769話 いろいろ発表されてるらしいね
「おーい、3人共こっちだ」
食堂へ着くと入り口から中を眺める。やはりと言うべきかこちらも倉庫同様人がかなり少なくなっていた。まぁ、待ち合わせをしている今人が少ないのは助かるが。
浜田さんも入って来たこちらを早速見つけたのか入り口に近い席に陣取り声を掛けて来た。3人して手を上げそれに応える。
「食券を買ってから席へ行くか。買う物は決まっているか?」
「俺はOKだ」
「自分も大丈夫です」
「それじゃあササッと買ってしまうか」
浜田さんのいる席へと行く前に食券を購入しそれを厨房へ渡す。やっと落ち着いて食事が出来るとあってかなんだか急にお腹が減ってきた。
「意外と早く合流出来たな。時間がかかるようなら俺も倉庫へ行こうかと思ってたんだが」
「この食堂と同じく予想外に人が少なくてな。あまり待たずに素材を卸す事が出来た」
「そっちも問題なく終わったようで何よりだ。聞ける事は聞けたのか?」
「こちらでもある程度は情報が聞けましたけど浜田さんが聞いた話を聞かせてもらうとしましょうか。素材の事については後回しでもいいですよね?」
「ではそう言う事で。あ、石田さん、これ先にお返ししときますね」
席へやって来るとそう言いつつ各々椅子へと腰かける。浜田さんからは椅子に座るなり渡していたデジカメのメモリーカードが渡された。もうデータもコピーし終わったのだろう。やはりデジカメだと楽でいいね。
「私も食券を出してきます。あと酒も買ったんだが全員飲むよな?」
「飲んでいいのなら最初からそう言っておけ……。追加で買って来るが何か希望はあるか?」
「んー、浜田が買ったやつは……日本酒か。なら俺もそいつを貰おう」
「自分は赤ワインでも飲もうかな……グラスで頼むかそれとも瓶か……」
「瓶で頼んで来よう。俺もそいつを貰う。じゃあちょっと行ってくる」
そう言うと浜田さんと広田さんは席を立ちしばらくしてお酒を手に戻って来た。人が少なくなったのもあるがやはり飲み物の提供は早い。
「さてと……それじゃあ話は飲みながらという事にでもして帰還お疲れ様の乾杯といくか。乾杯ッ!」
『乾杯ッ!』
それぞれコップにお酒を用意すると持ち上げつつそう口にする。
「ぷはぁっ! あ~、胃に染み渡るぅ~」
「ダンジョンから帰還した後の1杯はやはり良い物だな。今までであれば報告書だなんだとそちらが先だったわけで……」
「軍に居た時はこういった事もまず出来なかったな。探索者の連中が飲んでるのを見てそれを羨ましく感じてたものだ。だが今は何の憚りもなく気軽に飲める。うん……良いものだ」
「そう言えば浜田さん達にしてみれば探索者になって初めてのダンジョン探索でしたっけ。おめでとうございます。
んー……それじゃあお祝いに2本目の瓶が開けられるのならそちらは自分が奢りますよ。本格的なお祝いはまた今度どこか食べに行った時でどうです?」
浜田さん達が探索者になり初の探索という事を思い出すとそんな提案を持ち掛ける。自分の初探索の時とはなんだか立場が逆になったな。
「いいんですか? そう言う事であれば飲まないわけにはいきませんね!」
「どうせ明日は休みの予定だったしな。ならば思う存分飲ませてもらうとするか。浜田、早速おかわりだ」
「ならこちらも早めに空けるとするか。石田さんもどんどん飲んでくれ。その方が早く2本目に行けるしな」
3人共2本目を自分の奢りと聞いたからか目に見えてやる気を出してきた。広田さんからも早く1本目を空けてしまおうとおかわりが注がれる。ワイングラスに並々と注がれるそれを零さぬよう口へ運ぶと8分目程まで飲み干した。
帰還後の打ち上げが余程楽しみだったらしい。確かに軍に居たんじゃこうしてすぐお酒を飲むなんてご法度だったろうしな。今までの反発もあってか一気にテンションが上がったようだ。
「だからと言って無理に飲むのだけはしないでくださいね。どうせなら料理が来てから一緒に飲めばいいんですし」
「勿論料理とお酒両方とも楽しみますとも。ペースアップはむしろそっちからですね」
「肴と一緒に飲むんであれば1瓶なんてあっという間だな。食券の準備をしておいた方が良いと思うぞ」
「追加の酒と一緒にツマミも頼んできたからな。そろそろ先にそっちの声が掛かりそうな……うん、丁度呼ばれたな。ちょっと受け取りに行って来よう」
広田さんはそう言うと番号の書かれた札を持って席を立った。追加の酒を頼むのであればツマミが何もないというのもないだろうしな。
戻って来たその手にはみりん干しを炙った物とポテトの盛り合わせ、チーズや生ハムが盛られた皿があった。ツマミの準備はバッチリだったらしい。
「料理が届くまではこいつで酒を頂くとするか。後はこいつ等を飲み食いしながら浜田の話を聞かせてもらうとしよう」
「そうだな、そろそろそっちの話も始めるとするか。とりあえずそのみりん干しをくれ」
