋はだいたい8畳ほど。 中央に机が4台置かれており、入り口の正面には窓が一つあった。窓の無い壁に書類棚が置かれているが、現役で使われている雰囲気は感じられない。窓側に座っていた女性がにこやかに立ち上がる。

「西野麻友さんね、待ってたわ。私は沢井環、よろしく」

黒いストレートロングの髪。そこから覗く切れ長の綺麗な目で真っ直ぐ麻友を捉えた。やや濃すぎる赤いルージュは、彼女を勝ち気な印象にしている。

「西野です、本日よりよろしくお願いいたします」

ぺこりとお辞儀をする。環は座りながら視線をパソコンへ戻す。

「好きな席使って良いわ。私以外誰も居ないから」

麻友は環の斜め前、つまり入り口のドアから1番近い席についた。

(総務部2課ってそもそも? しかも社員が2人って)

引き出しに私物を収めながら考えていた。そもそも総務部2課の仕事って何だろう。電球換えたりのイメージ……ふと、段ボールの中の1枚の写真で手が止まる。経理部の歓迎会の集合写真だ。みんな楽しそうにこちらを見て笑っている。もちろん麻友も。

「あ、西ちゃん。今日18時半からここでミーティングするから」

(に、西ちゃん……? )

環はノートの切れ端を麻友に渡した。それを反射的に受け取る麻友。そこには神経質そうな右上がりの文字で"◯◯町3丁目 多国籍料理 ほころび"と書かれていた。

「ミーティング、定時後に、ですか? 」

(正直、面倒だな……)

怪訝そうに聞くと、環は見透かした様にニヤリと笑った。

「経理部では深残も日常だったと聞いているけど? 」

「……それは……」

「とにかく、時間厳守でね。ちょっと出てくるわ」

環はそう言い残して部屋を出ていった。色々聞きたい事もあったのだが……麻友は深いため息をついた。時計は16時を指している。もう一度メモに目を通す。

「それにしても」

(ほころびって、何よ)


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