そう言うと浜田さんは早速届いたみりん干しを肴に聞いてきた事を口にし始める。酒もツマミも完備と喋るには準備バッチリと言った所か。
「発表があったのは転送陣の所でも聞いた通り昨日の昼頃という事だ。こことは別の場所でも異変が起きたとやっぱり騒ぎになったらしいな。その時は以前よりも人が多く居たわけだし大変なのは想像に難くないだろう」
「まぁ、そりゃあなぁ……。ある意味そんな騒ぎの中地上に居なくて逆に良かったとも言えるか?」
「軍から身を引いた俺達としてはあまり関係ない気もするがな。それでもあちこちで起きた騒ぎに巻き込まれた可能性もあるし深田の言う通り探索中で良かったというのも否定できんか。今もその話があちこちで言われてるわけだし」
食堂内に残っている人達の話に耳を傾けるとやはり話しているのは異変が起きたダンジョンの事だ。倉庫でも周りが話していたのを聞いているしなんとなく騒ぎがあったことも全員把握していた。
「それでまぁ、後は予想が付くだろうがそっちの状況が気になり多くの探索者や関係者が次々に移動していったそうだ。気にするなという方が無理だろうな」
「移動でバスやトラックが今もかなり動いてるらしいですね」
「軍や管理部の方からも人を回してるらしいな。移動者が出る事はわかっていただろうしそれなりに数も用意してたとかなんとか……」
「それでもまだ足が足りてないそうだからどれだけ人が居たかという話だな。まぁ、移動を巡って暴動まで起きてはないそうだからそこはよしと言う他ないか」
「そうだな」
事前に発表する事は決めてあっただろうしそれに向けて用意もされていただろう。自分達がダンジョンへ出発する頃には外からも続々とバスなんかが到着していたらしい。一応発表の予兆はあったという事だ。
「そんなこんなで今も深夜バスが異変の起きたダンジョン街へ向かってるらしい。ほんと、大移動だな」
「まったく……。それで? やっぱり俺達も移動をするか? 実際気にならないと言えばウソだからな」
「やはり現地へ行って確認しない事には街の詳しい状況もわからんしな」
「攻略日時がどうなるかそこももう決まってるんですかね? それについて何か話って聞けましたか?」
「攻略日時についてですが、正直何とも言えないそうです。探索者の集まり具合を見てからになるそうなのでもう1日2日見てから発表されるんじゃないかと言ってましたね」
「確かに参加する人数が分からなければ攻略も何もあったもんじゃないか……」
そこについては仕方ないと頷く自分達。そちらの情報は2日程待つしかないみたいだ。しかし……。
「異変が起きたダンジョンって2カ所でしたよね?」
「そうですね」
「それで変と言ったらあれなんですけど……なんだか浜田さん達結構落ち着いてませんか? 広場で見た時もそこまで取り乱してなかったと言いますか……。それが悪いってわけじゃないんですけども」
「いや、結構驚いてましたよ? まさか自分達が探索へ行ってる間にこんなことになってるとは思いもしませんでしたし」
「広場のあの人の減りようはちょっと信じられなかったからな」
「ああ」
浜田さん達は自分達も予想外だったとそう言って肩を竦めた。確かにあの列がだいぶ短くなってたのはかなり驚かされたけどさ。
「んー、確かにそれはそうなんですけども……。異変が同時に2カ所のダンジョンで起きたと聞いたらもっと驚く物かなぁ……って。
軍に所属してた頃そういった取り乱さないよう訓練されていたと言われればそういう物かなぁって感じもしますが」
「あー……確かに取り乱さないよう訓練されていたことは事実ですが……。そんなに落ち着いてるように見えましたか?」
「そうですねぇ、おそらくは。……もしかして軍に居た頃に聞いてました?」
『…………』
浜田さん達は無言のまま3人して見つめ合った。そしてしばらくするとまるで観念したかのように溜息を1つ吐き口を開いた。
「降参です……石田さんの今仰ったとおりです。なるべく取り乱さないよう訓練されていた事が仇になったかぁ……」
「もっと盛大に驚いていた方が良かったか……」
「一応驚いていた事は驚いていたんだがなぁ……」
そう言って酒を口にすると今度は小さく溜息を吐いた。どうやら今回の事を知っていたらしいね。
「なんか驚きが弱いって感じたんですよね。どこまで知ってたんです?」
「……新しく2つのダンジョンで異変が起きたという話ぐらいです。昨日発表がされるという事までは聞かされてなかったので驚いたことは確かなんですよ」
「一応周知されるまでは黙っていたし問題は無いよな……まぁ、それでもあまり周りには話さないでいてくれると助かるが」
「まぁ……別に誰かに話す事でもないですしそれは構いませんが」
「助かる」
そう言って再び酒に口を付けツマミを食べ始める浜田さん達。上官だった徳田さん辺りには黙っていた方が良いのかね?
「正直私達も詳しい事はほとんど聞いてないんですよね。ですので先程話を聞きに行っていろいろ質問する羽目になりましたよ。……とりあえず話を続けても大丈夫ですか?」
「あ、はい。なんか話を遮ったみたいですいません」
「いえ、こちらもちょっと肩の力が抜けた気がしますし全然構いませんよ」
そう言うと浜田さんは聞いてきた事の続きを話し始めた。
「攻略日時の詳しい事は後日またという事なのではっきり言ってこれと言える情報は今の所ありませんね。
異変の状況はこちらの時と似たような物らしく6層以降のモンスターが1層から見られるようになった事。新しい通路が出来て地図を書き換える必要が出た事。ここのダンジョン同様新しい通路でも宝箱見つかるらしいとの事。状況的にはこんな所です。やはりこちらのダンジョンで起きたことが他2つのダンジョンでも起きてるみたいですね」
「そうですか」
「軍に知らせがあった段階で調査隊も向かったそうだし地図も少しは出来ただろうな。後で最新版を貰うとするか」
「そうだ。その事で嬉しい知らせもあったな」
「なんだ?」
地図の更新の事で何か聞いてきたことが有るらしい。正直この作業が苦手だし自分としては少し気が重かったりする。
「俺達は元軍所属という事であまり関係ないが探索者の人達にはありがたいだろうな。
流石に人が多すぎて地図を書き写すのも大変だろうという事で攻略する階については管理部がコピーした地図を配るそうだ。資料室の混雑解消にも繋がるからな」
「おおっ!? それは普通に助かりますね!」
浜田さんが言うには2つのダンジョン街の1層から異変が起きた5層までの地図を攻略者に無償提供するらしい。これは是非とも参加して地図をゲットせねばなるまい!
「確かにあれだけの人数が地図を書き写してたらいつ終わるか分かった物ではないしな。攻略に参加してくれる探索者にはそれぐらいのサービスは必要か」
「サービスと言うかそうでもしないと管理部も困るからだろうな。実際海外から来た探索者が増えた影響でここの資料室もかなり窮屈だったそうだし。それで攻略に参加する人数が確保出来るのなら安いものか」
「自分としても1層から5層の地図を描かなくていいのは助かりますし非常に有難いですよ。これはやっぱり参加しておいた方が良いな……」
「向こうの管理部かこっちでもいいそうですが参加する者にはコピーした地図を渡すそうです。今の所1層と2層は完成したと言ってましたね」
「へー、2層まではもう終わってるんですね」
どうやら自分が街から離れた後調査隊を増やしたのか地図を補完していったらしい。もうしばらくすれば3層も出来上がるらしいので調査隊として結構な人数が投入されてるのだろう。この配慮は本当に有難いものだ。
参加するかどうしようか迷っていたがコピーした地図が貰えるのであれば参加する価値はあるだろう。2つのダンジョン合わせて10層分の地図とかこの膨大な人がいる状態で資料室へ行って書き写したくないからな。
「それで他には何か聞けたことってありましたか?」
「後はそうですねぇ……そうそうっ! なんでも地底湖で新しく海老が見つかったらしいですよ。写真と映像を見せてもらいましたがなんとかなり透けているそうです。伊勢海老とロブスターを掛け合わせたような見た目をしてるらしいですね」
浜田さんのその言葉に驚きの表情を向ける。それも一緒に発表されたのか?
「水中でそんな透明になられてるのもあってか全く発見されなかったらしいです。モンスターの異常もあった陰でそんな生き物もダンジョンで増えていたんですね。全く知りませんでしたよ」
「海老か……しかもロブスターとかそういったサイズの奴なんだな。
しかし地底湖なぁ……確保するのはちょっと骨が折れそうだな」
「透明と言うのも厄介だな。それなりに水深がある所なんかはもっと大変だろう。写真は貰ってないのか?」
「資料室で見てくれと言われたな。この打ち上げが終わったら見に行ってみるか?」
「混んでない時の方が良いだろうな。さっさと調べて一通り見たら帰るとするか」
「だったら飲み過ぎない方が良いな。2本目は持ち帰りにでもするとしよう。石田さんも2本目は持ち帰りでいいか? ……石田さん?」
「……あ、はい。なんでしょう?」
広田さんがこちらに問いかけて来るが反応が遅れてしまった。
「どうかしましたか? なんだか静かですね?」
「あー……いや。先程の海老に関してちょっと……」
問いかけて来た浜田さんに苦笑いで返す。管理部から発表があったって事はこっちも黙ってる必要はもう無いよな。
不思議そうな顔をしてる3人に今度はこちらが黙っていて申し訳ないと言って口を開いた。
しかしまぁ、自分達が探索へと行ってる間にいろいろ発表が重なったもんだ。




